偽から出た真   作:白雪桜

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第三十九話 確かめられる友情

 護廷十三隊、十三番隊。今日も一日平和に過ぎる――

 

 

「ゴハッ!」

「「た、隊長ー!」」

 

 

 ――なんてことにはならなかった。

 

 

「た、隊長! 血が! 血がああああ!!」

「待っといてください隊長! 今! 俺が! 助けを呼び――」

「喧しい」

 

 すぱぱーん。

 何処からともなく現れた朔良は、これまた何処からともなく取り出したハリセンで、大慌てになっていた二人の四席(・・・・・)の頭をひっぱたいた。

 

「そんなに騒いだら、逆に隊長の身体に障るよ」

「く、雲居さん!」

「おおそれもそうだ! 雲居六席、恩に着る!」

「だから静かに……言うだけ無駄か。それより、隊長は私が診る。清音ちゃん、念の為卯ノ花隊長に連絡しておいてくれ。仙太郎さんは副隊長に伝えて」

「判ったわ! すぐ行ってくる!」

「隊長を頼むぜ雲居六席!」

 

 嵐のように騒がしい二人を見送り、朔良は蹲る浮竹の傍に膝をついた。

 

「大丈夫ですか?」

「ああ……ゴホッ……済まない朔良……」

「昨夜と今朝、薬飲みました?」

「あー……それは……」

「……自業自得ですね」

 

 胸に手を当て治癒鬼道で発作を和らげつつ、後で卯ノ花隊長に叱られてくださいと言えば苦笑が返ってくる。

 

「隊長、笑いごとではありませんよ」

「いや、まあ、そうなんだが……あの薬はなあ……」

「では十兄様。妹弟子(いもうと)である私にあまり心配をかけないでください」

「……そう言われちゃ、何も言えないな」

 

 

 一時間後。

 

 

「やあ浮竹ぇ。また倒れたんだって? 見舞いに来たよォ~」

 

 卯ノ花隊長のお説教兼診察を終えて少し経った頃、もう一人の兄弟子が現れた。

 

「耳が早いな、京楽。一体何処から聞きつけたんだ?」

「いやあ、たまたま清音ちゃんに会ってねえ。事情を聞いたんだよ」

「どーせ浮竹隊長のお見舞いという口実でサボろうと隊舎から抜け出して、十三番隊に来てから出くわしたって所でしょう」

「……参ったなあ、朔良ちゃんって読心術使えたっけ?」

「その通りなのか……」

 

 さておき。

 三人分のお茶を用意し一息。

 

「そう言えば朔良、白哉から言伝だ」

「白哉から?」

「ああ。なんでも朽木隊長……じゃないな、銀嶺殿がお前に話があるらしい。急ぎではないので、時間ができた時にでも顔を見せに来てほしいそうだ」

「銀嶺爺様が? 何だろ……とにかく、今日仕事が終わってから行ってみますよ」

「うーん、つくづく朔良ちゃんはできた子だねえ」

「は? 何ですか藪から棒に」

「仕事に気遣い、人付き合いも万全! それに恋敵と何年も仲の良い友達なんて、なかなかできないって。たとえ上辺だけだとしてもさ」

 

 

 ――爆弾発言とはこのことか。

 

 

「ちょ……! 京楽!」

 

 

 いや今はそんなことどうでもいい。

 

 

「……春兄様」

 

 

 そう今は。

 

 

「――何と仰いましたか?」

 

 

「あれぇ? だってそうじゃない? 君、今でも白哉君のこと好きなんでしょ?」

「おい、京楽!」

「……だったら何ですか」

「好きな男のお嫁さんとホントの仲良し友達なんて信じられないよ。でもこれまでの彼との親しい関係を壊したくないのも判るし、その為にはお嫁さんともせめて表面上は付き合っていかなきゃいけないよねぇ」

 

 

 ――久しぶりだった。

 

 

「……聞き捨てなりませんね」

 

 

 ずん、と。感情のままに霊圧を重くしたのは。

 

 

「……何がかな? ボクは思うがままを言っただけで、別にその考えを否定するつもりはないけど。あ、それとも白哉君に嫌われたくないから、お嫁さんにも優しくしてるのかな?」

「京楽!」

「ちょっと黙っててよ浮竹。それで朔良ちゃ」

「私、が」

 

 

 表に出すのは珍しい怒気の中に、殺気を混ぜて。

 

 

「そんなくだらない損得勘定で」

 

 

 急上昇させた霊圧を。

 

 

「偽の友になり、親しい友人を演じると?」

 

 

 遠慮の欠片もなくぶつける。

 

 

「 ―― 馬 鹿 に し な い で く だ さ い 」

 

 

 静かに睨み上げた京楽の顔は、固まっているように見えた。

 

 

「……私は白哉が好きです。それは認めます。でも、緋真と友達になったこととは関係ありません。彼女に会って、惹かれて、そこで初めて友人になりたい、いい友人になれると思ったんです」

 

 自分の考えたことを、そのまま口に乗せていく。

 

「勿論、白哉への義理立てでもない。大体義理で友人を続けていられるほど、私はお人好しでもありません」

 

 よく言われはしますが、と付け加えて。

 

「緋真は私の大切な友達です。その気持ちを疑うということは、彼女に対する侮辱にもなります」

 

 すぅ、と。双眸を細める。睨みを利かせるが如く。

 

「彼女の侮辱は許しませんよ、春水お兄様(・・・・・)。たとえ貴方であろうとも」

 

 第三者が居れば息苦しいという錯覚を覚えるかもしれない程重たい空気の中――

 

 

「……いやあ、良かったよ」

 

 

 ――と。

 

 およそ今の場にそぐわない唐突な台詞。思わず目が点になり怒気が露散する。

 

「「……は?」」

 

 もう一人の兄弟子と揃って呆けた声を漏らせば、京楽はにっこりと笑って。

 

「ホラ、朔良ちゃんってさ、案外嘘吐くの苦手でしょ? 特に図星突かれた時なんかは判り易いよねぇ。こと親しい人に関しては人並み以上に敏感になるキミのことだ。友達との絆を疑われるような言葉を聞いて、それが文字通り思ってもいないことなら黙っていられる筈もないしきっぱり否定すると思ってね」

 

 などとのたま……もとい、言う。

 言われたことを頭の中で整理する(ちなみに浮竹も)。……ということは、つまり。

 

「京楽、じゃあお前」

「うん? さっき言った上辺とか表面上とか? ぜ~んぶ嘘だよぉ? トーゼンじゃないかぁ~」

 

 唖然とした。そんな中でも話は続く。

 

「まぁ、緋真ちゃんと仲良くなったって聞いた時もそうだったけどねぇ。嘘が苦手な一方で隠すのは得意だし、無理してるんじゃないかってずっと心配してたんだよ。キミは抱え込むところあるから余計にお節介焼きたくなっちゃうのさ」

「だからってな京楽……。いくら朔良の気持ちを確かめる為とはいえちょっと言い過ぎだぞ……」

「う~ん途中で引っ込みつかなくなっちゃってさぁ~」

「なっちゃって……って、お前なぁ……」

 

 石になった朔良を置いて、兄弟子達の会話は進んでいく。

 ようやく解凍し、紡げた第一声は。

 

 

「……一杯喰わされた……!」

 

 

 で、あった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ、そのようなことがあったか」

「笑いごとではありませんよ銀嶺爺様……」

 

 所変わって朽木邸。京楽と浮竹の居る雨乾堂から事務仕事に逃げた朔良は業務後、当主と隊長職を引退し療養中の銀嶺の元を訪ねていた。

 真面目な話から一転、先程のやり取りを搔い摘んで愚痴として零し、溜め息をつく。

 

「やられた……まさか私が見事に引っ掛かるなんて……」

「それもそうじゃな、いつもはお主が相手を嵌める側じゃ。一本取られたのう。ほっほっ」

「だから笑わないでくださいって……これでも結構ヘコんでるんですから……」

 

 とはいえ、銀嶺は必要以上にからかってこないので気が楽だ。彼の方も話があると聞いていたので丁度いい。

 

 

 “白哉を頼む”

 

 

 ……まさか、そんなことを言われるとは予想だにしていなかったが。

 

 

「しかし、私も安心したぞ。大きな声では言えぬが、お主と緋真の付き合いに関しては案じていた」

「貴方もでしたか。それはそれは」

「じゃが今回の話で判った。お主が緋真を真実、友として見ていることがの。からかい癖はあるが、普段は温厚なお主が怒りを露わにするということは、そういうことじゃろう?」

「…………」

 

 何も言えないのも珍しい。これでは京楽の言った通りだ。

 

「……用事もお済みですよね。でしたらせっかく来ましたし、緋真に会ってからお暇させていただきます」

「おおそうか。緋真も最近は調子が良くないそうでな。顔を見せてやれば喜ぶじゃろう」

「はい。では失礼します」

 

 一礼し、襖を閉めて退室する。

 

 白哉は良き祖父を持ったと思う。

 元々、銀嶺は白哉と緋真の結婚にそこまで反対してはいなかった。寧ろ家臣や親戚方の説得と反対の方が物凄かった印象がある。

 白哉が銀嶺に結婚の話をした時、朔良はその場に居なかった為詳しくは知らない。けれど、彼が問うたのは一つだけだったという。

 

 “覚悟はあるか”。

 

 貴族としての覚悟。当主としての覚悟。そして、夫としての覚悟。その全てを一言で問うたのだ、と。

 そして彼は、それに“是”と答えたと。

 

 ……この話を聞いた時「お前が賛同してくれたおかげだ」と白哉本人に言われて嬉しさ七割寂しさ二割切なさ一割な気持ちになったのは一生の秘密だ。

 

 ……ひとまず頭を切り替えよう。

 

「緋真、起きてる?」

「……朔良さんですか?」

「うん。入るよ?」

「ええ、どうぞ」

 

 そろりと襖を開け、音を立てずに部屋に入る。布団に横になっていた身体を起こそうとする彼女を手を上げて制した。

 

「ああいいよ。寝てなって」

「ですが……」

「調子、良くないって聞いたよ。顔色見れば判るしね」

「……でしたら、手を貸していただけませんか?」

 

 意外と頑固な一面のある友人に苦笑する。布団に差し入れた手で背中を支えながらゆっくりと上半身を起こさせれば、「ありがとうございます」と小さな声で礼が聞こえた。

 

「構わないよ。でも、あまり無理はしてほしくないな」

「ふふ、すみません」

「笑いながら謝られてもねー」

 

 そうは言いつつ、朔良自身も笑っている。敢えて開けておいた襖から見える夕暮れの庭を眺め、談笑の言の葉をかわす。

 

「もうすっかり秋となりましたね」

「だね。流石は朽木家の庭、相変わらず紅葉(こうよう)が綺麗だな」

「本当に。見ていて飽きません」

「まぁ、ここから見える一番綺麗な景色は春だけどね」

 

 春になれば、緋真の好きな梅の花は今居るこの場所、彼女の寝室からとても綺麗に鑑賞できるのだ。

 

「梅は勿論ですが、桜も綺麗ですよ」

「ああ。でも桜がもっと綺麗に見える所なら、他にあるからさ」

「ふふ、そうでしたね。朔良さんから聞いたことでした」

 

 それはそうだ。緋真よりも朔良の方が、この朽木家と長い付き合いなのだから。

 

「……あのさ、緋真」

 

 改めて考え、思い起こすのは昼間と先ほどのこと。

 

 

 “友達との絆を疑われるような言葉を聞いて、それが文字通り思ってもいないことなら黙っていられる筈もないし”

 

 “じゃが今回の話で判った。お主が緋真を真実、友として見ていることがの”

 

 

 そう、その通り。彼等の見解は確かで、正しい。

 

 ――だからこそ。

 

 

「……私、さ。ずっときみに言わなきゃいけなかったことがあって……でもなかなか言い出せなくて……」

 

 白哉への気持ちを隠したままでは、騙していることになる。

 

「その……私ね……」

 

 このまま黙っている訳にはいかない。

 

「…………白哉の……ことなんだけど…………」

 

 彼女と本当に、友でありたいと願うなら――

 

 

「――貴方が白哉様を好いていらっしゃることですか?」

 

 

 ―― 一瞬、呼吸を忘れた。

 

 

「…………え…………」

「お慕いしていらっしゃるのでしょう」

 

 二度目の声に、訊ねる響きはなかった。本気で言葉を失うほど驚くなんて、滅多にないことだと頭の隅で妙に冷静に分析している自分が居る。

 

「……ずっと知っておりました」

 

 その冷静な部分も真っ白になる。彼女の言葉が、あまりにも意外で。

 

「…………な……何で……? ……何時から……?」

 

 やっとのことで絞り出せたのは、多弁な自分にしてはありきたり過ぎる問いかけ。

 けれど他に言葉は見つからなかった。

 

「……何時から……と訊ねられると……判りません」

 

 綺麗な紫紺の瞳を伏せて。

 

「ただ……随分前から……貴女の白哉様を見る目が特別であることに気付いてました」

 

 静かな声で、ぽつりぽつりと話してくれる。

 

「そしてそれはきっと……私が白哉様にお会いする以前からのものであるとも……」

 

 きゅっ、と布団を握る彼女の手に力が籠もった。

 

「……気付いて……おりました……」

「…………そう……だったのか…………」

 

 肩の力が抜ける。打ち明けようとして逆に彼女の方から告げられてしまい、頭の中は未だに混乱状態だ。

 

 

「……申し訳ありませんでした」

 

 

 ――更に混乱が巻き起こる。

 

 

「……え?」

「私さえ居なければ……朔良さんは悩まなかったのでしょう?」

「……緋真?」

「私が現われなければ……今私の居る場所に立っていたのは朔良さんだったかもしれませんのに……」

 

 何やら嫌な予感がする。

 

「ですがこのような……貴女から白哉様を奪ってしまった私に……四年以上もの間優しく接してくださったこと……感謝しております……」

 

 ――ああやはり。予感は的中だ。パニックだった頭がどんどん冷えていく。

 

「もう……会いに来て下さらなくとも構いません……。貴方と居られた時間は本当に楽しかった……」

 

 緋真の、伏せられた双眸の長い睫毛が震える。

 

「いえ……いえ……それよりも私が流魂街に――」

 

 

 ――ぺち、と。

 

 

 軽く、可愛らしくも思える音を立てて、朔良は言葉を綴る“友”の頬に片手を当てていた。

 

「……朔良……さん……?」

「身体が弱ってる()に思い切り平手する訳にもいかないからな。痕が残ると白哉の奴が五月蠅いだろうし」

 

 さっきまでとは逆の立場。今度は彼女の方が混乱状態にあるらしい。

 座り直し、ふぅと小さく息を吐く。

 

「……別に私は、きみに謝ってほしくて白哉のことを話そうと思った訳じゃないし、まして別れてもらいたいなんて考えもしなかった」

「……それでは……どうして……?」

「単純に、話しておかなきゃならないと思っただけさ」

 

 判らない、と言いたげな表情を前に、どう話すべきかと言葉を纏める。

 

「親しい友達とはいえ、小さな秘密の一つや二つはあるだろう。けどこのことは、決して“小さな秘密”とは言えない筈だ」

 

 こればかりは隠さないよう、素直な気持ちで。

 

 

「“親友”と呼べる間柄を望むなら、どう転ぶにしても言っておかないといけないだろ?」

 

 

 彼女の大きな瞳が、更に大きく見開かれる。

 

「……親……友……?」

「きみがどう思っているのかは知らないけど――」

 

 ごく自然に、笑みを浮かべた。

 

「私は君を、親友だと思ってる」

 

 

 ――続いた沈黙は長く感じた。実際には大した時間ではなかったのかもしれないし、見当もつかない。待つ間といつのはそういうものだ。

 

 

「……嬉しいです」

 

 

 そして。

 望んだ答えが返ってきた時の喜びは一入(ひとしお)

 

 

「私も……朔良さんと親友になれるならばと……思っておりました」

「……何だ、お互い同じこと考えてたんだね」

 

 くすくす。

 零れる声はどちらのものか。或いは両方か。

 

「緋真」

「はい?」

「きみにこれを」

 

 髪につけることは、短くしてから止めた“それ”。以来手首に巻き付けてきた“それ”をしゅるりと解く。

 

「これは……?」

「小さい頃、丁度この時期だったかな。とっくに散ってしまった桜の木を眺めて寂しがってる私に、白哉が“散らない桜”としてくれたものなんだ」

 

 

 “その桜ならば、散らぬ”

 

 “その桜なら、散ることなくにずっとそなたの傍にいる”

 

 

 ――彼は、そう言ってくれた。

 

 

「悪く言えばお古だけど、霊圧を籠めてきたおかげかほとんどくたびれてないし」

「しかしそのような大切なもの……!」

「貰って欲しいんだ」

 

 驚きに目を瞠り、返そうとする緋真を押し留めて。

 

「私達の絆は、この“桜”みたいに散ることはない。これをきみに贈るのはその証。……なんて、ちょっとカッコつけ過ぎかな」

 

 打ち明けたら渡すつもりだったと、ぽりぽりと指で頬を掻けば。固まっていた緋真も笑顔になった。

 

 

 

 

 

 

 ――大きな“秘密”という壁が無くなった二人。

 “散らない桜”は、絆の象徴だと。

 

 

「あ、でも白哉の奴には内緒にしてくれよ? 余計な詮索されたくないし」

「判りました。では懐にしまっておくことに致しましょう」

 

 

 ……ある意味その距離は、共通の想い人である“彼”よりも、近くなったのかもしれない。

 

 

 


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