偽から出た真   作:白雪桜

75 / 75
第七十三話 敵陣での対話

「――すぐに来い黒崎。緊急事態だ」

 

 ――そう告げた冬獅郎と共に訪れたのは井上の家。

 何やら物々しい機械の置かれた部屋に入り、集まった面々の顔を見回す。

 

「あれ? 朔良は来てねえのか?」

「……雲居はどういう訳か、しばらく前から連絡がつかねえ」

「え」

「今、夜一さんが捜索に行ってる。浦原さんに心当たりがあるらしくてな」

「そう、か……」

 

 どういうことだろうか。朔良とはグリムジョーと戦う時、別れたのが最後だ。生真面目な彼女が、何の連絡もなしに突然居なくなるなど。

 

(……何があったんだ、朔良)

 

 しかし、その心配を超える凶報が、通信を繋いだ浮竹からもたらされた。

 

 ――井上織姫が、殺害された可能性がある、と。

 

「情報によれば、彼女は破面の襲撃を受け、破面と共に姿を消した……」

「……ふっ……ふざけんな! 証拠もねえのに死んだだと!? 勝手なこと言ってんじゃねえ! こいつを見てくれ!」

 

 昨日の戦いで大怪我をした筈の、一護の手首。今現世に居る誰もが治せなかった傷。それが、朝起きたら跡形もなく治っていた。

 

「ここに……手首に、井上の霊圧が残ってんだよ!」

《……!》

「これでもまだ井上は死んでるって……」

《――そうか、それは残念じゃ》

 

 浮竹の後ろから聞こえた、威厳に満ちた声。護廷十三隊総隊長が、通信画面に姿を現した。

 

「残念……? どういうことだよ?」

《確かにお主の話通りなら、井上織姫は生きておることになる。しかしそれは同時に一つの裏切りをも意味しておる》

「!?」

 

 拉致されたのならば、誰かに会いに行く余裕など無い。にも拘わらず、彼女は一護の元へ赴き、傷を治して消えた。

 それ即ち、自ら破面の元へ向かったということだ、と。

 

「バッ……!」

「よせ、これ以上喋っても立場を悪くするだけだ」

 

「――事はそれだけではない」

 

 恋次に窘められ黙り込んだ直後、背後から掛けられた声に振り返る。

 

「夜一さん……!」

「……朔良が最後に居たと思われる場所に行って来た。戦った痕はあったが……現場を検分したところ、僅かじゃが麻酔薬の類の痕跡を発見した」

「「「!」」」

「藍染が容易にあの子を殺すとは思えぬ。薬で意識を奪われ、連れ去られたと推測するのが妥当じゃろう。……儂は浦原商店に戻る」

 

 必要事項のみ告げ、すぐさま消えた夜一。重なった悪い報せに緊迫感が満ちる中、沈黙を破ったのは恋次だった。

 

「お話は解りました総隊長。それではこれより日番谷先遣隊が一六番隊副隊長、阿散井恋次。反逆の徒、井上織姫の目を覚まさせる為、並びに十三番隊副隊長、雲居朔良殿の救出の為、虚圏(ウェコムンド)へ向かいます」

「……恋次……」

《ならぬ》

「「!?」」

 

 瞠目する一護達に、告げる元柳斎の声は淡々としている。

 曰く、破面側の戦闘準備が整っている以上、先遣隊は尸魂界の守護の為帰還せよとのことだ。

 

「それは井上を……見捨てろと言うことですか……」

《如何にも。一人の命と世界の全て、秤に掛ける迄も無い》

「……恐れながら総隊長殿……その命令には……従いかねます……」

 

 僅かに声を震わせ意見するルキアに、「やはりな」と元柳斎が返すと同時に。

 

《――手を打っておいて良かった》

 

 背後で開いた穿界門――現れたるは二人の隊長格。

 

「「「―――!!」」」

 

 朽木白哉と、更木剣八。

 十番隊の二人を除いた先遣隊の面々を、強引にも連れ帰ることのできる人選だ。

 

「そういう訳だ。戻れ、テメーら」

「手向かうな。力ずくでも連れ戻せと命を受けている」

 

 ルキアと恋次が息を呑む。こうなっては、彼等に拒む術は無い。

 しかしそれでも。問いかけずにはいられない。

 

「……白哉お前……朔良を放っとくつもりかよ……」

「……朔良は護廷十三隊、十三番隊副隊長だ。自身で判断し行動した結果が現状というならば、その責は本人にある」

「っ……」

 

 正論、なのだろう。到底呑み下せるものではないが、これが護廷十三隊の決断だと言うならば。

 

「……分かった。尸魂界に力を貸してくれとは言わねえ。せめて、虚圏への入り方を教えてくれ。井上も朔良も、俺達の仲間だ。俺が一人で助けに行く」

 

 だが、それさえも。

 

《ならぬ》

 

 一蹴された。

 

「……何……だと……?」

《お主の力はこの戦いに必要じゃ。勝手な行動も、犬死にも許さぬ》

 

 命あるまで待機せよ――と。そう言い置いて、通信が切れる。

 そして。

 

「……一護…………済まぬ」

 

 ルキアの声を最後に、穿界門もまた閉じる。

 一護一人、この場に残して。

 

(……冗談じゃねえ)

 

 ふと、朔良と交わした最後の言葉が思い浮かぶ。

 

“無理はするなよ”

 

(……悪ぃな朔良、無理するぜ)

 

 ここで諦めるなど有り得ない。仲間を護り、助ける。

 その為に手に入れた力なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

「……知らない天井だ」

 

 確か、現世の小説とかで使い古された台詞だった筈。前にルキアが言っていた。

 いやいや、そうではなくて。

 

(……敵の本拠地、なのかな)

 

 仰向けの体勢から身を起こし、周囲を見渡す。

 殺風景な部屋だ。置いてあるのはテーブルと、朔良が寝かされていたソファのみ。さして広くもなく、一面真っ白なのが印象的だ。

 

「……まあ、そりゃそうだよね」

 

 両の手首を持ち上げて呟けば、小さくじゃら、と音がする。そこには鉛色の手枷が嵌められていた。

 

(他は……珠水が無いくらいか)

 

 捕縛したのだ、霊圧を封じ斬魄刀を取り上げるのは当然のこと。その他の武器や道具の類が奪われていない分、まだ良い方だろう。

 

(意外に甘いね、藍染も)

 

 と言うより、遊んでいるつもりなのかもしれない。もしくは試されているのか。

 

(まず現状把握からだね)

 

 ソファから下り、直立の姿勢を取って目を閉じる。

 霊圧を封じられていても、霊圧知覚を展開することは可能だ。壁は殺気石ではないようだし、何の問題もない。

 ……と思ったら、早速問題が二つ発覚した。

 

(……何で“彼女”が居るんだよ)

 

 虚圏においては異質極まりない霊圧が一つ目の問題。大層気にはなるけれど。

 

(そっちはひとまず置いといて、目下の課題は――)

 

 ――この部屋の前で止まった、敵意剥き出しの霊圧の持ち主にどう対応するかだ。

 

 派手な音を立て、扉が開かれる。いや、文字通り蹴破られた。

 

「……あァ? んだよ、起きてんじゃねえか。折角叩き起こしてやろうと思ったのによ」

 

 ……出会い頭でコレとは、何ともヤバイ奴である。

 入って来たのは一人の破面。細身で長い黒髪に、左目を眼帯で隠した男だ。

 

「何の用だ? 敵とはいえ、初対面でそこまで因縁付けられる意味が判らないんだが」

「初対面、なあ……」

 

 何やら引っ掛かる言い方をするが、弱腰になったら負けだ。上から下まで見定めるような不躾な視線を受けつつ、返答を待つ。

 

「……やっぱりテメェだ。間違いねえ」

 

 ……理解不能だ。珍しい。

 一度会った相手の霊圧は忘れないのが朔良なのだけれど、目の前の破面の霊圧には覚えが無い。にも拘わらず、この男の言動は以前にも会ったことがあるかのようだ。

 

「私と面識のある破面は、三、四人しか居ない筈なんだがな。きみには見覚えが無いぞ」

「ああそうだろうよ。見覚えねえのは当然だ。何せ姿が変わってんだから――なっ!」

「っ!」

 

 響転(ソニード)で急速に距離を詰めて来た破面に胸倉を掴まれる。その勢いのまま壁に叩き付けられ、息が詰まった。

 

「ぐっ……」

「別にテメェが思い出すかどうかなんて関係ねえ。俺はテメェを嬲れれば、それでいいんだよ!」

 

(……面倒だなあ。どうしよっか)

 

 ……状況の割に、余裕のある朔良である。

 しかしどうしたものか。相手が“思い出す”とか言っている以上、面識はある筈なのだろう。姿が変わったとも言ったが――

 

(……ん? 確か破面って、虚が進化した連中だよね)

 

 ということはつまり。

 今一度、目の前の破面の霊圧に集中してみる。次は根っこの辺りまで鮮明に。

 

「……ああ成る程」

 

 結果、思い当たる霊圧があった。

 

「数十年前に尸魂界で遭遇した中級大虚(アジューカス)か」

「!!」

「随分立派になったものだな」

「……へえ、覚えてやがるとは……いや、破面に進化しても判るとは驚いたぜ」

「まあな。根本の霊圧が変わらないのは、死神も虚も同じらしい」

 

 仮面の軍勢(ヴァイザード)の面々がそうであったように。

 

「けど、それなら話は早いよなあ? あの時の借り……ここで返させてもらうぜ」

 

(あ、ヤバい)

 

 流石に霊圧を封じられた今の状態で、色々攻撃を喰らうのは避けたい。ここは常識破りの手で行くとしよう。

 

「おいおい、良いのか? 私に手出しして」

「何がだ?」

「藍染のことさ。命令があるまで、私に手を出すなって言われているんじゃないのか?」

 

 目を逸らし、更には舌打ちまで聞こえた。予想通りだ。

 

「きみが十刃(エスパーダ)だとしても、バレるのは良くないんじゃないか?」

「……だから何だ? 要はバレなきゃいい話だ。見えねえところなら問題ねえ」

 

 開き直った。しかし、そうは問屋が卸さない。

 

「それはどうかな」

「何?」

「私が藍染に何も言わないという保証は無いだろう?」

「……ハッ! 保身の為に敵に告げ口するだと? そんなみっともねえ真似する馬鹿が何処に居やがる?」

「此処だ」

 

 自由にならない手を持ち上げ自らを指差せば、目の前の余裕綽々の顔が愕然としたものになった。それはそうだろう。普通に考えれば、この破面の言い分は間違っていない。

 しかし、目的の為なら手段を選ばないのが朔良なのだ。伊達に喜助の元で幼少期を過ごし、京楽の妹弟子をやってきてはいない。……どっちも何気に手段を選ばない人物筆頭だ。

 それはさておき。

 御託を並べてみたものの、これで本当に引き下がるとは思っていない。そんな大人しくて話の判る奴なら、そもそも此処へ来ていない。故にこれは“時間稼ぎ”なのだ。恐らくこの部屋を目指しているであろう、もう一人の霊圧の持ち主が来るまでの――

 

「つべこべ言ってんじゃねえよクソアマが!」

「っ!」

 

 再び乱暴に背を打ち付ける。引かれた拳は、腹部を狙ってのものだろう。認識した上で、朔良は冷静だった。と言うのも先程感じた霊圧の持ち主が――

 

「――はい、そこまでや」

 

 ――耳に届いたのは、いつかと同じ言葉。

 あの時と同じだった。一方的にやられそうになっていた朔良を助けに入った行動も、理不尽な力を振るわんとした腕を止めた様も。

 百年前と、同じ。

 

「市丸……ギン……!」

「あかんなあノイトラ。この()に手え出したら」

 

 ノイトラ、と呼ばれた破面の後ろに気配もなく立ったギン。その顔に浮かぶのはいつもの笑み。

 

「いくら君でも、藍染隊長に怒られてしまうよ?」

「……チッ!」

 

 大きな舌打ちと共に、胸ぐらを掴んでいた手が離れる。

 突然の来客は、乱暴な足取りで去って行った。

 

「……怪我してへんね?」

「問題ないよ」

「にしても、君もええタイミングで起きたもんやね。持ってきた気付け薬、使わんと済んで良かったよ」

「それはそれは、ご丁寧なことだね」

 

 少し乱れた襟元を直しつつ、無難に返事をする。いいタイミング、ということは。

 

「おいで。藍染隊長がお呼びや」

 

 予想的中。

 

「……どうせ拒否権は無いんでしょ」

「判っとるやないの。どうする? 身体辛いんやったら抱きかかえてあげようか?」

「結構だ。自分で歩くよ」

 

 いかにもわざとらしく差し出された手を払い、背筋を伸ばす。ここから先、一挙一動が命取りになる。間違えればそこで終わりだ。

 けれど、不安は無かった。

 

(大丈夫、“私”なら)

 

 藍染にとって利用価値のある“自分”なら、どうにか切り抜けられる筈。

 その確信があった。

 

 

 

 

 

 ―――――……。

 

 想定通りというか何というか。

 高い位置、玉座のような場所に座った藍染と、恐らくは今回奴らの策に参加した者達が集った広間にて、よく見知った少女と顔を合わせることになった。

 

「……織姫」

「さ……朔良さん……? 何で……」

 

 戸惑う様を見ると、やはり朔良も連れて来られていたことは知らなかったらしい。彼女も霊圧を封じられていないのは不幸中の幸いか。

 ちなみにギンは、此処へ到着した後さっさと何処かへ行ってしまった。

 

「君と雲居朔良の件は全く別物でね」

 

 驚きを隠せない織姫に対し、藍染が声を掛けた。

 

「口を出さないでもらえるかな」

「……はい」

 

 柔らかい口調ながらも有無を言わせないその響きは、人に命を下すことに慣れたもの。彼女が大人しく引き下がってくれたことに内心安堵しつつ、思考を巡らす。

 藍染が織姫を拉致した目的は、十中八九彼女の能力(チカラ)目当てだろう。それがどういうものなのかは、喜助から聞いている。当然ながら、織姫が裏切るとは思えない。であれば、藍染等が何かしら策を講じたのだろう。彼女と藍染、両方の性格を考慮すれば推測するのは容易いが――

 

「早速で悪いが、織姫。君の能力(チカラ)を見せてくれるかい」

 

 ――相変わらず、尋常じゃない威圧感だ。

 

「どうやら君を連れてきたことに、納得していない者も居るようだからね。……そうだね、ルピ?」

「……当たり前じゃないですか」

 

 答えたのは割と小柄な、少年のような姿をした破面だ。

 

「ボクらの戦いが全部……こんな女二匹連れ出す為の目くらましだったなんて……。そっちの死神は卍解を使えるらしいし……まだ判りますけど……」

 

 納得できる訳ない――と、見るからに不満そうだ。

 

「済まない、君がそんなにやられるとは予想外でね」

「……!」

「さて、そうだな。織姫、君の能力(チカラ)を端的に示す為に、グリムジョーの左腕を治してやってくれ」

「バカな! そりゃ無茶だよ藍染様! グリムジョー!? あいつの腕は東仙統括官に灰にされた! 消えたものをどうやって治すってんだ! 神じゃあるまいし!」

 

 声高に叫ぶルピを無視してグリムジョーに歩み寄った織姫が、盾舜六花を展開する。尚も喚くルピの前で、否、この場に居る全員の目の前で、失われた彼の腕が見る見る内に元通りになっていく。

 

「……な……何で……回復とか……そんなレベルの話じゃないぞ……! 一体何をしたんだ、女……!?」

「解らないかい。ウルキオラはこれを“時間回帰”若しくは“空間回帰”と見た」

「はい」

「バカな……人間がそんな高度な能力(チカラ)を……そんな訳ないだろ……!」

「その通りだ。どちらも違う」

 

 そして、藍染がわざわざこの場で能力(チカラ)を使わせたもう一つの意図(・・・・・・・)は。

 

「これは、“事象の拒絶”だよ」

 

 ――朔良に確実に観せ、はっきりと理解させる為。

 

 喜助も知っていた。

 対象に起こったあらゆる事象を限定し・拒絶し・否定する能力。何事も起こる前の状態に帰すことができるそれは、“時間回帰”や“空間回帰”よりも更に上の、神の定めた領域を易々と踏み越える――

 

「神の領域を侵す能力(チカラ)だよ」

 

(……やっぱりそういう(・・・・)魂胆か)

 

 藍染は、この能力を朔良に認識させたかったのだ。でなければ、二人を引き合わせる理由が無い。これまでの戦いで目にする機会はあったかもしれないが、絶対ではない。藍染の目の届く範囲で、間違いなく観せておきたかったのだ。

 

(全くもって……傲慢な人だ)

 

 だが、その傲慢さは彼の弱みとなるだろう。他に弱点と呼べるものが見当たらない以上、そこを突くしかあるまい。

 なんて考察をしている間に、事態がまた動いていた。

 どうもあのルピという破面は、グリムジョーの代わりにNo.6(セスタ)として十刃入りしていたらしい。

 グリムジョーが元通りになった左腕でルピの身体を貫き、虚閃(セロ)で吹き飛ばす。後には下半身が残るのみとなった。

 

「戻った! 戻ったぜ力が! 俺がNo.6(セスタ)だ! No.6十刃(セスタエスパーダ)、グリムジョーだ!!」

 

(……これも藍染の想定の範疇なんだろうなあ)

 

 そもそもルピに対し、「そんなにやられるとは予想外」とか抜かした時点で予想はついていた。何かしらの手段を以て始末するのだろうと。

 ……彼の思考を“理解できる”ということ自体が、不本意ではあるけれど。

 

 

 

 その後。

 ウルキオラによって織姫が広間から連れ出され、ワンダーワイスと呼ばれた何やら得体の知れない破面も退出し。

 ギンと東仙、そして初めて会う破面達が続々とやって来た。最後にウルキオラが戻って来て、藍染が再び口を開く。

 

「さて、待たせて済まない」

 

 漸く朔良の番のようだ。

 集まった破面の数は、丁度十人。

 十刃全員集合、ということのようだ。

 

「改めて、久しぶりだね朔良ちゃん」

「雲居で結構ですよ。寧ろその呼び方やめてもらえます? 今更気持ち悪いので」

「貴様、藍染様に向かって――」

「構わないよハリベル」

 

 この場に居る唯一の女破面は、ハリベルと言うらしい。彼が一言窘めるだけで即座に下がる辺り、藍染に対して忠誠心があると見える。

 

「では、他の名で呼ぼうかな?」

「雲居で結構、と言った筈ですが?」

「了承した覚えもないね」

 

 戯言に等しき会話。けれど、この“名”に関しては慎重だった。

 

(主導権を握られる訳にはいかない)

 

 あくまで、対等に。

 それこそが、この場を生き抜く唯一の方法だ。

 

「まあいいさ。“今”はね。それより君を此処へ連れてきた理由だが、察しはついているだろう? 君はとても聡明だからね」

「それはどうも。理解できても納得できるかは別の話ですが。珠水も取り上げられて、その上こんな状態じゃあね」

 

 じゃらり、と鳴る両手を持ち上げて見せる。当然の対応とは判っているが、不満は不満だ。

 

「悪いとは思っているよ」

「とてもそうは見えませんが」

「本当さ。そこで――」

「その前に一点、いいですか」

「うん? 何だい?」

「“アレ”……一体何なんですか?」

 

 朔良が示した視線の先。そこに立つのはやたらと細長いフードで顔全体を隠した破面だ。まるで筒のようなヘルメットを着用しているようにも見える。

 

「ああ、彼はNo.9十刃(ヌベーノ・エスパーダ)、アーロニーロ・アルルエリだ。志波海燕の魂魄を食らった虚を更に喰らい、進化した破面だよ」

「……不愉快極まりないことを随分あっさり言ってくれますね」

 

 おかげで奴から海燕の霊圧を感じ、その姿を取れるという謎は解けたが、それとこれとは話が別だ。

 

「事実は変わらない」

 

 内心で舌打ちする。文句を言ったところでこの男が取り合ってくれる訳もない。

 

「話はそれだけなら、どうかな。一つ、ゲームをしないか」

「ゲーム?」

「そうだ。この巨大な虚夜宮(ラスノーチェス)を舞台とし、鬼事をしよう。逃げるのは君一人。鬼はこの場に居るギンと要以外の者と、その従属官(フラシオン)だ。勿論その枷は外してから始めよう。斬魄刀は返せないが、その代わり破面達も解放を禁ずる。うっかり(・・・・)解放した時点でその者は失格。それ以外の鬼道や虚閃等は自由とする。制限時間は一時間。君が勝てたなら、こちらはそれ以上君を追わず、そのまま逃げることを許そう。どうだい?」

 

 どうも何も、ふざけた内容だ。

 先程の気持ちを即座に切り替え、油断ならない会話に挑む。

 

「お話になりませんね。地の利がそちらにある上、通常の鬼事と違って鬼も多数です。私に明らかに不利ではありませんか」

 

 こんな一方的なルールは吞めない。故に。

 

「隠れ鬼の要素を追加しましょう。鬼が捕まえるチャンスは一度だけ。私を発見しても、撒かれたらその時点でその鬼は失格。それ以上追跡・捜索してはならない。それと私を直接捕らえることができるのはこの場に居る者のみで、従属官とやらにその権利は無いとします」

「おや、それは随分と君に有利過ぎる条件だね」

 

 言葉の割に、彼の表情は実に愉しそうだ。だからこそ、引く姿勢を見せてなならない。

 

「妥当なところでしょう? そこのNo.6十刃(セスタエスパーダ)には以前、複数人の従属官が居た筈です。他の十刃にも居ると……いや、もっとたくさん従えている可能性もありますね。最終的に何人参加してくるか判らない以上、この条件は外せません。それに、貴方がたのホームグラウンドで遊ぶんです。これくらい、ハンデにもならないでしょう?」

 

 ここで、最後の一押しだ。右手を上げの甲を下に向けた形で――枷が嵌められている為左手も多少持ち上がるが――藍染を指差し、挑戦的な笑みと共に言い放つ。

 

「それとも、貴方は圧倒的に有利なルールのゲームで勝利して、満足できるんですか? “私”を相手に」

 

 彼の方が、引くことのできなくなる一言を。

 

「……ふ」

 

 案の定――

 

「いいだろう。そのルールで遊ぼうじゃないか」

 

 ――乗ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 十刃達は各々程度は違えど、戦慄、或いは驚愕していた。

 何に? 無論、目の前の二人の遣り取りにだ。

 

 彼等にとって、藍染の存在は絶対だった。忠誠の有無はピンからキリまであるとしても、その強さに関しては他に類を見ないと評価しているのである。そして彼の心には、何時如何なる時も恐怖というものが存在しない。

 なればこそ、絶大の力を誇る破面達が従っているのだ。自分達の上を行く力と心を持つ者が故に。

 だが――

 

 

 

 No.1十刃(プリメーラ)は。

 

(……一体全体、何だってんだよ)

 

 

 No.2十刃(セグンダ)は。

 

(何者なのだ、この得体の知れん娘は)

 

 

 No.3十刃(トレス)は。

 

(……藍染様と完全に対等に……それも交渉するなど……)

 

 

 No.4十刃(クアトロ)は。

 

(……やはり、俺の見立ては間違っていなかった)

 

 

 No.5十刃(クイント)は。

 

(……俺が気圧されるなんざ……冗談じゃねえぞ……!)

 

 

 No.6十刃(セスタ)は。

 

(初めて会った時、只者じゃないと思っちゃいたがよ……)

 

 

 No.7十刃(セプティマ)は。

 

(……どうやら、想像以上に油断のならない人物のようです……)

 

 

 No.8十刃(オクターバ)は。

 

(あわよくば研究に……と思ったけど……ヤバそうだね)

 

 

 No.9十刃(ヌベーノ)は。

 

(相当怖イヨ……コイツ)

(……不意打ちできたのが信じられねえくらいだな)

 

 

 No10.十刃(ディエス)は。

 

(今までで一番、面白そうな死神じゃねえか)

 

 

 

 ――目の前の、この状況は何だ。

 少女にしか見えない小柄な娘から放たれる、異様な威圧感は何だ。

 霊圧を封じられ、斬魄刀は取り上げられ。

 敵の本拠地に単身放り込まれた四面楚歌。

 圧倒的窮地に追い込まれている筈だ。

 

 にも拘らず、まるで動揺が見られない。

 しかも。

 

「そうだね……君がこの場を離れてから、二十分後に開始しようか」

「三十分は下さい。さっきも言いましたが、私には地の利が無いんですから」

 

 他の追随を許さぬ強さを誇る藍染と、一歩も引かずに対等の相手として話すこの娘は、一体何だ。

 恐怖という感情を持たぬ藍染に対し、怯えの欠片も無く余裕すら見せて立つこの娘は、一体何だ。

 

 まるで二人が。

 

 まるで双方が。

 

 

 “同じ”存在のようではないか――

 

 

「では」

「ええ」

 

 

 ――それは、錯覚だったのか。

 

 容姿も声も、性別も違う二人が。

 

 鏡合わせのように見えたのは。

 

 

「「始めようか」」

 

 

 ――答えは、誰にも判らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――所変わって現世の浦原商店、地下“勉強部屋”。

 

 黒腔(ガルガンタ)に飛び込もうとした一護、雨竜、チャドに向けて、喜助が思い出したように告げる。

 

「あ、そーっス黒崎サン」

「? 何だよ」

「朔良のことは気にしなくていいっスから。皆さんは井上サンに集中してください」

「……はい?」

「いやいやいや、そーいうワケにもいかねえだろ!? あいつだって攫われてんだから!」

「ム……」

「嫌っスねえ。まさかあの()がただ捕まったまま、大人しくしていると本気で思ってるんスか」

「「え……」」

「ム?」

「あの娘はアタシの弟子っス。囚われたなら囚われたなりに、上手く切り抜けるっスよ」

「「「…………」」」

「だから、心配ご無用ってコトっス!」

 

 

 ――それが正しく言葉通りだったと彼等が知るのは、しばらく後になってからであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 お待たせいたしました、白雪桜です。

 やっとここまで書けました……。‟ゲーム”の話まで持って行こうか悩んだのですが、思いの外長くなってきましたのでここで切りました。次はかなり大変な気もしますが……頑張ります。

 ちなみにギンが朔良を助けに入った場面ですが、ここで示した昔の展開が分からない方は『第二十八話 思いがけないきっかけ』を参照して下さい。

では。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。