偽から出た真   作:白雪桜

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第七十一話 意外な問題点

 平子真子はひとつ、溜め息をついた。それもこれも目の前で座り込む三人の仲間と、少し離れた場所でうつ伏せに倒れる少女――年齢的には大人の女性なのだが若く見えるのでもう少女でいいと思う――が原因だ。

 三人の内の一人、拳西が口を開いた。

 

「……オイ……真子」

「何や」

「この女が、喜助と夜一が育てた弟子なんだよな」

「せやな」

「何なんだよこの桁外れの強さは!? デタラメじゃねーか!」

 

 そう。つい先程まで、此処では手合わせが行われていた。しかも。

 

「いや〜俺もまさかここまで強なっとるとは……」

「まだまだ若いよね、この()。末恐ろしいなあ……」

「俺ら三人を同時に相手するって聞いた時は、何の冗談だと思ったけどな」

 

 拳西、ラブ、ローズ。この三人を相手に、朔良一人で戦ったのだ。

 ただし条件は付けた。三人が使うのは始解と虚化で卍解なし。朔良は卍解あり。その他の斬拳走鬼は自由、と。

 理由は二つ。四人もの卍解が同時に解放された時、この空間が保つかどうか判らないということ。そしてもう一つは、朔良を一方的に叩きのめしてしまう可能性があること。

 無論最初は反対したのだが――

 

『じゃあ、負けた時の言い訳に一対一でやりますか?』

『――上等だ』

 

 ――という、実に安い挑発に拳西が乗ってしまい、今に至る訳だ。

 

「あ~でもこれは、単純な実力差だけの話じゃないよね」

「確かにな。このコの卍解は、複数人を相手取るのに向いてる」

「つーか、能力そのものからして反則じみてるじゃねえか。他人の斬魄刀を模倣できるって、同時に複数人相手にするのと変わんねえよ」

「せやな。俺でもキツいわ」

「……でもこれじゃ駄目なんですよねー……」

 

 返事があったことに少し驚き、視線を向ける。見れば彼女も起き上がって座り込み、ぱたぱたと服に付いた土埃などを払っていた。

 

「駄目ってどういうことだい?」

「君の卍解は充分強力だぜ」

「藍染を倒すには、まだまだ足りないって意味ですよ」

 

 刹那、空気が凍りつく。実に、実に聞き捨てならない台詞だ。

 

「……つまり、俺らじゃ束になっても敵わねえって言いたいのか?」

「あ、そう取られましたか」

 

 そういう意図はなかったらしい。一瞬殺気立った拳西も虚を突かれた顔になる。

 

「まあそれも一理ありますけど」

 

 ……どっちやねん。

 

「双殛の丘で、私は藍染と戦いました。勿論、手加減無しでこの卍解を使って。……最後の最後、油断しきってるところに不意打ちして、僅かな手傷を負わせるので精一杯でしたよ」

「「「「!」」」」

 

 いくら何でもそれは、と楽観視はできない。何しろ奴は百年前の時点で、鉄裁の飛竜撃賊震天雷炮をあっさり防いでいたのだ。

 

「現七番隊隊長が一戦交えましたが、圧倒的な実力差に手も足も出ませんでしたね。十番隊隊長も一撃で倒されたと聞いています。そして、手負いだったとはいえ卍解状態で挑んだ彼も同様です」

 

 つい、と彼女の向けた視線の先には、ひより相手に修行する一護の姿。

 

「鏡花水月だけを警戒するのは大間違いです。今度こそ死にますよ。藍染に何度も同じ手が通用する訳ないですし、別の技を編み出す必要があるんです」

「難儀なこっちゃなあ……」

「けど朔良、アンタやったら色々思いつくんとちゃうの?」

「それがそうでもないんですよねぇ……」

「どういう意味や?」

「珠水の力は無数の能力を真似することで、それは同時に弱点でもあります」

「弱点て?」

 

 見当もつかず重ねて訊ねると、朔良は溜め息をついた。

 

「元の形というものが存在しないんですよ。始解なら浅打という形があるので何の問題もありませんけど、卍解の場合は力を発現する時、何かを真似しなければ姿を見せることもできない。他の斬魄刀は、そんなことないでしょう?」

「そらそうやけど……」

「だから他の能力を使うには、安定した形を一から創り上げなければならないんですよ。でもそれが難しくて……。ただでさえ私の卍解は負担が大きいものです。その負担を軽くする為に、霊圧を広く大きく展開する限定空間系の技を創りました。“桜花鏡乱”は卍解を大きく広げる形状の為、霊圧が分散されて身体への負荷が少ないんです。その代わり一度に数多の花弁を操らなければならないので、精神の消耗が激しくて」

「範囲も広い分、複数人を相手取るのに向いてるね」

「一方で、単体相手にはイマイチで」

「長期戦もできない、と」

「……はい」

「じゃあ、他に技はないのかい?」

「色々と試してはみましたよ。でもしっくりこなくて……。ひとつ全然違うのがありますけど、アレ使い勝手が悪過ぎるんですよね……。条件も酷く限定的だし……」

「何か、意外と面倒な卍解みたいだね」

「そうだな。初めて聞いた時は、他の力を模倣するなんてとんでもない能力だと思ったけどな」

「どんな力にも穴がある、ということデスネ」

 

 皆の感想に、彼女は座り込んだままガシガシと頭を掻く。

 

「そもそも私、何かを生み出すって苦手なんですよ。物真似は得意ですけど」

「え? でもアンタ、料理上手いやん」

「上手い人の真似をしてるだけです」

「貴女には“鬼相転外(きそうてんがい)”もあるでショウ?」

「……何で“鬼相転外”のことをハッチさんが知っているんですか」

「浦原サンに教えてもらいマシタ。話を聞いた限り、ワタシにもできる芸当ではありまセン。朔良サンでなければ不可能なハズデス」

「あれは相手の霊圧に同調してるだけですよ。それも物真似の一種です」

「料理はともかく、相手の霊圧に同調してるだけ、って……」

「普通言えねえセリフだよな」

 

 唖然と呟くローズとラブに同意する。戦闘中、敵の霊圧に瞬時に同調するなど、土台無理な話だ。とりわけ鋭敏な霊圧知覚を持ち、加えて霊力操作にも特別秀でている、朔良ならではの技だ。他の者では文字通り、真似できない。

 

「まあ、ずっと一人で修行してきたのも原因のひとつだと思いますが。私の力は他人が居なくちゃ話にならない」

「うーん……要は、安定した形があればいいんだろう?」

「はい」

「じゃあ、誰かの斬魄刀で真似できるものはないのかい?」

「そうだな、そーゆーとこからヒントって出ねえの?」

「刀がほとんどですからね……私、剣術不得手なんです」

「は? そうなのかよ?」

 

 ずっと黙っていた拳西が、あれで?と言わんばかりの声を上げた。

 

「朔良が得意なんは、昔からもっぱら白打やったな」

「そーいやあ、ひよ里と打ち合っとった時も、足技を交ぜることが多かったな」

「ええ、私の剣術は中の上程度。……それもあって形が決まらないんです……」

「……大変だな」

「白打といえば拳西、君も結構拳で戦う方だよね」

「ああ」

「そういえば、さっきの手合わせでもそうでし、た、ね……」

 

 会話の途中で、朔良が不自然に言葉を途切れさせた。

 

「朔良ちゃん?」

「……こぶし……両手……ふたつ……」

 

 片手を顎に当てて考え込み、ぶつぶつと何事か呟く様は真剣そのもの。一度名を呼んだ後は口を出さず、見守るに留める。

 そんな中。

 

「早う立たんかい一護!」

「くっそ……」

「寝とる暇ないで!」

 

「……やかましいなあ……」

「しょうがねーだろ。言っちゃあなんだが、一護の訓練の方がメインだしよ」

 

 ドンドンガンガン、一護とひよ里のぶつかり合う音が響く。集中する朔良の邪魔にならないかと気になるが、ラブの言うことも尤もだ。

 ふと彼女が顔を上げ、一護の方へ目をやった。やはり騒がし過ぎて気を取られたのだろうか。

 

「……一護……一護の卍解……天鎖斬月……特徴は……」

 

 ……そうでもないようだ。

 

「……うん、良いかも」

 

 しばらく思考に没頭していたが、どうやら纏まったらしく立ち上がる。

 

「何や、決まったんか?」

「確定ではありませんが、方向性はなんとか。取り敢えず試してみます」

 

 一度収めた斬魄刀を再度抜く様子に、真二達も朔良から距離を取る。

 

「あ、そうだ。ハッチさん」

「ハイ?」

「念の為、私の周りに強い結界を張っていてもらえませんか?」

「了解デス」

 

 何を思いついたのか判らないが、先程見た“桜華鏡乱”の規模を踏まえた大きな結界が張られた。強度を確かめるかのようにぐるりと見回した朔良が一つ頷き、再び構えた。

 

「おい、構えがさっきと違うじゃねえか」

「ホンマやな」

 

 拳西とリサの言う通り。先程は切っ先を足元に突き刺し、刀そのものを地面に沈み込ませ解放していた。それが今は両腕を胸の前に垂直に突き出し、刀が地面と水平になるよう構えている。左手の指も真っ直ぐに伸ばし、正面に掌を見せる形で刀身に添えた状態だ。

 目を閉じた朔良が、霊圧を放ち始める。

 

「しっかし難儀な卍解やなァ……。技で形を固定せんと、解放すらできへんて」

「さっきも言ったけど、意外と結構面倒そうだよね」

「その分、ガッチリ決まったら強力なんじゃねえの? さっきの一戦(アレ)、気ィ抜いたらヤバかったぜ」

「見とったら判るわ。にしても、あたしらも強くなったけど、朔良の成長はそれ以上やったな」

「才能があったとしても本人の努力なしに、あそこまで強くなれるものではありまセン。成長期だった、というのも要因のひとつかもしれまセンが」

「しかも百年間ほとんど一人で、だろ? 気が遠くなりそうな話だぜ……」

「短気な拳西は、チェリたんみたいに気長に待てないよねー!」

「あ゛あ゛!?」

「つーかチェリたんって……」

「名前“さくら”だからじゃない? “さくら”=(イコール)“さくらんぼ”=(イコール)“チェリー”ってことで」

「そーいや一護のこともベリたんとか呼んどったな。それで朔良もチェリたんか」

「安直やな……。それはそうと、朔良ちゃん全く動きがあらへんけど」

 

 大丈夫か――そう言おうとした瞬間、朔良の立つ場所で爆発が起こり、目の前の結界が僅かに震えた。

 

「ハッチ結界を!」

「待てリサ! 今は卍解の解放途中だ! 下手に近付いたら朔良ちゃんの集中が切れて逆に危険かもしれねえ」

「せやな。取り敢えず視界が晴れるまで様子見や」

「どんな形になったか判らないしね」

 

 僅かであれ結界が震えたということは、相応の衝撃があったということだ。彼女の身が心配ではあるが、巻き込まれる訳にもいかない。

 もうもうと舞う土煙が少しずつ晴れていき――飛び込んで来た光景に目を剥いた。

 

 彼女の身体にも足元にも、多量の血が付着していたのだ。

 

「ハッチ!」

「ハイデス!」

 

 今度は誰も止めなかった。遠目にも判る出血。ただ事ではないと、すぐさま駆け寄る。意識はあるようで、立ったままの彼女の肩を掴む。

 

「朔良ちゃん! 無事か!?」

「あ、真子さん。すみません、失敗しました」

 

 あまりにケロッとした反応に、一瞬状況を忘れそうになる。しかし彼女の顔を始め身体には血が飛び、周囲にも散っている。何か不測の事態が起こったことは明らかだ。

 

「朔良、一体何があったんや?」

「大したことじゃありませんよ。練り上げた霊圧が上手く形にならず暴発しただけです」

 

 よくよく見てみると、出血箇所は両腕だった。無数の裂傷のような跡が二の腕から指先にかけて、特に前腕に集中している。そのせいか死覇装の袖も幾らか裂けていた。

 

「今回の技のイメージは両腕に集中したので、そのせいですね。止血したら再開します」

「アホか! こないな大怪我しといて、続けさせられる訳ないやろ!」

「大丈夫ですよ。暴発したせいで傷が多くて出血が派手だっただけで、見た目ほど酷い傷じゃありませんから。こういう怪我は初めてでもないですし」

「は?」

「その言い方······まさかお前、卍解の修行の度にこんな怪我してるんじゃねえだろうな」

「技の開発の時はそうですね」

 

 開いた口が塞がらないとはこのことか。あっけらかんと、何でもないことのように言ってのける様に唖然とする。

 

「あのなあ! もう少し自分を労れよ!」

「修行に怪我はつきものでしょう」

「限度っつーもんがあるだろーが!」

「いいんですよ。どうせ私は死にませんから」

「はあ? 何言って······」

「待った、拳西」

 

 まだまだ説教を続けそうな拳西に、真子がストップをかける。

 

「そうは言うてもな朔良ちゃん、見とるこっちの身が保たへんわ。もう少し何とかならへんの?」

「……難しいですね。アイデアはいいんですけど、参考にできる対象が一護の天鎖斬月だけなので」

「どういうことだい?」

「私が技を創り出す場合、複数の能力の特徴を組み合わせるのが一番成功率が高いんですよ。まあ能力じゃなくても、道筋を示せるものなら何でもいいんですけど」

「じゃあさっきの……」

「ええ。“桜華鏡乱”もそうですよ。私の内なる世界を再現し、その上で白哉……朽木白哉の斬魄刀を参考にしました。舞い散る花弁が武器となる、その姿を」

「そんなら、もっと技は創りようがあったんやないの?」

「厳密に言えば、卍解状態で使える技は他にもあります。ただ、戦闘そのものには向かないって話です」

 

 それを聞いて合点がいった。いくら彼女が“創り出すこと”を苦手にしていたとしても、数十年かけて技がひとつとは違和感があった。だが複数あるならば――

 

「って、さっきは他にないって言ってたよね?」

「実用性は乏しいってことですよ。或いは未完成」

 

 ……この分だと、他にも色々隠していそうだ。

 とはいえ、いくら味方でも手の内全てを明かす必要はない。特に藍染のような敵を相手にするなら、切り札や隠し玉はいくらあっても困ることはないのだし。

 

「さて、止血も済んだので再開しますね」

「はあ? んな短時間で……」

「あ、できてマスね」

「はああ!?」

「回復速度早えなあ」

「流石元上級医療班だね」

「いやいやいや、おかしくねえ!?」

「よく診ると深い傷ではありませんデシタ。上級医療班であれば、そう大したことではありマセン」

「お、おお……そうなのか……」

「知らないの拳西? ばっかじゃないの拳西?」

「あ゛あ゛!?」

「……気になってたんですけど、六車さんと久南さんはあれが通常運転なんですか?」

「そうだよ。気にしなくていいからね」

 

 そうは言われても気になるのか、朔良は二人をじっと見つめたままだ。

 

「……手袋……」

 

 ……気になっているのは別の所らしい。しかし手袋とはどういうことか。確かに拳西は嵌めているが。

 

「拳西といえば、あいつの卍解は朔良ちゃんの参考になるんじゃねえか?」

「!」

「そういやそうかもしれへんな。拳西のは刀といえば刀やけど、ちょいと毛色(ちご)てるし。朔良ちゃんも拳西の戦い方見とって思いついたんやったら、その可能性はあるで」

「……少々詳しく教えていただいても?」

「本人居るし、見せてもらえば?」

「いえ、流石に参考の為だけには悪いかと」

「……朔良が遠慮したで」

「驚きデス……」

「……どんなお転婆娘だったんだよ」

「……お転婆は否定しませんが、ちょっと心外です」

「否定しないんだ……」

 

 何はともあれ。能力は聞かずにおくという朔良の要望通り、拳西の卍解の形状のみを伝える。それでも充分ヒントになったらしく、もう一度試すと言って再び距離を取った。結果、完全な形にならなかったものの、先程のように暴発はしなかった。朔良曰く、イメージが固定され始めているかららしい。もう少し安定すれば技として完成させられるだろうとのこと。

 

 そんな最中だった。

 織姫が現れたのは。

 

 

「チッ……一体何だったんだあの女……!」

「一護とだけ喋って、アッという間に帰ってまったな……」

「一護クンの友達だったみたいだねえ」

「あのコは……織姫ちゃんや」

「あァ!? 何だ真子オマエ知り合いだったのかよ!?」

 

 驚くのも無理はない。何せ彼女は。

 

「織姫ちゃんはなァ……俺の初恋の人や」

「また思い切ったウソだなオイ」

「真子あんたカワイイ()にはみんなソレ言っとるやん。前にあたしにも言ったやろ」

「カワイイ()にはみんな言う!? おかしいなァ! うち言われた覚えないでえ!」

「オマエには言うてへんわボケ」

「私も言われてないですよ?」

「おわっ!?」

 

 ぬっ、と気配無く岩陰から顔を覗かせた朔良に思わず仰け反った。

 

「朔良あんた何処に居ったん?」

「そう言えば、誰かが結界をすり抜けて来たってハッチが言った時から姿が見えなくなってたね」

「織姫の霊圧には気付いていたので、身を隠していたんです。一護はまだしも、私が此処に居ることを先遣隊には知られたくないので」

 

 流石は元隠密機動。誰にも気付かれることなく隠れてしまえるとは。

 

「って真子、朔良には言うてないてホンマ? こんなにカワイイのに?」

「いや、朔良ちゃんはちゃうやろ?」

「ちゃうて何がや?」

「いやホラ……どっちかっちゅうと、妹みたいな感じやん? 初対面の時はこーんなちっこい女の子やったんやで? いくら何でも引くやろ?」

「……妹……」

「赤の他人の女の子を妹……」

「どう言えっちゅーねん! 朔良ちゃん頼むわ、何かフォローを……」

「さて、さっきの一護と織姫の会話も聞こえて藍染の目的もはっきりしましたし、私は私で本腰入れますか」

「スルー!? いっそ白々しいなァ!?」

 

 ……こういったやり取りが、ちょっと懐かしく感じてしまったのは内緒だ。

 

 

 その晩。

 

「……ちゅー訳で、一護の方はまだまだやけど、朔良ちゃんは何か掴んだみたいや。ホンマに優秀やな」

≪そーっスか。いや~流石アタシ達の弟子! 鼻が高いっス!≫

 

 電話の相手は喜助だ。経過報告も兼ね、どうしても彼に訊ねたいことがあった。

 

「その一方で、ちぃと気になることがあるんや」

≪……? 何スか?≫

「あの()……あんなに命知らずやったか?」

 

 そう、真子が気にしていたのはその点だった。

 確かに朔良は昔から、何かと無茶をする子ではあった。

 しかし今日の様子を思い返すと。

 

「己の身を顧みないっちゅうか、怪我しても全く気にしてへんっちゅうか」

 

 そして何よりも。

 

「一番気になったんは、“どうせ私は死なないから”てはっきり言ったことや」

 

 いっそ自虐的、自暴自棄とも取れる言葉。

 他の皆はさほど気にならなかったようだが、真子はどうにも引っかかったのだ。

 

「喜助、オマエはどう思う?」

≪……そーっスね……。百年あの娘がどう過ごしてきたのか、アタシにも判りません。そもそも百年前の例の一件が、あの娘を変えるきっかけになったのかもしれないっス≫

「……せやな」

 

 謝罪に来た際の様子からして、彼女が自責の念を抱いているのは明らかだ。だとすると、打倒藍染の為に多少無謀な性格になったとしてもおかしくない。

 

≪今は様子を見るしかないんじゃないっスか? よっぽど危ない時は止めてやって下さい≫

「判ったわ。また何かあったら連絡するさかい。ほなな」

 

 通話を切り、一息つく。

 先程まで再び織姫が此処へ来ていた。今度はハッチに頼まれたひよ里により強引に連れてこられた形だが。ハッチによると、彼女は彼ととても近い能力を持っているらしい。武器を治してもらった後二人でいくつか言葉を交わし、織姫は去っていった。

 その後から、朔良の様子がおかしい。

 

(……いや、おかしいっちゅうより、何か考え込んどる感じやな)

 

 どうも、一護の時と同様にこっそり聞いていたらしい。まあそうは言っても二人共普通に会話していたので、ある程度近付けば内容が聞こえたのは当然だろうが。真子達の方にも多少は聞こえてきていたくらいだ。

 ともかく、何やら感じ入るものがあったのは確かなようだ。こういう時はそっとしておくに限ると、天井を見上げつつ携帯電話を懐に仕舞うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 仮面の軍勢(ヴァイザード)の拠点の、屋根の上。結界の範囲内ギリギリの場所に腰掛け、夜空と限りなく近い髪色と目の色を持つ少女は思考を巡らせていた。

 

「……“どうあるべきか”ではなく、“どうありたいか”、か……」

 

 別の人に向けられた言葉ではあったが、それは朔良自身にも強く響いた。

 果たして自分は、どうありたいのだろうか。

 

「……まだ答えは出ない、かな」

『何を言っているのですか』

 

 内側から聞こえてくる声は、呆れを含んでいた。

 

『貴女の“ありたい姿”であれば、既に決まっているでしょう?』

『そうだね。でも、まだそれを選んで良いかが私には判らない』

『……本当に、心の底から難儀な人ですね』

『自覚してる』

 

 自分が非常に面倒くさい性格をしていることは、重々承知している。

 

『悪いね、珠水』

『構いません。私は貴女の斬魄刀なのですから』

 

 頼もしい言葉に笑みを浮かべる。なればこそ、信頼には応えなくては。

 

『私達はまだ道半ばだ』

『はい』

 

 敢えて、口から音にする。

 

「進もう」

 

 風に揺れる朔良の長い藍色の髪。その毛先が一瞬、月光に照らされ銀色に光った――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 白雪桜です。
 お待たせいたしました! 今回は久しぶりに朔良以外の人物視点で書いてみました。ご満足いただけると幸いなのですが……。
 次回も頑張ります!

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