「斬魄刀の名を聞けたのか!」
「はいっ!」
驚きとそれ以上の喜びを込め、朔良は彼女の言葉を繰り返した。
ルキアが朽木家に引き取られ数年自分や海燕が色々と世話を焼き修行の相手をしてきたけれど、本人の努力の甲斐あって無事に始解まで辿り着いたらしい。
しかし――
「けど、何で私じゃなく海燕さんが見てた時なんだ……」
「二言目にはそれかよ!?」
彼女の後ろに居る海燕のつっこみが響くがそんなことはどうでもいい。自分より少し低い所にある頭をよしよしと撫でる。
「よく頑張ったな」
「ありがとうございます!」
「……朽木まであっさりスルーかよ……」
「え!? いえ、あの」
「はい、この子を苛めちゃダメです」
「苛めてねえ」
「それはさておきルキア、その刀の名前を教えてくれるか」
「さておきじゃねえ!」
上司二人に挟まれたルキアがおろおろしているのを見ると少し可哀そうな気もするが、海燕を弄るのは日常のことなので諦めてもらおう。
更に催促した所で彼が待ったをかけた。珍しく切り替えが早いなと顔を見上げると、何か思いついたような表情をしている。
「今日は午後から野外訓練の予定だ。丁度いいじゃねえか、その時直接解放を見て名前を教えてもらえよ。ついでに始解同士で手合わせしたらどうだ? 隊長には俺から話を通しといてやる」
「ええっ!? わ、私が朔良殿と斬魄刀解放で手合わせを!?」
「そんな大ごとに捉えんな。あくまで軽くだ。それにお前も朔良の始解、見てみたいと思わねえか?」
「……そう言えば、まだ一度も見たことがありません。討伐任務はいつも白打と瞬歩で片付けてしまわれるので」
「いい機会じゃねえか。しっかり見とけ」
「はい!」
「決まりだな」とニヤニヤ笑いを浮かべている彼の考えはすぐに判った。朔良は、今、名前を聞きたいのである。それを尤もらしい理由を付けて先延ばしにしようとしている訳だ。嫌がらせとも言えない本当にささやかな仕返しだが、こちらとしては面白くない。
ので。
「そうですね、私としても物真似のバリエーションが増えるのはありがたいことです。じっくり観察させていただきます」
海燕の口が“あ”と動いたが敢えて無視。ルキアも朔良の言葉に気を取られて気付いていない。
「ものまね……?」
「後で判るさ。じゃ、お楽しみは取っておくとして、仕事にかかろうか」
「あ、はい!」
自分が意趣返しに示した提案で新しい斬魄刀を模倣するいい機会を与えてしまったことに気付いた海燕は、額に手を当てて天井を仰いでいた。
朔良を言葉で何とかしようなどと、考えるだけ無駄なのである。
――そんなこんなで午後。
隊士達が各々手合わせの相手を決め打ち合いを始める様を遠目にしながら、朔良は緊張の面持ちのルキアと距離を置いて向かい合っていた。
少し離れた場所には海燕も居る。
「よーし、思い切り来いルキア。心配しなくても、きみの始解で私は怪我なんてしないさ」
「は、はい!」
聞きようによっては馬鹿にしているとも取れるが、ここではあくまで彼女の緊張をほぐす為の言葉だ。それはルキアも判っているらしく、ふーっと息を吐いて刀を構えた。
片手で柄を握って頭まで持ち上げ、同時に切っ先を真っ直ぐ下に向け、また同時に空いたもう片方の掌を刀身へ添える。そのまま刀が地面と水平になるよう腕を正面に突き出し、ふわりと何かを放すように添えた手を離す。
「舞え、『袖白雪』」
――刀身、鍔、柄。全てが純白に変化し、柄頭からは同様に純白の細布が伸びた。
「……美しいね」
ぽつりと。思わず零れた一言は本音だった。
白哉の千本桜は言うまでもなく綺麗だし、自分の珠水とて六つ桜の文様のある鍔と透き通る刀身は、それなりに自慢できる見た目だと思う。
だが、刀の形状のままでここまで美しいと感嘆できる斬魄刀が存在するとは。
「本当に綺麗な刀だな。私が知る斬魄刀の中では最も美しいと言っていいだろう」
「勿体ないお言葉です……」
「じゃあ、私も行こうか」
すっ、と鞘から刀を抜く。……かなり離れた辺りに居る他の隊士達が注目するのが判った。何しろここ数年、任務では始解を使っていない。ルキアの言ったように刀を使わずとも対処できている。その為新しく入ってきた隊士達は、朔良の斬魄刀の名前すら聞いていない者が多い。当然能力も知らない。
ちなみに朔良が斬魄刀を抜かずに戦ってきたのは抜く必要がなかったからなのだが、能力を使い過ぎてうっかり手の内を明かしてしまうような事態を避けるという理由もあった。無論、藍染等に対してである。何処に彼等の目があるか判らないし、ただでさえ珍しい能力である珠水は噂になり易いのだ。
とはいえ今は鍛錬。それも十分に手を抜いていい相手だ。これならば問題はない。
真横に構えて刀身に片手を被せ、切っ先で波を描くように振り抜いた。
「応じろ、『珠水』!」
コォン、と音が響く。水晶の如き刀身が光を反射して煌いた。
「……綺麗な刀ですね」
「きみが言うか? そちらの方がよほど美しいと思うが」
「え、いや、その」
「まあいい。何処からでもかかってこい。何を使っても構わないぞ」
両手で真っ直ぐ握り直せば、ルキアも表情を引き締めた。
「では……参ります!」
上段からの振り下ろしを、頭上まで刀を持ち上げて受ける。続いて右側から胴を狙ってきたが、これも刀で防ぐ。
元々朔良もルキアも純粋な斬術に関しては得意ではない。それでも長年の経験がある分、朔良の方が勝っている。……現状で抜かれでもしたら枕を濡らしそうだ。
と、何度かの打ち込みの後、彼女が突然距離を取った。距離といってもほんの少し、腕を伸ばして刀を振るってもギリギリこちらに届かないくらいの――
「――初の舞・『月白』」
リン、と空気が震えた。地面と水平に、円を描くように滑らせた刀身から涼やかな気を感じる。
否。“描くように”ではない、“描いている”。
足元――ルキアを中心に“円”が現われ、その内側に冷気が立ち上る。その中に居た朔良にも当然冷気は掛かってきて――ルキアが“円”の外へ出た。
「――!」
咄嗟にその場から逃れれば次の瞬間、天に向かって巨大な氷柱が“円”に沿って出現した。
「……これはまた」
罅が入りガシャガシャと落ちてくる氷塊を避けつつ、素直に感心の声を漏らす。その隙に背後から斬りかかってきて――刀を背中に回して受け止め、身体を捻った。勢いを殺さずそのまま振り抜けば、『袖白雪』が弾き飛んだ。
「――そこまで!」
入った声は海燕のもの。朔良は構えを解き、弾かれた拍子に尻餅をついてしまった彼女に手を差し出した。
「すまない、大丈夫か?」
「は、はい。ありがとうございました」
立ち上がってぺこりと頭を下げるルキア。止めた彼も近付いてきた。
「何だ朔良、思ったより手加減できてたじゃねーか」
「私だってそれくらい覚えますよ。それより」
地面に突き刺さっている袖白雪の所まで行き、引き抜いて渡す。
「鬼道系、しかも氷雪系か。始解したばかりだというのに技が来るとは驚いたぞ」
「き、恐縮です」
始解を解いて鞘に収めた彼女はしかし、「でも」と沈んだ顔になった。
「朔良殿の……『珠水』でしたか。能力は全く判りませんでした」
「ま、こいつの斬魄刀はかなーり特殊だからな。見せるとなると……おい」
「判ってますよ」
最後の一言はこちらに向けられたものだ。二人からいくらか離れ、解放状態の珠水を構える。――ルキアが始解した時と同じように。
「――舞え」
彼女の表情が、困惑と驚愕に彩られる。
「『袖白雪』」
――そしてそれは、遠くから見物していた隊士らも同じであった。
「……本当に驚きました」
「きみ、それ言うの今日で何回目だ?」
「すみません」
今日の分の書類整理をしている所にルキアの呟きが聞こえて、やれやれを肩を竦める。
「しかし、他人の斬魄刀を模倣する斬魄刀が存在するとは……」
「昔も同じようなことを言われたよ。まあ、あの頃に比べれば随分と物真似の幅が広がっているんだけどな」
そう言いつつルキアから渡された書類に目を通し、うんとひとつ頷いた。
「大丈夫だ。今日はもう上がっていいよ」
「え、しかし……」
「いろいろやって疲れたろう? 早めに休んでおきなさい」
「……はい! ありがとうございます!」
「ほんとにお前は、朽木には甘めーよな」
ルキアが礼を取って執務室から出た直後、背後から掛かった声に驚くことなく答える。
「貴方に言われたくないですよ、
振り向くと窓の桟を乗り越え、外から室内に足をかけた彼が居た。
「俺は別に甘やかしてねえぞ」
「私も甘やかしてるつもりはありませんし」
「ああ言えばこういうってのはオメーのことだな」
「そうですね」
「肯定してんじゃねえ」
「って言うか窓から入るって何考えてるんですか」
「オメーにだけは言われたくねえよ」
「嫌ですね。副隊長と違って私は日常行動として認識されてるんですよ?」
「余計悪ぃだろうが!」
彼とのボケつっこみの関係性は変わらない。
「ったく。初めて会った頃はそれなりに可愛いガキだったのによ。今じゃこんなに生意気になりやがって」
「そのセリフ恩着せがましくないですか?」
「るっせー」
「あ、分が悪くなったから『るっせー』で終わらせるつもりでしょう」
「違げーよ! 大体お前はいつもいつも会話の中で真似てんじゃねえ! こんがらがんだよ!」
「酷いですね。私の武器は“物真似”なのに、それを『止めろ』なんて」
「だから真似んなって……!」
――終礼の音が鳴り、同時にぱっと背を向ける。
「あ、じゃあお先に上がります」
「おい!」
「私、今夜は用事があるんです」
「用事?」
「はい。白哉に“報告”を」
「……相変わらずなんだな、オメーは」
窓から入った彼は、すぐ傍まで歩いてきた。
「朽木隊長……いや、白哉の奴しか見てねえ」
「見てないんじゃなくて、見えないんです」
「……あいつの何処がそんなにいいんだ? 確かに悪い奴じゃねえし、不器用ではあるが情にも厚い。お前のことだって大切に思ってるだろう。けどその“大切”は、お前のそれとは……」
「
朔良は肩越しに振り返る。諭そうとでもしているのか、言い聞かせるような言葉を紡ぐ海燕を止めた。
「彼は私が護る。それだけです」
「……はあ。お前ほど一途で真っ直ぐな女も珍しいぜ」
「それはどうも」
「(……白哉もいい加減傍にいる奴の気持ちくらい気付けば……)」
「ん?」
「……何でもねえ」
“白哉も”は聞き取れたが後半は逃した。まあ海燕なら大した悪口は言うまいと判断し、話題を変える。
「あ、ちなみに私明日は非番なのですが」
「そこまで興味ねえ……」
「
「俺の妹に何暴露するつもりだテメー!?」
「では、ごきげんよう」
「待ちやがれコラ! 詳しく訊かせろ!」
「『騒がしいな、一体どうした?』」
「隊長!? 寝てなくていいん、ス……か……」
反射的に彼が顔を向けた先、開いたままの扉の向こうに人は居ない。その隙にさっさと瞬歩を使う。
「朔良! こんの恩知らずがぁ! この手使うのもいい加減にしやがれえぇぇ!!」
そんなの、お断りだ。
「……という訳で、とても綺麗な斬魄刀だったよ」
夜。朽木邸にて、朔良はルキアに関するいつもの“報告”をしていた。
「……氷雪系、か」
「ああ。刀身、柄、鍔。全てが純白だ。覚えたてにしてはなかなかに使いこなせている」
無機質な白哉の背中からは、ほっとしたような気持ちが感じ取れる。始解できるようになったこと自体はルキア本人に聞いていたであろうが、朔良の見解に安心したらしい。
そこまでの実力を身につけたならば、もう“貴族の娯楽”だの“飼い猫”だのと侮辱されることも無いだろうと。
「引き続き頼む」
言葉は端的。
「了解」
それで充分。
とんと軽やかに跳躍し、夜に紛れる。
(お前が幸せになれるなら)
自分の
今回、ちょっと予定変更です(^^)