偽から出た真   作:白雪桜

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第十八話 始解を求めて

「……と、いう訳でして。御相談に上がった次第です」

「いや何がという訳でなんスか。まだ何も話してないでしょ」

「あれ? そうでしたっけ?」

「……お前なあ。天然さに磨きがかかってるじゃねえか」

「五月の蠅みたいで海燕さんは五月蠅いですね」

「それ遠回しに言う意味なくなってんぞ!?」

 

 的確なつっこみだ、と喜助は感心する。

 十二番隊隊舎まで訪ねてきた愛弟子、雲居朔良。たまたま仕事の用で喜助に会いに来ていた海燕も、ついでということでひとまず客間に通して応対することにした。

 

「えーっとですね、さっきまで白哉と居たんですが。斬魄刀の声は聞こえるのに名前を教えてもらえなくて始解できないって話をしたんです。そしたら『そういうことなら私よりも、隊長方に訊ねた方が良いのではないか』と助言を受けまして」

「相変わらずの真似っぷりだな……」

「うーん、でもそんなに焦ることないんじゃないスか? 卒業二次試験に受かったばかりで、次がようやく最終試験でしょ。入隊してからも自分の斬魄刀の名前を知らない死神はたくさんいますし」

「白哉はもう始解を習得していますっ!」

 

 そう返されては何も言えない。

 

 

“散れ、『千本桜』”

 

 

 喜助も夜一や朔良と共に彼の始解を見せてもらったが、それはそれは美しい斬魄刀だった。無数に分かれた刃は光を受けて煌めき、舞い散る桜の花弁に似て。

 あの時朔良は、間違いなく白哉の千本桜に見惚れていた。

 

(惚れ直した、ってトコっスかねえ)

 

 白哉と朔良が両片想いということは、大人組には周知の事実だ。しかしまだ幼いとも言える二人の恋愛にお節介を焼くほど、無粋な者はいない。……ほとんどは白哉より朔良を思っての傍観なのだろうがさておき。

 

「要するに早く白哉君に追い付きたい、と」

「ぶっちゃけそうです」

「んな理由で始解かよ……」

 

 呆れた、とばかりに溜め息をついた海燕に苦笑する。朔良は頬を膨らませた。

 

「『んな理由』って! 酷いです海燕さん!」

「そういうところまで真似んの!? まねっこ魂健在だなオイ!」

「まーまー、漫才はそれくらいにして」

「「漫才じゃないっ!」」

「落ち着きましょー。で、朔良。声は聞こえるって言いましたね?」

「あ、はい。精神世界にも自分の意思で行けるんですけど、斬魄刀の本体を見たことがなくて。ただ声が聞こえるだけで」

「精神世界に行ける? 声が聞こえるだけじゃなく?」

「はい。一応話もできます」

「それは……聞いたことないっスねえ」

 

 声が聞こえたり夢に出てきたりするくらいなら、強い力を持つ者であれば有り得ることだ。しかし朔良は己の意思で、精神世界に行けると言う。斬魄刀本体の姿が見えずとも会話は可能、つまり対話まではほぼできているのだ。

 

「対話に近い状態まで行ってるってことじゃないっすか?」

「恐らくそうです。しかし、そこまでできているのなら同調もそれほど難しくはない筈ですが……」

 

 斬魄刀は本体との対話、同調を経て始解となる。対話まで持っていくのが大変で、後は判り合って同調すればいいのだ。しかし彼女はそれができないらしい。

 

「会話の内容覚えてます?」

「えっと……」

 

 

“まだ足りない、貴女はまだ私を持つべきでない”

 

 

「……って、そればっかりです」

「足りないって……何がだよ?」

「それが判れば苦労してませんよ!」

「実力そのものが足りないってことはないでしょう。既に朔良の力は席官クラス。斬魄刀にもよりますが、一般的に見れば充分な筈っス。考えられるのは、斬魄刀に対する理解じゃありませんか?」

「斬魄刀に対する、理解……?」

「はい。死神は斬魄刀のことを知ろうとして初めて名前が聞けるようになるんです。ボク達隊長格にとっても、斬魄刀との対話は必要なものっス」

「要するに、オメーはもっと刀に歩み寄れって話だ」

「歩み寄ってるつもりなんですけど……」

 

 うーんと腕組みをして唸り始めてしまった朔良。そんな時ふと、よく知っている霊圧が近付いてきたことに気付いた。喜助の隣に座っている海燕も僅かに反応を見せたが、正面の朔良は考えることに集中しているようだ。なので

 

「喜助ェ!」

 

 ばんっと扉が乱暴に開かれると、彼女は軽く飛び上がった。

 

「おい喜助ェ! まーたマユリの奴がおかしなもん作って……」

「ひ、ひよ里ちゃん?」

「お? 何や朔良やないか! おったんか!」

 

 喜助の副官である猿柿ひよ里は、朔良が居ることに気付くなり駆け寄った。海燕のことは完全無視である。

 

「来とったなら声かけてくれればええのに」

「ごめん、急に押しかけて来たからさ。仕事中だと思ったし」

「朔良はええ子やから仕事なんか別にええんや」

「ちょっ、ひよ里サン!?」

「やれやれ。十二番隊の隊長副隊長関係は相変わらずだな」

「あ? 海燕、オマエ何でここに居るねん!」

「仕事で来てんだよ悪ぃか!」

 

 やいのやいのと言い合う副隊長同士の会話に口を挟んだのは、隊長の喜助ではなく朔良の方だった。

 

「まーまー、ケンカしないで」

「ちっ」

「ひよ里ちゃん、そんなに怒っちゃ顔が台無しだよ?」

「そ、そうか?」

「うん!」

 

 照れたように笑うひよ里だが、お気づきだろうか。

 朔良は、決して『可愛い顔』とは言っていない。

 

(平子サンの言う通り……えげつないっスよねえ……)

 

 天然の言動であろうがひよ里本人は判っておらず、朔良と仲が良いのだから頭が痛い。

 

「で、朔良は何しに来とんねん?」

「斬魄刀の相談」

「斬魄刀? アンタ、まだ始解できへんかったとちゃうんか?」

「できないから相談なんだ」

「はあ?」

 

 ……どうやらこれまでの話が繰り返されるらしい。

 

 

 数分後。

 

 

「ふーん、変な話やなあ」

「確かに、少し引っ掛かりはしますね。自分で言っといて何なんですが、理解が足りないというのなら精神世界に己の意思で行くのは難しい筈。それができるということはつまり、他の死神とは違うってことっス」

「だから何なんすか?」

「ひょっとすると朔良の斬魄刀には、何か他とは違う力があるのかもしれません」

 

 斬魄刀は千差万別ではあるが、幾つもの系統に分けられる。氷雪系、流水系、炎熱系、幻覚系、直接攻撃系などなど……。朔良の力が、これらの分類に当てはまらないかもしれないという仮説だ。

 

「う~~ん……」

「難しい話になってきたなあ。……せや! 朔良アンタ、ウチとちょっと勝負しいや!」

「……は?」

「ちょっと待て猿柿、何でそういう話になるんだ」

「始解のことがよう判らんのやろ。せやったら始解した斬魄刀と直接戦えば、何か掴めるかもしれへんで」

「一理ありますねえ。少々リスクは高いでしょうが、やってみる価値はあると思います」

「……だったら猿柿、俺にやらせろ」

 

 この言葉は予想していた。彼ならと。しかしひよ里は違ったようだ。

 

「ハア!? 何言うとんねんコラァ! ウチが考えたんやぞ! 横取りすんなや!」

「それは判ってるっての。けどオメーの馘大蛇相手にしちゃ朔良が大怪我するだろーが。ただでさえオメーは手加減すんのが下手なんだしよ」

「何やとハゲェ!」

「つーかハゲてねえよ!」

「まーまーお二人とも。しかし、海燕サンが相手をするというのにはボクも賛成っス」

「あァ!? 喜助この裏切り者! それでも一応ウチの隊長かハゲ!」

 

 今にも殴りかかって来そうな彼女を必死に宥め、理由を説明する。

 

「『まねっこ』時代、朔良が何の知識も鍛錬もなしに模倣した斬魄刀は、海燕サンの捩花だけっス。言い換えれば捩花が一番最初に真似た始解なんスよ」

「せやから何やねん!」

「何事も最初っていうのは肝心っス。それに真似たことのない馘大蛇よりも、何度か真似ている捩花の方が影響を受ける可能性は高い筈です」

 

 ひよ里がぐっと押し黙り、視線を逸らした。これは少々納得いかないながらも了承したということだ。共に居て理解できるようになったことだが。

 

「それじゃあ、うちの鍛錬場をお貸ししましょう」

「よォし! 覚悟しろよ朔良!」

「……ほどほどにお願いしますよウミツバメさん」

「何でここでイヤミ言いやがんだ!?」

「せやせや朔良、もっと言ったれい!」

「煽るんじゃねえよテメエは!」

 

 ぎゃーぎゃー騒ぎながら四人揃って鍛錬場へ移動する。隊長格が仕事はどうしたなどというつっこみは聞こえない。

 

「水天逆巻け! 『捩花』!」

 

 海燕の手元で、抜かれた斬魄刀が三叉槍に変化する。朔良もまた持ってきていた浅打を構えた。

 

「手加減はしてやるから、思いっきりかかってきな」

「よろしくお願いしますウミツバメ副隊長」

「やっぱ手加減しなくていいか?」

 

「いやあ~あの二人が絡むと面白いっスねえ」

「何言うとんねん。朔良が真子いびっとる方がよっぽど面白いわ」

 

 あ、やっぱりいびっているように見えるんだ、というのは率直な感想。

 まあ冗談は置いておくとして、手合わせの様子を見守る。

 

 朔良は背が低い。130㎝と少ししかない。上背があり体格もいい海燕と刀を交える姿は、何も知らない者から見れば何て健気なんだと思うことだろう。或いはイジメ。

 しかし実際は。

 

「相変わらずの見事な体捌きやな」

「白打の動きを取り入れてますねえ。流石夜一サンの一番弟子」

 

 体格で劣るからこそ、朔良は他でカバーしている。剣と白打の技術を磨き、瞬歩と動作の速度を上げ、足りない力は鬼道で補う。それが小柄な彼女の戦い方。

 

「どっちかっちゅーと朔良、斬術は苦手なんやなかったか?」

「ええ。あの子は白打の方が圧倒的に得意っス。だからホラ」

 

 ガキン、と音を立てて組み合った刃と刃。鍔迫り合いに近い状態から脱したのは朔良の受け流しだった。三叉槍の先に敢えて刀身を絡ませ、身体を回転させるように捻り前へと力を逃がす。そのまま回転の動きを止めず力を加え、再度斬りかかる。

 

 胴体を狙って繰り出された突きは、跳び上がることで回避した。高くは跳ばず、トッと三叉槍の柄に足を乗せ顔面めがけて膝蹴りを打ち込む。仰け反って避けられたなら勢いを殺さずに相手の身体を飛び越えて、後ろから斬り込む。

 

「ってマジすぎやしねえか!?」

 

 思わずといった様子で海燕が叫ぶ。同感だ、傍から見ても。

 

「じゃあ海燕さんももっとマジになればいいじゃないですか。波濤出してくださいよ波濤」

「馬鹿か! 院生相手にんな大人げない真似できるかってーの!」

「真似は私の専売特許です!」

「そっちの『真似』じゃねえよ!」

「正直な話、今は何も掴めてません。危機感が欲しいです」

「即刻本題に戻るのかよ!? オメーなあ……」

 

「海燕サーン」

 

 話に割り込み名を呼んだ。……朔良の言葉は一理ある。人とは、危機的状況に立つと恐るべき力を発揮するのだから。

 

「やっちゃってください」

「はあ!? 浦原隊長まで何を……」

「いいじゃないですか海燕さん。直撃しなきゃ怪我で済みますし」

「直撃しなくても怪我すんの!? ってか直撃したらどうなるんだよ!?」

「そこは海燕さんの腕次第ってことで」

「……責任重大だなオイ……。ったく……キッチリ避けろよっ!」

 

 ぶつくさ言いながらも捩花を高く構え、片手首を軸に回転を加え始めた。同時に巻き上げられた、大幅に威力を押さえられた波濤が、振り下ろされる槍と一緒になって朔良を襲う。強く地を蹴りそれをかわした朔良は、次の槍激が来る前に瞬歩で近付き剣を振るう。

 

「……ちょっとやり過ぎとちゃうか?」

「これくらいした方がいいっスよ。仮にも始解の特訓っスから」

「けどなあ、四楓院隊長ならともかく京楽隊長にでもばれたら厄介なことになるで」

 

 的を射たひよ里の発言に一瞬黙る。夜一は朔良を可愛がってはいるが、修行となれば容赦はしない。総隊長も然り。それに対して京楽は彼女を妹弟子(いもうと)として溺愛している。浮竹と並ぶとその温度差がよく判る。

 けれど真っ先に浮かんだのは別の人物。

 

「……いや、もっと厄介な人居ますよ」

「? 誰のことや?」

 

「よォーし、次行くぜ!」

「はいっ!」

 

 話している間にも特訓は続いている。またしても波濤を纏った一撃が繰り出され――朔良の姿が消えた。否、この場に居る全員には見えたのだろう。

 

「え」

「あ?」

「おおっと」

 

 刑軍装束が。

 

 

「――何をしているのだ志波海燕!」

 

 

「……あの人っスよ、ひよ里サン」

 

 朔良を抱えて距離を取り、海燕に怒鳴る彼女を指差した。

 

「いや、何って……修行」

「何故始解をしている! 朔良殿を殺す気か!」

「ちょ、落ち着け! 朔良の始解の修行だ! 始解した他の斬魄刀と戦った方がいいってことでやってんだよ!」

「何故技を放つ!」

「そいつが出せって言って……」

「問答無用!」

「訊いといてそりゃねえだろ!?」

 

 相変わらず、砕蜂は血の気が多い。腕から朔良を降ろして前に出た彼女は、暗剣を構えた。たじろぐ海燕を見つつどう収めようかと考えている内に、砕蜂がぎろりとこちらを睨んできた。

 

「貴様もだ浦原喜助!」

「へ?」

「何故止めん!」

「いや、だってこれ修行っス……」

「ええい、言い訳など聞かぬ!」

「ちょ、それ酷くないっスか!? ねえひよ里さ……」

 

 隣に居る副官……否、居た筈の副官は忽然と姿を消していた。いつの間にか、砕蜂の後ろに立っていた愛弟子も居なくなっている。ひよ里は初対面だが朔良は砕蜂の口煩さを知っている。そしてあの二人は仲が良い。

 

「……逃げ足速いっすねえ……」

 

 流石は『瞬神』夜一の一番弟子だと、海燕と同じように暗剣をかわしつつ諦め全開で思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ。邪魔入っちゃった」

「何やねんアイツ」

「私の過保護な修行仲間。結構コツ掴めそうだったのに」

「喜助んとこが駄目やったら、総隊長はどうや? 総隊長も師匠なんやろ」

「それイイ! そうしよっ! ありがとねひよ里ちゃん!」

「何の何の。じゃあ、ウチはそろそろ仕事戻るわ……ってあ゛ー! 喜助に言うことあるんやったー!」

「頑張って『副隊長』!」

「おう! 頑張るわ!」

 

 

 ――少し経って戻ってきたひよ里から朔良が何処に行ったのか訊ね、教えてもらった二人の会話の内容。

 ……結局一人で逃げた辺り、やっぱり天然な朔良はえげつない。

 

 

 


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