異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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お待たせしました。

本日がうがうモンスターでコミカライズの最新話が公開されました。

コミカライズの方は大陸横断鉄道の話が始動した所ですが、本編はコンビニの話です。


第88話 夜歩きが 楽しくなるよな 目的地

人と馬の体を併せ持つケンタウロスのピクルスが、腕の筋肉を激しく膨張させながら弓の弦を引く。

 

力自慢でも引くのに苦労するような大弓を容易く引き折ってしまうその豪腕が、今引いているのは一点物の特殊な弓。

 

魔法使いにしか倒せない強固な外骨格を持った超巨獣の素材と、錬金術師の作る魔法金属を組み合わせた異形の大弓。

 

産卵期の蜘蛛女(アラクネ)の糸と鋼糸を撚り合わせて作られたその弦が、今ピクルスによって強く強く引き絞られていた。

 

場所はシェンカー野球場。

 

シェンカー大蠍団(スコーピオンズ)と東町商店街禿頭団(スキンヘッドボーイズ)の練習試合、その前座として行われたこの大弓の披露会を大勢の野球ファン達が見守っていた。

 

会場にじりじりとつのる緊張がピークに達する中、安全確認を担当していた奴隷たちから一斉に開始の合図である白い旗が上がる。

 

その瞬間、ホームベースと一塁の間に横に五メートル、高さ二メートル分も煉瓦を積み上げて作られた的へ、ピッチャーマウンドの上のピクルスから音もなく矢が放たれた。

 

最初その矢は、まるで放たれていないかのように思われた。

 

矢だけがピクルスの手からなくなり、弓にも的にも何の変わりもなかったからだ。

 

 

「どうなったんだ……?」

 

「矢はどこいった?」

 

 

会場がざわめく中、矢を探しに行った奴隷が地面を指差しながら「ここです!」と叫んだ。

 

ピクルスから的を挟んで向こう側の地面に、ぽつりと穴が開いていた。

 

よく見れば、的の煉瓦にも小さな穴が開いている気がする。

 

ということは、あれを丸々貫通したのか。

 

なんか、凄いんだけど地味だなぁ……

 

 

「す、凄いぞー!」

 

「そうだー! よく引いたー!」

 

「見えないぐらい速かったー!」

 

 

なんとも言えない応援がパラパラと飛び、ピクルスは恐縮した様子で客席へとペコペコ頭を下げた。

 

こうして、ピクルスのための特別製大弓のお披露目会は微妙な反応で終わってしまったのだった。

 

なお、この数週間後に彼女が空を翔ぶ超巨獣をこの弓で射落としたというニュースがトルキイバ中を駆け巡る事は……この場にいる誰もが予想だにしていなかったのだった。

 

 

 

 

 

先日決まった、マジカル・シェンカー・グループ本部の平屋からビルへの建て直し。

 

その中でビルの中に深夜営業のコンビニ的な商店を作るという話があったのだが……うちの組織には深夜営業のノウハウがない。

 

ないものは作るしかないよな。

 

ということで、ビルの建設よりも一足早く、とりあえず深夜営業の商店だけを実験的に営業してみるということが決まった。

 

場所はシェンカー通りの端、うちの連中も街の人達も気軽に立ち寄りやすい良い立地だ。

 

こだわりで道に面する場所を全面ガラス張りにしてみたんだが……夜になると店の周りだけ昼間のように明るくて、開店初日は死ぬほど集まってきた虫に店内が大混乱に陥ったらしい。

 

急遽開発した紫外線照射式の虫取り造魔を軒先にぶら下げ、その翌々日からの営業では虫に悩まされることはなくなった……らしい。

 

俺は行ってないからわからんが。

 

虫に悩まされることがなくなったのは良かったが、その翌日の営業で店員が酔客に絡まれて、酔客が大変なことになったらしい。

 

今の所深夜商店の店員は冒険者組から選ばれてるからな……荒っぽい奴らばかりだ。

 

これはとりあえず店員を三人に増やし、トラブルがあればなるべく穏当に済ませるというマニュアルを作って対処した……らしい。

 

俺は仕事に休みがなくて行けてないからわかんないんだけど。

 

あと見るからによく切れそうな剣をレジの後ろに剥き身で飾るようにしたそうだ。

 

そりゃあ迷惑客も万引きも減るだろうな。

 

なんだかんだと問題を解決しながら営業は続き、あっという間に営業開始から二週間ほどが経った。

 

深夜に来る客たちもまぁそこまで多くはないらしいんだが、だいたい酔客で、払いがいいんで意外なぐらい儲かっているそうだ。

 

そしてそんな深夜商店に、俺は今こっそりと向かおうとしていた。

 

別に視察しようだのなんだのってわけじゃない、ただ単純に夜中に腹が減っただけ。

 

明日は待ちに待った休みだしな。

 

元々俺がこの世界でも深夜のコンビニに行きたくて言い出した事なんだ、俺が行かなくてどうするんだよって感じもあるよな。

 

一緒の部屋で寝ているローラさんを起こさないようにベッドを抜け出し、廊下の椅子で爆睡していた護衛を叩き起こして連れ出して家を出た。

 

ちなみに双子はスレイラ家の用意した乳母と一緒に別の部屋だ。

 

いかにも貴族っぽい子育てだが、俺自身が魔法使いの母ちゃんから生まれて乳母に育てられたってこともあり、実はそこにはあんまり抵抗はなかった。

 

 

「いいか、門ギィギィ鳴るからそーっと出ろよ、バレないように」

 

「別にご主人さまの店に行くんですからバレてもいいと思うんですけど」

 

「こういうのはこっそりやるのが楽しいんだろ」

 

 

ハの字眉毛の護衛と小声で喋りながら家の門を抜け、意気揚々と踏み出したところで、誰かにガシッと肩を掴まれた。

 

 

「なにをこっそりやるのが楽しいんだい?」

 

「あっ……あわわ……」

 

 

イマイチ役に立ちそうにない今日の護衛当番の奴隷が、俺の後ろを指差しながら後ずさる。

 

振り返ると、そこには長くて大きいナイフを金棒のように肩に担いだ……うちの嫁さんの姿があった。

 

 

「別にコソコソすることはないじゃないか」

 

「いや、起こしたら悪いかなと思って……」

 

「ベッドから君が抜け出したら起きないわけがないだろう」

 

 

そう言いながらファサッとかき上げる金髪には寝癖一つない。

 

一体どういう早業なんだろうか、すっかりよそ行きの格好をして薄く化粧まで済ませていた彼女は、ナイフを腰に吊って俺の隣に並んだ。

 

 

「で、どこに行くんだい?」

 

「あー、シェンカー通りの深夜商店に。小腹が空いたもんで……」

 

「ならさっさと行って帰ってこようじゃないか。明日はせっかくの休みなんだ、ゆっくりと寝て、しっかりと楽しまないとな」

 

「え、ローラさんも行くんですか?」

 

「もう目が覚めてしまったよ、付き合おうじゃないか」

 

「そりゃすいません」

 

 

善戦むなしく結局起こしてしまったローラさんを伴い、護衛と俺と三人でシェンカー通りへと向かうことになった。

 

半分の月が照らす道をゆっくりと歩いて進み、横を向けばその金髪にキラキラと月光を宿す嫁さんがいる。

 

まあ、こっそり感はなくなったけど……これはこれでいいか。

 

 

 

夜中のトルキイバは遠くが見えないぐらいには薄ら暗いが、これでもまだマシになったほうだ。

 

俺が永遠に光り続ける無限造魔を作る前は街灯もほとんどなく、狭い路地なんかに入ると月明かりも届かなくて正真正銘の真っ暗闇だったからな。

 

今ならどんな小さな路地に入っても普通に道が歩けるし、すれ違う人の顔だってわかる。

 

道の向こうから歩いてくる、魚人族のロースのギョッとした顔も丸わかりだ。

 

 

「……うおっ! 坊っちゃんに奥方様じゃないですか……こんな夜更けに何事ですか?」

 

「ああ、深夜商店にでも行こうかと思って」

 

「なるほど、抜き打ちの視察ですか。怖いなぁ」

 

「違うよ、買い物に行くだけ。そういうお前はどうしたんだよ」

 

「あたしも深夜商店帰りですよ、明日の朝飯です」

 

 

ロースはそう言いながら紙袋を持ち上げ、メンチもいましたよ~と言いながらさっさと行ってしまった。

 

あいつは飲み屋帰りかなんかだろうな、多分。

 

飲兵衛への需要はやっぱり大きそうだな。

 

寝る前にちょっと飲み直しなんてのにも使えるだろうし。

 

うちは酒蔵でもあるからな、ちょうどいいと言えばちょうどいい。

 

ロースがやってきた道を小さな声でぽつぽつ喋りながら三人で歩いていくと、シェンカー通りへの角を曲がったところで急に周りが明るくなった。

 

 

「暗い中で見ると凄い明るさだなぁ……」

 

「あれは苦情とか来ないのかい?」

 

「今のところは……」

 

 

俺たちの視線の先には、深夜の暗闇を切り裂いて煌々と輝く深夜商店と……その前にヤンキー座りでたむろするシェンカーの冒険者連中の姿があった。

 

 

「でさぁ、それ持ってお見舞い行ったわけ。風邪の時は粥がいいかと思って……って。彼もう感激しちゃってさぁ、ありゃ落ちたね、間違いなく」

 

「嘘じゃん」

 

「お前嘘ばっかだろマジで」

 

「今から料理できるようになりゃ嘘じゃないでしょ、ンナハハ」

 

「はいまた嘘」

 

「ていうかさぁ……あ……!」

 

 

馬鹿話をしていたうちの一人がこっちに気づき、慌てて立ち上がって頭を下げた。

 

 

「……うおっ! ご主人さまに奥方様! お疲れさまです!」

 

「おっ……お疲れさまです! 失礼します!」

 

 

残りの連中もこっちを二度見して振り返り、慌ただしく挨拶をして小走りでどこかへと走り去っていった。

 

夜中のコンビニで先生見つけた学生かよ!

 

別にこんなことで怒ったりしないっての。

 

気を取り直して深夜商店の入り口に向かい木枠のガラス扉を押し開けると、店内からは色んな食べ物の匂いが漂ってきた。

 

換気が足りてないんだろうか、学校帰りの中華料理屋並みに腹の減る匂いがする。

 

夜中にこんな匂い嗅いだら、とても手ぶらでは帰れんな。

 

期待に胸を踊らせながら深夜商店に入ると、入口近くのレジの前に鱗人族の冒険者、メンチがいるのが見えた。

 

 

「まだか……もういいか? おい、どうだ?」

 

「まだですよメンチさん。さっき煮始めたところじゃないですか」

 

「むう……少しだけ早くできんか?」

 

「だからさっき聞いたじゃないですか、ポトフは時間がかかるけどいいですかって」

 

「うーん……しかし、今日はポトフの気分なのだ」

 

 

メンチはレジの前に置かれたポトフの鍋を睨みながら、店員と頭が痛くなりそうな会話をしている。

 

あいつこんな夜中に何やってんだ。

 

 

「むっ、ご主人様! 奥方様! お疲れ様でございます!」

 

「おつかれ~」

 

「うん」

 

 

メンチはこっちを見つけてキリッとした顔で挨拶をしてくるが、鱗のある尻尾はポトフの鍋を抱きかかえんとばかりに鍋の方へ伸びている。

 

しかし、夜中にポトフか……ていうかこいつ、まさかこうして毎日来てるんじゃないだろうな。

 

 

「メンチはよく来るの?」

 

「いえ、そんなには……週に六日ほどでしょうか」

 

 

おいおい。

 

 

「……それは世間では毎日と言うのだよ」

 

「な……そんな……」

 

 

メンチはローラさんの突っ込みにびっくりした顔をしているが、なんでお前がびっくりしてるんだよ! びっくりしてるのはこっちだよ!

 

毎日夜中に買い食いしてると肉体労働してたって太るぞ。

 

ポトフが気になって仕方がないらしい彼女は放っておいて、俺とローラさんは店の商品を見て回る。

 

店内に据え付けられた木棚の上には、包帯やおむつ布、生理用品や簡単な薬なんかの日用品とも言える商品が多い。

 

保存の効く食品の棚はやはり前世のコンビニとは違って、日持ちする商品が少ないから商品ラインナップが貧相だ。

 

乾麺に揚げ麺、そしてうちの実家の卸している小麦粉が山のように積み上げてあるが、ここらへんはみんな飽きるほど食べたもののはずだ。

 

プレッツェルやクッキーを瓶に詰めてコルクで蓋をしたようなものも置いてあるが、こういうものも昼間ならば焼きたてがもう少し割安で買えるから手が伸びづらいだろう。

 

ビニールがあればもっと商品の選択肢も増えるんだけどなぁ……さすがにそっちは専門外だし。

 

 

「ねえこれ、なんだい?」

 

「ああ、それは乾燥させた果物を練り込んだクッキーですよ」

 

「ふぅん、美味しいのかな?」

 

 

考え込む俺をよそに、ローラさんは気になったらしい甘いおやつをポイポイと手提げかごへと放り込んでいく。

 

もちろん値段なんか一切見ていない、正真正銘の貴族のお姫様だからな。

 

こういうお客さんが沢山いればなぁ……

 

 

「これはなんだろう?」

 

「それは下着ですよ」

 

「下着? なんで下着が……?」

 

「まあ、緊急避難用なんじゃないですかね……」

 

 

女性用下着と同じ棚には化粧落としや化粧水、香水に歯ブラシにアレにコレ、いわゆるお泊りセットのようなものが置かれている。

 

うちは女が多いからな、必要になることもあるだろう。

 

他の商品に比べて酒やつまみが充実しているのも、それを見た後だとより一層そういう需要だって感じがしてしまうな。

 

まあ深夜にやってることだけが強みの店だからな、客層に寄せた営業は大切だろう。

 

 

「それで君は何を食べるんだい? 小腹が空いているから来たんだろう?」

 

「あー、そうですね……何にしようかな」

 

 

幸い、すぐに食べられる食品の棚には商品が豊富に残っていた。

 

燻製肉とチーズの挟まったバゲット、生ハムとトマトのサンドイッチ、ナンのような生地で赤いソースとウインナーを巻いたクレープのようなものまである。

 

参ったな、選択肢が多くて逆に困るぞ。

 

レジの方を見れば、メンチがゴールキーパーのように守っているポトフに、注文すれば調理してくれるうどん……作り置きのソースだがパスタもある……

 

何!? 量り売りでスープや粥まであるのか?

 

こんなにメニューを作って採算が取れるわけがないだろう……今度チキンに確認しておかないと。

 

 

「メンチ、ここは何が美味いんだ?」

 

「美味いもの……でありますか」

 

 

俺はさんざん迷った挙げ句、ここの常連らしいメンチにおすすめメニューを聞くことにした。

 

彼女は味音痴疑惑もあるからちょっと不安だが、聞くのはタダだしな。

 

 

「私としましては、やはり揚げ鶏クンをおすすめ致します。骨のない鶏肉の揚げ物で、量が少ないのが難点ですが美味さは他の揚げ物に比べても頭一つ抜けております」

 

「揚げ鶏クンね……一つ、いや……三つもらおうかな」

 

「かしこまりました、少々お待ちくださいませ」

 

 

店番の子は輝かんばかりの笑顔でそう言ってから、レジの上のホットスナック用の三段保温容器から爆裂モロコシの葉っぱに包まれた揚げ鶏クンを取り出した。

 

この保温容器の天井には俺が作った温熱造魔が取り付けられていて、いつでも温かい商品を提供することができる優れものなのだ。

 

自分でもちょっと凝り過ぎかな? と思うが、まぁ別に誰にも迷惑かけてないんだしいいだろ。

 

あの本棚みたいな保温容器がないとコンビニ感が出ないからな。

 

しかし、さっきメンチは「量が少ない」なんて言っていたが完全に大嘘だ……揚げ鶏クン、一つの包みが掌二枚分ぐらいあるぞ。

 

 

「お待たせしました~」

 

 

お箸付きの揚げ鶏クンを受け取って、ローラさんの分の買い物も包んで貰い、まだポトフの鍋を見守っているメンチに別れを告げて店から出た。

 

色んな熱源があって暖かかった店内から出ると、春の気温でも少し涼しく感じるぐらいだ。

 

これは夏に向けて真剣に冷房を考えないと、ガラスから差し込む陽光で店内が地獄になるな……

 

 

「はいローラさん、これ」

 

「ああ、ありがとう」

 

「お前もこれ、食べて」

 

「えっ? いいんすか? ありがとうございます!」

 

 

揚げ鶏クンの一つをローラさんに渡し、もう一つをずっと着いてきてくれた護衛の奴隷に手渡す。

 

タレ眉の山羊人族の彼女は手槍を小脇に抱え、あどけない笑顔で頭を下げて受け取った。

 

この子なんて名前だっけな……アシバだったかシバタだったか……こんな感じでも護衛についてるってことはきちんと戦えるんだよな。

 

人は見かけによらないなぁと思いながら、前世で食べたものよりも二回りは大きい揚げ鶏を口に放り込む。

 

うん、結構美味しいな。

 

成型肉じゃないのに筋張ったようなところもなく、衣がザクっと音を立てて破れれば中に封じられていたジューシーな肉汁が口の中に流れ出してくる。

 

やるじゃん、深夜商店。

 

メンチセレクションも良かったなぁ、大当たりだよ。

 

 

「ふぅん、意外と美味しいものだね」

 

「でしょう、夜中だから余計に美味いんですよ」

 

「そういうものかい?」

 

「そういうものですよ」

 

 

俺とローラさんがそんなことを言って笑い合っている横を、中年カップルが店へと入っていった。

 

小腹が空いたのかな? それとも酒でも飲み直すんだろうか?

 

通りの向こうからは、くわえタバコの女も歩いてくる。

 

思わず歌でも歌いたくなるような春のいい夜なんだ、そりゃみんな、夜ふかししたくもなるか。

 

早足で帰るのがなんだかもったいなくなった俺たちは、暖かな風の流れる暗闇の中をことさらにゆっくりと歩いて帰ったのだった。




リングフィット買えたー!!!!!

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