異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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ようやく個人的修羅場を抜けました、これからはちゃんとスケジュール守りたい……


第54話 秋晴れの 空を仰げば 雲高し 前編

悪友と歩く町並みはいつもと違って見える。

 

なんでもない立て看板は議論の的になり、一人では食わないものを食い、道行く見知らぬ人間とも思わぬ関わりができる。

 

でも、それだって毎日毎日続けば、それはもう日常だ。

 

新鮮さは薄れ、一事が万事「こんなもんか」と心動かされる事もなくなっていく。

 

そして永遠に続くと思っていたその日常が失われた時、人はその日々の輝きに改めて気づくのだ。

 

 

 

「あれ、ジニじゃん」

 

「おお、サワディか、久しぶりだな」

 

 

 

学校の同世代に二人だけいた平民仲間の一人、家具屋の三男坊ジニと劇場で出会った。

 

いくぶん身体が引き締まった様子の彼は、前年度で学校を卒業して実家の家具屋で働いている。

 

結局魔法使いとしての就職は願わなかったのだ。

 

まぁ推薦先が軒並みアレだったしな……

 

 

 

「最近どう?」

 

「いやオヤジの手伝いで家具作ってるよ。毎日毎日梱包のために軽量化かけたりとか、乾燥の魔法でニス乾かしたりとか、忙しいんだわ」

 

「そうかぁ」

 

「お前こそあんな軍人の嫁さん貰って研究室に留め置きで、大変そうじゃんか」

 

「いやいや、研究室は研究室で肌に合ってるよ」

 

「そうかい?まあ、あんまり無理すんなよ」

 

「うん。最近エラとは会った?」

 

「会ってない、今ルエフマだぜ?あいつもわざわざ役所なんかに入って馬鹿だよなぁ」

 

「いいじゃんか役所、安定だよ安定」

 

「何が安定だよ。応援で行かされたルエフマで、もう半年も留置されてんだぞ。手紙届いたか?新婚の嫁さんから連絡が無くなったって泣きごと言ってたろ」

 

「届いた届いた、様子見に行ってくれって書いてあったけど。俺エラの嫁さんに会ったことないよ。あっ、お前の嫁さんにも会ったことないよな?」

 

「嫁さんの話はいいじゃんか……」

 

「お、おう……」

 

 

 

ジニは急に暗い感じになってしまった。

 

やっぱ奥さんの話は地雷なのか……

 

 

 

「まぁせっかく久々に会ったんだ、茶店でも行こうや」

 

「いいけど」

 

 

 

久々に話した二人の間に話題は尽きず、歓談は喫茶店が閉店するまで続いた。

 

酒の一滴も飲まず、甘いコーヒーと菓子類だけで一日を潰す。

 

所帯は持てども、まだまだ味覚は子供のままな二人なのだった。

 

 

 

 

 

こないだ大量雇用した音楽家の奴隷たち。

 

祭りの曲を作ってもらったりと色々仕事を振っていたんだが、彼らの本来の仕事は大貴族への納品用の曲を作ることだ。

 

実はその納品用の曲であるワルキューレの騎行の楽譜は俺の机の上にどんどん溜まっていたんだが、忙しくて確認する時間がなく「各員もう一個づつ案を出すこと」と通達だけして置いていたんだ。

 

まあそれは、たしかに俺が悪い。

 

だが「どこが悪いのか教えてくれ!」と勢揃いで屋敷に突入しようとして警備に叩きのめされ、懲罰的に新兵訓練に放り込まれたのは俺の責任じゃないだろ。

 

そして用事があってその音楽家達に会いに行った俺は、練兵場でちょっとしたハプニングに巻き込まれていたのだった。

 

 

 

「演武ゥー!始め!」

 

「はいっ!」

 

 

 

ヒュンヒュンと槍が空気を切る音が響き、冒険者組の羊人族がダイナミックに体を使いながら型を披露してくれる。

 

力強い踏み込みのたびに大きく土煙が巻き起こり、彼女のモコモコの頭からはキラキラと汗が流れ落ちる。

 

素人の俺から見たって凛とした美しさを感じられる、迫真の演武だ。

 

これでもう五人目じゃなきゃ、もっと新鮮に感じられたのかな……

 

劇場建設予定地に設けられた練兵場では、俺の周りに冒険者組が大挙して押し寄せていた。

 

音楽家に用事があって行っただけなのに、なぜか冒険者たちがこぞって普段の訓練の成果を見せつけてくるという異常事態。

 

何がどうなってんのか詳しい人に話を聞いてみようと思い、俺は近くにいたロースを捕まえたのだった。

 

 

 

「ああ、そりゃ坊っちゃんがめったに練兵場に顔出さないからでしょう」

 

「えっ、なんで?」

 

「いやいや、他の事務方や販売方は坊っちゃんに褒められる機会も多いですけど、冒険者の仕事は基本的に街の外ですからね。そんで今日は普段の成果を見てもらおうと張り切ってんですよ」

 

「はあー、そりゃ悪い事したかな」

 

「いいえぇ、訓練なんか泥臭いだけですから、見に来て貰っても心苦しいや」

 

「いやそんなことないよ、まぁ砂埃は凄いけど」

 

「そうでしょう?うちら冒険者組にもこの間の祭りみたいな、華やかな舞台があればいいんですけどねぇ」

 

「祭りなぁ、ありゃあ町会長から頼まれた事だからな」

 

「いやいや、わかってますよ」

 

 

 

そう言いながらも俺は鋭い動きで槍を振り回す冒険者を見て、なんとなく尻の座りの悪さを感じていた。

 

よく考えたら冒険者組ってうちの大事な実働部隊なんだから、一番評価されなきゃいけない部署なんだよなぁ。

 

権利とは、力あっての権利。

 

自由とは、力あっての自由だ。

 

シェンカー一家がのびのび商売できるのも、これまでの冒険者組の活躍と、魔法使いとしての俺の評判が後ろ盾となっての事だ。

 

ここは平和な日本じゃない、自前の暴力装置を持っているかどうかっていうのが文字通り死ぬほど大事なんだ。

 

 

 

「なんか、祭りみたいな事したいか?」

 

 

 

気づけば、なんとなく口からそんな言葉が出ていた。

 

文官メインの祭りがあったなら、武官メインの祭りもやっちゃえばいい。

 

そんな場当たり的な、ある意味で一手パスをしたような考えしか浮かばなかった。

 

 

 

「祭り、そりゃあ冒険者のってことですか?」

 

「まあ、冒険者組や警備部がメインって感じ?」

 

「坊っちゃんの前で殴り合いでもやるんですかい?」

 

「いや、そうだな……走ったり、戦ったり、まあ怪我しない程度に競い合う感じだな」

 

「そりゃ、盛り上がるとは思いますけど」

 

「ガス抜き……いや、冒険者達の不満解消にはどうだろう?」

 

「いや、それはもちろん、みんな大満足ですよ!」

 

「じゃ、やろうか」

 

 

 

どうせだからシェンカー一家みんな参加って事にしよう。

 

観客や競い合う相手は一杯いたほうがいいだろうしな。

 

 

 

「そうだな、運動会って事で、冒険者組だけじゃなくて事務方も販売方も出れる奴みんな参加。再来週ぐらいにここでやろうか」

 

「わかりました。おーい!聞けーっ!」

 

 

 

ロースが声を上げると、演武をやっていた羊人族の子はピタッと動きを止め、ざわついていた周りの冒険者達も一斉に口を閉ざした。

 

 

 

「サワディ様が、あたしら冒険者組が力を示すために特別な祭りを開いてくださるそうだーっ!出たい奴はいるかーっ!」

 

「…………ここだーっ!」

 

「やるぞーっ!」

 

「うぉーっ!!」

 

「あたしも出るぞーっ!」

 

 

 

一瞬の間を置いて、人の群れの中から口々に大きな声が上がる。

 

 

 

「時は再来週、場所はここーっ!準備に色々頼まれるかもしれないけど、あんたたち嫌な顔するんじゃないよ!」

 

「はーいっ!」

 

「わかりましたーっ!」

 

「任せてくださいっ!」

 

 

 

みんなの元気な返事が聞けて一安心だ。

 

祭りの準備と後片づけでヘトヘトな事務方や管理職達には悪いが、もうしばらく頑張って働いてもらうとしよう。

 

また臨時手当でも出しておくか。

 

しかし、あっちを立てればこっちが立たず、組織って大変だな……

 

多分これからもこうして問題は出てくるんだろうけど、それはまあ、その時になんとかすればいいか。

 

とりあえず今日は、風呂入って寝たいや。

 

肩をぱっと払うと、ジャケットから砂がパラパラと落ちる。

 

張り切った冒険者達の立てた砂埃で、すっかり全身薄茶色になってしまった俺なのだった。

 

 

 

 

 

「それでその、運動会……ですか?場所と時間はわかりましたけど。何を準備したらいいんですかね」

 

「あー、棒とか、棒の先に籠つけたやつとか、太くて長い綱とか……あと地面に線を引く必要があるから石灰もだな。それと組分けをするから大量の赤白はちまきを……」

 

 

 

マジカル・シェンカー・グループの本部で、俺はチキンに運動会の準備を頼みに来ていた。

 

ハイウエストのワイドパンツをサスペンダーで着こなしたチキンの隣では、割と珍しい大柄な虎系の猫人族が必死に俺の言葉をメモしている。

 

たしかイカとかスカとかって名前の子だったかな?

 

 

 

「ちょっとちょっと待ってください、色々用意するものがありますね。あと、はち……まき、ですか……それってなんですか?」

 

「頭に巻くこれぐらいの幅の布なんだけど……」

 

 

 

俺はチキンに人差し指と親指で幅を示す。

 

ぶっちゃけ手に入るならゼッケンとかでもいいんだけど、布は高いんだよ。

 

同じ色のものが大量に手に入るとも限らないし、調達コストは低いほうがいい。

 

 

 

「包帯みたいなもんですか」

 

「まあそんなもんかな」

 

「それぐらいならなんとかなりそうですけど、練兵場の周りも整地しないと全員は入れませんね」

 

「ああ、できたらでいいんだけど、両側に観客席みたいなのを作りたいんだが」

 

 

 

今回の企画は冒険者組の日頃の成果の発表場所兼、他部署の人員とのコミュニケーションの強化が目的なんだ。

 

外部から客を招く事も考えてるからな、競技を見にくい地べたに座らせとくのも体裁が悪いだろう。

 

 

 

「うーん、再来週ですよね?ちょっと土木班も予定が詰まりすぎてますね。三週間後って事にはなりませんか」

 

「ああ、全然いいよ。ただ冒険者には再来週って言っちゃったからそこらへんの告知も任せていいか?」

 

「わかりました。それで、今回の話はこのイスカに任せようと思うんですけど……」

 

 

 

目つきの鋭い虎人族はペコリと頭を下げ、一言「イスカです」とだけ言った。

 

カチッとしたカーキ色の背広を前から押し上げる大きな胸は、巨乳というよりは胸板という感じ。

 

黄色と黒の長いしっぽはバシッと上を向いていてカッコイイ。

 

それにしてもほんとに身体がでかいな、なんでこいつ管理職候補なんだ?

 

 

 

「いいガタイだな、冒険者上がりかい?」

 

「い、いえ……元は花市場で働いてました。冒険者はその……喧嘩とかが苦手で……」

 

「そ、そう……」

 

 

 

イスカの大きな身体がシュンと縮こまって、黒と黄色の尻尾は下に垂れ下がってしまった。

 

多分これまで、結構色んなところでガタイのこととかも言われてきたんだろう。

 

まあ、それでもうちの組織なら気にすることないよな、冒険者にだって小柄なやつはいるんだし。

 

別に管理職だって身体がデカくて困る事なんかないんだから。

 

 

 

「ま、仕事にガタイは関係ないよな。とにかく、三週間よろしく頼むぞ。せっかくやるんだから、いい祭りにしよう」

 

「かしこまりました」

 

 

 

垂れ下がっていた尻尾にギュッと力が入る。

 

なんか、尻尾で気持ちが全部わかる子なのかなぁ。

 

鉄面皮な管理職よりは親しみやすくていいんだろうけど。

 

 

 

「あの……私のしっぽ、なにかおかしいですか?」

 

「あ、いや、なんでもないよ」

 

「イスカ、お前のしっぽは上に下にと忙しないんだよ」

 

 

 

とっさにごまかしてしまった俺だが、横で書類を捲っていたチキンからツッコミが入ってしまった。

 

言われた虎娘は、ギョッとした様子で尻尾を背広の中に隠す。

 

あ……しっぽが動いてるの、自覚なかったのね……




後半は三日以内に更新します

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