異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず) 作:岸若まみず
状況が変わりましたので次はもっと早く更新できると思います。
時計塔級造魔を好き放題ぶん回した翌日。
「昨日は殺風景な場所にいたから、今日は華やかなお芝居でも見たいわね」
暖かな陽光の差す朝食の席で、お義姉さんは子供用の高椅子に座るラクスにパンを食べさせながらぽつりとそう言った。
ああ良かった……造魔が見たいと言われるよりは、芝居が見たいと言われる方がよっぽど気が楽だ。
うちには小麦粉と芝居はいつでも売るほどあるわけだからな。
「カリーヤ姉様、うちの旦那は芝居好きでね。趣味が高じて自分の劇場を建ててしまったぐらいだ、そこへ行こう」
「あ、ぜひ! ご招待させて頂きます」
どこか自慢げなローラさんと、どうしても安堵の心を隠しきれない俺の言葉に、お義姉さんは「いいわね」と楽しそうに目を細めた。
「そういえば、完成した後にする予定だった劇場の査察もまだしていなかったな……それで、今日の演目は?」
ノアにおもちゃにされて半分の大きさになった新聞を片手に、お義兄さんがそう聞いた。
「お義兄さんに紹介して頂いたメジアスの作品ですよ、好評で助かってます」
「そうか、脚本家を紹介した者としても出来は見ておかねばな」
「ぜひぜひ、劇団の皆にも一層気合いが入ると思います」
善は急げで午前の回。
参勤交代の列のように護衛の軍人達を引き連れた馬車は、我が家の誇る劇場双子座の駐車場へと滑り込んだ。
そんなべらぼうに目立つ移動をしていたからだろうか、家族揃って馬車を降りた先には昨日と同じくトルキイバ中の貴族が勢揃いで待ち構えていたのだった。
口々に挨拶をする貴族達の間に屈強な制服軍人達が作った道を、全方位に愛想を振りまく姫様とそれをエスコートするお義兄さんがゆっくりと進んでいく。
その後ろにバンと胸を張ったローラさんが続き、俺はその背中に隠れるようにして、貴族達の視線を躱しながら歩いたのだった……
姫様のエスコートはローラさんに任せ、俺はお義兄さんを連れて劇場内の案内を行う。
地下の魔力制御盤室から警備員の詰め所、役者の楽屋から便所の個室まで、図面と照らし合わせながら一つ一つ見て回る。
そこまでしなきゃならんのかって感じだけど、正直俺だって自分に信用がない事なんか重々承知の上だ。
こんな事でお義兄さんの心労が一つでも減らせるのならばいくらでも付き合おうじゃないか。
「しかし、夥しい量の魔道具だな。どこに発注した?」
大部屋役者用の給湯室で、湯沸かし用の魔道具を見つめながらお義兄さんはそう尋ねた。
「だいたいは自分で作りました。給排水の機器なんかは魔導学園のターセル技師に一部制作をお願いしましたが……」
「逆に聞こうか……お前、できない事は何だ?」
「えっと……料理、演奏、戦働き、あとは……政治ですかね」
俺の言葉にお義兄さんはフンと鼻を鳴らし、じろりとこちらを見た。
「あまり貴様を褒めたくはないところだが、言わざるを得ん。王都の御用学者なんぞよりはよほど使える物を作る。あの
「名義はどなた様宛がよろしいので?」
「……貴様はノアやラクスの親として、そろそろうだつを上げようとは思わんのか?」
「うだつが上がっても、首が体から離れちゃあたまりませんので……」
俺が手刀で首をトントン叩きながらそう言うと、お義兄さんは頭を指で抑えながら、珍しい事にふぅと大きくため息をついた。
「ま、よかろう……どうにでもなるのを何人か上げる。フランク・マリノと共に利害関係を調整しろ」
「こりゃどうも、いつもすいません」
本当にありがたい。
王族関係者ってのは使い減りのしない最強の後ろ盾だ、大切にしよう。
凛々しい顔でメモ帳に何事かを書き付けるお義兄さんに、俺は深く深く頭を下げたのだった。
仕事が済めば、後は楽しい楽しい
開演前のざわめきに満ちた劇場、その一番上の五階席に俺達はいた。
舞台を正面から見られるソファ席には義兄夫婦が座り、その両隣を俺とローラさんが座る椅子が固める。
ソファの前の机にはアストロバックスの焼き菓子やコーヒーが置かれているが、売り子の子達も生きた心地がしなかっただろうな。
後でボーナスでも出しておこう。
あとは背後の壁際にずらりと並ぶ護衛の軍人さん達が気にならないと言ったら嘘になるが……それはまぁ、仕方のない事なのだろう。
「ソファで演劇が見られるなんて、国立劇場みたいね」
一口飲んだアストロバックスのコーヒーを机の上に置いてから、姫様はそう言った。
「えっ、国立劇場ってそうなんですか……?」
「王族の観劇用にちょうどこういう席があるのだが……まさか、知らずに作ったのか?」
「いやあ、
なーんだ、俺のセンスもいい線いってんじゃん。
まさか知らず知らずのうちに国立劇場の施設と同じ物を作ってしまうとはな……自分の才能が怖いぜ。
「まあ、あっちの方が広くて綺麗でソファも柔らかいけど」
「あ、そうですか……」
ガックリ来たが、まぁ方向性は合ってたって事だな。
「私はこれぐらいの方が落ち着くよ。国立はどうにも広すぎてね、冬は寒いし」
「たしかに、家族の憩いの場としてはちょうどいいぐらいかもしれないけどね」
ワンフロア丸々使って、ちょうどいい憩いの場って……やっぱ王族はスケールが違うわ。
そんなうちの嫁さんとお義姉さんとのハイソなセレブトークを聞くともなしに聞きながら、俺はじっと開演時間を待ったのだった。
我が劇団の誇る、稀代の天才脚本家メジアスの書いた歌劇『もう遅い』の公演中、横に座っていた姫様の顔はまさに百面相と言った様子だった。
主人公が理不尽に追放されれば眉根を寄せ、主人公達の言い合う冗談に笑い、大冒険には拳を握ってのめり込み、巨大ヤモリを倒したシーンでは他の観客達と一緒に喝采を上げる。
てっきり澄ました顔で査定されるものだと思っていた俺は面食らい、姫様の顔に釘付けになりすぎてソファの向こう側のローラさんから睨みつけられてしまった。
……すいません。
肝は冷えたが、楽しい時間はあっという間に進み。
演者全員揃ってのカーテンコールでは、絶賛の意を示す光の帯の魔法が今日も劇場内を飛び交っていた。
姫様もなかなか楽しまれたようで、目尻に浮かべた涙をハンカチで拭っているようだ。
「ああ面白かった。やっぱりメジアスの劇はいいわね」
「楽しんで頂けまして幸いです」
「最初は女だけの劇団というのはどうかと思ったけれど、見てみると華やかでいいじゃない。義弟君が思いついたのかしら?」
「そうなんですよ、これなら地方の一劇場でも売りになるかなって」
「あのヘンテコな演出はどうかと思うけれど、全体的には結構いいんじゃないかしら」
「ヘ、ヘンテコですか……」
ま、まぁ、センスってのは洗練されすぎてると逆に奇異に見えてしまうものだしな……
全体的にいいならば良しとしておこうか。
「劇はいいが、君はカリーヤ姉様の事を見すぎだぞ」
「あ、そういえば隣から熱視線が来てたわね、何か私の事が気になって?」
「あ、いえ……あまりに楽しそうに見ていらしたので、つい……」
「あら、私とてまだまだ二十の小娘ですもの。劇ぐらい素直に楽しんではいけないのかしら?」
「とんでもない、素晴らしい事ですとも」
「劇を見る時に横の観客の反応ばかり気にするのは君の悪癖だな」
「いや、その……」
俺が女性陣二人にたじたじになっている中、お義兄さんは我関せずと言った様子で舞台を見ながら、残った焼き菓子をつまんでいる。
あなたの嫁さんと妹でしょ、ちょっと取り成してくれたっていいでしょ。
そんな事を念じても、彼はただ残り物を片付けるだけだ。
「そういえば、ここは他の劇はないのかしら?」
「あ、それなら来月からリルクスの『裸族の女』を演る予定です」
「リルクス? せっかく斬新な劇団を作ったのにつまらない古典をやるのね」
うっ。
大脚本家の名作を「つまらない」などと切って捨てて許されるのは、きっとこの姫様ぐらいだろう。
少なくとも俺達演劇ファンは恐れ多くてとてもそんな事は口にできない、めんどくさいファンも多いしね。
「あ、そうだ。よかったら脚本家を紹介してあげましょうか?」
「えっ……? いいんですか!? 助かりますよ」
前世のようにインターネットで依頼ができるわけじゃない、金も箱も劇団もあっても、ツテがなければオリジナル脚本は手に入らない。
姫様の紹介って事は、少なくとも王都の脚本家のはず。
たとえ王都ではパッとしない若造でも、トルキイバまで脚本を持ってくればそれは新進気鋭の新作という事になるのだ。
うちみたいに新しい劇場にとっては、王都から来た新作ってだけで箔付けになる。
ありがたい限りだ。
「革新派の作家ですかね? それとも新自由派? 山岳派もいいなぁ。もちろん復興派でもいいんですけど」
「何派かは知らないけど、スピネル爺なんてどうかしら? 最近は暇を持て余しているみたいだし、私から頼んであげるわ」
「えっ! スピネル氏って、国立劇場の専属脚本家じゃないですか……本当にいいんですか?」
「別に専属ってわけじゃないわよ」
脚本家としての名声が高まりすぎて国立でしか書けなくなった孤高の作家なんだよなぁ……
とにかく、これは千載一遇の大チャンスだ!
このコネ、モノにするしかない!
「是非に! 是非ともお願いします!」
「あ、うん……い、いいわよ……」
地面に這いつくばる勢いで頭を下げる俺に、姫様は若干引きながらも快諾の返事をくれた。
劇場を作って、本当に良かったよ……
カーテンコールが終わった後、エスカレーターで劇場のホールへと降りてきた俺達を待っていたのは、三本の大行列だった。
「あら、この列は何かしら?」
「この列は主人公パーティ三人の役者との握手会の列ですよ」
「握手会? なぜ握手を?」
「それは、演者と観劇者の触れ合いの場と申しましょうか……その……」
説明が難しいな……と思っていたらローラさんが引き継いで説明してくれた。
「客が出演者に直接挨拶できるっていう催しでね、意外と評判なんだよ」
「ふぅん、そうなの。せっかく来たのだし、私もやってみようかしら」
「え、姫様が握手をですか? あ、じゃあ誰か役者をどかせましょうか」
「そうじゃなくて、役者と握手する方よ」
「あ……そっちですか」
どっちかと言うと姫様と握手をしたい人の方が多いと思うんだけど……
まぁ、逆にそういうのはもう飽き飽きしてるのかもな。
「では少々お待ちを……」
「並んでくるわね」
「あ……ちょっ……!」
客をどかすために人を呼ぼうとしていると、姫様はつかつかと歩いていって長い列の後ろにそのまま並んでしまった。
会場ロビーにどよめきが広がる。
そりゃあそうだろう、一国の姫君が地方役者と握手をするためだけの列にわざわざ並んだのだ。
「あの列は何だ?」
「役者と握手とかっていう……」
「握手って、何のために?」
「さぁ……?」
普段からうちの劇場に来てくれている人はともかく、姫様目当てでやって来た貴族達にとっては本気で意味不明だろう。
思わずといった様子で姫様の後ろに数人の貴族が並ぼうとしたが、劇場のスタッフが笑顔で呼び止め、物販の方を指さした。
握手するならば版画集を買って握手券を手に入れてくださいというわけだ。
そりゃそういうルールだけど、この雰囲気の中できちんと対応できるのは凄い。
支配人のモイモの教育がいいんだろう。
偉い! ボーナスだ!
ちょうどそのモイモがこちらへやって来たので、労おうとしたら版画集と握手券を手渡された。
「ご主人様、こちらを……」
「あ、そっか」
俺はモイモから預かったそれらを手に、列に並ぶ姫様の元へと向かった。
「姫様、こちらを」
「あら、これは?」
「握手のためのチケットにございます」
「ああ、これが必要だったのね。ありがとう」
姫様にルールを守っていただければ、他の貴族に説明するのも楽になるというものだ。
だが、先に並んでいた人達からすれば、後ろに姫様が並んでいると思えば冷静ではいられないもの。
姫様の並ぶ主役のレニッツを演じる夜霧のヨマネス、その列に並んでいる令嬢たちは浮き足だってしまってもう握手どころではないようだった。
普段はスタッフから剥がされるまで喋り続けるご厄介お嬢様達が、一言二言喋ってはすぐにはけていく。
「あ、あの……ヨマネス様、本日は……その……ごめんなさいね、私もう、姫君の近くにいられる栄誉で胸が一杯で……」
「美しいお嬢さん、大丈夫。私も同じ気持ちですよ。またいらしてくださいね」
「は、はいっ!」
姫様のすぐ前に並んでいた令嬢は浮き足だった様子でサッと列を離れていった。
劇場のロビーにいるほとんど全員が固唾を飲んで見守る中、ヨマネスは微笑を浮かべて姫様を迎えた。
「あなたと握手をすればいいのよね」
「光栄です、お嬢さん。お手を拝借しても?」
「もちろん」
ヨマネスと姫様の手がきゅっと結ばれると、俺の近くにいた令嬢が物凄い形相でふぅーっと長いため息を漏らした。
ただの握手なのに、なんだか周りの緊張感が凄いな。
「今日はご来場ありがとうございます。劇はいかがでしたか?」
「楽しめたわ。あなたこれまではどちらの劇団にいらしたの?」
「実は劇団はこちらに来てからが初めてで……三年前まではデオヤイカで紡績の仕事をしておりました」
「あら、そうなの? あなた、才能があるわよ。これからも頑張ってね」
「ありがとうございます」
あどけなく笑う姫様と、妖艶に微笑んだヨマネスがもう一度強く握った手を離した時、静止していた劇場がようやく再び動き始めた。
「我々も握手しておこう」
「版画を買えばいいんだったっけ」
「夜霧のヨマネスはきっと大物になるわ」
「ああ、ヨマネス様が遠くに行ってしまう……」
人々はざわめきと供にこぞって握手の列へと向かい、今や列はホールを超えて階段の上にまで伸びていた。
単なる小遣い稼ぎのイベントのはずだったのに、なんだか大変な事になっちゃったぞ。
「よくわからなかったけど、結構人気なのね。握手会」
「ま、まぁ……」
列から離れて戻ってきた姫様に「あなたが原因です」とはとても突っ込めない俺なのだった。
劇場からの帰り際に「あっちの建物は何かしら?」と訪ねた姫様を伴って、我々は劇場に隣接する野球場へとやってきていた。
もちろん姫様が行くという事は、その追っかけもやって来るという事。
最上段のオーナーシートに陣取る我々から見えるVIP席と一般客席には、平民達に混じって野球を観戦する大量の貴族達の姿があった。
「これがうちの旦那様の夢中になったという野球というもの?」
「別に夢中になってなどいない」
「あら、試合結果の載っているこちらの新聞を届けてもらっては一喜一憂していたじゃない」
「一喜一憂などしていない」
「素直じゃないんだから。スレイラが勝った日なんて鼻歌歌ってたのに」
そんなイチャイチャしている夫婦の間を、ごうっと音を立てながら強風が吹き抜けた。
身震いするような寒風だ。
まだまだ寒い季節、このままでの観戦は身重の姫様には毒かもしれない。
「姫様、風が冷とうございますので、こちらを……」
「あら、ありがとう」
俺がシェンカー
万年最下位争いをしている不人気チームのグッズだが、美人が着るとオシャレに見えるな。
貴族達はこちらの席を見ながら何やらざわついているようだが、試合を見てくれ試合を。
「今試合をしているあの人達はどういう人達なの?」
「あれは平民リーグの選手達です。貴族リーグは春まではお休み中なんですけど、平民リーグは今がリーグ終盤戦なんです」
「あらそうなの、どうりで魔法を使っていないわけね」
「カリーヤ姉様、魔法を使わないあれはあれで、やるとなかなか面白いんだよ」
「ふぅん、私はあんまりよくわからないかも」
退屈そうな姫様には申し訳ないが、平民リーグはそういうものだ。
ルールで賭けができない事もあってか、客だって各チームの家族や友人、それと一部の熱狂的な野球ファンばかりだし。
今日みたいな事がなければ、客席だってほどほどに空いていたはずだ。
正直、今日の試合の両チームには申し訳ない事をしたかもな……
後でシェンカーの方から酒か何か、お詫びに差し入れておくか。
グラウンドでは平民リーグの東町商店街
その翌日からも、俺は仕事と観光を一日置きに繰り返す姫様に随伴し続ける事となった。
姫様に「造魔の制御系の安全性を確認したい」と言われれば、研究所で一から小さな造魔を作って制御実験と自我封印具の強度計算を説明し。
姫様に「トルキイバにしかないような面白い店なんてないかしら」と言われれば、どうぶつ喫茶へと案内し。
姫様に「超巨大造魔の後背部の揺れについて確認したい」と言われれば計器を用意し、時計塔級の揺れの計測から、脚部の設計や振動減衰の仕組みに至るまでの解説を行った。
姫様に「大きいお風呂にゆったり入りたい」と言われれば、チキンの作ったスーパー銭湯を貸し切りにし。
姫様に「造魔の装甲強度を高められないか」と言われれば、外骨格の仕組みから……
姫様に「名物が食べたい」と言われれば、吟遊詩人の歌で有名になったうどん屋に……
とにかく、大変だったわけだ。
お義兄さんなんかは自分の嫁さんほったらかしで甥っ子姪っ子と一緒に野球を見に行ったり、妹と一緒に釣りを楽しんだり、気楽なもんだ。
俺はもう、回復魔法がなければ死んでたかもってぐらいに胃を悪くしてしまったよ……
まあでも、遮二無二やっていれば嵐は過ぎ去るもの。
波乱の一週間もようやく終わり、ついに姫様のお帰りになる日がやってきた。
周りを制服軍人でガッチリ固められたトルキイバの駅にて、我々家族は義兄夫婦をお見送りに来ていた。
「かいーや! 帰っちゃやーっ!」
「ノアもぽっぽーっ!」
姫様はぐずる子供達のおでこに優しくキスを落とし、くしゃりと頭を撫でる。
「また会いましょう。今度会うときはだっこできないぐらい大きくなっていてちょうだいね」
姫様もきっと子供が生まれたらお忙しくなる事だろう。
うちの子達には申し訳ないが、この先二年ぐらいは御幸はないのではないだろうか。
俺はそれで全然オッケーだけど。
「それで義弟君」
「あ、はいっ!」
「超巨大造魔建造計画、正式に開始していいわよ」
「え?」
「父には私から言っておくから、多分来月には勅令が下るはず。今受注してる時計塔級は半年後から三ヶ月ごとに納入でいいから。君が本気出したら一ヶ月ぐらいで作れるでしょうけど、それはやめといた方がいいと思うわ」
超巨大造魔の本決まりの件はともかく、なんで俺が真面目に働いた時の日程まで把握されてるんだろう。
思わずお義兄さんの顔を見るが、彼は煙草を吸いながらそっぽを向いている。
「とにかく、あんまり無茶な事はしないようにね。かわいいお嫁さんだけじゃなく、大事な子供達もいるんだから」
「もちろんです」
「ローラも、元気でね」
「子供達と煙草と旦那様さえいれば、私はいつも元気だよ、カリーヤ姉様」
彼女は最後にニコッと微笑んで、魔導列車の入り口へと消えていった。
周りを囲んでいた警護の軍人達も、まるで一つの生物かのようにスムーズに入り口へと吸い込まれていく。
別れを惜しむ間もなく、列車がゆっくりと動き出した。
俺が大きく吐き出した透明なため息は、わんわん泣く双子の甲高い声にかき消され。
双子の泣き声もまた、きぃきぃと鳴り始めた車輪の音に紛れて聞こえなくなった。
連日ごうごうと吹いていた冷たい風は今朝からぴたりと止み、日差しの暖かさを鼻の先がじんわりと感じていた。
シュンシュンと鳴るエンジンの音が段々と繋がり、高く長く続く鯨の鳴き声のような音へと変わっていく。
緑色の増え始めた大地の中を姫様を乗せた列車がぐんぐんと進んでいき、やがて見えなくなった。
トルキイバにやってきた嵐は、冬と供に去って行ったのだった。