異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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風邪だいたい治りました、夏風邪は長引きますので皆さんもお気をつけください。


第48話 水遊び 楽しいけれど 金かかる

金持ち。

 

金持ちのイメージってなんだろうな?

 

広い庭、デカい犬。

 

外車、発売したてのゲーム機、流行り廃りのあれやこれ。

 

色んなイメージがあるだろうが……

 

俺の思う金持ちのイメージとは、自家用プールだ。

 

いつでも入れるプールってのは、そんなに泳ぎに興味がない俺からしても羨ましい。

 

エアロバイクやウォーキングマシンとは格が違う、値段からしても家トレの王様じゃないか?

 

何より、夏のプールってのは基本的にバカみたいに混むものだ。

 

そんな混雑を避け、人目を気にせず、好き放題泳ぎ、水と戯れる。

 

最高にセレブリティ溢れる行為だとは思わないか?

 

いやいや、この世界にだってプールは一応あるんだ。

 

ただ上水道がない場所が多いから、前世よりもはるかにコストが跳ね上がるんだよな。

 

あるにはあるが、現実的じゃないってことだ。

 

『家の風呂が温泉』みたいな感じで、探せばどこかにはあるんだろうけど、普及率的に見れば実質的にはないのと同じだ。

 

でも俺はそういうのに弱いんだ。

 

なぜかって?

 

いかにも金持ちっぽいじゃないか。

 

 

 

「旦那様、庭には珍しいシュロの苗木を植えたばかりでございます」

 

「うーん、それを抜きにしたところで少々狭いか……」

 

 

 

さっそく庭師の爺さんに計画を話したが、家の庭じゃあプールは難しいようだ。

 

それに庭のすぐ隣は普通に道路だ。

 

俺にはローラさんのわがままボディをほかの男に見せてやる趣味はない。

 

しょうがないな……家にプールは諦めるか。

 

なーに、ちょっと離れる事になるが、土地ならあるんだ。

 

大学のキャンパスがすっぽり入るような、広大な土地がな。

 

 

 

 

 

「サワディ様、奥様に敬礼!」

 

 

 

そんな号令で俺達に軍隊式の敬礼をくれたのは、劇場建設予定地を守る警備隊の皆だ。

 

拠点なんかの警備だと非番の冒険者のバイトなんかでも大丈夫なんだが、さすがにここは規模が違うから希望者を纏めて専属の警備隊が新設されたんだ。

 

揃いのシャツを着て、胸元にはシェンカー家の決済印を子供がフリーハンドで書き直したような意匠のワッペンが貼られている。

 

腰には細剣、手には短槍、目はギラギラ、殺意ムンムンの警備員たちだ。

 

面子の中には元冒険者なんかの退役奴隷も結構いるけど、まぁ単純に増えた奴隷の雇用対策って面もあるのかな。

 

退役者に自分で商売をやりたいっていう独立希望者はそこそこいるけど、全員に店や屋台を持たせられるわけじゃないしね。

 

ここで稼いで、自分で屋台を持つって手もある。

 

警備隊長はまだ現役の奴隷で、狼人族のルビカって娘だ。

 

なんか索敵に使える祝福を持ってるらしい。

 

 

 

「まだ年若いようだが、君が隊長か?」

 

「そうであります!」

 

「なぜ選ばれた?」

 

「狼の神の加護を持っていたからであります!」

 

「ほう、狼人族に狼の神の加護ときたら、神子じゃないか。なぜ奴隷に?」

 

「はっ!本当に神の子なのかを確かめるために、村で毒を盛られました!」

 

「そうか、田舎ではよくある話と聞くな」

 

「はっ!よくある事です!」

 

 

 

なんかローラさんと警備隊長がめちゃくちゃ物騒な話ししてるけど、やっぱこっちの神様がくれるのって祝福っていうか呪いだよなぁ。

 

神が実在したら実在したで、実際迷惑な話だよ。

 

 

 

「どうやって敵を探知する?」

 

「はっ!私は群れと、それ以外の存在を分けて感じ取れます!」

 

「そうか、距離はどれぐらいだ?」

 

「この土地はすっかり見通せます!」

 

「心強いじゃないか」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 

聞こえてくるやり取りは別にいいんだけど、ふたりとも目が笑ってなくて超怖いんだよ。

 

さっさと案内してくんないかなぁ。

 

 

 

結局それからしばらく待たされたあと、ようやく敷地内の案内が始まった。

 

 

 

「外縁部にはとりあえず杭を立てていますが、段階的に煉瓦で壁を作っていっています」

 

 

 

もちろん外縁部は真っ直ぐじゃない。

 

まだ建物が残っている場所もあるし、土地自体も凸凹、ぐにゃぐにゃで手直しが必要だ。

 

土木工事の経験豊富な人材が揃ってて良かったな。

 

遠くの方で、外縁部を短槍を持った連中がうろうろとパトロールをしているのが見える。

 

大変そうだ、ちゃんと夜とか寝れてるのかな?

 

 

 

「これって夜はどうしてるの?」

 

「はっ!夜は物資集積地にのみ人を置いています!朝になって不審者がいればその都度追い出す形です!」

 

「そ、そうなんだ……無理のないようにね」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 

いちいち勢いに押されるわ。

 

とにかく、今日来た理由はプールの建設を命じることだ。

 

一応存在する劇場建設用の青写真と現地を見比べながら、当たり障りのない場所に縄張りをさせた。

 

 

 

「ここをだいたい君の胸ぐらいまで掘り下げてくれ。排水が必要だから基礎工事の時点で下水に繋げること。固めるのは俺の魔法でやる」

 

「かしこまりました!」

 

 

 

強化魔法は土木工事にも使えることは地下で立証済みだ。

 

なんかどんどん裏技的な魔法の使い方に詳しくなっていっているような気もするが、俺が気づくような事は実戦でも普通に使っているだろう。

 

もちろん権威ある魔法使いが、わざわざ土木工事なんかに関わらないって事も大いにありそうだが……

 

結局俺にとっちゃ魔法は道具だ、結果が出ればそれでいいんだ。

 

 

 

「失礼します!昼食が届きました!」

 

「通せっ!」

 

 

 

飯は嬉しいが、この仰々しいのはなんとかならんのか……

 

性格なのか、教育なのか。

 

元正規兵の鱗人族のメンチが入ってくる前は、もっとゆるふわだった気がするなぁ。

 

遠くの方から、せいろを持った犬人族がゆっくりと歩いてくるのが見える。

 

見たことあるな、たしか音楽隊にいたから俺の結婚の恩赦で退役になったんじゃなかったかな。

 

 

 

「お待たせしました〜、肉饅頭と焼きモロコシです」

 

「ありがとう。君、音楽隊にいたよな」

 

「あっ、はい!シーナです、今は屋台を任されてます」

 

「彼女は最近結婚しまして、今は妊娠中であります!」

 

 

 

ルビカがフンフン鼻を鳴らしながら言う、妊娠がわかるのも狼の神の加護なんだろうか?

 

 

 

「へぇ〜、おめでとう」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

シーナはピコピコ耳を動かしながら、はにかんで笑った。

 

俺も一応雇い主みたいなもんだし、祝い金でも出しといた方がいいのかな。

 

ポケットから金貨を1枚取り出して、シーナの前に出した。

 

 

 

「これから何かと入用でしょ?これ、ご祝儀って事で」

 

 

 

その金貨の輝きを見て、周りの談笑がピタッと止まった。

 

風で砂が流れる音がはっきりと聞こえるぐらい場が静かになり、俺が周りを見回すとローラさんだけが苦笑している。

 

シーナはガクガクと体を震わせて、胸の前で両手を組んで跪いた。

 

 

 

「お許しください、この子には夫の実家を継がせる未来がございます。この子を産んだら私が戻ります、どうかお許しを……」

 

「え、なに?どういうこと?」

 

 

 

俺が戸惑っていると、ローラさんが耳打ちをしてくれた。

 

 

 

「君、腹の中の赤ん坊を買い付けてると思われているぞ」

 

「えっ!?いやいや!違うんだよ!!」

 

 

 

俺は慌てて妊婦のシーナを立たせ、そういう意図ではないことを告げた。

 

周りのみんなも明らかにホッとした様子だった。

 

なんとかなだめすかしてシーナを帰らせたが、なんかどっと疲れてしまったよ。

 

 

 

「しかし、奴隷の子供って普通はどうなの?」

 

「はっ!主人の方針によります!」

 

「じゃあうちの奴隷の子供は奴隷じゃないって事にするから、またチキンとも調整するわ」

 

「かしこまりました!私の力の及ぶ限り周知致します!」

 

「まぁ、そういうことで……疲れたから帰るわ」

 

「かしこまりました!」

 

 

 

狼人族の警備隊長、ルビカの威勢のいい声に見送られ、俺達は家路についた。

 

ちなみに、ご祝儀を渡すのは見送った。

 

旦那さんに勘違いされてもかなわんからな……

 

おっとそうだ、服屋に寄って濡れても透けない生地で水着のようなものを作らせないと。

 

やることが多いが、今やってしまわないとな。

 

俺の趣味とはいえ、どうせプールを作るなら福利厚生に組み込んでしまいたいからね。

 

奴隷達に裸で泳がれては俺が困る。

 

デザインは奴隷の分ならなんでもいいが、ローラさんの分はしっかり色気のあるやつも頼んどかないとな。

 

俺が困るから。

 

 

 

 

 

それから一週間、俺は忙しくしていてプールのことを完全に忘れていた。

 

しょうがないだろ。

 

学校の授業は免除されたとはいえ、朝から夕方まで研究して疲れて帰り……

 

帰ったら帰ったで芝居、読書、いちゃつき、たまに仕事と、やることはたくさんあるんだ。

 

最近は椎茸の栽培なんて趣味も始めたしな。

 

休日の前日に、水着を頼んでいた服屋が出来上がったものを持ってきて思い出したぐらいだ。

 

結局プールってのは俺にとってありゃあるで嬉しいが、なきゃあないで全く問題のない物なんだな。

 

まさにステータスを満たすためだけの代物だ。

 

作って後悔とは言わんけど、別に来年作っても良かったかな。

 

まあでも、作るように言っちゃったものはしょうがない。

 

俺とローラさんは、休日の朝から再び劇場建設予定地へと足を運んだのだった。

 

 

 

「なかなか手が早いじゃないか、優秀だな」

 

「はっ!ありがとうございます!」

 

 

 

ローラさんはすり鉢状に作られた、直径二十五メートルほどのプールにご満悦のようだった。

 

プール自体にじゃなくて、その実務力に対してだろうけど。

 

土むき出しじゃなくて、プール全体とその周りの地面にも白い石を敷き詰めてあるから見た目も結構爽やかだ。

 

 

 

「とりあえず強化かけるから、作業員達で上から叩いてって」

 

「かしこまりました!」

 

 

 

俺がプールとその周りに強化魔法をかけると、固めたいところを作業員達が大木槌でガンガン叩いていく。

 

これはまぁバグ技みたいなもので。

 

ものの引き合う力とか、混ざり合う力を強化して、そこを物理的に叩くことで無理やり固めていっているのだ。

 

強度は地下で実践済みだ。

 

地下の天井や壁はその二十メートル上を超巨獣が暴れ回っても、まだ一箇所も崩壊を起こしていない。

 

ちなみに冒険者組の盾なんかでも実験したんだが、一、二年前の支給品を未だに使ってるやつもいるから多分成功してるんだろう。

 

一応実験では斬りかかった剣が折れたりしてたけど、巨獣や超巨獣相手にどこまで通用するかは不明だしな。

 

一回ぐらいローラさんの魔法で試してみてもいいかな?

 

でもそれはまた今度にしよう。

 

今日はプールづくりをやらなければな。

 

叩き忘れがないかどうかを確認したり、排水機構がちゃんと機能しているかどうかを確かめたりしていたらあっという間に時間が流れてしまい、水入れは昼飯の後になった。

 

 

 

「こりゃ二、三回排水しなきゃ駄目かな?」

 

「そうかもね、思ったよりも水が濁るなぁ」

 

 

 

俺とローラさんが手から水を出してプールを埋めるが、どうにも水が濁る。

 

やはり泥や砂が残っているからな。

 

奴隷達がブラシでプールを擦って清掃するのを見ながら、俺たちは俺たちで高圧洗浄機のように水を汚いところに吹き付けていく。

 

これも何回もやっていると時間がかかり、あっという間に夕陽が沈む時間になってしまった。

 

別働隊が作っていた更衣室代わりの衝立はもう完成していて、後はもうだいたい綺麗になったプールに水を張るだけだ。

 

図らずもナイトプールになってしまったな。

 

作業が終わった作業員達はさっさと引き上げていき、プールサイドに残ったのはプールのへりに寝そべりながら水を出す俺と、椅子で煙草を吸いながら水を出すローラさんだけだ。

 

細くなりゆく夕陽と工事用の大型魔導灯が、徐々にせり上がる水面を照らしてなんだかいい雰囲気だ。

 

風は吹いているけど、水の近くにいるってだけで更に涼しくていいなぁ。

 

なんて事を思っていたら、どうやらうとうとしてしまっていたらしい。

 

プールのへりに上がってきた水で顔が濡れて目を覚ました。

 

 

 

「おわっ!」

 

「ははは、気持ちよさそうに寝ていたな」

 

「もう月が昇ってる」

 

「ああ、なかなか綺麗じゃないか」

 

 

 

ローラさんが指差す先を見ると、白い石がまんべんなく敷き詰められた丸いプールの真ん中に、黄金の月がぷかりと浮かんでいた。

 

俺は服を全部脱ぎ捨てて、準備運動もなしにプールに飛び込んだ。

 

どうせ周りには誰もいないし、私有地の奥まった場所なんだ。

 

遠慮なんかいらない。

 

冷たい水が寝起きで汗ばむ体に気持ちいい。

 

中央の底めがけて平泳ぎで潜水して進む。

 

魔導灯に照らされた水の中は意外と暗く、水面に落ちた月の影もどこにも見当たらない。

 

水から顔を出して、ローラさんの姿を探す。

 

水面からツライチになったプールサイドには、彼女の脱いだ服だけが風に吹かれていた。

 

水の中から足を引っ張られる。

 

水の中に、金髪の女神様が微笑んでいた。

 

俺たちは水の上に出て、髪がぐしゃぐしゃになったお互いを見て笑いあう。

 

 

 

「気持ちいい」

 

「そうだな、いいものじゃないか」

 

「ほんとは昼間に入りたかったんですけどね」

 

「夜だっていい、見ろ、私達の他には月しかいない」

 

 

 

髪を全て後ろに回し、凛々しい眉をお茶目に曲げて月を指差すローラさんはとても決まっていて、俺はしばらくの間彼女に見とれていた。

 

水も滴るいい女じゃないか。

 

俺は力を抜き、プールにぷかりと浮かんで空を見上げる。

 

この世界の夜には光源が少ない、砂粒のような星が夜空一面に広がっているのがよく見えた。

 

 

 

「そうですね、この夜空を貸し切りだ」

 

「ああ、贅沢じゃないか」

 

 

 

と言った瞬間、白い竜が閃光を伴って、満天の夜空を凄いスピードで駆け抜けていった。

 

俺とローラさんはどちらからともなく、クスクスと笑いあった。

 

やっぱり夏はプールだ。

 

青春だからな。

 

それに加えてプライベートなプールなら最高だ。

 

セレブリティな青春になるからな。

 

そして夜なら?

 

そりゃ……もっと最高だろ!

 

結局水が汚れたので、もう一回水を入れ直して帰る事になり、帰る頃には若干肌寒さを感じるぐらいだった。

 

くしゃみを一つして、一応風呂に入ってから寝た。

 

やはり、何事もほどほどがいいな。

 

 

 

 

 

次の日から、プールは奴隷達用の保養地として開放されることになった。

 

服屋から買ってきた水着はデザインが地味だからかあんまり評判が良くなくて、退役奴隷達の中には流行りのデザインの服をわざわざ水着用に仕立ててもらう奴もいたらしい。

 

俺は見てないから知らん。

 

雇い主とはいえ、うら若き女性のひしめくプールに行くのはさすがにきついからな。

 

もう途中からは人気がすぎて芋洗いみたいな状況になっていたらしくて……

 

週の半ばには水が半分ぐらい抜けちゃって大変だったそうだ。

 

結局人海戦術で水場から水を運んで入れたらしいんだけど……

 

なんか悪いから、魔結晶を入れて水を吐き出す魔具の魔具水瓶(むげんじゃぐち)かなんかを買ってくるかした方がいいのかもな。

 

どうせうちなら魔結晶はタダだからランニングコスト的には最良なわけだし。

 

まあ、もう夏も中盤だし、来年からでもいいか。

 

俺とローラさんは週末限定だが水の入れ替え役も兼ねてプールを独占し、大いに夏を楽しんだのだった。

 

これは余談だが、どこからか話を聞きつけた下の兄貴にもこの夏に一度だけプールを貸し出す事になった。

 

彼とその仲間達は水辺でバーベキューをし、酒を飲み、服のままプールに飛び込み、溺れて死にかけたそうだ。

 

お酒を飲んでの水泳はやめよう。

 

俺は看板にやさしい言葉でそう書き付けて、そっとプールサイドに設置したのだった。




久々にハーゲンダッツ食べたら腹下しました。

やっぱりエッセルスーパーカップがナンバーワン!!!!!!!!!!

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