川神四姉弟   作:炎狼

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第2話 千「転校生は」 十「金髪美少女」

 朝、川神学園へ登校する風間ファミリーの面々は、全員集合だった。 

 

 千李が帰ってきて暫くした後、放浪から帰ってきた風間ファミリーのキャップこと、風間翔一も帰ってきた。どうやら今回は埼玉の方に行ってきたようである。

 

 翔一は千李に旅の話をせがんでいたが、千李はそれを軽くあしらっていた。

 

 入学式の一件から、千李と十夜はぎこちなさは若干改善されたようにも見えていたが、やはりまだ十夜が避け気味とといった感じだった。

 

「十夜、千李姉さんと何かあったのか?」

 

 ふとその様子が気になったであろう大和が十夜に声をかけた。

 

「ああ、まぁあったと言えば……あったかな」

 

 ――――言えるわけないけど。

 

「ふーん。なんか入学式の日よりも若干ぎこちなさがなくなったよな。まだ若干お前が避けてる感じは否めないけど」

 

 頬を僅かに染めながら答えた十夜に、大和は小首をかしげつつ言うが、十夜はそんなこと聞こえていないようだ。

 

「ねぇ、やまとー」

 

 不意に前を行く千李が大和を呼んだ。

 

「なに、千李姉さん」

 

 大和が行くと、千李は彼の肩に手を回し、その豊満な胸に押し付けるようにして耳打ちした。

 

「転校生の話、聞いてる?」

 

「うん、聞いてるけど」

 

「どうせ賭けでもするんだろうから、性別教えといてあげましょうか?」

 

「マジで?」

 

 大和は千李の言葉に目の光を若干鋭くする。千李はそれに苦笑すると、小さく頷きながら、

 

「ええ、マジもマジの大マジよ。今日の昼に教えるから食堂にでも来なさいな」

 

「りょーかい。でもそんな情報よく手に入ったね。オレでもまだ手に入ってなかったのに」

 

「まっ、それはコネでね。じゃあ、今日の昼にね」

 

 千李はそういうと、大和を胸から解放した。それを見ていた京は自身の胸と、千李の胸を見比べながら小さく溜息をもらしていた。

 

 決して京の胸が小さいということはない、寧ろ京の胸は同級生からすればそれなりに発育がいいほうだろう。しかし、千李が桁違いにでか過ぎるのだ。まぁ、そんな千李の妹である百代もでかいが。

 

「さて! じゃあさっさと学校に行くかっ! ワン子先陣を切れ! 泣く子がいれば黙らせろ!!」

 

 京の心配を他所に、翔一は音頭をとり、ワン子を先頭に構え風間ファミリーの面々は学校へと向かっていった。 

 

 今日も今日とて、風間ファミリーは平常運転である。

 

 

 

 

 

 皆と別れた後、十夜は教室に入り自分の席に着いた。入学式の一件で十夜に話しかけてくる者は最初は多かったものの、今はもうほぼ皆無と言ってもいい。

 

 大体の連中は皆、モモ先輩の弟だから、とか。千李先輩の弟だからとか、十夜に対して過剰なまでの、期待を抱いた状態で話しかけてきた。無論、十夜にそれらに答えられるはずもなく、やがて皆話しかけてこなくなった。

 

 しかし、十夜はこれでいいと思っていた。もし、先の連中と十夜が話す間柄になったとしても、彼等、彼女等が目的としているのは千李や、百代との接点だろう。十夜と、友達になりたいのではなく、十夜でワンテンポ置きそして百代たちに話しかける口実を作りたいだけなのだ。

 

 そんなものは本当の意味での友人とは言わない。そんな友人であればいないのと同然だ。

 

 十夜は横にかけた鞄から、教科書類を取り出し適当に机に突っ込む。そして、ちらりと別方向に目を向ける。そこにいたのは、十夜と同じく孤立してしまっている少女だ。

 

 彼女の名前は黛由紀江。高校一年生にしてはスタイルも良く、美人といっていいだろう。しかし、彼女もまた、入学当初から孤立していた。普通にしていれば、とても可愛らしいのだが、彼女にもある欠点があった。

 

 すると、十夜の視線に気付いたのか由紀江が十夜を見て笑顔、らしきものを作った。

 

 十夜はそれにぎこちなく頷くと、目線をそらす。

 

 このくだりでわかるものもいると思うが、彼女の笑顔は怖いのだ。眉間には濃く皺がよってしまっているし、口元も笑顔とは程遠い感じに歪んでいる。しかも彼女は、これを話しかけて来た生徒全員に対してやってしまうのだ。

 

 話しかけた本人からしてみれば、睨まれたと勘違いしてしまう子もいるかもしれない。そして、彼女にはまだ欠点らしきものがある。それは、

 

「ど、どうしましょう松風!? 川神くんに視線を逸らされてしまいました!」

 

「落ち着けー、落ち着くんだまゆっちー。今のはきっとアレだ……」

 

「アレとは?」

 

「……オラもわかんね」

 

 これである。

 

 彼女はよくああやって、馬のストラップと会話をしているのだ。それをクラスメイトが気味悪がって話しかけないというのもある。

 

 これら二つの要因が相まって、彼女は孤立してしまっているのだ。可哀想だが、十夜にどうこう出来る事はない。

 

 ――――けど俺も知らない人には話しかけらんないし。

 

 心の中で由紀江に手を合わせつつ、十夜は窓の外に広がる青空を見上げる。

 

 そこにはそんな十夜の悩みを馬鹿にするかのように、街中では珍しく鳶が旋回していた。

 

 

 

 

 

 昼休み、多くの生徒で賑わう食堂の一角に、千李と大和の姿が見受けられた。

 

 大和の前には彼が頼んだカレーライスが置かれているが、千李の前にはかなりの空になった食器が積まれていた。

 

「相変わらずめっちゃ食べるね千李姉さん」

 

 千李の食べっぷりに呆れを通り越し、もはや関心とも呼べるような声を漏らした大和を他所に、千李は食べすすめていく。

 

「千李姉さん、それで転校生の子って女? 男?」

 

「ふぉんふぁ」

 

「いや、飲み込んでからしゃべってよ。食ってるときに話しかけた俺が言うのもなんだけどさ」

 

「もぐにょもぐにょ……ゴクン。……ケプッ。ごめんごめん、それで性別だったわね。性別女の子よ。いっちゃなんだけど美少女、ガクト辺りが喜ぶんじゃないかしら?」

 

「まぁガクトは美少女ならどんな子でも食いつきそうだけどね……」

 

 苦笑いしつつカレーに手をつける大和を見つつ、千李は近くにある爪楊枝を取り歯の間に挟まっているものをとる。

 

 その光景に大和は思わず吹き出してしまいそうになった。何せ千李は椅子にだらりと座りつつ、歯の間の食べ残しをとっているのだ。パッと見ではまるで中年男性のようだ。

 

 だが笑いをこらえつつ、昼食を食べている大和に対し、千李の双眼がギラリと光り、

 

「今失礼なことを想像してたでしょう?」

 

「えっ!?」

 

「顔に出すぎよ。どうせ中年のおっさんみたいって思ってたんでしょ?」

 

「うっ……。お察しのとおりです……」

 

 考えていたことまで完全に見透かされ、大和は両手を軽く上げて降参の意を表す。すると千李は左手を大和の額に突き出し指で彼の額を弾く。所謂デコピンである。

 

「レディに対して中年のおっさんはさすがに失礼よねぇ。まぁそう見えちゃうような格好で爪楊枝いじってた私も悪いけども」

 

「と、とりあえず、それは置いといてさ。オレ的には千李姉さんがどうして転校生の性別がわかったのか気になるんだよね。朝はコネだって言ってたけど」

 

「ああ、あれね。本当は昨日の夜その子の保護者の人から連絡があってね。それでわかったってわけよ」

 

「娘が転校する事伝えるなんて、もしかしてその人親馬鹿?」

 

 大和の問いに千李は無言で頷く。それに対し、大和はさらに疑問を千李に投げかけた。

 

「でもさ、それだけ娘が心配ってことは凄く偉い人とかそんな感じなの?」

 

「そうねー、ドイツ軍の中将だからねー。偉いんでしょうよ」

 

「は?」

 

 千李から発せられた言葉に大和は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になってしまった。だが、それも束の間、大和は身を乗り出して千李に詰め寄った。

 

「ドイツ軍って本物のドイツ軍!? しかもその中将の娘!?」

 

「しーっ!! 声がでかいっての」

 

 あまりの衝撃の事実につい大きな声を出してしまった大和の口を、千李が慌ててふさぐ。

 

 幸いあまり人気のない角の方だったからか、聞こえたものはいないようだ。それにほっと胸を撫で下ろす千李だが、ふと彼女の腕を大和が軽く叩いた。

 

 見ると大和は顔面を蒼白に染めつつ、なにやら叫んでいた。

 

「んーっ! んーっ!」

 

「あ、ごめん」

 

 様子に気付いた千李が大和の口元からパッと手を離す。解放された大和は大きく息を吸い、肺に空気を送り込む。

 

「ゼェ……ゼェ……。あー、死ぬかと思った」

 

「大丈夫よ。アレぐらいじゃたぶん死なないわ。気を失うだけよ」

 

「それも怖いんだけど!?」

 

 抗議の声を上げる大和を尻目に、千李は小さく笑いながら食べた料理の食器の山を軽々と持ち上げると、器用に返却口にまで持って行き、去り際に大和に告げた。

 

「とりあえず言っておくと、転校生の子結構真面目ちゃんだから。アンタのこういう賭け事とか嫌いな子だから、やるんだったらばれないようにやりなさいね」

 

「りょーかい」

 

 大和の答えを聞いた千李は振り向かずに、後ろに手だけ振ってその場を去った。

 

 

 

 

 

 放課後になり、十夜は荷物をまとめ終え、学園から出ると一人家路に着いた。今日は大和たちもおらず、一人だけの静かな下校だ。

 

「さすがにここまで一人だと辛いもんがあるな」

 

 小さく呟きながら十夜は歩を進めて行く。すると、

 

「十夜ー!」

 

 自らの名を呼ぶ声に十夜が振り向くと、そこには一子と千李の姿があった。

 

「一緒に帰りましょー」

 

「ああ。ところで二人は何で一緒に?」

 

「ちょっとばかし用があってね」

 

 十夜の問いに千李は小さく肩を竦めつつ、一子の頭を撫でる。一子もそれに気持ちよさそうに目を細める。

 

「じゃあ、帰りましょうかね」

 

 ひとしきり一子を撫で終えた千李が、二人に告げた。二人もそれに頷いて返すと、千李と並んで歩きだした。

 

 暫く三人で歩いていると、千李が十夜に切り出した。

 

「そういえば十夜? アンタ、金がどうのこうの言ってるみたいね」

 

「ぐっ!? 何処でそれを……?」

 

「風の噂……まぁそれは冗談だけど、大和から聞いたのよ」

 

「大和め……」

 

 うらむような声を上げる十夜はなんとも苦い表情をしていた。

 

「確かアンタ、一子と一緒に新聞配達のバイトしてたんじゃなかったっけ? やめちゃったの?」

 

「そうなのよ千姉様。中学を卒業する時になって急に辞めちゃってさ。前みたいにアタシと一緒じゃダメなのって聞いたんだけど」

 

「朝辛いからちょっとなぁ……」

 

 十夜は恥ずかしげに後頭部を軽く掻く。千李はというと顎に手をあて、少し考え込む。しかし、少し経つと何かを思い出したかのように、指を打ち鳴らす。

 

「アテが思いついたわ」

 

「アテ? 言っとくけど俺、接客とかは無理だからね?」

 

「そんなことはわかってるわ。だから、そういう仕事じゃないヤツよ。たぶん大和も私と同じ職場に行き着くんじゃないかしらね」

 

「ふーん……。まっいいや、それなりに待ってるよ」

 

 やや嘆息気味に答えた十夜は横目で千李を見つめる。彼女は何処となく面白そうに頬を緩めていた。

 

 

 

 

 

 

 川神院に着くと、千李と一子はそそくさと夕方の鍛錬に向かい、十夜は自室に戻ろうとした。しかし、鍛錬に行こうとした所で千李は鉄心に呼び止められる。

 

「千李や、お前に電話がはいっとる。鍛錬に出る前に出ておけ」

 

「あいあい。一子ー、先に行ってていいわよー。後から追いつくからー」

 

「はーい!」

 

 千李の言葉を聞いた一子は、すぐに走り出した。その姿を見送ると、千李は鉄心に問うた。

 

「誰から?」

 

「極楽院の三大からじゃよ。髪紐の件で話があるそうじゃ」

 

「ふーん」

 

 千李は数回頷くと、電話の下までやって来ると、受話器を手に取る。

 

「もしもし、千李だけど三大ばあちゃん?」

 

『おー、センちゃん久しいねぇ元気そうじゃないかい』

 

 電話の向こうからは老年の女性の声が聞こえた。電話の相手は、湘南に居を構える極楽院三醍寺の住職である、極楽院三大だ。千李の幼少期の育ての親といってもいい人物だ。

 

「ばあちゃんもね。ところで私に話があるって聞いたけど?」

 

『うむ、そろそろ髪紐の封印が切れる頃かと思ってねぇ。どうだい、今月中一回ぐらい来られるかい?』

 

「今月中? ……うん、たぶん平気だと思うわ」

 

『そうかい、じゃあまた来る日が決まったら電話しとくれ』

 

「はいはーい。じゃあ、またね」

 

『ああ。身体を壊さんようにな』

 

 三大のその声を聞いた千李は最後にもう一度だけ別れを告げると、受話器を置いた。すると、いつの間にかやって来た鉄心が落ち着いた様子で声をかけて来た。

 

「呼び出しかの?」

 

「まぁね。っと、じゃあ私もそろそろ行ってくるわ」

 

「うむ。気をつけての」

 

 千李が駆け出すのを見送り、鉄心は小さく溜息をつく。

 

「千李が行って湘南にも迷惑がかからなければいいがのう……」

 

 鉄心の呟きに答えるものはあらず、彼の声は春の風と共に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして四月後半。

 

 月初めにアレだけ咲き誇っていた桜も、今はもう散っているものが多いなか、川神学園に一人の転校生がやって来た。

 

 名をクリスティアーネ・フリードリヒ。ドイツのリューベック出身の金の髪が良く似合う美少女だ。

 

 転校早々、一子に決闘を申し込まれ、見事に勝利をおさめた彼女は、一気に学園の中で話題があがった。その後大和とひと悶着あったようだが、その理由は仕方ないといえば仕方ないかもしれない理由だった。

 

 後日。風間ファミリーの秘密基地で行われる金曜集会の際、翔一が皆に切り出した。

 

「なぁ、クリスを仲間に入れねーか?」

 

 彼の目は輝いており、まるで新しいことを発見した子供のようだった。




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