異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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名もなきゆるふわ奴隷の話です。


第16話 毎日の 小さな事を 噛み締めて

「シェンカー家から来ました」

 

「おっ、待ってたよ!」

 

 

 

派遣先に来たらまずは笑顔で挨拶。

 

シェンカー家で教えられた、基本中の基本。

 

他にも色々教わったけど、これを忘れたのがバレると厳しく躾けられるぐらいなのだ。

 

挨拶は本当にタイセツだ。

 

私は奴隷、しかもまとも(・・・)じゃない奴隷だ。

 

最近まで咳が止まらなくて死にかけで、欠損奴隷扱いで親に売られてしまったのだ。

 

このまま激安娼館なんかに売られて使い捨てにされるか、巨獣の釣り餌として使われるのかと思っていたら、魔法使いのサワディ様に拾われた。

 

そのサワディ様に他の奴隷たちと一緒に流れ作業で治療されて、あっという間に咳は止まった。

 

胸いっぱい空気を吸い込んでも苦しくならないなんて、生まれてきてから初めての事で、あたしびっくりして泣き出しちゃった。

 

お腹いっぱいご飯を食べさせてもらって、寝床と自分用の布団も貰った。

 

お姫様みたいな扱いだ。

 

それからとてつもなく美人な先輩奴隷に何度か話を聞かれ、もう一度サワディ様に治療されてから軽作業班に回されて、今に至る。

 

なんだか怒涛の毎日だ。

 

でもご飯は3食出るし、弁当も持たせてもらえるし、以前より随分健康になったように思える。

 

奴隷ってもっと辛く苦しいものだと思っていたんだけど、いろんな奴隷の形があるのね。

 

運も良かったと思う、また売られないように一生懸命務めよう。

 

今日は隣町の工務店の手伝いだ。

 

工事系は身体的にはキツイけど、早終わりすることがあるからそういう時はオイシイ。

 

 

 

「この壁の塗装剥がしてほしいんだよね、詳しい事はこいつに聞いて」

 

「あんだよ女か、俺は1回しか言わないからよく聞いとけよ」

 

「は、はいっ!」

 

 

 

強面の職人さんは口ではああ言ったけど、何回もお手本を見せて教えてくれた。

 

水をつけた硬いたわしで、力いっぱい壁をごしごし擦るだけだ。

 

色が変わってきたら別の所をやる、簡単だ。

 

よーし、やるぞぉ。

 

 

 

「おい姉ちゃん、昼飯は……ってもうこんなに進んだのか!?」

 

 

 

もうお昼の時間みたいだ。

 

さっきの職人さんは壁を見て驚いてるみたい。

 

ふふーん、結構頑張ってやったもんね。

 

 

 

「よしよし、気合い入れてやってくれたんだな。これ昼飯!屋台の粥だけどよ」

 

「えっ、ありがとうございます!」

 

「おう、しっかり食って、午後からもばっちり頼むぜ」

 

「はいっ!」

 

 

 

とってもお腹が空いてるんだけど、お弁当とお粥両方食べたら太っちゃうかしら?

 

そういえばこれまで飢える心配はしても、太る心配なんてしたことなかったな。

 

この日は夕方まで作業をしたけど、また明日も頼むよって言ってもらえた。

 

まぁキツい仕事だけど、下水道の詰まり取りとかの臭くて汚いとこよりはいいかな。

 

 

 

 

 

家に帰る途中、大通りに出たら人だかりができていた。

 

なんだろうと覗き込むと、冒険者班のロースさんの部隊が冒険者ギルドから帰ってきたところみたいだ。

 

 

 

「赤毛のが『氷漬け』のロースだ、いい女だろ?」

 

「あんな気の強そうな魚人はごめんだね、ナニ(・・)を食い千切られちまうよ」

 

「馬鹿、ああいう女ほど情に厚いんだよ」

 

「出たよ、おめぇのカミさんの薄情な事ったらねぇだろ。女見る目がないんだよお前は」

 

「んだと?独り身の癖しやがって、羨ましいぞ!」

 

 

 

町の人達が見物しながら、口々に好きな事を話している。

 

揃いの鎧に身を固めて武装した女冒険者の集団はたしかに見栄えがする、退屈した人たちが見物に来るのもわかるかも。

 

副頭領のロースさんは最近ヨロイカミキリの討伐の手伝いをしたってことで、吟遊詩人にも歌われてる有名人だしね。

 

たしかヨロイカミキリを釣ってきた首領のメンチさんが左腕を噛みちぎられながらも花火を打ち上げて、『星屑』のアルセリカ様に止めを刺してもらったんだっけ。

 

出会ったら即死の化け物と戦って生き残ってるだけでも凄いのに、まだまだ現役なんだもんなぁ……

 

気弱な私には冒険者は無理だけど、かっこいいなぁとは思う。

 

お駄賃も私達の倍だしね。

 

 

 

 

 

お家に帰ってきたら、まずはチキンさんに挨拶だ。

 

この人は会計役の知識奴隷で、サワディ様からも古参の奴隷のお姉さん達からもとても頼りにされている。

 

 

 

「ただいま戻りました」

 

「おかえり、首尾よくいった?」

 

「はい、また明日も頼むって言われました」

 

「朝2つまでに、ここの事務所まで受付に来てもらうように話した?」

 

「はい、話しました。これ割符です」

 

 

 

私は模様の書かれた木の板をチキンさんに渡した。

 

なんでもこれが戻ってこなかったら仕事が不首尾だったって事で、前払いで貰ったお金を返金しに行くらしい。

 

そんな事になったらどんなに恐ろしいか。

 

まわりの仲間達から針の筵だ、多分3日はご飯の味がしないだろうな。

 

 

 

「ん、わかった。また明日も今日と同じ所を頼むと思う。お疲れ様、今日の駄賃だ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

うちの凄いところは、奴隷なのにお駄賃を貰えることだ。

 

ちょっとした買い食いや、お洒落、あとは日用品なんかを買うのに使える。

 

休みの日は休みが被った仲間と買い物に行くのがとっても楽しみなんだ。

 

この間は南の方の評判な豆菓子屋に行ったんだけど、もうほっぺたが落ちるほど美味しかった。

 

次の休みが今から楽しみだ。

 

今日のご飯はもうできてるかな?

 

その前に水浴びしてこようかな。

 

ハントさんの読んでくれる本、今日はどんな話かな?

 

奴隷になったのに、実家よりもこんなに楽しいことが増えるなんて思ってもみなかった。

 

また明日も、お仕事頑張るぞー!




この小説の連載が終わったらオリジナルは一旦終了ということにします。

神のコンテンツ、アイドルマスターシンデレラガールズの二次創作に戻ります。

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