これまで着ていた白と赤の制服とは今日でお別れ。上下黒一色の着物に袖を通す。髪はいつもの如く『散らない桜』で一部を結い上げた。
「……よし」
鏡を見て身嗜みを整え、気合いを入れ直す。
雲居朔良の、正式な『死神』としての始まりの日。
「はあ……」
馴染みの茶屋で一息。団子を頬張る。入隊の儀が終わって明日からの説明も済んだ帰り道だ。
そこへよく知った霊圧が近付いてくるのを感じ、意識をそちらに向ける。
「さーくらちゃん。入隊おめでとおー……ってどないした?」
「真子さん」
謀ったかのように現れた彼には、零れた溜め息が聞こえていたらしい。店の前にある長椅子に座る朔良の正面に立ち、顔を覗き込んでくる。珍しいことに一人だ。
「藍染副隊長は連れてないんですか?」
「また惣右介かい。アイツは今日は隊舎に留守番や」
「真子さんはここで何を?」
「息抜きや息抜き。たまには仕事場出てパーッと気ぃ晴らさんとなあ」
「今日は今期の新人の入隊日で入隊の儀が終わった後も隊長格は今後の予定決めで忙しいと聞きましたが」
「……どっからの情報や?」
「六」
「朽木隊長かー……。って朔良ちゃん君、えらい機嫌悪いな」
いけない、ついつい八つ当たりをしてしまっていたようだ。何と子供っぽいことだろう。やはりまだ未熟、そう思うとますます情けなくなってくる。
「……何と言いますか……」
「入隊の儀で何かあったんか?」
心配そうにその場にしゃがみ込む平子。……ここまで聞こうとしてくれているのだ、この際全てぶちまけてしまおう。
「真子さん」
「おう」
「私今日入隊したんです」
「知っとるわ」
「十五席に入ったんです」
「お! 席官入りか。凄いやないか」
「二番隊なんです」
「君のお師匠さん兼お姉さんの隊やな」
「そこなんです!」
ビシィ! と指を突きつければ、彼は僅かに仰け反った。
「な、何や? 白哉やギンのこともあるし、十五じゃ不満やったんか?」
「何で私が入隊早々席官入りなのでしょうか!?」
「そっち!? そっちなんか!? 意外と謙虚やな君!」
何か知らないが驚いている。そっちってどっちだ。っていうか十五じゃ不満って何のことだ。
「何人もの隊長格に相談したにも拘わらず、結局始解できなかった私が何故席官に!」
「いや……十五席くらいの席次やったら始解できへん奴もおるで……?」
「しかも二番隊! 私のこと知ってる人は割と居ます!」
「割となんやな……」
「周りの視線が痛いです!」
「そりゃ同隊隊長のたった一人の弟子なんやから目立つやろ」
「特に十五席未満の方々の視線が鋭いです!」
「あー……そりゃ……」
「コネだのズルだの何だの囁かれてます!」
たじたじ気味だった平子は、最後の一言に目つきを変えた。顎に手を当て、何か考えている様子である。
「そいつはちょいとあかんなあ。夜一に相談してみるわ」
「結構です」
「何でやねん!」
何でやねんって。答えなど決まっている。
「私の問題ですから。あながちタダの噂ってわけでもないですし」
「そりゃ違うやろ。夜一はいろいろといい加減なとこのある奴やけど、弟子が可愛いからなんちゅう理由で席官にしたりはせえへんわ。実力に見合った階級をよく考えるはずや。ずっと一緒におる君なら判るやろ?」
「それはそうですけど……」
「朔良ちゃん」
両肩に大きな手が置かれた。普段は高い位置にある顔が下に見え、平子の方がいつもとは逆にこちらを見上げている。
「君は始解ができへんだけで、強さそのものはもう上位席官並みやんけ。朔良ちゃんは朔良ちゃんの実力でその階級に選ばれたんやて。もっと自信持ちいや」
「……でも……」
「――何しとんのやこんのハゲ真子ーー!!」
「ぐふぉう!?」
「うひゃあっ!?」
――文句と一緒に飛んできた小柄な人影に驚いて、思わずおかしな声が出てしまった。平子の顔に横から飛び蹴りをおみまいした『彼女』は、すたんと軽やかに着地する。
「ひ、ひよ里ちゃん……?」
「ひよ里!? どっから湧いて出たんや!? っちゅうかいきなり何すんのや!?」
「じゃかァしい! そりゃコッチのセリフや! 朔良に近付いて何しようとしとんねん! こんの変態ハゲ! 子供趣味!」
「な……!? ちゃうわアホ! 何を勘違いしとるんや! 俺は朔良ちゃんをちょいと慰めようとやな……」
「慰めるやと!? やっぱり変態やな!」
「せやから勘違いするなや! 朔良ちゃん、このアホに何とか言うたって……」
「子供……私はまだ子供……」
「そこ!? しかも何気にショック受けとる!?」
「ああすまん朔良! ウチはそないなつもりやなくて――!」
……わーわー、ぎゃーぎゃー。結局のところ傍迷惑でしかない大騒ぎは、十分近く続いた。
「何やー、そないなワケやったら早よ言わんかい」
「オマエが言わせへんやったんやろが!」
いつもいつも顔を合わせるなり喧嘩を勃発させるこの二人。正直見ていて楽しい。
「ところで、ひよ里ちゃんはこんな所で何を?」
「あ? あァ、休憩もろたさかい、お茶でも飲もう思うてな。で、来てみたら
「ああー……
「コレコレ言うて俺を指すなや!」
「やだなあ、別に真子さんなんて言ってませんよ?」
「この状況で他に何があるっちゅうねん!」
見ているのは楽しいが、混ぜっ返すのはもっと楽しい。
「まあそれはさておき」
「何も反応せえへんの!? せめて肯定しいや!」
それも虚しいと思う。
「席官に選ばれたことは光栄です。けど、白哉やギンに後れを取ってるのは嫌です」
「……余韻も残さずすぐさま本題に戻るんは、君の特徴やなあ……」
「何ぶつくさ言うとんねん! オマエは大人なんやからちゃあーんと朔良の悩みに答えてやりい!」
「あーハイハイ。せやなあ……朔良ちゃんは始解だけどうも時間かかっとるみたいやからなあ」
「……そういや、総隊長には相談したんか?」
「一応。でも焦るなって言われた」
「まあそうやろな。始解できへん死神はぎょーさんおるし……君も落ち着いてゆっくり向き合えばええんや」
宥められ、気持ちが一つ落ちつく。しかしまだ、不満というか納得いかないというか、不機嫌の理由は残っているのだ。
「でもですね……」
「何や?」
「朔良ちゃん、まだ何かあるんか?」
そう。……ぶっちゃけ、
「私、六番隊が良かった……。二番隊じゃなくて」
「「……そこからかいな!?」」
あ、ハモった。
「第一志望は六番隊だったんですー……。でも白哉に取られましたー……。白哉の第一志望も六番でしたからー……」
「成績優秀な奴の志望は、受け入れられるって話やろ? 朔良は当然優等生やないか」
「卒業試験は白哉の方がほんの少し上でしたー……。あいつは始解できるしその分上乗せでー……」
「上も両方の希望通したらええやん」
「アホか。首席と次席を同じ隊に入隊させたら、均衡が悪くなるやろ。たたでさえ朔良ちゃんは始解に近い状態までいっとるんやで」
「あ、そか……って誰がアホやねん!」
「アホはアホや。ホンマの……」
どすっ、と音がしてひよ里の回し蹴りが平子の脚に炸裂。もはや恒例の取っ組み合いが始まった。
それをまるで気にせず朔良は茶をすする。
「あーあ。銀嶺爺様と蒼純様の隊が良かった……」
「夜一が聞いたら泣くで」
「もう言いました」
「なんちゅうやっちゃ!」
「嘘です」
「嘘なんかい!」
「嘘です」
「「どっちやねん!」」
またハモった。ちなみにホントは嘘。そんなことを言うほど馬鹿じゃない。
「そもそもな話ですよ、試験で筆記とか面倒くさいんです。何でまた判り切ったことを試験に出すんでしょうか?」
「……は……?」
「君、いつも筆記の方は成績良くなかった筈やろ……?」
確かにそうだ。けどそれもこれも
「簡単すぎるんです。霊術院の勉強内容なんて、もうとっくにきー兄様から教えてもらって終わってるんです。試験中は退屈すぎていつのまにか寝てました」
本音だ。しかしまあ平均点以上はいつも越えていたし、絶対白哉に勝ちたいと思った時は本腰入れることもあったけれど。剣術はともかく白打と鬼道で彼に後れを取ることなどなかったので、結局のところは常に首席争いになっていた。……実際はそれが面白かったとも思う。
「……なんちゅうやっちゃ……」
「余裕やなあ朔良……」
何やら脱力している隊長格二名。しかし今回ばかりはそう余裕を振り撒いても居られないのだ。
「でもでも! 本気で抜かれたんです! やっぱり始解ができるのとできないのとの差は大きいのです!」
「そらそうやわな」
「とゆーわけで修行っ! 対話ー!」
「あっ、待ちいや朔良!」
だっと走り出せばひよ里が後から追いかけてくる。平子はその場に留まったままだ。なので
「あのーすみません、お勘定……」
「は? ……嵌めよったな朔良ちゃんー!!」
何か叫んでいるが聞こえない。こちらは修行で忙しいのだ。
……彼も仕事で忙しいのではなかったか。
まあそんなことはどうでもいい。
(すぐに追いついてやるよ)
今、掲げる目標の方が大事だ。始解を習得して、昇る。まずは彼の居る所まで。
(待ってなよ――六番隊、朽木白哉三席!)