偽から出た真   作:白雪桜

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第六十二話 護るものと最後の一手

 ――どうして。

 

「君の魂魄を完全に蒸発させ内部から崩玉を取り出す為に、双殛を使って君を処刑することを決めた」

 

 藍染を止めたかった。

 決着を付けたかった。

 

「魂魄に直接埋め込まれた異物質を取り出す方法は二つしかない」

 

 死神の虚化、虚の死神化。崩玉と、その隠し場所。

 全て夜一から聞いた仮定と事実だ。

 

「万一双殛での処刑が失敗した場合、もう一つの方法を見つけなければならない」

 

 なればこそ、彼女を通じて教えてくれた喜助に、応えたかった。

 

「必要だったのが尸魂界の全ての事象・情報が強制集積される、地下議事堂の大霊書回廊だ」

 

 一度目のように無知ではなかった。二度目と違い間に合った。

 ルキアを――護りたかった。

 

「魂魄への異物質埋没は浦原喜助の生み出した技術だ」

 

 なのに、どうして。

 

「ならばそれを取り出す技術も、彼の過去の研究の中に必ず隠れていると読んだ。……そう」

 

 百年という歳月をかけ培ってきた、積み上げてきた力だ。

 その力が、まだ。

 足りなかったのか――?

 

 

「これがその、(こたえ)だ」

 

 

 ――地面から、先が尖り僅かな弧を描いた柱が六本、ルキアを捕らえた藍染の周囲に出現する。気味の悪い緑色をしたそれらの先端から赤白い光が発生し、囲うように迸る。藍染の右腕の肘から指先にかけても同色に変化し、その腕が鈍い音を立て、ルキアの胸を貫いた。

 

「ル……っ!」

「せやから、動いたらあかんよって」

 

 藍染の手を離れ膝をついたルキアを奪い返そうと身体に活を入れるが、ぎりぎりと傷口に指先が更に深く喰い込んできた。僅かな動きさえも制され歯を喰い縛り、真上にいる相手をギッと睨む。

 

「おぉ怖。まだそないな元気があるんやね、朔良ちゃん」

 

 相変わらず読めない狐顔。

 昔から何を考えているのか、判らない男ではあった。

 

「もうええやろ、()め。藍染隊長には勝てへんよ」

 

 そしてそれは、

 

「判るやろ? ()の君やったら無理やて」

「っ……?」

 

 今も変わっていない。

 

「これが“崩玉”……」

 

 藍染の呟きが耳に届き、はたと気付いた時にはルキアの胸に空いた穴が塞がる所だった。

 

「……ほう、魂魄自体は無傷か。素晴らしい技術力だ」

 

 首の拘束具を再び掴み、ルキアの身体を宙吊りにする。

 

「だが残念だな。君はもう用済みだ」

 

 その宙吊りにした身体を、腕を真っ直ぐに伸ばして突き出した。

 

「殺せ、要」

 

「っ――!」

 

 心臓が軋んだ音を立てる。

 加えてこの場所へ近づいてくる“彼”の霊圧を感じ取る。

 真実が明るみになったこの状況で駆けつけることの意味を考え――背筋が凍った。

 

「っ放してギン……! 放して……!」

「あかんゆうてるやろ」

 

 喰い込む指は、既に刺さっていると言うべき深さまで達していた。激痛でこめかみから汗が噴き出てくる。だがその痛みも、今は気にしていられないほどに焦っていた。

 

「放してよ……! 放してってば……!」

 

 最早口調を取り繕う余裕もなく、なりふり構わず暴れに暴れる。傷が広がるのも血が溢れるのも、朔良にとっての“最悪”の前には取るに足らないこと。

 だから。

 

「放してって……」

「っ……?」

 

 霊圧が、激情に比例して上昇していく。

 痛みと衝撃で霧散していた霊力。かき集めたそれは白く輝き、全身を覆う層となって弾け飛ぶ。

 

「言ってる――で しょ !?」

 

 感情のままに放出した霊力は、鬼道ですらない不安定なもの。けれど、込められた力そのものが強大過ぎると、却って脅威になる場合がある。

 危険を察知したギンが反射的に飛び退き――解放された刹那、跳ねるように地を蹴り駆ける。

 

 ルキアの背中を、心臓を狙って突き出した東仙の刀が、駆け付けた“彼”の身体を貫いたその瞬間に。

 

 

「白哉あぁぁ―――っ!!」

 

 

 呼んだ声はまるで絶叫。

 最愛の人の血飛沫が上がるのを目の当たりにした時、師の一人の教えが脳裏を奔り抜けた。

 

 “誰かを護るなら――死なせない”。

 

 

 剣が彼の肩から抜かれ、二撃目が繰り出されるより疾く。

 東仙の左脇を狙い、体を捻って飛び蹴りを叩き込んだ。

 横へ吹っ飛んでいくのを目ではなく霊圧で確かめ、視線は前から――朽木兄妹の背後に立つ、藍染から逸らさない。

 足が地面に着くより先に瞬歩で飛び、白哉と藍染の間に身体を滑り込ませた。人二人分程度の僅かな隙間――白哉とルキアを後ろに庇い、真正面から藍染と対峙する。東仙を蹴り飛ばす直前から練り始めていた霊力を、藍染が手に掛けた刀を抜くより先に開放させる。肘を曲げ胸の前に翳した左拳。正面に向かって掌を開けば、そこからふわりと舞うひとひらの白い花弁。

 

「水天逆巻け……“捩花”!」

 

 使い慣れた三叉鎗が至近距離の藍染を貫かんと、地面とは水平に顕現する。が、瞬時に後方へと大きく跳ばれ、その切っ先は掠めもしなかった。

 落下する前に“捩花”を左手で掴み、数歩踏み出して構え――

 

「兄様っ……!?」

「! 白哉……!」

 

 ルキアの声に振り返れば、白哉が膝をついて荒い呼吸を繰り返していた。ただでさえ一護との戦いで満身創痍。大きく上下する肩に、これ以上の傷は負わせられないと“捩花”を強く握り直し藍染を見据える。

 

 ――上から降ってくる霊圧を察知したのは、その時だ。

 

「――行くぜ兕丹坊!」

 

 よく知る、よく通る声。その声が鬼道の詠唱を高らかに紡ぎ、“雷吼炮”が藍染の頭上へと叩き込まれた。

 衝撃で起こった風圧に腕で顔を覆いつつ、驚きのまま名を呟く。

 

(くー)さんに兕丹坊……!?」

 

 空鶴の“雷吼炮”を躱した藍染へ、更に二つの霊圧が急接近する。誰より疾いその動き、こちらもよく知った二人。

 

「夜姉様……砕蜂先輩……!」

 

 夜一は正面から鏡花水月を、柄を掴む右手ごと長布を巻き付け、柄尻をもう片方の掌で押し込み固定し。

 砕蜂は背後から右膝で挟むように左腕を押さえ、伸ばした右手に握った刃を寸止めの状態で首筋に当て。

 

「動くな。筋一本でも動かせば」

「即座に首を刎ねる」

 

 ……確か二人とも、さっきまでお互いに戦っていたのではなかっただろうか。

 ぴたりと息の合った動きで瞬く間に藍染を拘束した様に、思わず呆気に取られてそんな呟きが頭をよぎる。

 さておき、焦燥に駆られ完全に周囲を意識の外に置いていて、直前まで彼らの接近に気付かなかったのは不覚だった。――この場所を目指し集まってくる多数の霊圧にも。

 

 ギンの傍に現れたのは乱菊。東仙には修平の霊圧が近付き、各々首に刃を当て拘束する様が確認できた。

 

「……これまでじゃの」

「……何だって?」

「判らぬか藍染」

 

 そして――

 

「最早お主らに、逃げ場は無いということが」

 

 一、八番隊隊長、副隊長両名。

 十三番隊隊長。

 二、七番隊副隊長。

 

 藍染等を取り囲む形で現れたのは、護廷十三隊を統べる死神達。

 すぐ傍に寄る気配を感じて、そちらを見上げれば。

 優しい、けれど何処か苦い表情を浮かべた兄弟子と目が合った。

 

「ごめんよ朔良ちゃん」

「え……」

「この状況を見れば判る。君には大変な思いをさせてしまっていたらしいね」

 

 頭にふわりと手が乗せられる。

 

「詳しい話は後にしよう。ひとまず……もう大丈夫だ」

 

 手が離れ、一歩前に出た京楽が肩越しに振り返った。

 

「可愛い妹弟子(いもうと)ばかりに頑張らせちゃ、兄弟子(おにいさま)の立つ瀬がないからね」

 

 ……普段から色々とおちゃらけている京楽を今でも兄と呼び慕うのは、こういうところを知っているからだ。

 真実を見抜く鋭さと思慮深さにおいては、右に出る者は居ないと言われているほど。

 ――だからこそ、肝が冷えることもあるのだが。

 

(今それは置いといて……)

 

「……彼は油断がなりませんよ。何を隠しているか知れない」

「うーん、まあそんな気はするねえ。これまで隠してこれた辺り」

「そんな悠長なこと……っ!」

 

 ――感じたのは虚の霊圧。

 それも上空から――大虚(メノスグランデ)の。

 

「夜姉様、砕蜂先輩! 離れて!」

「離れろ砕蜂!」

 

 朔良に一瞬遅れて、夜一の声も響く。二人が飛び退いた刹那、空から一本の光の柱が藍染に降り注いだ。黄色に光るそれが降ってきた“箇所”が、空が裂け、数多の大虚(メノス)が顔を覗かせた。

 死神達が驚愕する中、更に二本の光がギンと東仙の上に落ちる。やがて三人の足下の地面が一部砕け、足場となって共に浮き上がった。あれは、確か。

 

反膜(ネガシオン)……でしたか』

『うん』

 

 珠水の声に短く答える。

 大虚(メノス)が同族を助ける時に使う光、反膜。光の内と外は干渉不可能な完全に隔絶された世界となり、こちらからも向こうからも手出しできなくなるというものだ。

 

『逃げるつもりなのですね』

『らしいね』

 

 反膜に包まれては捕らえることはできない、が。

 

『このまま見ているのですか?』

 

 ――そんなつもりもない。

 

 

「……大虚(メノス)とまで手を組んだのか……」

 

 もう一人の兄弟子、浮竹が、上へと去る藍染を見上げる。

 

「何の為にだ」

「高みを求めて」

「……地に堕ちたか、藍染……!」

 

 普段温厚な兄弟子からは想像もできない、厳しい声。

 

「……傲りが過ぎるぞ浮竹」

 

 けれど。

 奴の“正体”は比較にならない。

 

「最初から誰も、天に立ってなどいない。君も、僕も、神すらも」

 

 眼鏡を外し、前髪を掻き上げる。

 

「だがその耐え難い天の座の空白も終わる。これからは――」

 

 これまで皆に見せてきた“藍染隊長”を棄てるかのように。手の中の眼鏡が粉々に砕け散った。

 

「私が天に立つ」

 

 

「――冗談じゃない」

「……朔良ちゃん?」

 

 怪訝な声を出した京楽には目もくれず、二歩三歩前に出る。

 

「百年ですよ……? “あの夜”から今日まで。ずっとずっと……息を殺してきたんです」

 

 霊圧を再び全身に漲らせ、藍染を睨み上げる。

 

「このまま大人しく行かせると思ったら、大間違いですよ」

「面白いことを言うね、雲居君。状況が見えない君ではないだろう」

 

 本当に面白そうに言う藍染には、どう足掻いた所でこちらには何もできないという確信がある。それは、周りの仲間たちとて同意見だろう。

 ……確かに、先も言ったが捕らえるのは無理だ。

 空の裂け目――虚の世界への入り口である黒膣(ガルガンダ)。藍染達はもうかなり近い所まで昇っている。

 であればせめて、一矢報いてやろうと思う。

 

「……そうやって上ばかり見てる貴方だから、思いも寄らないところで足を掬われるんです」

「……何?」

 

 朔良自身、仕留めるだけの霊力は残っていないが――ひとつだけ。

 

「ねぇ、藍染殿。大事なことをお忘れではありませんか?」

 

 たしたし、と片足で()()()()()()()()を軽く叩きつつ、“捩花”を消した左の掌を顔の前まで持ち上げる。そこへ舞い落ちるのはひとひらの白い花びらで。

 

 

「まだ解除していないんですよ――私の伽藍之神珠水(卍解)は」

 

 

 微かに目を見開いた藍染へ。

 上向けた掌を高く掲げる。

 

「――万象一切灰燼と為せ」

 

 ゆらゆらと、花弁が不規則に舞い踊り。

 

 

「“流刃若火”!!」

 

 

 ――藍染が炎に包まれた。

 この場の全員が目を見張り、驚愕に声を上げる者もちらほら居るが、一切無視だ。

 

 着火箇所は羽織の、左の後ろ幅の中央辺り。千本桜景厳による猛攻の際に紛れ込ませた白い花弁を、一枚だけ付着させていた。

 たとえ反膜に阻まれていても、斬魄刀の一部が其処に在るのだ。操れない訳がない。

 周りからは見えない裾の内側、藍染本人にも裾を手繰り寄せたりしなければ見つからない、死角。

 そこから燃え上がった業火は、瞬く間に藍染の全身を覆い隠した。

 

 ――掌の花弁は(フェイク)だ。一点に視線を集め、全く違う場所から攻撃を仕掛けただけ。単純な引っ掛けだが、この局面でそんなものを使うとは藍染も――いや、誰も思ってなかっただろう。この場に喜助が居たなら、彼だけは予想したかもしれないけれど。

 “何事においてもあらゆる手段を講じろ”。そう教えてくれたのは喜助だ。戦いは勝たなければ死ぬ、死なない為に全ての可能性を考えるのだ、と。

 正直朔良には、そこまでこなせるほどの頭脳はない。なればこそ、己に出来得る限りの全力で立ち向かう。護りたいものを護る為なら、使える手はどんな手であっても使う。それが朔良の信念だ。

 流刃若火は最強にして最古の斬魄刀。模倣はできても、扱いこなせるようになるまでには何年もかかった。一度しか目にしたことがなかったというのも理由の一つではあるが、それでも。

 

 故に、切り札。今使える最後の攻撃。

 少しでも手傷を負わせられたなら――

 

「……今回の戦いで」

 

 ――まるで変わらない、悠々とした声。

 

「今が最も驚かされた」

 

 現れた姿もまた同じ。

 

「やはり君は素晴らしい」

 

 紡がれる言葉と、その行動が伴わない。

 そう、素手で煙を払うかのように。

 朔良の炎も、払われた。

 

 

「っ! 朔良っ!」

 

 呼んだのは夜一だ。ぐらりと前へ倒れ込んだ身体を真っ先に抱き留めてくれたのも彼女だ。

 暗くなっていく視界の中、聞こえた声はまたもや藍染のもの。

 

「さようなら、死神の諸君。そしてさようなら、旅禍の少年」

 

 感じる霊圧も遠ざかっていく。

 

「人間にしては、君は実に面白かった」

 

 奴らの霊圧を完全に捉えられなくなったと同時に。

 夜一の腕に包まれたまま、朔良の意識は沈んでいった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

「いやあ初めて知りました。藍染隊長も結構見栄っ張りなとこあったんですねえ」

「市丸、藍染様に失礼だぞ」

 

 黒膣の内部。虚圏へと向かう中、相も変わらず軽口を叩くギンと、それを窘める要。

 

「あまりに突然だったからね。見栄も張るさ」

「そうですか。でもホントに驚きましたねえ」

 

 その感想には同意見だ。

 ふと、自分の左腕を見下ろす。

 あの時の朔良の様子では、無傷だったと思っていることだろう。実際、そう見せた。

 しかし本当のところは。

 

(まさか、傷を負わせられるとは思わなかった)

 

 着火点は左側だった。それ故に、立ち上った熱気にすぐさま全身に霊圧を張り巡らせたものの、左の前腕にのみ炎が直に触れたのだ。一瞬のことであったが、流石は流刃若火の模倣。その一瞬で、藍染に火傷を負わせた。

 

「藍染様、お怪我の方は……」

「いや、大したことはない。後ほど自分で治療するよ」

 

 そう、本当に大した傷ではない。

 “そこ”ではないのだ、気にすべき点は。

 

(彼女の戦い方は)

 

 真っ向勝負に拘らず、相手の隙を突く。

 臨機応変に対応し、冷静さを失わない。

 切り札を使うべき時を見極められる。

 そして何より、手段を選ばない。

 

 再度思う。この目に狂いは無かったと。

 

 彼女は自分と同じ場所に、天に立てる資質を持った存在だ。

 いずれは、(まこと)の“彼女”に戻ったなら。

 

「……――れる」

「?」

「何か言いはりました?」

「いいや、何も」

 

 

 いずれ、手に入れる。

 

 “あれ”は自分が最初に見つけたのだから――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 お待たせいたしました!
 今回は話が少し短かったような気がしますが、これ以上続けると非常に長くなりそうだったので、一旦ここで区切りました。
 次話も頑張ります!


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