偽から出た真   作:白雪桜

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第七十三話 暗い邂逅

 ――黒腔(ガルガンタ)の開く気配。同時に強大な霊圧を複数感じ、朔良は顔を上げた。

 

「どうしまシタ?」

「侵攻です。強力な奴が四体ですね」

「え? ……あ、ホントだ!」

「凄いな、今気付いたわ」

 

 感心するローズとリサをよそに、立ち上がって斬魄刀を背負い直す。少し離れた所では一護が拳西とラブに二人がかりで抑え込まれていた。

 まだ無理、いや行く、といった押し問答の末、真子が行かせろと言って決着がついた。飛び出して行く一護の後を追うべく、朔良も上への階段に一歩踏み出す。

 

「朔良ちゃん」

 

 跳び上がる直前、掛けられた声に振り返る。思いの外、真剣な表情の真子と目が合った。

 

「ちゃんと戻っておいでや」

「……行ってきます」

 

 外に出た途端、覚えのある霊圧を上空に感じ、一護の半歩後ろに控える。

 案の定、一月前に一護と一戦交えた浅葱色の髪の破面だった。名は確か。

 

「……グリムジョー・ジャガージャック」

 

 相変わらず荒々しい霊圧だ。が、大きく変化した点が一つ。何があったのか、左腕がまるまる無くなっている。他者の霊圧を感じない辺り、誰かに斬られたにせよ失ったのは随分前だろう。まあ、片腕を失おうと強敵には違いないけれど。

 

「朔良」

「!」

「ここは俺に任せてくれねえか」

「……判った。あいつはきみと戦いたいみたいだしね」

「悪いな」

「無理はするなよ」

 

 すぐ傍には真子達も居る。いくら何でもこの距離なら、いざという時は手を貸してくれるだろう。相手が一護なら尚更だ。

 瞬歩でその場を離れ、もう一箇所の霊圧が集中している場所へ向かう。ルキアと恋次以外の先遣隊が全員集まっているので、そこまで心配する必要はないかもしれないが念の為だ。何より今回来ている破面の霊圧は四体とも馬鹿にならない。警戒するに越したことは――

 

「……!」

 

 本当に一瞬だった。立ち止まり、刹那の間に感じた霊圧を探すが見つからない。気の所為かとも思ったが、馴染みのあり過ぎるあの霊圧を間違えるとは考えにくい。何より破面側から侵攻を受けている今ならば、来ていたとしても不自然ではない。

 

「! まただ」

 

 そこまで考えた所で再び感じた。また一瞬のみ。朔良でなければ気付けないような霊圧の発現の仕方だ。探っている内に発現の間隔が少しずつ短くなり、おかげで居場所も掴めた。しかし本当に妙な霊圧の動きだ。例えるなら蛍光灯が点いたり消えたりを繰り返しているかのような。

 

「……誘われてる、よね」

 

 通常では有り得ない霊圧の動き。結界を張ってもこうはならない。何かしら霊圧を隠す道具を使っていると見ていいだろう。加えて朔良にしか判らないやり方を選んでいる辺り、まず間違いなく誘われている。

 

(さて、どうしたものか)

 

 朔良は一護と違い、このひと月の間ずっと仮面の軍勢(ヴァイザード)の所に入り浸りだった訳ではない。時には喜助の元へ行き、今後について話し合ったり打ち合わせしたりしていた。

 その中で、ある策が実行可能か相談していたのだが。

 

(今回はチャンス、かな。上手く行くかどうかは相手次第か)

 

 吉と出るか凶と出るか。賭けに近い策ではあるが、やるだけの価値はある。

 決断し実行に移すべく、喜助に連絡を取る。

 

「きー兄様、私です」

《ハイ? どうしました?》

「私今、敵にお誘い受けてるようでして」

《……相手は?》

 

 名を告げれば、電話の向こうで何とも言えない溜め息が聞こえた。

 

「良い機会なので例の“策”が実行できるかどうか試して来ます」

《……アタシが言うのも何ですけど、本気なんスね?》

「はい」

《……判りました。アタシも覚悟を決めます。どうか気を付けて下さい》

「ありがとうございます。そっちはよろしくお願いします」

 

 伝令神機をしまい、一呼吸置く。

 これから渡るのは、非常に危険な橋である。もしかすると、今までのように――護廷十三隊にはいられなくなるかもしれないのだ。それでも。

 

(逃げちゃいけないし、逃げたくない。目を逸らしちゃいけないし、逸らしたくない)

 

 何から?

 ――自分自身の、運命から。

 

『行くよ、珠水。気を抜くな』

『……承知です』

 

 瞬歩で飛ぶ。妙な動きの、けれどよく知る霊圧目掛けて。

 

(お誘い、乗ってあげるよ)

 

 

 

 辿り着いたのは大きな廃工場だった。ひしゃげたシャッターの隙間から中に入ると、内部の暗さに一旦足を止める。工場の古さからしてコンクリートの壁はともかく、窓は割れたり傷んだりしているものがある筈。にもかかわらず、まるで光が差し込んでいない。朔良は夜目が利く為大した問題はないけれど、意図的としか思えない。加えて点滅するように感じていた霊圧が、此処に着いた時からすっかり鳴りを潜めている。

 どう仕掛けてくるか――

 

「!」

 

 ――数歩進んだ瞬間、左方から刀が()()()きた。即座に抜刀し、突きを受けつつ身体を捻って受け流す。

 縮む刀身の根本。姿を見せたのは、黒い外套とフードで全身を覆い隠した相手だ。もっとも、隠していること自体に意味などないが。

 

「さっさとフード(ソレ)取りなよ、ギン。うっとうしいから」

「酷い言われようやなあ」

 

 促されるまま素顔を晒す、想定通りの狐目男――市丸ギン。

 

「久しぶりの再会や。もっと嬉しそうにせえへんの?」

「嬉しいは嬉しいけど、喜ばしくはないね。大体、挑発するように誘っておいてよく言うよ」

「あれ? 何や朔良ちゃん、喋り方が優しゅうなっとるなあ。昔に戻ったみたいや」

「……きみも言うか」

「ん?」

「いや、どうでもいいだろそんなこと。それより、きみの連れにも早いとこ出て来て欲しいものだけど?」

「……気付いていたとはな」

 

 まるで同化していた闇から分離するかの如く、静かに現れたのはギンと同じ外套を纏った人物だ。躊躇う事なく払われたフードから現れたのもまた見知った男ーー東仙要である。

 

「流石は雲居朔良と言うべきか」

「あ、やっぱり居たんだ」

「……は?」

「誘ってきた霊圧がギンのものなのは判ってた。でも私を相手取ることを目的としているのに、一人で出向いてくる訳がない」

「…………」

「複数居るのは想定内っちゅう訳か。こら一本取られましたねえ東仙さん」

「……黙れ市丸」

 

 ……何か、イマイチ理解できていなかったこの二人の関係性が掴めた気がする。

 まあそんな些末事は置いといて。

 

「それで? やるの? やらないの?」

 

 余裕を持って、堂々と。今度はこちらが挑発し返す。今回重要なのは、決して相手に策について悟られないこと、それに尽きる。その為には自然体でいるのが一番だ。

 返答は、斬撃だった。飛び込むように突きを繰り出して来たのは東仙だ。切っ先を身体を反転させて躱し、その勢いのまま一回転しつつ、軸になっていない方の脚で背中へ廻し蹴りを叩き込む。

 鬼道で追撃しようとした所に、ギンの神鎗が迫り飛び退る。

 

 朔良が剣術でこの二人に勝とうなど、どう考えても無理な話だ。

 故に。

 剣は斬り結ぶのではなく、躱す。受け留めるのではなく、いなす。

 

「何や、避けてばかりやね」

「きみらを相手に、まともに剣で対応するなんて無駄なこと、する訳ないだろ」

「随分消極的やなあ」

「うるさい。私は慎重なんだよ」

「その割には、我々の誘いにあっさり乗って来たようだがな」

「虎穴に入らずんば虎子を得ず、だからね」

 

 何てことのない会話に付き合う傍ら、二人の様子をつぶさに観察する。

 ――何故彼等は、こんな場所を選んだのだろう。

 仮面の軍勢(ヴァイザード)が根城にしているのと同じような廃工場。差し込む光はほとんど遮られているとはいえ、目が慣れる程度の僅かな光源はある。

 そもそも朔良を相手取るにあたって、視界を奪っても無意味なことくらい判らない筈がない。尸魂界随一の霊圧知覚を誇る朔良を、だ。視覚的に多少有利に働いたとしても、それは盲目の東仙のみ。ギンは寧ろ、察知で劣る分不利な筈。とすれば。

 

(別の意図がある)

 

 そう考えるのが自然だ。しかし一体何だというのか。二人共ただ斬り込んで来るばかりで、それ以上の攻撃はない。

 

「消極的って言うならそっちもだろ。まどろっこしい戦い方だ。私を相手に様子見する必要は無いよね?」

「様子見しとる訳やないんやけど……退屈なら、少しペース上げようか」

 

 言うなり、ギンお得意の連続斬り込みが来た。刀で防ぎつつ後退すると、背中が壁に当たる。眼前に迫った切っ先を身を屈めて躱し、突きで伸ばされた利き腕を蹴り上げる。間髪入れず身体を捻り、右側頭部へ後ろ蹴りを叩き込む。右腕に一撃を喰らいガードできないと即断し屈んだギンの、今度は顎目掛けて膝蹴りを繰り出す。仰け反って避けた所へ、素早く体勢を整え刀を振り下ろした。が、今度は東仙の一閃による邪魔が入り、瞬歩で距離を取る。

 

「やっぱりまだまだ手を抜いてるよね。本気で戦う気はないの?」

「さあて、どうやろね?」

「そう、判った」

 

 そっちがその気ならば、こちらから仕掛けるまで。

 

「応じろ、“珠水”」

「お、始解するん? 何に変わるか楽しみやなあ」

「言ってなよ」

 

 この減らず口を黙らせる。選択は。

 

「面を上げろ、“侘助”」

 

 珠水の刀身がカタカナの“ク”の字のような形に変わった途端、対峙する二人が傍目には分かりにくいながらも顔を引き攣らせた。

 

「朔良ちゃん……そら反則やろ」

「まさかその斬魄刀を選ぶとは……」

「生憎、私は勝つ為なら割と手段は選ばない方だよ」

 

 何せ、ルキアに崩玉を埋め込んで隠すという荒業を行った、あの喜助の弟子なのだから。

 

「ホンマ、君はえげつないなあ」

「昔からだろ?」

 

 軽口を叩きつつ、今度はこちらから斬り込む。ギンはイヅルの上官だった男だ。彼の斬魄刀と能力を知らないとは考えにくい。初見で防ぐには難しい能力だ、藍染や東仙にもその情報は共有されているだろう。……破面達は判らないが。

 

(藍染は部下を駒としてしか見てないだろうし、死神側の情報共有なんてほとんどしないよね)

 

 そういう男だ。そもそもあれだけの実力を備えているのだし、戦力という意味では彼一人で充分な気もする。

 それはさておき。

 

「『何や、避けてばかりやね』」

 

 軽い意趣返しにギンのセリフを真似てみたが、状況としては適している。

 この二人は確かに刀を中心とした戦い方をする。しかし、元々斬拳走鬼揃った万能型の元隊長格だ。こう言っては何だが、相性の悪い能力といえど副隊長の斬魄刀でどうこうできる者達ではない。それを承知の上で“侘助”を選んだのは挑発と嫌がらせに他ならない訳だが、まるで乗って来ない。

 

(ここまで引かれると、こっちが苛ついてくるね)

 

 朔良は気の長い方だ。だが仕掛けて尚この調子では、いい加減面倒になってくる。まるで何かを待っているかのような――

 

(……そういうことか)

 

 ふと腑に落ちた。何の為か判らないが、恐らく時を稼いでいるのだ。

 であれば。

 

「何企んでるのか知らないけど、大人しく踊ってやると思ったら大間違いだよ」

 

 文字通りの時間稼ぎにまで、付き合う義理は無い。

 

「縛道の六十二、“百歩欄干”!」

 

 空いた左手に細長い光る棒が出現し、間髪入れずに投げ打つ。瞬時に数を増やしたそれらが、二人目掛けて空中を駆け抜けて行く。無論、みすみす受ける彼等ではない。躱したり刀で叩き落としたり、防がれることは予め承知の上だ。この程度で隙が作れるとも思っていない。

 自分自身のことに集中させる、それが目的だ。

 

「破道の四、“白雷”」

 

 伸ばした指先から迸った光が向かう先は、誰も居ない虚空。

 

「「!」」

 

 否――()()。白雷を躱す動作を空気の動きで察し、追撃すべく斬り込む。

 

「受けるな! 躱せ!」

 

 間合いに踏み込み、横に薙ぐ。刀で防ごうとした黒尽くめの人影は、東仙の一声で即座に刃を引き身を屈めた。間髪入れずに繰り出した蹴りは、屈んだことで低い位置になった頭部を捉えた――が。

 

「!」

 

(硬い。鋼皮(イエロ)だ)

 

 滑り込むように防がれた腕の硬度を感じ、掴まれる前に素早く引く。

 

 初めから、ギンと東仙の二人だけで来たのではないだろうことは察しが付いていた。ほぼ不意打ちだったとはいえ、藍染に一撃を与えた朔良を警戒しない筈がない。最低でも三人は居ると。

 そしてその予想に違わず、居たのだ。二人同様に、霊圧を完全に遮断した黒尽くめが。

 居所が判ったのは単純だ。二人が避けて動き、克つ霊圧が全く感じられない場所があったのだ。

 今回は戦闘によって、霊圧が満ちた空間が作り出された。その中でぽっかりと、穴が空いたかの如く何も感じ取れない部分があった。明らかに不自然なそこに、誰かが隠れていると判断した訳である。……ちなみに、霊子で構成された尸魂界ならばもっと判り易いだろう。

 

 とにかく、三人目は破面だったようだ。まあそれも想定内、あの藍染が此処まで出向いて来るとは思えない。

 

 それはさておき。

 三人同時に相手取るのに、始解のままでは流石に不利だ。何を待っているのか知らないが、これ以上もたもたするようなら勝負を決めさせてもらう。

 卍解すべく、霊圧を高めんとした――その、瞬間だった。

 

 目の前の人物の、フードがずれて。

 素顔が明らかになったのは。

 

「…………え……?」

 

 動作が、思考が、霊圧が。

 現状を理解できずに全てが止まる。

 けれど五感は損なわれることなく、情報を得ようと把握を始める。

 

(な、んで)

 

 ――この霊圧を、間違える訳がない。

 

「よう」

 

 ――この声を、忘れる訳がない。

 

「久しぶりだな朔良」

 

 何故

 何故

 何故

 

「強くなったじゃねえか」

 

 何故、貴方が。

 

 

「か、いえん――」

 

 

 ――動揺したのは、ほんの数秒。だが相手にとっては、充分な隙だっただろう。

 

 右足――大腿部に走る鋭い痛み。我に返り見遣れば、目の前の男が左手を伸ばしている。その先に握られているのは、注射器。

 

「――っ!」

 

 即座に刀を振り下ろす。腕を斬り落とすつもりで。

 飛び退って躱されたが後回しだ。すぐさま左手で注射器ごと針を抜く。中身は何か――

 

(これ、は――)

 

 鼻腔を微かにつくのは覚えのある臭い。

 答えを出すより早く、視界が揺らいだ。

 ――その瞬間を見逃す連中ではない。

 

 背後から、刹那の内に距離を詰めて来たのはギン。右手はそのまま刀を握った方の手首を掴み、左腕は抱き込むように首へと回って来る。

 体格と腕力で圧倒的に劣る朔良にとって、身体を使って抑え込まれるのは厄介極まりない。だからこそ逃れる術は身に付けているのだが、反応が遅れた。理由は言わずもがな、打たれた“薬”のせいだ。

 ――加えてギンには、逃がす気が全く無いらしい。

 

「っ!」

 

 首筋に、同じ痛みが()()()。何とか顔を動かせば視界の端に、これまた“同じ物”が突き立てられているのが映った。

 

(――麻酔)

 

 ――自分の意思で動けたのはそこまでだった。

 抵抗する間もなく、全身から力が抜ける。思考に霞が掛かり、みるみる内に視界も暗く閉ざされていく。

 

 ――堪忍なあ、朔良ちゃん。

 

 全ての感覚が遠くなる中、そんな声が聞こえたので。

 

「…………覚えて……ろ……」

 

 どうにか一言、答えたのを最後に。

 

 朔良の意識は闇に沈んだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 かくり、と。

 自らの腕の中で、糸が切れた人形の如く崩れ落ちた朔良。小柄なその身体を支え、ふと気が付く。

 

「……こら、立派やなあ」

 

 完全に意識を失っているにも拘わらず、朔良の右手は刀を手放してはいなかった。戦士として称賛に値する。

 だが、それはそれ。斬魄刀を持たせたままではいられない。

 彼女の手から刀を抜き取り、歩み寄って来た東仙に渡す。本人が意識を失くした時点で始解は解かれている為、仕舞うのは容易だ。珠水を取り外した鞘に収め、東仙が大きく息をつく。

 

「……何とかなったな」

「せやね。どうなることかと思っとったけど」

 

 抱え込んだ朔良の身体の向きを変え、背中と膝裏に手を添えて抱き上げる。

 

(軽い)

 

 腕の中にすっぽり収まってしまう程小さな身体。見下ろした寝顔はどこかあどけなく、年齢より幼く見える。

 

(こんな()が、ボクらより強いなんてなあ)

 

 しかし、実際問題その通りだった。こちらには殺意がなく、大怪我もさせないよう注意していたが、手加減自体はできなかった。そんなことをすれば、あっという間にこちらがやられてしまう。

 

 ――そう、藍染から出された指令は“雲居朔良の捕縛”だ。それも可能な限り傷を負わせずに、とのこと。

 ……正直な所彼女が様子見してくれなければ、こう上手くは行かなかっただろう。

 そして。

 

「戻るぞ市丸、アーロニーロ」

「はい」

「ああ」

 

 第9十刃(ヌベーノ・エスパーダ)、アーロニーロ・アルルエリ。志波海燕と同じ顔、同じ声、同じ霊圧を持つ破面。

 この者が居たからこそ、今回の目的は成されたと言うべきか。彼を取り込んだ虚を更に喰らい、その姿と力を得た虚。朔良の動揺を誘うのに、これ以上うってつけの人物は居ない。光の差さない状況でなくてはこの姿になれないとあって、わざわざこの場所に細工をしたが、大した手間でもない。

 

 それにしても、何故朔良なのだろう。確かに彼女は他の死神から一線を引く程強く、特殊な能力を持っている。だがその程度で、あの藍染がここまで興味を抱く筈はない。

 

(何か、あるんやろなあ) 

 

 自分達の知らない因縁が、恐らくこの二人には。

 

「さて朔良ちゃん、虚圏(ウェコムンド)へご招待や」

 

 開いた黒腔(ガルガンダ)の奥へ歩を進める。朔良と藍染の繋がりはきっと、そう遠くない内に知る時が来るだろう。

 今は、それよりも。

 

『覚えてろ』

 

 ……最後に呟かれた背筋の凍る不穏な一言を無かったことにできないか、思索したい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

『……まったく、無茶をします』

 

 広がる湖面。咲き誇る桜。

 その場所で一人佇みながら、愚痴を溢す。

 

『これだから私は心配が尽きないんです』

 

 戦闘中、動揺を見せるのは致命的。

 しかし、まあ。

 それが本当に想定外であれば、の話だけれど。

 

『約束は守ってくれているようで何よりですが』

 

 彼女は「無理はしないが無茶はする」と言った。確かに無理はしていないけれど、危険なことには変わりない。

 

『にしても、志波海燕が現れたのには驚きました。あれは本気で動揺しましたね。我が主の直観と浦原喜助の頭脳を合わせて尚、予想外の事態を引き起こすとは……藍染惣右介、やはり侮れません』

 

 なればこその今回の策、一体どちらに軍配が上がるのか。

 勿論、自らの主が勝つと信じてはいる。ただ、その為にも。

 

『私は私の役目を果たすとしましょうか』

 

 見下ろした先に在る、硬い湖面。その、奥底。

 

『強過ぎるこの力を、抑え込まなくては』

 

 沈めたるは未知の力。解放すれば自分達の身を滅ぼしてしまう程、強大な力。

 

『今は封じていますが、いつか扱えるようになりますよ、絶対に』

 

 ――偽から真になる為に。

 

 

 

 

 

 

 

 




 お待たせいたしました! 白雪桜です。
 ここまで更新の期間が空いてしまうとは……申し訳ございません。
 今回かなりの難産でした。
 次、精進あるのみ!


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