偽から出た真   作:白雪桜

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第四話 見つけられた原石

夜一は、わざわざお使いに来てくれた朔良をひとまず手元に置いておくことにした。理由は単純、「一人で帰らせるのは心配だから」である。夜一は隊長であるとともに軍団長だ、隊舎内くらいならば融通は利く。

 

「……という訳で、少なくとも午前中は此処に置く。ちょっかいをかけるでないぞ」

「えと、お邪魔します」

 

幼子を抱いて軍団長室に戻ってきたのだから当然部下達に注目された。正確には夜一ではなく朔良が、だが。好奇なものを見るような視線にも全く動じない少女を流石だなと思いつつ、彼女は自分の弟子で忘れ物を届けに来てくれた旨を伝えた。一応釘は刺したし、傍に居るつもりなので問題はないだろう。

いつもの軍団長用の座椅子に座って胡坐をかき、その上にちょこんと朔良を乗せる。大人しくしている彼女を後ろから軽く抱き締め今日の業務を開始した。

 

……は、いいのだが。

 

「退屈ではないか?」

「平気ですよ? どうぞお構いなく」

 

そうは言われても、やはり気になってしまうもの。喜助がいれば預けられるのだが、生憎今日は任務で隊舎にいない。部屋に常備してある菓子を与え、美味しそうに頬張っている姿は年相応だ。しかし何もやることがなくじっとしているのは、子供からすれば辛くないだろうか。そんな考えが浮かぶ。

 

何かなかったか――思考を巡らせ、閃いた。

 

「そうじゃ。朔良、ついて来い」

「え? あ、夜姉様!」

 

取り敢えず業務に一区切りをつけ、側近達が退室してから朔良の手を引いて部屋を出る。小さな歩幅に合わせてゆっくりと歩けば、彼女は屋敷に来た初日のようにせわしなく周りを見回している。

 

足を向けたのは鍛錬場だった。丁度この時間この場所では白打の稽古をしており、夜一が姿を見せると皆動きを止めて一斉に礼をしてくる。「続けろ」と一言言えば、また皆一斉に鍛錬に戻った。

 

「夜姉様、ここは?」

「二番隊の鍛錬場の一つじゃ。流石に隠密機動専門の場所へは連れていけぬが、『二番隊』ならば問題はない」

 

本来『二番隊』と『隠密機動』は同じ組織ではない。しかし現在は夜一が二番隊隊長と隠密機動総司令官を兼任しているため、結びつきが強い。そしてその仕事の特色上機密性の高い隠密機動は、席官ならば隊舎の何処へ行こうとも咎められることはない。逆に言えば、席官以上でなければ入る場所はある程度制限されるのだ。いくら総司令官の弟子といえど、無関係の子供があちらこちらへ立ち入ることなど許されるはずもない。

 

「あれが『白打』ですか?」

「そうじゃ、よく知っておるな」

「海燕さんから聞いて……ってふわぁーっ」

 

幾つかある鍛錬場の一つであるここは、道場のような造りになっている。大勢の死神達が各々動いて鍛錬する様は、好奇心旺盛な朔良にとってはなかなか刺激的らしい。しばらくは夜一の隣でじっと見学していたが、やがて腕や足をちょこちょこと動かし始めた。『まね』するように。

 

「お主もやってみるか?」

「え、いいんですか?」

 

実際の所夜一は、何時彼女に弟子としての指導を始めるべきか考えていたのだ。朔良の気が乗らないのに急に始めても、気持ちと身体がついていくかどうかわからない。もう少し今の環境に慣れてからにするかと考えていた矢先、今回の忘れ物の件。思いついたのが、朔良の好奇心を刺激して修行に対し興味を持たせる、ということだった。

 

「白打はいきなりすぎるがな、瞬歩ならば教えよう。お主の瞬歩は荒削りじゃからの」

「荒削り……じゃあ、お願いします」

「よし、まずは手本を見せるぞ。よく見て覚えい」

 

――シュン

 

「どうじゃ」

 

道場の端から端まで一瞬で移動してみせる。

瞬歩において夜一を超えられる者は尸魂界にはいない。もしそれを模倣できたなら、朔良は恐るべき才能を持っていることになる。できたなら――

 

「ごめんなさい、速すぎて見えませんでしたっ」

 

できませんでした。

 

「……すまん、では次は加減するぞ」

 

よく考えればその筈だ。朔良は『見聞きできるもの』を模倣しているだけ。見も聞けもしない、認識できないものを真似るなど無理がある、と言うより不可能だ。そう考えると、彼女の『ものまね』も万能ではなさそうだということが判る。

かなり速度を落とした、しかし型はしっかりしている瞬歩をしてみせる。今度はきちんと捉えられたらしく、戻ってきて見下ろせばこくりと頷いた。

 

「やれるか?」

「もちろんですっ」

 

自信満々に返事をした朔良に笑みを零し、「ここまで来い」と告げ先ほどと同じように道場の端まで行って待つ。距離は約十メートル。かなり短いが、今回の指導は正しい形を覚える為のもの。長さはあまり必要ない。そう思っての室内訓練場だった。

気が付けば周囲の部下達が各々の鍛錬を中断し、朔良に注目していた。総司令官自ら瞬歩の手ほどきをしているのだから、興味を持たれて当然だが。

しかし本人はその視線を全く気にする素振りもなく、感覚を確かめるように足踏みをしている。そしてたんっ、たんっ、と軽く跳んだかと思うと、突然強く床を蹴った。

 

――『瞬神』夜一にとって朔良の拙い瞬歩は、造作もない速力。止まって見えるほどだ。

驚かされたのはそこではなく。

 

「どうですかっ?」

 

―― 一瞬見ただけで完璧なまでに再現してしまう、彼女の観察力と表現力だ。

 

(……僅かなずれもなかった)

 

つい昨日まで無駄な動きの多い荒い瞬歩であったのに、その名残もなく今見せた手本を忠実に守っている。普通なら慣れた動作の方に引っ張られがちになり、たとえ手本の方が良かったとしてもなかなか再現できないものだ。

だが朔良にはそれが――悪い動き(慣 れ)に影響されることが、ない。

 

(これが『まねっこ』の真価というものか……?)

 

「夜姉様ー?」

「! あ、ああすまぬ。よくできたな、見事じゃぞ」

「ありがとうございますっ」

 

無邪気に笑う姿は子供そのもの。しかし、だからこそ。

 

(……途轍もない原石を拾ったやもしれんの……)

 

「……朔良、鬼事をするぞ」

「えっ、おにごと? ですか?」

「うむ。瞬歩を効率よく上達させるには、より速い相手と鬼事をするのが一番なのじゃ」

「じゃあ夜姉様を捕まえるってことですか?」

「察しがいいの。では、始め!」

 

言うが早いか駆け出すと、「えっ、ちょっ、夜姉様!?」という戸惑いの声が聞こえたが気にしない。何せ朔良はすぐさま瞬歩で追い掛けてきたのだから。

初めてということで道場の外には出ないつもりだ。壁から跳び、天井を蹴り、朔良が追って来れなくはない速度で逃げる。一定の距離を保ち、彼女の手は届くどころか掠りもしない。――筈が。

 

――チッ

 

「――!」

 

(指先が、儂の羽織を掠めた?)

 

視線を僅かに後ろにやれば、先ほどより確実に迫ってきている少女に瞠目した。伸ばされた小さな手から逃れるよう咄嗟に方向転換し、速力を上げる。それでも、彼女は確かについてくる。

 

(まさかこやつ)

 

一瞬合った視線。彼女の藍色の瞳からは、挑戦的な光しか見受けられない。

 

(成長しておるのか? この短時間で!)

 

思わず口角が上がる。これまでにない逸材。この少女はきっと自分が手を差し伸べずとも、いずれ他の死神の目に留まることとなっただろう。興味本位で拾った石が、これほど価値のあるものだったとは。

 

(先に拾って……正解じゃ)

 

自分がよく可愛がって(からかって)いる、同じ五大貴族のあの少年にとっても、引き合わせればいい刺激になること間違いなしだ。子供同士、お互いに。

 

――そんなことをつらつらと考えていた為か。

 

いつの間にか、追ってくる気配がなくなっていることに気がついた。

 

「朔良?」

 

足を止めて振り返る。道場の中央付近に倒れていたのは子供の屍――もとい、うつ伏せの彼女だった。

 

「さ、朔良!」

 

慌てて駆け寄り抱き起こせば、彼女は荒い呼吸をしながら気絶していた。恐らく瞬歩の併用し過ぎで霊力を使い果たしてしまったのだろう。しかし、使いきる前に疲れて休もうとするのが普通なのだが。夢中だったのか意地だったのか、どちらにしてもいい根性をしていると思う。

 

「……すまんの。今は寝ておるがよい」

 

疲れ果てて眠りこけた幼子を無理に起こすわけにもいかない。息はだいぶ整ってきており、この様子なら寝かせておくだけで大丈夫と判断する。

起こさないようふわりと抱き上げ、軍団長室に戻るべく歩き出す。

 

「上出来じゃぞ、朔良」

 

腕の中でぐっすり眠る少女に一言告げて、何処か晴れ晴れとした気持ちで鍛錬場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……その後、鍛錬場に残された二番隊の隊士達の間で様々な憶測が飛び交ったことは、言うまでもない。

 

 




 今回、短めで失礼します。

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