異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず) 作:岸若まみず
そのうち一個に纏めます。
貴族のパワーってすげー!
本当にそう思う。
なぜなら、あんなに苦心していた用地取得が、貴族の配偶者になった瞬間めちゃくちゃ簡単になったからだ。
というか、こちらから出向くまでもなくトルキイバで一番でかい不動産屋が来て……
「なにやらサワディ様は劇場の用地をお探しだとか小耳に挟みまして……」
なんて言いながら、良さそうな土地周りの売却委任状を纏めて売り込んできたんだよね。
これまでは工場用地やらアパート用地やらをちまちま買っていただけでも用地取得に苦心していたわけだけど。
今回不動産屋が持ってきたのは、大学だってすっぽり入りそうな大用地。
値段も相場プラスちょい乗せぐらいで、めちゃくちゃいい話だ。
これまでの人生では、実家の大商家であるシェンカー家の看板にお世話になってきたんだが、やっぱ貴族っていう看板の方が圧倒的に凄いんだわ。
話の進みが
もちろん俺は一も二もなく飛びついた。
とはいえ、その土地代はこれまで貯めてた金ではまるで足りなかったんで、その分は二年ローンにしてもらった。
普通はこのレベルのローンを組むと保証人が必要になるんだけど……
不動産屋からは保証人もなしでオッケーと言われてしまって、腰抜かしてちびりそうになった。
いやいや、これまで増収増益で来てるから、普通に返せるんだよ?
返せるけど、なんだかこれまでとは自分の身分が違うんだという事を実感したというか、貴種としての重責を感じるというか……
まぁ、できる事が増えたんだと前向きに考えるか。
土地の方は所々に建物があったり勾配があったりする場所だったから、奴隷達に更地に直させるつもりだ。
上モノを建てるお金が貯まるまでは、練兵場か運動場にでもしておくかな。
そんなこんなで一世一代の買い物を終わらせてからしばらくたった、夏真っ盛りの日の事だ。
今日は休みで、俺は家の安楽椅子でぼーっと外を眺めていた。
なぜかわからないが、大きい買い物をしてしまった後は不思議と放心状態になってしまうんだよね。
多分、頭の中で得たものと失ったものが喧嘩をしているんだろうな。
窓際では新妻のローラさんが本のページを捲っていて、風に揺られたカーテンが床に光のグラデーションを作っていた。
頭の上で寝息を立てる小飛竜のトルフの尻尾が目の前をゆらゆらと右へ左へ行き来する。
メトロノームのように規則的なその動きに、ぐっと湧いてきた眠気にそのまま身を委ねようかと思った所で、家の使用人が入ってきた。
「旦那様、奥様、お食事のご用意ができました」
「ああ」
「うむ」
なんだか気だるい体を引きずって、食堂まで歩いていく。
俺達魔法使いは風を纏えるから暑さにまいるような事は早々ない。
しかし、たとえ一日中扇風機の前にいようが、暑いものは暑いのだ。
夏は暑い、夏はダルい、これは世界を跨いだ真理だった。
「本日の昼食は子羊のあばら肉のソテーでございます。スープはトマトの……」
メイド長のミオン婆さんが色々説明してくれるが、何も頭に入ってこない。
だめだ、食欲が湧かない。
もっとさっぱりしたものが食べたいなぁ。
ま、出されりゃ何でも食べるけどさ。
「クゥーン……」
「あら、トルフちゃんもお腹すいたの?じゃああなたはこれね」
俺が熱いラムチョップと格闘していると、ミオン婆さんはエプロンのポケットから魔結晶を取り出して小飛竜の前に持ってきた。
トルフってのはローラさんがつけた名前だ。
由来はわからんが、変な名前じゃなくてよかったよ。
この世界で前世ではど直球で下ネタな名前の人がいたりしても、俺にしかわからないから笑うに笑えなくて地獄なんだよな。
トルフはミオン婆さんの手から魔結晶を受け取ってひと飲みにして、そのまま手に頭を擦りつけた。
今のところ、学習型の造魔のこの家の使用人からの評判はいい感じだ。
みんな割と可愛がってくれているようで、ミオン婆さんなんか籠と布でトルフの寝床を作ってくれた。
他の使用人達も見かけたら触ったり話しかけたりしている。
ぶっちゃけ、まだ自我を持っていない学習段階の今は前世のペット型ロボットみたいなもんなんだが、造魔の事をよく知らない人からすればそれも個性に見えるようだ。
もっとデータがほしいから、希望する使用人に配っちゃってもいいかもしれないな。
ここの人らはみんな文字の読み書きができるから、報告書を書くのに問題もないだろうしね。
俺は婆さんの手の上で羽を開いてあくびをするトルフを見ながら、頭の中で午後からの予定を組み立てていた。
しかし、この飯は美味いんだけど、やっぱりこう、暑い日に熱々の肉とあったかいスープってのは辛いなぁ……
「どうしたんだい?」
複雑な顔で肉を頬張っているところを見られたのだろうか、向かいの席のローラさんから心配げに声をかけられた。
「ちょっと夏バテ気味でして……」
「むっ、そうなのかい?なあミオン、料理長に今夜は麦粥を用意するように言ってくれよ」
「かしこまりました」
うーん、麦粥かぁ……それもいいんだけど、元日本人としてはもっと他のものが食べたいな。
冷しゃぶとか、素麺とか……
あれ?
ていうか普通に両方できるんじゃないか?
豚肉はあるし、素麺も元は小麦だろ。
「待ってください、僕からも提案があります」
「なんだ、食べたい料理があるのかい?」
「いや、思いついた料理があるんで奴隷に作らせます」
「奴隷にか……うちの料理長が気にするんじゃないかな?」
ローラさんは厨房の方をチラッと見て言った。
そういやそうか。
シェンカー家の中だと実力主義が浸透しきっちゃってて気にもしてなかったけど、普通貴族は奴隷の作った飯なんか食わないよな。
うーん、まぁ出来上がったレシピを料理人に作らせるって事なら気にするまい。
「じゃあレシピに纏めてから持ってきますよ」
「そうだね。どれ、私も手伝おうじゃないか」
「えっ、奴隷の料理人と研究するんですけど、いいんですか?」
「おいおい、私自身は気にしないよ。なんたって、私はトルキイバの奴隷王の妻なんだぞ」
そう言って、ローラさんは茶目っ気たっぷりにウインクを飛ばした。
飯を食った後は、ローラさん用に作った八本足のバイコーンに跨って二人で俺の実家まで向かった。
今日作る予定のレシピの材料を手に入れるためだ。
うちの家はトルキイバ随一と言って間違いがないぐらいの商家なので、割とバリエーション豊富な物資が蓄積してあるんだよね。
うちの兄貴も乗り回しているはずの魔改造バイコーンは未だに目立ちまくっていて、町中では指をさされまくって恥ずかしかった。
まぁ前世で言えばフェ○ーリみたいなもんだからな、有名税だと思おうか。
「魚醤はいいんですが……干鰯に干し海藻、こんなもの何に使うんですか。肥料と飼料ですよ?」
「料理だよ料理、あと鰹節ってないか?」
「なんですかそれ、聞いたこともないですよ」
仕事中の番頭を呼び出して倉庫を案内してもらっていたが、なかなかの在庫だ。
ちなみにローラさんは親父と話している。
父娘の団欒だな。
別れ際に親父が「胃に強化魔法かけてくれ」って懇願してきたけど、盃まで交わした相手にそこまで緊張することないだろ。
今からあんな緊張してたら、子供ができたら見せに行くたびにやつれて干物みたいになっちまうぞ。
干物……おっと、そういえば干し椎茸はないのかな?
椎茸はこっちでは枯れ木キノコって呼ばれてるんだよな。
「枯れ木キノコの干し物とかは?」
「ほんの少しだけありますよ、ああいう高級品はすぐになくなりますからね」
枯れ木キノコって、東の山岳地帯の商家がほとんど独占してるんだよなぁ。
他の場所じゃ育ちにくくて、栽培もほぼ無理らしいんだけど……
一応トルキイバから遠くに見える山でも見つかることはあるらしく、遠征する冒険者の小遣いになってるらしい。
いや待てよ、俺ならここでも栽培できるか?
「よし、それもくれ。ひとつ俺が栽培してみよう」
「えぇ……?そりゃ無理だと思いますけどね……」
「そんなことはやってみなきゃわかんないだろ」
「へっ……じゃあ、まあ、成功したらうちにも卸してくださいね」
すげぇ小馬鹿にした感じで言われてしまった。
でも仕方ないか。
枯れ木キノコの栽培ってのは、民間では昔からずっと行われてる研究だからな。
あれにハマって破産する金持ちもいるんだ、小僧の道楽にしか思えんわな。
「枯れ木キノコは屋敷に送っといて」
「わかりました、魚醤と干鰯、干し海藻は本部のチキン宛てでいいんですか?」
「いや、それはすぐ使うから馬に積んどいてくれ」
「わかりました、手配します」
こういう時、リムジンみたいに長い八本足の造魔馬は楽だ。
後ろになんでも括り付けられるし。
そのかわり、町では子供に追いかけられるけどな。
俺とローラさんはマジカル・シェンカー・グループの本部につくまで、再び町の話題をかっさらったのだった。
今日回転寿司食ってきました。
隣の人と競い合うように注文してたんですけど、白熱しすぎて途中で隣人が僕の皿を取ってしまい「ごめんね」って言われました。
許しました。
おわり。