異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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主人公にも色々と身分社会の柵が見えてきました。


第21話 どの世でも オタクに恋は 難しい

王都の魔法学園から、新任の研究者が送り込まれてきた。

 

例の魔結晶(バッテリー)なしで動く造魔の研究責任者になる人物だ。

 

このトルキイバの人間でも、王都への栄転が叶うと言えば手を挙げる人は多そうだったが、マリノ教授が影響を及ぼせる範囲に適任者がいなかったようだ。

 

だからといって王都から呼びつけなくてもいいとは思うが……それはいち学生が口を出す事ではない。

 

とにかく、はるばる旅をしてやってきたその人物は、意外な経歴を持っていたのだ。

 

 

 

「ローラ・スレイラです。研究職は初めてですが、よろしくおねがいします」

 

 

 

胸にぶら下げられた数多くの勲章。

 

腰に下げられた名誉除隊(・・・・)のサーベル。

 

やってきたのは元軍人だった。

 

それも多分、かなりの大物だ。

 

その女性の眼光は柔和なものだったが、ガッチリとお団子にされた金髪は、厳しい印象を与えるものだった。

 

しかし、軍かぁ……

 

まぁ魔結晶なしでの造魔の運用なんて、軍の嗜好にどストライクだからしょうがないか。

 

俺は波風立てず、彼女の下で成果を出すだけだ。

 

気楽にやろう。

 

 

 

 

 

そうとも、学校は所詮学校。

 

ちゃんと成績さえ出ていれば、心底気楽なものなのだ。

 

だが俺個人には、他にも色々とやるべきことがあるわけだ。

 

たとえば俺自身の野望とは別に、俺には俺の『魔法使いとしてのシェンカー家』を次代につなぐ義務がある。

 

希望じゃないぞ、義務なんだ。

 

別に結婚なんかしなくったって、稼ぎさえあれば好き勝手に生きていけるんじゃないか?

 

俺もそう思っていた。

 

昔はもっとシンプルな世界だと思ってたんだ。

 

でも研究室に入ってから貴族社会に揉まれて揉まれて揉まれまくって、色々な事がわかってしまった。

 

世の中は貴族にだって甘くない。

 

強い力には、義務が生じるわけだ。

 

 

 

たとえば、学校を18で卒業した平民魔法使いのK君がいるとしよう。

 

彼は官吏になって仕事をして、いつの間にやら22歳。

 

平民に比べたら稼ぎは雲泥の差だし、気楽な一人やもめも悪くない。

 

もちろん魔法使いだから平民から嫁がとれるわけもないが、娼館なんかでお大臣するのは自由だ。

 

彼は青春を謳歌していた。

 

そこに上司から突然やってきたのが、お見合い話だ。

 

しかも、お相手は自分よりも10歳も年上の、子持ちのご令嬢(・・・)

 

魔法使いとはいえ彼はほぼ平民、上司は貴族だ、断れるわけがない。

 

かくして彼は家庭を持つことになり、その後2人の子供をもうけて貴族の仲間入りをしたそうな。

 

めでたしめでたしだ。

 

よくある。

 

非常によくある話だ。

 

貴族側は目をかけている若者に善意で(・・・)これをやる。

 

嫌なら断ってもいい。

 

そんな意味のない言葉を投げかけながらな。

 

俺なんか格好の的だ。

 

地元の名士の三男だぞ?

 

俺が貴族でも早々に適当な縁談ぶっこむわ。 

 

 

 

そういう理由で、俺は13歳の身にして婚活をやっているのだ。

 

どうせ結婚するなら、夫が働かずに趣味に没頭していても文句を言わない、未婚の女がいいからな……

 

ちなみに粉をかけていたクラスの女子には、こう言われて振られた。

 

 

 

『あんた芝居の話しかできないの?』

 

 

 

ごもっともだ。

 

でも他に楽しいことなんて、この文化後進地帯にはないんだよ……勘弁しておくれ。

 

そんなわけで俺は毎週末にはサロンに顔を出したり、趣味人の集まる茶会に行ってみたり、隣のクラスの女の子に詩を送ったりと、涙ぐましい努力をしているんだ。

 

でも努力がなかなか実らないのは、俺の努力が足りないのか?

 

それとも芝居の話しかできない俺がキモいのか?

 

そうして婚活が上手くいかず、家で悶々としていた所に、学校の友人のジニとエラが訪ねてきたのだった。

 

 

 

「最近恋人探しに躍起になってんだって?やだねぇ、モテないくんは」

 

「ジニくん、そんな事言っちゃ悪いですよ」

 

「許嫁持ちどもが、一人もんを笑いに来たのか?」

 

 

 

こんな事を言っているが……実はジニの許嫁の事も、エラの許嫁の事も、俺は全く知らない。

 

普段言わなくていい事まで喋りまくるこの二人が口に出したがらないってことは、結構やばい人なんじゃないだろうか。

 

3人の友情が結婚と同時に崩れ去ったりしたら嫌だな。

 

 

 

「今日はお前に女紹介してやろうと思ってさ」

 

「結構評判の女性だそうですよ、深窓の令嬢ってやつです」

 

「栗色の美しい髪が腰のあたりまであって、まるで歌劇『オニオン座の女帝』の女神みたいだってよ」

 

「そんな評判の女性がなぜ未婚なんだ」

 

 

 

もうこの時点で胡散臭いだろ。

 

残り物には理由があるんだよな。

 

 

 

「それがですねぇ、なにやら結婚に条件をつけている人だとかで、なかなかお眼鏡に叶う人がいないそうなんですよ」

 

「その条件って?」

 

「それがわからないんですよ」

 

「行きゃ教えてくれるって」

 

 

 

なんてふわふわな……

 

でも気になることは気になるんだよな。

 

正直藁にもすがる思いではあるのだ。

 

 

 

「ためしに詩でも持って行ってみようぜ」

 

「そうですよ、ものは試しですから」

 

「うーん……それじゃあ、まぁ行くだけ行ってみるか」

 

 

 

基本的に物見高い俺達である。

 

期待半分、冷やかし半分で、早速噂の令嬢の家へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

トルキイバの南側にあるその家は、厳しい武家屋敷風の造りで、練兵場が併設されていた。

 

先触れとして、うちの奴隷のチキンに例のお嬢様への詩を持たせてダメ元で向かわせたところ……

 

意外な言葉が返ってきた。

 

 

 

「お会いになられるそうです」

 

「えっ、ほんと?」

 

「お嬢様はお庭でお待ちです」

 

 

 

顔に真一文字の切り傷を持った強面の執事に連れられて、俺達はとんでもないスピード感で深窓の令嬢と面会する事になったのだった。

 

重厚な門のちいさな潜り戸を抜けて、すぐ横の無骨な練兵場へと案内されて待たされる。

 

ていうかここが庭かよ!

 

 

 

「どなたが私に詩を送ってくれた方?」

 

 

 

すごい速さで件の令嬢が現れた。

 

友人二人は、横で俺の事を指さしている。

 

ここまでのスピード感のせいで、すでに深窓の令嬢っていう印象は微塵もなくなってしまったが、たしかに美人だ。

 

鳶色の目は零れ落ちそうなほどに大きく、意志の強さを感じる濃い眉によく似合っている。

 

噂の豊かな栗色の後ろ髪はネットに収められ、その上からは漆黒のヘルメットを被せられていた。

 

さ、最近の流行りなのかな……?

 

胸元は鎧に包まれていてよくわからないが、すらっと伸びた長い足は彼女の立ち姿を絵画のように美しくしていた。

 

前評判通りといえば前評判通りだ……

 

ちょっと物騒な感じだけど。

 

 

 

「私、詩はわからないの」

 

「そ、そうなんですか……」

 

「芝居も、料理も、歌も、どれもピンとこないわ。刺繍も、花も、紅茶もね……」

 

 

 

ぽつぽつと、令嬢は語る。

 

 

 

「そ、そういうこともありますよね」

 

「私、剣が好きなの」

 

「へ、へぇ〜」

 

「だからね……」

 

 

 

彼女は腰から銀の直剣を抜き放って、爛々と燃える目で言った。

 

 

 

「結婚相手は、剣で決める事にしたわ」

 

 

 

竜の彫られたそれは、日光を反射してぎらりと光る。

 

瞬間、3人の誰からとも知れず、俺達は脱兎の如く走り始めていた。

 

 

 

「逃がすなーっ!お嬢の試しの儀じゃあーっ!」

 

「閂かけろーっ!」

 

「縄打て!縄!」

 

 

 

物騒な声の飛び交う戦場を、俺達は無我夢中で駆け抜けた。

 

俺が再生魔法の天才じゃなかったら、どうなっていたことか……

 

もう深窓の令嬢は懲り懲りだよ……




大貴族 > 貴族 > 貴種(魔法使い) >>>>>> 平民(魔法使い) >>>>>>>>> 平民

みたいな感じです。

澤田くんも研究室に入ってから色んな先輩達を見てきました。

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