偽から出た真   作:白雪桜

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第五十六話 明かされぬ心裡

 十番隊の二人と別れ、思考を切り替えることにする。さて、何からすべきか。

 夜一に会うのはどうにも気まずい。夜一は勿論、あの黒崎一護という少年に関しても。ルキアの処刑時刻変更については恋次に地獄蝶が行っている筈であるし、伝達を焦る必要はない。しかし会いに行かないなどという選択肢は存在しない。

 ならば若干別方向から進めてみよう。多少遠回りであるけれど、手土産は多い方がいいだろう。

 

 と、いう訳でやって来たのは四番隊。

 

「無理を言ってすみません、卯ノ花隊長」

「いえ、構いませんよ。総隊長から命令を受けている貴女が、旅禍から情報を得たいと考えるのは自然なことですから」

 

 ……実際は違うのだけれど。

 まあ卯ノ花も建前上そう言っているだけで、いろいろと考えてはいるのだろう。内心でそっと呟き、後ろをついて行く。隊長自ら案内役を買ってくれているのは、朔良の立場と状況を察してのことだ。

 そう、暗殺騒動が藍染の自作自演である以上、旅禍達と無関係なのは明らかなのである。ここへ来たのは他の旅禍の情報を得る為だ。夜一達に会う際、何かしら伝えることがあればという打算だ。

 

「今、四番隊でお預かりしている旅禍は三名です」

「三名?」

 

 人数を聞いて少し考える。確か尸魂界に侵入した数は五人だった筈だ。そこに岩鷲が加わり、それ以上の参加が無かったと仮定すると六人になる。ここに三人居るなら残りも三人。夜一と黒崎は判るとして、あと一人が行方不明だ。夜一達に伝える為に、できれば生死の情報くらいは欲しい。旅禍が最重要参考人となっている現状では殺されているとは考えにくいが。

 

「ではこちらです。あまり長居してはいけませんよ」

「ありがとうございます」

 

 通された地下牢から卯ノ花が去り、鉄格子の向こうに居る三人へと視線を移す。

 一人は岩鷲。驚愕に目を剥いているが当然の反応だと流す。

 もう一人は浅黒い肌をした大柄な男だ。黒崎と共に乗り込んできたということを考えると、身長に差はあるが同じ年頃かもしれない。

 最後は眼鏡を掛けた細身の少年だ。こちらは紛れもなく黒崎と同年代だろう。

 

「ごきげんよう岩鷲くん。そっちのきみ達は初めましてだな」

「てっ、ててててめえはっ!」

 

 どもりすぎだ。動揺がよく伝わってくる。

 

「知ってるのか岩鷲君?」

「ああ! ほらこいつはあれだ! 瀞霊廷に入る前、姉ちゃんと夜一さんが言ってた雲居朔良ってヤツだ!」

「え……この人が?」

「ム……」

 

 やはり朔良のことは全員に伝えてあったらしい。二人はじっとこちらを見て、納得と呆れが半々のような表情になった。

 

「……空鶴さんの言ってた通りだね」

「……そうだな」

 

 ……一体どんな説明をしたのか気になるが、ひとまず今は置いておく。

 

「では改めて名乗ろうか。一番隊第四席、雲居朔良だ。きみ達の名は?」

「石田雨竜」

「茶渡泰虎だ」

「早速だが本題に入らせてもらおう。きみ達は六人以上で瀞霊廷へ乗り込んで来たと仮定しているのだが、どうだろうか?」

「……そんな情報を渡す訳がないでしょう」

 

 雨竜の返答は尤もだと思う。けれど最優先にできないだけで、朔良もまたルキアを助けたいのだ。目的には賛同する。それに彼等のおかげで助かっている面もある。

 

「私は隠すのは得意だが嘘を吐くのは苦手だ。だからこそ言うが、きみ達の行為には感謝している」

「「「!?」」」

「ルキアは以前、私の直属の部下だった。今でも可愛い後輩だ。立場や状況が絡んで表立っては難しいが、私も助けたいと思う。それにきみ達の案内役に夜一殿が付いてきただろう? 彼女は私にとって親のような人だ。もう二度と会えない可能性もあったんだ、再会できて純粋に嬉しい。あと私が長年頭を悩ませていた護廷隊の裏切り者が大きく動いた。きみ達が派手に騒ぎを起こしてくれたおかげで、真実を白日の元に晒せる時はもう目の前まで迫っている」

「おいちょっと待てよ。裏切り者ってどういうことなんだ?」

「隊長が一人暗殺されたんだが、今は旅禍騒動で瀞霊廷中が混乱しているからな。連中も動き易くなっているんだろう、尻尾が見えてきた。ようやくあの眼鏡狸の化けの皮を剥がせる日が来るんだ、絶対に逃すつもりはない」

 

 思わず目をギラつかせて語ってしまったが、こちらの熱意は伝わった筈だ。こほんと咳払いを一つして、呆気に取られる彼等に向き直る。……こちらを見る視線に若干の恐怖が混じっていたように感じたのは気のせいだと思いたい。

 

「という訳で、きみ達の仲間を保護する為にも情報を貰えないか? 夜一殿と黒崎の居場所は判っているが、他が行方不明だからな。こちらでも集めてはいるが、きみ達の仲間のことはきみ達に訊くのが手っ取り早いだろう?」

「一護の居場所が判っているのか?」

「ああ。恐らく彼は修行に入っている。人目につかず修行できる場所など、一箇所しか思い当たらない。尤も、今の護廷隊では私以外に知る者は居ないが」

「……判りました。そういうことならお話します」

 

 

 

 

 ……想像以上に色々聞けた。雨竜は冷静で頭が切れる。協力者に与えるべき情報をよく心得ている。

 四番隊を後にしながら話を整理すると、行方知れずの旅禍は彼等と同年代の女の子が一人だけだそうだ。名前は井上織姫。瀞霊廷に突入してから行動を共にしていたのは雨竜で、別れたのはマユリと戦った時とのこと。隊長格の霊圧を感じて戦闘になったら危険と判断し、偶然その場に居合わせた十一番隊の隊士に力づくで連れて行かせたらしい。状況を見て最善の選択ができるというのは、仲間と共に戦場に立つ上で大切な能力だ。まだ若いが雨竜はなかなか見所がある。

 加えて、あの霊圧。泰虎も少し変わった感じがしていたが、雨竜の方は尚更だった。二人とも人間には違いない。しかし、普通の人間の霊圧とは若干異なる。何が、と言われると難しいのだけれど、しいて言えば根元の匂いが違うというか。後で夜一か黒崎にでも訊ねてみるとしよう。

 ……それにしても。

 

「十一番隊か……」

 

 一角と弓親はいい。あの二人はどうとでも丸めこめる。だが剣八は別だ。状況や機嫌が悪くない時に上手く転がさなくてはならない。顔を合わせるたびに剣を交えろとも言われるし、可能なら接触を避けたいのだけれど、今回ばかりはそうもいかない。

 仕方ないのでいざという時はやちるを引き合いに出すことで交渉しようと決めて、十一番隊舎へ足を向ける。近くまで来た時、癖となっている霊圧探知を行ってみて、あれ、と首を傾げた。

 

(この霊圧は……?)

 

 見知った霊圧が集まっている中にひとつ、馴染みのない者が混じっている。明らかに死神や虚のそれとは違う、人間のものだ。しかも、先ほど泰虎に対しそうだったようにほんの少し変わったような感じの。

 

(……大当たり、か?)

 

 まさかとは思うが、よくよく考えてみれば自然かもしれない。最後に接触していたのは十一番隊士で、護廷隊が雨竜を捕らえてから丸一日は経っているのだ。上に報告が行ってない様子なのは問題だが、十一番隊なら有り得る。色んな意味で。

 

(できれば、今は余計な揉め事を起こしたくないんだが)

 

 丸く収める方向に持っていきたいと考えつつ、ついでに気配も消して例の霊圧を感じる部屋の前に立つ。同室に剣八を始めやちると一角、弓親、あともう一人覚えのあるようなないような弱い霊圧の人物がいる。本来なら先に声を掛け入室許可を得るのだけれど。

 

「失礼します」

 

 言いながらすぱん、と、今日は前触れなく扉を開けた。

 

「!? てめえは……!」

「朔良ちゃん!?」

「あー! さくらんだー! ひさしぶりー!」

「久しぶり、やちる」

 

 ぴょーんと飛びついて来たやちるを受け止め、間近でにこーっと笑い合う。彼女は小さいので、肩越しに部屋の様子がよく見えた。

 上半身と顔にまで巻かれた包帯のせいで益々凶悪っぽい雰囲気が増している剣八と、ぎょっとした表情で刀に手を掛けている一角と弓親のコンビ。そしてこれまたどっかで見たことがあるようなないような平隊士らしい男が一人。……いや、見たことはある。確か名前は――

 

「……マキマキ、だったか?」

「一番隊の席官に俺そっちで覚えられてんすかあっ!?」

 

 悲痛な叫びをあげられて首を傾げる。「そっちで」ということは間違ってはいないのだろう。なら問題はない。

 問題は。

 

「……旅禍、ですね」

 

 第一印象は美少女だ。綺麗な色の長い髪と、丸い優しげな瞳に可愛らしい顔立ち。おまけにスタイルまで良さそうで、非の打ちどころがない。少々不安げな視線をこちらに向けてきているが、どうしたものか。

 

「尋問中ですか、剣八さん」

「んなつまらねえ真似、俺がするかよ」

「そうでしょうね。それから真似は私の専売特許ですよ」

「そっちの真似じゃねえだろ!」

 

 ……この遣り取り、前にも誰かとやった気がする。

 

「五月蠅いぞ、一角。余計な茶々を入れるな」

「茶々じゃねえよ! つーか前々から思ってたがお前四席だろうが! 扱いがぞんざい過ぎる!今更畏まれとは言わねえが、俺のことも少しは敬え!」

「人の振り見て我が振り直せという言葉を知らないのか? 私に敬え云々言う前に、一角の方こそ直したらどうだ」

「あんだとコラ! 俺がいつ……」

「恋次はまだいいとしても、他のほとんどの副隊長勢に対してタメ口呼び捨てにしているのは何処の誰だ?」

「いっ……!」

「出たね、朔良ちゃんの“正論の刃”。一角、口で彼女に勝とうなんて一生かかっても無理だよ。あと礼儀に関しては朔良ちゃんの圧倒的勝利だから。……にしても君、僕達を取り締まりに来た訳じゃないみたいだね」

「察しが良いな、弓親」

 

 “更木隊長”ではなく“剣八さん”と呼んだことで判ったのだろう。既に弓親は刀から手を離している。剣八からは残念そうな声が上がった。

 

「何だ、斬り合いに来たんじゃねえのか」

「しませんよ、そんな命知らずな。旅禍を確保しているのに、報告していないのは何故ですか?」

「こいつがいりゃあ、一護の奴に早く会えそうだからな」

「黒崎一護、ですか。相変わらず自己中心的ですね……」

「何だァ? 気に喰わねえなら殺り合うか?」

「結構です。私も人のこと言えませんし。それできみ、名前は?」

「え? あ……井上織姫です」

「織姫、か」

 

 取り敢えずこの様子なら任せておいていいだろう。十一番隊の猛者達に囲まれているなら、余程の相手でも無事でいられる。やちるを腕から下ろし、踵を返す。

 

「報告はしないでおきますから、下手しないでください」

「おい、待てよ」

 

 一角の訝るような声に足を止める。

 

「真面目なテメエが何も言わねえのは何でだ?」

「言っただろう、人のことは言えないと。私も個人的に色々動いているんだ」

「君が個人的って……」

「じきに判るさ」

 

 これ以上質問される前に瞬歩で去る。去り際に「またねさくらんー!」とやちるの声が聞こえた。

 十一番隊から離れ移動しつつ、情報を纏める。

 侵入してきた旅禍は全員無事。時間的なことを考えると、少なくともルキアの刑執行が終わるまでは大丈夫だと思う。その後のことはまた考えなくてはならないが、今の彼等にとってはルキア救出が先だ。

 そんなことを考えながらふと気付くと、六番隊の隊舎まで来ていた。

 

(こんな時まで無意識に白哉が気になるとは、私も大概だな)

 

 ルキアのことを思っていたせいもあるだろう、自分に呆れつつしっかりと目的地を定めた時、よく知った霊圧同士が近付くのを感じた。

 

「……白哉と、十兄様?」

 

 現状が現状なだけに少々不安な組み合わせである。近くに居る以上無視もできず、気配を消して静かに接近する。陣取ったのは二人の頭上、つまり屋根の上。こういう時、元隠密機動のスキルというのは便利でいい。息を潜め会話に聞き耳を立てる。

 

「――それが決定ならば、私はそれに従うまでだ。つまらぬ話で呼び止めるな。失礼する」

「……お……お前! ふざけるのも大概にしろよ! いつまでそんなことを言ってるつもりだ!」

 

 あ、まずい、と。経験上そう直感する。

 

「明日なんだぞ! 本当に! 明日の正午にはお前の妹は本当に――!」

 

 ……案の定だ。

 気を昂らせたことで激しく咳込み出した浮竹を、白哉の淡々とした声が諌める。

 ――だが。

 

「兄は一度部下を見殺しにしているではないか」

 

 二度も三度も大差はなかろう――白哉の口から紡がれた言葉に、間に入らずにはいられなかった。

 

「! 朔良……!」

「……!」

 

 タン、と軽い音を立てて降り立った朔良に、驚き名を呼ぶ浮竹と固まり目を見開く白哉。どちらとも目を合わせず俯いたまま、口を開く。

 

「……すみません。近くに居りましたら、聞き逃してはならない会話が耳に届いてきたもので」

 

 そこで言葉を切る。

 痛いほどの沈黙が流れ、しかしそれは長く続かなかった。

 

「……ともかく、あれは私の家のものだ。……兄の知ったところではない。くれぐれも軽挙は謹んでもらおう」

 

 あくまでも淡々とした感情のこもらない声で言い置いて、白哉は静かに踵を返す。

 “六”の背中はあっという間に遠ざかり、その文字が見えなくなると浮竹が小さく息を吐いた。

 

「すまない朔良、助かった」

「別に構いません。あのままだったら貴方が倒れそうでしたので」

 

 いつも温厚な浮竹だが、あんなことを言われては激怒するのも当然だ。これ以上興奮する前に止めに入ったのは正解だったらしい。……半分は咄嗟だったが。

 

「白哉の奴も、流石にお前の前であれ以上言う気にはならなかったみたいだな」

「……まあ……そうですね」

 

 海燕絡みの話だ、それも事実だろう。しかし、第三者が割って入ったことで頭が冷えた、というところが大きいと思う。

 

(いくら精神的に余裕がないからって……なあ……)

 

「……朔良」

「はい?」

「やはり、お前からあいつを説得してくれないか」

 

 真剣な浮竹の目から、ふいっと顔を背ける。

 

「そのお話は終わりました」

「朔良!」

「何をしたところで、四十六室の決定は揺るぎませんよ」

「例えそうだとしても、白哉は……」

「それにです、十兄様」

 

 今度は自分から目を合わせる。

 平時でもかなり可能性は低いのに、藍染の支配下にあるであろう今の四十六室では絶対受け入れられない。

 白哉に関してもそうだ。

 

「万が一私が白哉を説得できても、それでは彼の為になりません」

「……何?」

「私は彼の理解者ですから。彼自身よりも彼のことを判っているつもりです」

「お前……何か知っているのか?」

 

 その質問への答えは“はい”だ。白哉が妹を護るという妻との約束と、掟を護るという父母への誓いとの間で板挟みになっていることなど、朔良の他に知る者はいないだろう。

 だからこそ。

 

「……さぁ? どうでしょう?」

 

 大っぴらに彼の決定に口を挟むことはできないし、しない。

 

「それから、私がわざわざ止めなくても止めてくれる人は居ますよ」

「……え?」

 

 脳裏に浮かぶのは海燕によく似た顔立ちの少年。

 

「ついでに言っておきますと、です。貴方が個人的に動くなら私に止める権限はありませんから」

 

 茫然として言葉を失う兄弟子ににっこりと笑いかけ、床を蹴って欄干に飛び乗り再び屋根に上がる。言い逃げが板についてきた感じがするが、気にしない。これで浮竹も何かしらの行動を見せるのではないかと思う。その手段次第では、手を貸すことも可能かもしれない。

 

(まあ、“アレ”を使うとすれば相当の覚悟が必要になるが)

 

 ここからは浮竹次第。朔良も朔良で動かなくてはならない。

 思考を切り替え、改めて目的地を定める。

 例の少年が修行に励んでいると思われる場所――“遊び場”へと意識を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 お待たせいたしました!
 もう言い訳しません、遅くなって申し訳ありませんでした。
 今回でいければと思っていたのですが、思ったよりも長くなり……次話辺りで夜一達と再び会わせたいと考えております。

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