偽から出た真   作:白雪桜

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第六十三話 戦闘後、それぞれの想い

「……目が覚めたら病室の寝台の上って、いつぶりだろ」

「……さてのう、百年おらんかった儂には判らぬな」

 

 とぼけたセリフが二人分、部屋の中に落ちる。

 

 ルキアを奪還してから、藍染等の騒動から丸一日。ここ四番隊綜合救護詰所にて、夜一はずっと意識のなかった朔良に付き添っていた。

 ぼんやりとした様子で「夜姉様」と呟いた彼女は数秒の後、勢いよく起き上がった。

 

「! 馬鹿者!」

「っ……痛った……」

 

 傷のない左肩と右の二の腕を優しく掴み、そっと押してもう一度横にさせる。

 

「急に動くでない。お主も重傷患者の一人じゃぞ」

「……一人って……白哉は!? ルキア達、他のみんなは無事なんですか!?」

 

 再び起き上がってきそうな勢いに、ぽんぽんと宥めるように頭を撫でた。

 

「案ずるな、死んだ者はおらん。皆無事とは言えんが、命に別状はない。ルキアの罪状と処分に関しては保留となっておる」

「保留……ですか」

「ああ。四十六室の虚偽の命令と、侵入してきた一護達には恩ができた。もっとも、それどころではないというのが正直な意見じゃろうが」

「……でしょうね」

 

 三人もの隊長格による離反。護廷十三隊、ひいては瀞霊廷中が大混乱に陥る事態である。朔良を心配する“保護者組”も忙しく奔走しており、一番暇な夜一が傍に居たのだった。

 何はともあれ、重傷者が目覚めたのだから行動しなくては。

 

「少し待っておれ。今四番隊を呼んでくる」

「お願いします」

 

 朔良は、一時四番隊に居たこともあったと聞いた。やらなくてはならないことをちゃんと解っているのだろう。大人しく任せるあたり、逆にしっかりしていると感じる。

 

(昔はもっと手がかかったのう……)

 

 愛弟子が成長したことへの喜びと、手を離れてしまった寂しさをしみじみと実感し、何とも言えない心地で廊下を歩く夜一であった。

 

 

 ――気を取り直して。

 

「お加減はいかがですか? 朔良さん」

「……何となく貴女が来るような予感はしてました。だいぶいいです」

「それは何よりです」

 

 来たのは卯ノ花。問いかけに対し、朔良は淡々と答える。

 傷の具合を確かめ、一息ついたところで、卯ノ花は朔良に向き直った。

 隊長直々に看に来たのには訳がある。

 

「……近々、隊首会が開かれます」

 

 本来なら、すぐにでも開くべきだ。しかしながら肝心の隊長格が三人も重傷で、まだ起き上がれないときている。いや正確には起きられるのだが、病室から出る許可が卯ノ花から下りないのだ。

 

「その隊首会に、特例として朔良さんも出席してください」

「判りました」

「……即答ですね」

「当然の成り行きでしょう。ずっと前から連中の素顔を知っていたんですから」

 

 夜一も、その事実を知ったのはつい先日だ。

 仲間達の中で、真実を知る者は自分一人だけという状況が百年間。

 それは――どれほどの孤独であっただろうか。

 

「大体のことは総隊長と四楓院さんから伺っていますが、貴女の口から話していただきたいこともあります。よろしいですね?」

「はい」

「では、貴女も完治するまでゆっくり休んでください」

 

 傷の状態と体調をチェックした後、卯ノ花は退出していった。

 

「そういえば、夜姉様は怪我大丈夫なんですか?」

「儂は軽傷じゃからな。四番隊の治療を受けてほぼ治っておる」

「なら良かったです」

「……時に、朔良」

 

 目覚めたばかりの彼女に訊くのも憚られるが、どうしても確かめておきたいことがある。

 

「何ですか?」

「……白哉坊が以前結婚しておったと聞いたんじゃが」

「…………はっ!?」

 

 またもやがばりと起き上がり、痛みに呻く羽目になった朔良の背中をさすさす。撫でるうちに落ち着いたようで、何とも言えないような表情で見上げてきた。

 

「……誰に聞いたんです」

「白哉坊本人じゃ。ルキアの実姉がそうじゃったと話しておったが……」

「は!? もしかして……白哉がルキアに直接話してたんですか!?」

「そうじゃな。いきさつも聞いた」

 

 そう答えれば深い溜め息が返され。

 ぶつぶつと零れる独り言。

 

「あいつ……明かさないでくれって言われてたのに……まあ、あの状況じゃ話さない方が無理か……」

 

 この様子を見るに、朔良も白哉の妻がルキアの実姉だと知っていたのだろう。

 しかし、判らない。

 

「……お主は良かったのか?」

「良かったって、何がです?」

「お主は白哉坊を好いておったじゃろう」

 

 ぴしっ、と朔良が固まり。数秒後、がっくりと肩を落とした。

 

「……夜姉様にもバレてたんですか……」

「にも?」

「十兄様と春兄様ですよ。この分だときー兄様や烈さん辺りにも気付かれてそうですね……。私って判りやすいのかなあ……」

 

 実際、彼女の恋心は判りやすかったと思う。

 だからこそ疑問に思う。

 

「白哉坊を好いておったのに、結婚に反対せんかったのか? お主なら、いくらでもやりようはあったじゃろう?」

 

 口達者で頭の回る朔良。貴族ではなくとも四楓院家当主補佐という役職に就いており、人望もある。何より白哉に信頼されている。彼女なら、朽木家当主と流魂街出身女性の結婚など、止めようと思えば容易に止められた筈だ。

 そんな風に考えて見つめれば、彼女はぱちりと一つ瞬きをして。

 

「なんで私が止めるんですか?」

 

 至極当然、というように。

 あまりにも飄々と返されて、こちらの方が言葉を失う。

 

「私はあいつの親でも兄弟でもありません。幼馴染みです。まあ、誰よりも頼られて信頼されている自信はありますが、それだけです。本人が望んでいる以上、結婚の相談には乗っても無理に止める権利なんてありませんよ」

 

 どこまでも冷静な正論。と言うか相談にまで乗ったのか。

 朔良の話はまだ続く。

 

「貴族の政略結婚で白哉の気持ちがなかったら、止めていたでしょうね。でもそうじゃない。あの石頭で融通の利かない男が掟を破ってまで迎え入れたいと願った、心から愛する女性だったんです。止めるなんて有り得ません」

 

 にっこり笑った顔に、嘘は無い。

 

「好きな人の幸せを願うのは当たり前。私は白哉に幸せでいて欲しいんですから」

 

 自己犠牲、とはまた違う。これは、身を引いた、と言うのだろう。

 

「……お主の気持ちは……変わっておらぬのか?」

 

 もう一つ気になっていたことをおずおずと訊ねれば、あっさりと返答があった。

 

「ええ、今でも好きですよ。よそ見なんてしたことありませんから」

 

 ……これは。朔良のこの気持ちは。

 

「(恋だの好きだのではないのう……)」

「はい? よく聞こえませんでした」

「構わん。聞くな」

「はあ……」

 

 そう、最早“恋”ではないだろう。

 彼女のこれはきっと――“愛”だ。

 

(陳腐に聞こえるやもしれんが、“愛している”以外に当てはまりそうな表現が無いわ)

 

 娘のように可愛がってきた愛弟子の秘めたる成長に、何とも複雑な心地の夜一であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、そんな大事な話をこんな廊下でしていいのか?」

「儂を誰じゃと思うておる? 聞こえる範囲に人がいないことくらい確認済みじゃ」

 

 その後。

 朔良に食事を持っていく途中で浮竹に会った夜一は、彼女の見舞いに来たという彼と連れ立って歩いていた。

 ついでと言っては何だが、朔良との会話の内容を話してみたのである。

 

「あの子の気持ちはお主も承知じゃろう? このくらい伝えても変わるまい」

「それはそうだが、俺は白哉の結婚話が出た時、彼女に少々悪いことをしてしまったからな……」

「どういうことじゃ?」

「いや……相手を朔良と勘違いしてだな……」

「ああ……成程のう」

 

 相手が平民と聞いたなら、勘違いするのも仕方ないと思う。

 まあ、恋愛とは当人達同士の問題だ。それが朔良の“したいこと”であったのだから、外野があれこれ言う筋合いはない。

 何にせよ、大切なのはこれからだ。……大切と言えば。

 

「それはそうと京楽はどうした? 朔良が大怪我をしたという時に、最も騒ぎ立てそうな奴が顔も見せに来んとは」

「あー……あいつはな……病室に来たら絶対煩くするからって、卯ノ花隊長から朔良の部屋に限り出入り禁止にされてる」

「……納得じゃな」

「それを言うなら砕蜂はどうなんだ? 朔良に対する心配の度合いとしては、京楽より彼女の方が上な気がするが」

「そっちと同じじゃ。砕蜂も喧しい方じゃからのう、もう少し回復するまではと出禁を喰らっておる」

 

 朔良を誰よりも溺愛している京楽と、朔良に対して誰よりも過保護な砕蜂。有難くあれど、朔良自身は案外窮屈な思いをすることもあるそうだ。

 

「気持ちは判るが、彼女ももう小さな子供じゃない。立派な大人になったし、俺達が知っている以上にしっかりしている。今回のことで気付かされた……いや、思い知らされた、かな」

「まったくじゃな」

 

 本当の意味での味方がおらず、一人で静かに闘い続けて百年。その間、周囲の誰もが気付かなかったのだ。憎むべき敵が慕われ敬われ、上の階級へと上がっていく様はこの上なく腹立たしく、何より悔しかったに違いない。

 連れて行けば良かったという後悔は夜一のもの。そして藍染等の正体に気付けなかったという後悔は浮竹達のものだろう。

 解っているつもりで、朔良のことをまるで解っていなかった。

 ……それにしても。

 

「一番溺愛しておるのは京楽で一番過保護なのは砕蜂じゃが、一番あの子を思いやっておるのは、案外お主かもしれんのう」

「え?」

 

 カラカラと笑って浮竹の疑問を受け流して――ふと真顔になった。

 

「朔良の病室、誰か来ておるのう」

「? そうなのか?」

「ああ」

 

 まだ四つほど先の部屋ではあるが、夜一だ。当然判る。

 

「人の気配が二人分ある」

「流石だな。声も聞こえないし、俺は今探って判ったぞ」

 

 何はともあれ、面会謝絶な訳ではない。京楽と砕蜂は別物として、見舞い客が来るのは自然なことだ。

 しかし、何だろう。

 

「……どうにも、不穏な感じがするのう」

「奇遇だな、俺も同感だ」

 

 ひとまず自分達は気配を消し、入り口から覗いてみることにする。

 閉められた戸を僅かに開け、そっと窺えば――

 

「(! あやつは……)」

「(日番谷隊長?)」

 

 中に居たのは、こちらに背を向けて立つ銀髪の少年。

 寝台から身体を起こした状態で、頭部側に付いている板を背もたれ代わりに腰掛ける朔良と向かい合っている。朔良の方は腰から下が布団に入っているので、半身を向けるような形だが。

 

「(あやつも重傷者の一人ではなかったか?)」

「(その筈だが……)」

 

 傷も治りきってない今、何故朔良に面会など。

 どこか張り詰めた空気に間に入れずにいると、日番谷が口を開いた。

 

「……お前、前から知ってたんだってな、藍染のこと」

 

 滾る感情を無理やり抑えつけたような、そんな声。

 話の内容に察しがつき、浮竹と共に思わず息を呑むと、朔良がその質問――もとい、確認に答えた。

 

「総隊長か、卯ノ花隊長に聞いたのですか? 何処までご存じで?」

「……お前がずっと前から藍染達のことを知っていたことと、卍解を習得してたことだけだ」

「ああ、本当に最低限ですね。詳細は隊首会で伝えるようになっております」

「……てめえは……何でそう平気な顔をしていられる?」

 

 語尾は、責めるような声音だった。けれど。

 

「どうでしょう。私も私でショックを受けているもので」

「――ふざけんじゃねえ!」

 

 ガッ、と日番谷の右手が朔良の胸ぐらを掴んだ。

 咄嗟に飛び込もうとし、けれど肩に手が置かれ動きを止める。肩越しに見上げれば、浮竹が緩く首を横に振っていた。夜一もよくよく朔良の様子を見て、小さく息をつく。

 

「落ち着いてください、日番谷隊長」

「これが落ち着いていられるか! 何でてめえは今まで黙ってた!? あいつら三人全員グルで、俺達を騙して裏切ってるって事実を知りながら、何で誰にも言わなかった!?」

「そんなの決まっているでしょう。証拠が無かったからです」

 

 感情を剥き出しにする日番谷に対して朔良は、平然としていた。

 不自然なほどに。

 

「私が真実を知った時、彼等は既に上位席官でした。藍染に至っては副隊長。そんな彼等を疑うんですから、れっきとした証拠が必要になります。立場や地位に興味はありませんが、流石に犬死は避けたいところです。簡単に信じてもらえるとは思えませんし、周囲を巻き込むのも不本意です」

 

 百年前、喜助と鉄裁が例の現場に突入し、加えて夜一が二人を助けなければ、平子達は間違いなく殺されていただろう。しかし生き延びられた代償として、全員が尸魂界を追われる羽目になってしまった。朔良はそれを正しく理解し、無闇に行動しても何の意味もないと判断したのだ。誰かに話し信じてもらえたとしても、その“誰か”を巻き込む。信じてもらえず証拠もない中では、逆に自分が疑われる。表向き人望のある者が相手なのだから、尚更だ。

 そして最悪の場合――奴らに邪魔者と判断された場合――消されることになっていただろう。喜助達の時とは違い他者を護るでもなく、それこそ朔良の言う通りの犬死として。

 日番谷も馬鹿ではない。頭に血が上ってはいても、彼女の言うことは理解できたらしい。一瞬言葉に詰まり、けれど収まりがつかないのか再び言い募る。

 

「だったら……だったらせめて、俺にだけでも――!」

「……“俺にだけでも”?」

 

 物真似では、ない。朔良にしては珍しい、ただの鸚鵡返し。

 

「ではお尋ねしますが、日番谷隊長」

 

 だからこそ、その言葉はとても重々しく響く。

 

「貴方にお話しして、何か変わっていたのですか?」

 

 絶句する日番谷に、朔良は淡々と言葉を紡ぐ。

 

「藍染に対し、貴方も絶対の信頼を置いていた筈。そんな男を危険だなどと私が言って、信じたのですか? いいえ、絶対に信じなかったでしょう。どうせいつものからかいか、藍染を苦手としているからそれを押し付けようとしているかくらいにしか思わなかったでしょうね」

「だが、それはお前が……!」

「藍染を避けていたから、ですよね。こちらの情報を与えないようにそうしていたのですが、これだけは少々失策だったと思っていますよ。けどまあ、私の卍解についてバレなかった方が重要なので仕方ありませんが」

「……重要……だと?」

 

 胸ぐらを掴む日番谷の手に、更に力が込められたのが判った。

 

「てめえは……それで雛森を放っておいたってのか!?」

 

 その名が誰を指すのか、夜一も話だけは聞いていた。

 雛森桃、五番隊副隊長。つまり藍染の副官を務めていた人物。朔良よりもだいぶ若く、藍染を心から敬愛していたという。そして、日番谷とは姉弟(きょうだい)のように育った幼馴染みだとも。

 現在、雛森もまた重傷の為療養中だ。そして彼女だけが、未だに意識を取り戻さずにいる。傷の状態を考えれば無理もないことではあるが、精神的な面が大きいのだろう、というのが卯ノ花の見解だ。

 恐ろしく危険な男の傍らにいるのが判っていて、何故なんの行動も起こさなかったのかと。警告くらいできたのではないかと。日番谷はそう言いたいのだろう。

 だがそれは――

 

「結局きみは、そこなんだな」

 

 はあ、やれやれ、と。

 心底呆れたように首を左右に振り、溜め息さえつく朔良。日番谷だけでなく、夜一と浮竹(こちら)まで目が点になった。

 

「何……?」

「桃には、一人の人物に心酔し過ぎるなと伝えてはいたよ。尊敬と執着は違うともね。勿論、そうなるように仕向けたのは藍染だろうけど、その策に嵌ってしまったのは彼女自身の責任だよ」

「なっ……!」

「他の副隊長達の眼前で剣を抜き、隊長格を証拠もなしに犯人と思い込み斬りかかる。実際は連中の仕掛けた茶番だった訳だけど、副隊長の行動としてあまりに浅はかだ」

「茶番だと!?」

 

 吠える日番谷の言葉を、朔良は静かに肯定する。

 

「その後に関してもそうだ。藍染の手紙の内容を鵜呑みにし、きみを殺そうなんていう愚行を犯した」

「っ!」

「彼女があそこまで藍染に心酔していなければ、もう少し冷静に判断できた筈。幼馴染みであるきみが、そんなことをする訳がないってね。少なくとも、裏を調べるくらいはしただろう。それに、ショックを受けたとしても彼女は副隊長。やるべきことがあるにも拘わらず、後先考えず感情を優先し行動した、自業自得の結果だよ」

「いい加減に……!」

「そしてそれは、きみにも言えることだ冬獅郎」

 

 いきなり話の矛先を向けられ、面喰ったのか日番谷が再び言葉に詰まる。

 

「連中の策略に乗せられ、何の証拠もなしに市丸を犯人だと思い込んだ」

「それはあの野郎が妙なことを口走ったからで……」

「調査もせず決めつけた時点で、桃と同じだよ。確かにあの時は瀞霊廷中が混乱に陥っていたから難しかったのかもしれないけど、重要な案件なら尚更慎重になるべきだ。忠告した筈だよ、目に見えるものが全てじゃない、見えないものこそ危険だと」

「だが……!」

「見えないところにある真実は残酷とも言ったね。それを受け止めきれずに、こうして私に八つ当たりに来ている時点でどうなのかとも思うな」

「てめえは……!」

「今回の件で傷ついたのが、きみや桃だけだと思っているのか?」

 

 日番谷が、はっと息を呑んだのが察せられた。

 

「きみは他にまるで目を向けていない」

「そんなことは……」

「そうだろ。現に今、きみは桃のことばかりで乱菊の名前を出さなかった。隊長として、あるまじきことじゃないのか」

「!」

 

 彼の副官、松本乱菊。彼女が市丸の幼馴染みだと朔良から聞いたのは、つい先日のことだ。

 乱菊だけではない。三番隊、九番隊の副隊長を始め、多くの隊士達。皆がそれぞれ傷つき、苦しんでいる。

 冷水を浴びせられたかのように固まった日番谷に、朔良は言葉を紡ぐのをやめない。

 

「百年と少し前、藍染の表の顔にも惑わされず、危険だと直感した隊長格が居た。その後彼は奴の策略に嵌って、尸魂界からいなくなってしまったけれど」

 

 それは、平子のことだ。藍染が危険な男だと思ったからこそ傍に置き、踏み込ませなかったと聞いた。藍染にとっては逆に好都合となったらしいが。

 

「今回藍染“殺害”について疑問を感じていたのは春……京楽隊長だった。詳細は掴んでなかったものの、直接話した感じはそうだったね。卯ノ花隊長も死体の検分で違和感を感じ取っていたし、流石だよ」

 

 ゆるゆると、胸ぐらを掴んでいた日番谷の手から力が抜ける。襟元を軽く直し、朔良ははあっと息を吐いた。

 

「百年間、私はあの男を倒す為それこそ死に物狂いで鍛錬してきた。その力が、届かなかったんだ」

 

 普段の明るい彼女からは想像もつかない、冷たい声。細められた双眸は刃の如く鋭い。

 

「自分だけにでも話していれば? 自惚れるなよ日番谷冬獅郎。あの男の危険性を察知することもできず、“殺害”自体に疑問も抱かなかったきみに何ができたって言うんだ?」

 

 しかも、一撃で倒されて。

 

 ……最後の一言はかなり堪えたと見える。完全に日番谷が硬直してしまっている。

 沈黙が数秒間続き、ふと、朔良の表情と声が温かみを帯びた。

 

「裏切られたのは、同じでも。きみ達は恵まれていると思う」

「……何だと?」

 

 そこで初めて、朔良が目を逸らすように窓の方へ顔を向けた。

 

「きみ達は追放されてないし、殺されてもいない。きみ達は生きて、此処に居る。気持ちを共有する相手も、吐き出せる場所もある」

「…………」

「何より桃には……きみが居る」

「!」

「充分に恵まれているじゃないか」

 

 それは、紛れもない本心なのだろう。誰にも明かせない百年を過ごした彼女だからこそ言える、実感の籠った言葉。

 

「……で」

「?」

「夜姉様達はいつまで盗み聞きしているおつもりですか?」

「「!」」

「何!?」

 

 ばっ、と振り向いた日番谷の表情は、驚愕の一色。扉を開けて夜一は苦笑い、浮竹はバツが悪そうに頭を掻きつつ入室する。

 

「いや、すまない。盗み聞きするつもりはなかったんだが……」

「結果として同じでしょう」

「気付いておったなら、お主も早く指摘すればよいじゃろう」

「この空気、少しでも軽くしてからじゃないと無理でした」

 

 ……ごもっとも。

 日番谷は気まずそうにもごもごと何か言いたげに、しかし結局は何も言うことなく踵を返した。

 

「……雲居」

「うん?」

 

 去り際に。

 

「頭を、冷やして…………その後で、謝罪する」

 

 そう、言い残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし驚いたな、お前が後輩に対してあそこまで辛辣なことを言うとは」

「はっきり言わないと彼らの為になりません。実際、今回の彼らの行動は決して褒められたものじゃなかった」

「言うようになったのう」

 

 日番谷のいなくなった病室。

 夜一の持ってきた病院食を食しながら、浮竹の言葉に朔良は答える。

 

「それにしても、なんだかいつもと違ったな」

「何がですか?」

「お前の話し方だ。いや、いつもの“正論の刃”と違うと言うか……」

「それはそうでしょう。今冬獅郎にしたのは“お説教”ですから」

 

 夜一は久しぶり過ぎてピンと来なかったが、浮竹には違うように感じたらしい。朔良も肯定したけれど、どういうことなのか。

 

「傷ついて感情的になっている相手に、ただ“正論”をぶつけても効果はありません。ちゃんと相手を諭さないと、却って傷つけてしまいます。今回のようにデリケートな問題なら当然の配慮です」

 

 朔良なりに配慮していたのだろうか。……あれで?

 ……実際のやり方は置いておくとして、もっともな意見ではある。

 

「冬獅郎だって、本当は判っているでしょうから。ところで一護達はどうしてますか?」

「一護君達かい? 宿舎として、この綜合救護詰所に滞在してもらっているよ。お前も傷が回復したら会いに行くといい」

「その為にも、今は食えるだけ食っておけ」

「そうですね。そうさせて頂きます」

 

 大人しく、体力回復に勤しむ愛弟子であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

「という訳で、やってきました」

「何がという訳でだよ」

「まあなんでもいいじゃないか」

 

 三日後。

 兄弟子浮竹に言われた通り、朔良は回復した後一番に一護達の元を訪れた。

 居たのは五人。黒崎一護を始め石田雨竜、茶渡泰虎、井上織姫の現世から来た面々と、彼らに会いに来ていたらしいルキア。どうやら岩鷲は一人で志波邸へ帰ったようだ。あの空鶴のことだ、今頃きっと彼は姉にしごかれているのだろう。

 

「改める必要もないと思ったけど……一応礼儀だからね。一番隊第四席の雲居朔良だよ。織姫にはまだ名乗ってなかっただろう?」

「あっ、はい! ええと……そうでしたっけ?」

「……うん、そうだよ」

「そうなんですね! わざわざありがとうございます!」

 

 ……今のやり取りだけで判った。この()は天然だ。

 

「にしても、どうしたんですか? 貴女が来たということは、単なる見舞いや面会という訳ではないと思うんですが……」

「雨竜君は聡いね。……やっぱり、けじめはつけておくべきものだから」

「どういうことですか、朔良殿?」

 

 居並ぶ彼らを見回し、すっと背筋を伸ばす。

 動けるようになったにも拘らず、白哉の所よりも先にここへ来たのには二つの理由がある。一つは、まず義理を通すべきだと考えたからだ。

 

「今一度、礼を言わせて欲しい。きみ達が来てくれたおかげでルキアは助かった。加えて藍染達の正体も、ようやく白日の下に曝すことができた。感謝してもしきれないよ」

「朔良殿……」

 

 ルキアが、思わずといった様子で朔良の名を呼ぶ。

 四人もまた、面食らったように目を瞬いた。けれどすぐに言葉が返ってくる。その筆頭は一護だった。

 

「いいってそんなの。俺らは俺らのやりてーようにやっただけだ」

「そうだな……」

「あたしはー……えへへ、ただ朽木さんを助けたかっただけだから」

「黒崎に同意するというのは非常に不本意ですが、概ね同じ意見です。僕は僕の都合でここへ来たに過ぎない」

「おい、石田テメー……どういう意味だ」

「どういう意味も何も、そのままの意味だが?」

 

 ただでさえ少々目つきの悪い一護が更に凶悪な顔になって雨竜を睨むが、その雨竜の方は眼鏡をクイッと押し上げてスルーしている。

 何を言ったところで無駄と判断したらしく、早々に睨むのを止めた一護が再びこちらに目を向ける。

 

「つーか気になってたんだけどよ」

「何?」

「お前、なんかキャラ変わってねえ?」

「え?」

「いや、今までまではこう……もっと男っぽいしゃべり方だったっつーか……」

「黒崎! 女性に向かってそれは失礼だろう!」

 

 再び喧嘩を始めた二人の会話が、ちょっと遠くに聞こえる。

 

(……キャラ…………)

 

「………………あ」

 

 思考を飛ばして、思い至る。

 ……まるで気付かなかった。他人に指摘されて初めて自覚するとは、どうかしている。……いや、恐らくは。

 

「あー……あれだね、藍染の件が明るみに出て気が抜けたんだな」

「は? 何だよそれ?」

「ぶっちゃけた話、取り繕ってたんだよ」

「「「……はあ?」」」

 

 重なった異口同音は一護とルキアと雨竜のもの。まあ気持ちは判る。

 

「ほら、私ってこういう……言っちゃあなんだけど、結構外見若いだろう?」

「若いっつーか、ガキっぽいっつーか……」

「一護、剣八さん呼ばれたくなかったら余計なことは言わないように」

「!? す、すいませんでした……」

 

 即座に謝ったので、良し。

 

「席官と言っても、侮られることもあるんだよ。本来の実力も隠してたし。だからちょっとでも舐められないように、男勝りな口調で通してたんだ。藍染達にはなるべく接触しないよう気を付けてたけど、居なくなって実力を隠す必要がなくなったからかな。知らない内に砕けてたみたい。だいぶ感じが変わるでしょう?」

「まー確かに」

「朔良殿が、前より柔らかくなったような印象を受けます」

「あ、でもあたし、今の方が可愛くていいと思います!」

「かわ……!? あ、ありがとう……」

 

 思わぬ誉め言葉に一瞬詰まるが、どうにか無難に返す。

 動揺したことを突っ込まれない為にも、話題を変えなくては。

 そう、真っ先にここへ来た二つ目の理由があるのだし。

 

「ところでルキア」

「はい」

「朽木隊長の面会許可が下りたそうだけど、まだ会いに行ってないのかい?」

「え!? あ、いや、それは……」

 

 そう、これだ。ルキアが此処に居ることも霊圧で把握済みの上、来たのである。

 言い淀むということは、やはり行っていないのだろう。

 心配そうなくせして、会ってない。恐らくこれは。

 

「成程、会って何を話したらいいか判らなくて気まずい、と言うところか」

「う……」

 

 図星らしい。

 

「よし、それなら私と一緒に行こう」

「はい!?」

「ほらほら、そうと決まれば早く早くー」

「い、いえっ、まだ決まってな……」

「じゃあみんな、ゆっくり休んでね!」

「朔良殿ー!?」

 

 ルキアの腕をひっつかみ、有無を言わせず引っ張っていく。

 退室した後、

 

「……雲居さんってあんなに強引な人なのか?」

「いや……知らねえ」

 

 なんて会話があったことは、知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……強引です、朔良殿」

「そう言うなよ。嫌な訳じゃないだろう?」

「…………」

 

 沈黙は肯定。素直なことだ。

 

「で? 気にしてるのは、やっぱり姉上殿のことか?」

「あ……はい……」

「無理もないけどね。義兄の嘗ての妻が自分の実姉で、本当の意味で義兄弟だったなんてさ。しかも四十年以上の間知らなかったんだもの。衝撃的過ぎるよ」

 

 しかし朔良も、こんな形で明かされることになるとは思いもしなかった。けれど、取り敢えず。

 

「二人のこと、責めないであげてくれるかな」

「えっ?」

「二人とも、きみを想ってしたことだよ。特に緋真は、ずっときみを心配していた。こっちがハラハラしてしまう程にね。すぐに全て許せとは言わないけど……」

「ま、待ってください」

「うん?」

「朔良殿は……緋真……姉様と親しいのですか?」

「……あ」

 

 うっかり。

 つい“緋真”と呼び捨てにしていた。いつもならこんなことはないというのに、やはり気が緩んでいるようだ。

 

「それに、気になっていたのですが……双殛の丘に居た時、朔良殿は兄様を……その、呼び捨てにされていたような……」

「…………」

 

 ……そう言われてみればそんな気がする。既にボロが出ていたらしい。

 

 しかしまあ、そもそもな話これまで白哉と幼馴染みだという関係を隠してきたのは、百年前の“あの夜”の事件があったからだ。

 当時、四大貴族朽木家の次期当主だった白哉と、流魂街出身である朔良が幼馴染みであるなど、過去に何があったのかと訊かれるのは必至。けれど喜助や夜一の話を出さなければ詳細は説明できない。罪人とされていた彼らの名を出すのは、朔良にとって悪手だった。それを理解しているからこそ、京楽や浮竹を始めとする事情を知る古くからの仲間達は、暗黙の了解で黙っているのである。あの口の軽い乱菊まで言わずにいてくれていた。

 

 故に、ルキアもまた知らないのだ。白哉とは同期ということ、四楓院家当主補佐で少し接点があるということくらいしか伝えていなかった。

 藍染の正体が知られたことで、喜助達の冤罪は晴れたも同然。ならば、もう隠しておく意味もない。

 

「そうだね、いい機会だから話しておこうか」

「え……」

「私は……」

「あれ? ルキアと朔良さん?」

 

 話の途中で遮ったのは、正面から聞こえてきた声。

 

「「恋次!」」

「二人揃って……もしかして、見舞いっスか?」

「そう言うきみも、朽木隊長のお見舞いかな?」

「あー……まあ……」

 

 がしがしと赤い髪を掻きつつ。

 

「……俺は副隊長っスから」

 

 少しばかり気まずそうに告げる姿に、苦笑する。

 

「じゃあ、せっかくだからきみも一緒に行くかい?」

「いいんスか?」

「ああ。ね、ルキア」

「あ、はい。私は構いませんが」

「決まりだね」

 

 目指すは白哉の病室。三人、連れ立って歩く。

 

「そういや、朔良さん。あんた、しゃべり方変わってないっスか?」

「へ?」

「前まではこう、もっと男らしかったと思うんスけど……」

 

 激しい既視感。

 

「……ぷっ」

「……くっ……恋次貴様っ……」

「ちょ、何笑ってるんスか!? ルキア、てめえまで!」

「だってさっ……」

「先程一護がな……全く同じことを朔良殿に訊いたのだっ……!」

「は!? 一護と一緒にすんじゃねえ!」

「あははっ! しょーがないだろ一緒なんだから!」

 

 あまりの一致ぶりにひとしきり笑った後。

 ぶすくれた恋次を宥め同じ内容を説明すると、納得の表情になった。

 

「朔良さんにそんな一面が……」

「後輩に話すのは、ちょっと恥ずかしいけどね」

「そのようなことはありません! 足りない部分を補おうと努力されてきたのでしょう? それのどこが恥ずかしいのですか」

「……ありがとう」

 

 礼を言いつつ、思わず目が点になってしまった。まさかルキアから励ましの言葉を貰うとは。

 

「というか恋次、貴様のせいで聞きそびれていたぞ!」

「はあ?」

「朔良殿、先程の続きですが……」

「はい、着いたよ」

 

 あれこれ話していたら、到着していた白哉の病室。二人に構わず、まずは三回ノックする。

 ルキアの言葉を遮って悪いが、せっかくなので恋次にも纏めて説明するとしよう。

 判り易い形で。

 

「白哉、私。入るよー」

 

 ガラッ、と。

 何の躊躇もなく扉を開いた。背後で後輩二人があんぐり口を開けているのが振り向かずとも判る。

 当の白哉は、上半身を起こし頭部側に付いている板に背中を預けて休んでいた。常に背筋をピンと張っている彼だが、流石に今はきついらしい。

 

「朔良か」

「傷の調子はどう?」

「問題ない。じき動ける」

「今は問題ありってことだろう」

「……ルキアと、恋次も居るのか?」

「スルーするなおい。っていうか気付くの遅いよ」

 

 とはいえ、無理もないかもしれない。これまで朔良は白哉との関係を知らない者の前で、彼と親しげに話すことは一度もなかったのだから。

 

「……お前があまりに無遠慮だった為だ」

「今更じゃない?」

「……良いのか?」

「んー……もう隠さなくていいでしょう。これからは、もっと夜姉様達に会えるもの」

 

 それだけで通じるのも、夜一や喜助のことを共通して知っているからこそで。

 

「あ、の……」

「隊長……?」

 

 ようやく硬直が解け、しかしまだ疑問符だらけで混乱中の二人を振り返る。

 

「お二人は……ただの同期ではない……のですか……?」

「もしかして……友達……っスか……?」

 

 ちらっ、と白哉を一瞬見遣り。

 にっこり笑って、後輩らに告げる。

 彼等にとっての爆弾発言を。

 

 

「私と白哉は、幼馴染みだよ」

 

 

 本日二度目の硬直。しかも連続。

 

 

「そうだな」

 

 

 加えて、あっさり肯定した彼の一言が決定打。

 

 

 

 

 十拍ほどの、間が空いて。

 

 

 

 

「ええええええぇぇー!?」

「はあああああぁぁー!?」

 

 

 静かな病室に、二重の絶叫が響いた。

 

 二人には悪いが、しみじみ思う。

 ああ、こういう楽しさは久しぶりだな、と。

 

 

「あんた流魂街出身でしょう! 幼馴染みって何スか!?」

「どどど、どういうことなので……!?」

「白哉。後は任せた」

「……何?」

「お前から説明しといてよ」

「……しかし」

 

 二歩三歩近付き、彼の耳元に顔を寄せる。

 

「(せっかく気兼ねなく話せる話題提供してあげたんだから、上手くやってよ)」

 

 思いついたのはついさっきだが、悪くはないだろう。何しろ此処に居るのは、最初切り捨てていた妹と、自らの手で殺しかけた副官なのだ。気まずいに違いない。朔良が間に立って仲を取り持つにしても効率が悪い。少々荒療治ではあるが、この程度が丁度いいと思う。……それに。

 

「(お前、ルキアを自分の手で処刑するとか言っただろう)」

「(! 何故……)」

「(知った理由なんてどうでもいいの。私、流石にそれは怒ってるんだからね?)」

「(…………)」

「(むくれても駄目。これくらい甘んじて受けなさい)」

 

 口下手な白哉への、ちょっとした罰にもなる。一石二鳥だ。

 ちなみに今の彼を見てむくれたと気付く人はほとんど居ない。

 

「次に会うのは、一護達を見送る時ってことで」

「いや、ちょ、待ってくださいって!」

 

 白哉の寝台を跳び越えて、窓の桟の上にしゃがむ体勢で両足を掛ける。

 恨めしそうな視線と混乱MAXの視線を受けながら、再び輝かんばかりの笑顔を向ける。

 

「じゃっ、ごきげんよう」

 

 飛び降りて。瞬歩を使って、退場した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ってなことが、数日前にありまして」

「それで最近儂とばかり一緒におったのか」

 

 人を驚かせるのが好きなところは、きっと彼女に似たのだと思う。コロコロと笑いながら、ルキアと恋次の反応が面白かったことを話して聞かせる。――黒猫姿の、夜一に。

 

 今日は一護達が現世へ帰る日。夜一も、猫の姿で戻るとのこと。次に会えるのはいつになるかは判らないけれど、これまでとは違う。遥かに、距離が近い。もう一人の師との再会の日は、それほど遠くない筈だ。

 

「また会おうね一護」

「おう。 ――じゃあな、ルキア」

「……ああ。……ありがとう、一護」

 

 ルキアは、自ら尸魂界に残ると決めた。……あの“雨の日”の事件から、ようやく心の整理がついたのだろう。謝ってくれたから許したと、空鶴から聞いた。

 

 ――四人と一匹の姿が光の向こうへと消え、穿界門が閉じて。

 早々に踵を返した白哉に不審を感じ、その腕を掴んで引き留める。

 

「ちょっと、何処行くの白哉」

「六番隊舎だ。仕事を……」

「駄目。退院しても今日一日は安静にって、卯ノ花隊長に言われたんでしょう」

「……何故お前が知っている」

「私の情報網舐めないで。それよりお前、今日は直帰。朽木家で大人しくしてなさい」

「だが……」

 

 ぐいっと腕を引っ張り、空いた右手で拳を作って彼の胸に軽く当てる。

 

「この場で私に伸された後更に私に担がれて朽木家に運び込まれるのと、自分の足で歩いて帰るのとどっちがいい?」

 

 この至近距離なら、白哉が躱すより朔良が攻撃を喰らわせる方が疾い。

 

「………………歩いて、帰ろう」

「良し」

 

 拳を開き、腕を離す。

 

「お大事に」

「……お前も病み上がりだろう。身体を休めておけ」

 

 思わぬ言葉にきょとんとなるも、すぐに笑って返事をする。

 

「うん!」

 

 好きな人に気遣ってもらえるのは、やはり嬉しいものだ。

 久しぶりに、そう実感した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、兄様と朔良殿は、ずっとあのように気安い遣り取りをされていたのですか?」

「うーんそうだな。朔良が少し荒っぽくなった気もするが、あんなものじゃないか?」

「最近はめっきり見ることもなくなってたから、なんだか懐かしいねえ」

「確かにな。だがいい傾向じゃないか」

「ほんと。いいことだよ」

「このままちゃんと仲良くなれば、もっといいんだがな」

「そうだねえ、ボクも流石に焦れったくなってきたよ」

 

 

 

 ……背後から感じた生温かい視線は、気付かなかったことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 お待たせいたしました!
 年内の更新を目指していたのですが、間に合って良かったです(^‐^)


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