「――すぐに来い黒崎。緊急事態だ」
――そう告げた冬獅郎と共に訪れたのは井上の家。
何やら物々しい機械の置かれた部屋に入り、集まった面々の顔を見回す。
「あれ? 朔良は来てねえのか?」
「……雲居はどういう訳か、しばらく前から連絡がつかねえ」
「え」
「今、夜一さんが捜索に行ってる。浦原さんに心当たりがあるらしくてな」
「そう、か……」
どういうことだろうか。朔良とはグリムジョーと戦う時、別れたのが最後だ。生真面目な彼女が、何の連絡もなしに突然居なくなるなど。
(……何があったんだ、朔良)
しかし、その心配を超える凶報が、通信を繋いだ浮竹からもたらされた。
――井上織姫が、殺害された可能性がある、と。
「情報によれば、彼女は破面の襲撃を受け、破面と共に姿を消した……」
「……ふっ……ふざけんな! 証拠もねえのに死んだだと!? 勝手なこと言ってんじゃねえ! こいつを見てくれ!」
昨日の戦いで大怪我をした筈の、一護の手首。今現世に居る誰もが治せなかった傷。それが、朝起きたら跡形もなく治っていた。
「ここに……手首に、井上の霊圧が残ってんだよ!」
《……!》
「これでもまだ井上は死んでるって……」
《――そうか、それは残念じゃ》
浮竹の後ろから聞こえた、威厳に満ちた声。護廷十三隊総隊長が、通信画面に姿を現した。
「残念……? どういうことだよ?」
《確かにお主の話通りなら、井上織姫は生きておることになる。しかしそれは同時に一つの裏切りをも意味しておる》
「!?」
拉致されたのならば、誰かに会いに行く余裕など無い。にも拘わらず、彼女は一護の元へ赴き、傷を治して消えた。
それ即ち、自ら破面の元へ向かったということだ、と。
「バッ……!」
「よせ、これ以上喋っても立場を悪くするだけだ」
「――事はそれだけではない」
恋次に窘められ黙り込んだ直後、背後から掛けられた声に振り返る。
「夜一さん……!」
「……朔良が最後に居たと思われる場所に行って来た。戦った痕はあったが……現場を検分したところ、僅かじゃが麻酔薬の類の痕跡を発見した」
「「「!」」」
「藍染が容易にあの子を殺すとは思えぬ。薬で意識を奪われ、連れ去られたと推測するのが妥当じゃろう。……儂は浦原商店に戻る」
必要事項のみ告げ、すぐさま消えた夜一。重なった悪い報せに緊迫感が満ちる中、沈黙を破ったのは恋次だった。
「お話は解りました総隊長。それではこれより日番谷先遣隊が一六番隊副隊長、阿散井恋次。反逆の徒、井上織姫の目を覚まさせる為、並びに十三番隊副隊長、雲居朔良殿の救出の為、
「……恋次……」
《ならぬ》
「「!?」」
瞠目する一護達に、告げる元柳斎の声は淡々としている。
曰く、破面側の戦闘準備が整っている以上、先遣隊は尸魂界の守護の為帰還せよとのことだ。
「それは井上を……見捨てろと言うことですか……」
《如何にも。一人の命と世界の全て、秤に掛ける迄も無い》
「……恐れながら総隊長殿……その命令には……従いかねます……」
僅かに声を震わせ意見するルキアに、「やはりな」と元柳斎が返すと同時に。
《――手を打っておいて良かった》
背後で開いた穿界門――現れたるは二人の隊長格。
「「「―――!!」」」
朽木白哉と、更木剣八。
十番隊の二人を除いた先遣隊の面々を、強引にも連れ帰ることのできる人選だ。
「そういう訳だ。戻れ、テメーら」
「手向かうな。力ずくでも連れ戻せと命を受けている」
ルキアと恋次が息を呑む。こうなっては、彼等に拒む術は無い。
しかしそれでも。問いかけずにはいられない。
「……白哉お前……朔良を放っとくつもりかよ……」
「……朔良は護廷十三隊、十三番隊副隊長だ。自身で判断し行動した結果が現状というならば、その責は本人にある」
「っ……」
正論、なのだろう。到底呑み下せるものではないが、これが護廷十三隊の決断だと言うならば。
「……分かった。尸魂界に力を貸してくれとは言わねえ。せめて、虚圏への入り方を教えてくれ。井上も朔良も、俺達の仲間だ。俺が一人で助けに行く」
だが、それさえも。
《ならぬ》
一蹴された。
「……何……だと……?」
《お主の力はこの戦いに必要じゃ。勝手な行動も、犬死にも許さぬ》
命あるまで待機せよ――と。そう言い置いて、通信が切れる。
そして。
「……一護…………済まぬ」
ルキアの声を最後に、穿界門もまた閉じる。
一護一人、この場に残して。
(……冗談じゃねえ)
ふと、朔良と交わした最後の言葉が思い浮かぶ。
“無理はするなよ”
(……悪ぃな朔良、無理するぜ)
ここで諦めるなど有り得ない。仲間を護り、助ける。
その為に手に入れた力なのだから。
* * * * *
「……知らない天井だ」
確か、現世の小説とかで使い古された台詞だった筈。前にルキアが言っていた。
いやいや、そうではなくて。
(……敵の本拠地、なのかな)
仰向けの体勢から身を起こし、周囲を見渡す。
殺風景な部屋だ。置いてあるのはテーブルと、朔良が寝かされていたソファのみ。さして広くもなく、一面真っ白なのが印象的だ。
「……まあ、そりゃそうだよね」
両の手首を持ち上げて呟けば、小さくじゃら、と音がする。そこには鉛色の手枷が嵌められていた。
(他は……珠水が無いくらいか)
捕縛したのだ、霊圧を封じ斬魄刀を取り上げるのは当然のこと。その他の武器や道具の類が奪われていない分、まだ良い方だろう。
(意外に甘いね、藍染も)
と言うより、遊んでいるつもりなのかもしれない。もしくは試されているのか。
(まず現状把握からだね)
ソファから下り、直立の姿勢を取って目を閉じる。
霊圧を封じられていても、霊圧知覚を展開することは可能だ。壁は殺気石ではないようだし、何の問題もない。
……と思ったら、早速問題が二つ発覚した。
(……何で“彼女”が居るんだよ)
虚圏においては異質極まりない霊圧が一つ目の問題。大層気にはなるけれど。
(そっちはひとまず置いといて、目下の課題は――)
――この部屋の前で止まった、敵意剥き出しの霊圧の持ち主にどう対応するかだ。
派手な音を立て、扉が開かれる。いや、文字通り蹴破られた。
「……あァ? んだよ、起きてんじゃねえか。折角叩き起こしてやろうと思ったのによ」
……出会い頭でコレとは、何ともヤバイ奴である。
入って来たのは一人の破面。細身で長い黒髪に、左目を眼帯で隠した男だ。
「何の用だ? 敵とはいえ、初対面でそこまで因縁付けられる意味が判らないんだが」
「初対面、なあ……」
何やら引っ掛かる言い方をするが、弱腰になったら負けだ。上から下まで見定めるような不躾な視線を受けつつ、返答を待つ。
「……やっぱりテメェだ。間違いねえ」
……理解不能だ。珍しい。
一度会った相手の霊圧は忘れないのが朔良なのだけれど、目の前の破面の霊圧には覚えが無い。にも拘わらず、この男の言動は以前にも会ったことがあるかのようだ。
「私と面識のある破面は、三、四人しか居ない筈なんだがな。きみには見覚えが無いぞ」
「ああそうだろうよ。見覚えねえのは当然だ。何せ姿が変わってんだから――なっ!」
「っ!」
「ぐっ……」
「別にテメェが思い出すかどうかなんて関係ねえ。俺はテメェを嬲れれば、それでいいんだよ!」
(……面倒だなあ。どうしよっか)
……状況の割に、余裕のある朔良である。
しかしどうしたものか。相手が“思い出す”とか言っている以上、面識はある筈なのだろう。姿が変わったとも言ったが――
(……ん? 確か破面って、虚が進化した連中だよね)
ということはつまり。
今一度、目の前の破面の霊圧に集中してみる。次は根っこの辺りまで鮮明に。
「……ああ成る程」
結果、思い当たる霊圧があった。
「数十年前に尸魂界で遭遇した
「!!」
「随分立派になったものだな」
「……へえ、覚えてやがるとは……いや、破面に進化しても判るとは驚いたぜ」
「まあな。根本の霊圧が変わらないのは、死神も虚も同じらしい」
「けど、それなら話は早いよなあ? あの時の借り……ここで返させてもらうぜ」
(あ、ヤバい)
流石に霊圧を封じられた今の状態で、色々攻撃を喰らうのは避けたい。ここは常識破りの手で行くとしよう。
「おいおい、良いのか? 私に手出しして」
「何がだ?」
「藍染のことさ。命令があるまで、私に手を出すなって言われているんじゃないのか?」
目を逸らし、更には舌打ちまで聞こえた。予想通りだ。
「きみが
「……だから何だ? 要はバレなきゃいい話だ。見えねえところなら問題ねえ」
開き直った。しかし、そうは問屋が卸さない。
「それはどうかな」
「何?」
「私が藍染に何も言わないという保証は無いだろう?」
「……ハッ! 保身の為に敵に告げ口するだと? そんなみっともねえ真似する馬鹿が何処に居やがる?」
「此処だ」
自由にならない手を持ち上げ自らを指差せば、目の前の余裕綽々の顔が愕然としたものになった。それはそうだろう。普通に考えれば、この破面の言い分は間違っていない。
しかし、目的の為なら手段を選ばないのが朔良なのだ。伊達に喜助の元で幼少期を過ごし、京楽の妹弟子をやってきてはいない。……どっちも何気に手段を選ばない人物筆頭だ。
それはさておき。
御託を並べてみたものの、これで本当に引き下がるとは思っていない。そんな大人しくて話の判る奴なら、そもそも此処へ来ていない。故にこれは“時間稼ぎ”なのだ。恐らくこの部屋を目指しているであろう、もう一人の霊圧の持ち主が来るまでの――
「つべこべ言ってんじゃねえよクソアマが!」
「っ!」
再び乱暴に背を打ち付ける。引かれた拳は、腹部を狙ってのものだろう。認識した上で、朔良は冷静だった。と言うのも先程感じた霊圧の持ち主が――
「――はい、そこまでや」
――耳に届いたのは、いつかと同じ言葉。
あの時と同じだった。一方的にやられそうになっていた朔良を助けに入った行動も、理不尽な力を振るわんとした腕を止めた様も。
百年前と、同じ。
「市丸……ギン……!」
「あかんなあノイトラ。この
ノイトラ、と呼ばれた破面の後ろに気配もなく立ったギン。その顔に浮かぶのはいつもの笑み。
「いくら君でも、藍染隊長に怒られてしまうよ?」
「……チッ!」
大きな舌打ちと共に、胸ぐらを掴んでいた手が離れる。
突然の来客は、乱暴な足取りで去って行った。
「……怪我してへんね?」
「問題ないよ」
「にしても、君もええタイミングで起きたもんやね。持ってきた気付け薬、使わんと済んで良かったよ」
「それはそれは、ご丁寧なことだね」
少し乱れた襟元を直しつつ、無難に返事をする。いいタイミング、ということは。
「おいで。藍染隊長がお呼びや」
予想的中。
「……どうせ拒否権は無いんでしょ」
「判っとるやないの。どうする? 身体辛いんやったら抱きかかえてあげようか?」
「結構だ。自分で歩くよ」
いかにもわざとらしく差し出された手を払い、背筋を伸ばす。ここから先、一挙一動が命取りになる。間違えればそこで終わりだ。
けれど、不安は無かった。
(大丈夫、“私”なら)
藍染にとって利用価値のある“自分”なら、どうにか切り抜けられる筈。
その確信があった。
―――――……。
想定通りというか何というか。
高い位置、玉座のような場所に座った藍染と、恐らくは今回奴らの策に参加した者達が集った広間にて、よく見知った少女と顔を合わせることになった。
「……織姫」
「さ……朔良さん……? 何で……」
戸惑う様を見ると、やはり朔良も連れて来られていたことは知らなかったらしい。彼女も霊圧を封じられていないのは不幸中の幸いか。
ちなみにギンは、此処へ到着した後さっさと何処かへ行ってしまった。
「君と雲居朔良の件は全く別物でね」
驚きを隠せない織姫に対し、藍染が声を掛けた。
「口を出さないでもらえるかな」
「……はい」
柔らかい口調ながらも有無を言わせないその響きは、人に命を下すことに慣れたもの。彼女が大人しく引き下がってくれたことに内心安堵しつつ、思考を巡らす。
藍染が織姫を拉致した目的は、十中八九彼女の
「早速で悪いが、織姫。君の
――相変わらず、尋常じゃない威圧感だ。
「どうやら君を連れてきたことに、納得していない者も居るようだからね。……そうだね、ルピ?」
「……当たり前じゃないですか」
答えたのは割と小柄な、少年のような姿をした破面だ。
「ボクらの戦いが全部……こんな女二匹連れ出す為の目くらましだったなんて……。そっちの死神は卍解を使えるらしいし……まだ判りますけど……」
納得できる訳ない――と、見るからに不満そうだ。
「済まない、君がそんなにやられるとは予想外でね」
「……!」
「さて、そうだな。織姫、君の
「バカな! そりゃ無茶だよ藍染様! グリムジョー!? あいつの腕は東仙統括官に灰にされた! 消えたものをどうやって治すってんだ! 神じゃあるまいし!」
声高に叫ぶルピを無視してグリムジョーに歩み寄った織姫が、盾舜六花を展開する。尚も喚くルピの前で、否、この場に居る全員の目の前で、失われた彼の腕が見る見る内に元通りになっていく。
「……な……何で……回復とか……そんなレベルの話じゃないぞ……! 一体何をしたんだ、女……!?」
「解らないかい。ウルキオラはこれを“時間回帰”若しくは“空間回帰”と見た」
「はい」
「バカな……人間がそんな高度な
「その通りだ。どちらも違う」
そして、藍染がわざわざこの場で
「これは、“事象の拒絶”だよ」
――朔良に確実に観せ、はっきりと理解させる為。
喜助も知っていた。
対象に起こったあらゆる事象を限定し・拒絶し・否定する能力。何事も起こる前の状態に帰すことができるそれは、“時間回帰”や“空間回帰”よりも更に上の、神の定めた領域を易々と踏み越える――
「神の領域を侵す
(……やっぱり
藍染は、この能力を朔良に認識させたかったのだ。でなければ、二人を引き合わせる理由が無い。これまでの戦いで目にする機会はあったかもしれないが、絶対ではない。藍染の目の届く範囲で、間違いなく観せておきたかったのだ。
(全くもって……傲慢な人だ)
だが、その傲慢さは彼の弱みとなるだろう。他に弱点と呼べるものが見当たらない以上、そこを突くしかあるまい。
なんて考察をしている間に、事態がまた動いていた。
どうもあのルピという破面は、グリムジョーの代わりに
グリムジョーが元通りになった左腕でルピの身体を貫き、
「戻った! 戻ったぜ力が! 俺が
(……これも藍染の想定の範疇なんだろうなあ)
そもそもルピに対し、「そんなにやられるとは予想外」とか抜かした時点で予想はついていた。何かしらの手段を以て始末するのだろうと。
……彼の思考を“理解できる”ということ自体が、不本意ではあるけれど。
その後。
ウルキオラによって織姫が広間から連れ出され、ワンダーワイスと呼ばれた何やら得体の知れない破面も退出し。
ギンと東仙、そして初めて会う破面達が続々とやって来た。最後にウルキオラが戻って来て、藍染が再び口を開く。
「さて、待たせて済まない」
漸く朔良の番のようだ。
集まった破面の数は、丁度十人。
十刃全員集合、ということのようだ。
「改めて、久しぶりだね朔良ちゃん」
「雲居で結構ですよ。寧ろその呼び方やめてもらえます? 今更気持ち悪いので」
「貴様、藍染様に向かって――」
「構わないよハリベル」
この場に居る唯一の女破面は、ハリベルと言うらしい。彼が一言窘めるだけで即座に下がる辺り、藍染に対して忠誠心があると見える。
「では、他の名で呼ぼうかな?」
「雲居で結構、と言った筈ですが?」
「了承した覚えもないね」
戯言に等しき会話。けれど、この“名”に関しては慎重だった。
(主導権を握られる訳にはいかない)
あくまで、対等に。
それこそが、この場を生き抜く唯一の方法だ。
「まあいいさ。“今”はね。それより君を此処へ連れてきた理由だが、察しはついているだろう? 君はとても聡明だからね」
「それはどうも。理解できても納得できるかは別の話ですが。珠水も取り上げられて、その上こんな状態じゃあね」
じゃらり、と鳴る両手を持ち上げて見せる。当然の対応とは判っているが、不満は不満だ。
「悪いとは思っているよ」
「とてもそうは見えませんが」
「本当さ。そこで――」
「その前に一点、いいですか」
「うん? 何だい?」
「“アレ”……一体何なんですか?」
朔良が示した視線の先。そこに立つのはやたらと細長いフードで顔全体を隠した破面だ。まるで筒のようなヘルメットを着用しているようにも見える。
「ああ、彼は
「……不愉快極まりないことを随分あっさり言ってくれますね」
おかげで奴から海燕の霊圧を感じ、その姿を取れるという謎は解けたが、それとこれとは話が別だ。
「事実は変わらない」
内心で舌打ちする。文句を言ったところでこの男が取り合ってくれる訳もない。
「話はそれだけなら、どうかな。一つ、ゲームをしないか」
「ゲーム?」
「そうだ。この巨大な
どうも何も、ふざけた内容だ。
先程の気持ちを即座に切り替え、油断ならない会話に挑む。
「お話になりませんね。地の利がそちらにある上、通常の鬼事と違って鬼も多数です。私に明らかに不利ではありませんか」
こんな一方的なルールは吞めない。故に。
「隠れ鬼の要素を追加しましょう。鬼が捕まえるチャンスは一度だけ。私を発見しても、撒かれたらその時点でその鬼は失格。それ以上追跡・捜索してはならない。それと私を直接捕らえることができるのはこの場に居る者のみで、従属官とやらにその権利は無いとします」
「おや、それは随分と君に有利過ぎる条件だね」
言葉の割に、彼の表情は実に愉しそうだ。だからこそ、引く姿勢を見せてなならない。
「妥当なところでしょう? そこの
ここで、最後の一押しだ。右手を上げの甲を下に向けた形で――枷が嵌められている為左手も多少持ち上がるが――藍染を指差し、挑戦的な笑みと共に言い放つ。
「それとも、貴方は圧倒的に有利なルールのゲームで勝利して、満足できるんですか? “私”を相手に」
彼の方が、引くことのできなくなる一言を。
「……ふ」
案の定――
「いいだろう。そのルールで遊ぼうじゃないか」
――乗ってきた。
* * * * *
十刃達は各々程度は違えど、戦慄、或いは驚愕していた。
何に? 無論、目の前の二人の遣り取りにだ。
彼等にとって、藍染の存在は絶対だった。忠誠の有無はピンからキリまであるとしても、その強さに関しては他に類を見ないと評価しているのである。そして彼の心には、何時如何なる時も恐怖というものが存在しない。
なればこそ、絶大の力を誇る破面達が従っているのだ。自分達の上を行く力と心を持つ者が故に。
だが――
(……一体全体、何だってんだよ)
(何者なのだ、この得体の知れん娘は)
(……藍染様と完全に対等に……それも交渉するなど……)
(……やはり、俺の見立ては間違っていなかった)
(……俺が気圧されるなんざ……冗談じゃねえぞ……!)
(初めて会った時、只者じゃないと思っちゃいたがよ……)
(……どうやら、想像以上に油断のならない人物のようです……)
(あわよくば研究に……と思ったけど……ヤバそうだね)
(相当怖イヨ……コイツ)
(……不意打ちできたのが信じられねえくらいだな)
(今までで一番、面白そうな死神じゃねえか)
――目の前の、この状況は何だ。
少女にしか見えない小柄な娘から放たれる、異様な威圧感は何だ。
霊圧を封じられ、斬魄刀は取り上げられ。
敵の本拠地に単身放り込まれた四面楚歌。
圧倒的窮地に追い込まれている筈だ。
にも拘らず、まるで動揺が見られない。
しかも。
「そうだね……君がこの場を離れてから、二十分後に開始しようか」
「三十分は下さい。さっきも言いましたが、私には地の利が無いんですから」
他の追随を許さぬ強さを誇る藍染と、一歩も引かずに対等の相手として話すこの娘は、一体何だ。
恐怖という感情を持たぬ藍染に対し、怯えの欠片も無く余裕すら見せて立つこの娘は、一体何だ。
まるで二人が。
まるで双方が。
“同じ”存在のようではないか――
「では」
「ええ」
――それは、錯覚だったのか。
容姿も声も、性別も違う二人が。
鏡合わせのように見えたのは。
「「始めようか」」
――答えは、誰にも判らない。
――所変わって現世の浦原商店、地下“勉強部屋”。
「あ、そーっス黒崎サン」
「? 何だよ」
「朔良のことは気にしなくていいっスから。皆さんは井上サンに集中してください」
「……はい?」
「いやいやいや、そーいうワケにもいかねえだろ!? あいつだって攫われてんだから!」
「ム……」
「嫌っスねえ。まさかあの
「「え……」」
「ム?」
「あの娘はアタシの弟子っス。囚われたなら囚われたなりに、上手く切り抜けるっスよ」
「「「…………」」」
「だから、心配ご無用ってコトっス!」
――それが正しく言葉通りだったと彼等が知るのは、しばらく後になってからであった。
お待たせいたしました、白雪桜です。
やっとここまで書けました……。‟ゲーム”の話まで持って行こうか悩んだのですが、思いの外長くなってきましたのでここで切りました。次はかなり大変な気もしますが……頑張ります。
ちなみにギンが朔良を助けに入った場面ですが、ここで示した昔の展開が分からない方は『第二十八話 思いがけないきっかけ』を参照して下さい。
では。