偽から出た真   作:白雪桜

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第十五話 天然か天才か

「――ふっ!」

「たあっ!」

 

 がん、がん、と木刀のぶつかる音が鳴る。しかし感じるのは僅かな違和感。

 朔良の剣から、いつもの勢いが伝わって来ない。他者の目から見れば常と変らないのだろうが、ずっと共に手合わせをしてきた自分にははっきり判る。

 一瞬彼女の剣先がぶれた。その隙を見逃さず、一気に打ち込み木刀を弾いた。

 

「一本、それまで! 朽木!」

 

 教官の声が響く中、弾かれた拍子に尻餅をついてしまった朔良に慌てて駆け寄る。やはりおかしい、普段の彼女なら受け身くらい取る筈だ。

 

「すまぬ! 大丈夫か」

「ああゴメン。ちょっと油断しちゃった……っ」

 

 手を掴んで立たせようとした矢先、彼女が顔をしかめた。一瞬何事かと思ったが、すぐに察しがついた。同時に罪悪感も湧き上がってくる。

 「何でもない」と言いつつ立ち上がれないでいる様子に、足を傷めたのだと確信し問いかければ頷きが一つ返ってきた。教官に許可を貰い、朔良を救護室に連れていくことにする。

 

「行くぞ朔良」

「え、どうや……ってひゃあ!?」

 

 どうやってなど、抱えてに決まっている。背中と膝裏に腕を回して抱きかかえた。周囲が騒がしくなったが気にしない。小柄な彼女の身体は予想に違わず軽い。

 

(昔は背丈もさほど変わらなかったものだが)

 

 やはり男女の差は大きいようだ。

 

「ちょ、白哉っ。何も抱えなくてもっ」

「運んでやっているのだ。歩けない者が文句を言うな」

「それはそうだけど……」

 

 ごにょごにょと言葉尻を濁す彼女が珍しく、腕の中にある顔をそっと見下ろす。思えば、今日の彼女は剣に身が入っていなかった。

 

「具合でも悪いのか?」

「えっ!?」

「先程は気が散っていたのだろう? こんな怪我をするなどそなたらしくないからな」

「そういうわけじゃなくて……ちょっと寝不足かな」

「寝不足?」

「夜中まで鍛錬してて」

「それで怪我をしては世話ないな」

 

 言われてみれば、朝から何処となく気だるげだったようにも思える。しかし本人の口から聞くまで気付けないとは。仮にも彼女を想っているというのに。

 白哉の言葉に押し黙る様子も珍しい。などと思っている場合ではない。気付けなかったのも怪我をさせたのも自分の責、そう口にすれば「白哉のせいじゃないでしょ!」と反論が来た。ついでに怪我は「不可抗力だ」と。

 あまりにも強い声音で言われて驚きが顔に出てしまった。が、嬉しいのも確かで。ごく自然に小さく笑みを浮かべると、彼女はきょとんと目を丸くして顔を伏せてしまった。……若干寂しくなったのは秘密だ。

 

「帰りに迎えに来る」

「え、でも悪いよ。私気にしてないし」

「私が気にする。それに授業ももう終わりだ。すぐに戻る」

 

 救護の教師に朔良を預け、教室への道を急ぐ。

 

 ――終業後の掃除当番を忘れていたのはミスだ。

 怪我をさせてしまった朔良のことで頭がいっぱいだったなどとは口が裂けても言えない。一瞬無視しようかとも思ったが、切り捨てる。そんなことはしてはいけないし、きっと朔良に怒られる。少し待たせてしまうが仕方がない、早く終わらせることにする。

 協力して手際よく済ませ、自分と朔良二人分の荷物を持って教室を出る。足早に救護室へ向かい、しかし直前で異変を感じ扉を開いた。

 

「失礼します」

「あら、朽木君?」

「……朔良は?」

 

 不思議そうにしている救護教師も疑問に思ったが、何より気になったのは朔良の霊圧がこの部屋から感じられなかったことだ。足を怪我しているというのに、一体何処へ行ったのか。

 

「変ね。さっき同じクラスの女の子達が、代わりに迎えに来たって言ってたんだけど」

「何……?」

「朽木君、聞いてないの?」

「……朔良を探してみます」

 

 扉を閉め、壁に背を預けて目を閉じる。霊圧探知の精度は朔良には及ばないが、ずっと傍に在り続けている人物だ。多少の範囲、集中すれば探せなくはない。

 ――すると見つけた。近い距離、移動している様子もない。

 しかし、同じ学級の女子生徒が来たとはどういうことだろうか。白哉の代わりに迎えになどと嘘をついて朔良を連れていったのだとすると、あまり良いイメージは浮かばない。寧ろその逆――

 

「……!」

 

 そこまで思い至ったところで、急に不安感が湧き起こった。即座に瞬歩を使う。彼女は仮にも学年の首席だ、何より自分の好敵手だ。同級生に後れを取る筈もない。そもそも理由だって見当たらない。そう思うのだが、彼女は今日は本調子ではない。加えて足を怪我している。そういった不安要素が、一層白哉を焦らせた。

 

(朔良)

 

 はっきりとした居場所が判ったのは外に出てからだ。彼女の霊圧を感じる先へ急ぐ。

 校舎裏の角を曲がった途端見えたのは、木刀を持った四人の女子生徒とその足元で蹲る小柄な人影。見間違える訳もなく状況を理解できないほど馬鹿でもなく。

 

「おい! そこで何を――っ!?」

 

 荷物を放り出し、駆け寄ろうとして怒鳴ろうとして。その両方を止めた。

 

 ――彼女の頭上。振り下ろされた木刀を受け止めたのは霊圧の塊――否、膜。薄く小さく集まり、木刀の表面を包むようにして形成されている。それはぐっと相手を押し返したかと思うと、木刀ごと一気に跳ね飛ばしてしまった。

 取り囲む女子生徒達に驚きに染まる余裕などなかったことだろう。次の瞬間には彼女は体勢を立て直し瞬歩を使い、残り三本の木刀を蹴り飛ばしていたのだ。軸足の入らない空中で片足のみで、白哉の目でなら(・・・)追いつける一瞬で。

 

 怪我をしていない方の足で危なげなく着地した彼女の元へ駆け寄る。

 

「朔良!」

「あ、白哉」

「く……朽木様……!」

「あ、ではないだろう。何だこれは」

「え? えー…………集団暴行?」

 

 すうっ、と霊圧が上がる。先程は目もくれなかった、腰を抜かした女子生徒達を睨みつける。

 

「ひ……!」

「かっこ未遂」

「……遅い上に見れば判る」

「まーまーまー。私特に何もされてないし捻挫悪化したくらいだし」

「何……?」

「だーかーらー怒らない」

 

 窘められ、また上がりかけた霊圧を抑えた。全く自分で暴行と言っておきながら緊張感がまるでない。状況が状況だったにも拘わらず気が抜ける。

 しかし、朔良の手元を見て眉間に皺を寄せた。

 

「……朔良、その痕と縄はどうした?」

「え? 縛られた痕だけど」

「…………」

 

 手首と手の中にある物体について訊ね、あっけらかんと答えた彼女に何と説教すればいいのだろう。砕蜂あたりならうまい小言が出てくるのかもしれない。

 

「……何がどうなってそうなった」

「『縄抜けは身を守る為には身につけておくべき技術です!』とか言った砕蜂さんに教えてもらった」

「隠密機動だからな……ってそうではない! 縛られるような状況に陥ったことが問題だ!」

「それについてはここ離れてから。とゆーわけであなた達? 悪態つくのも実力疑うのも勝手だけど、決めてかかるのはやめてくれないかな。暴力と勝負は違う。真正面からならいくらでも、何人がかりでも受けるよ」

 

 へたり込んだ四人に告げ、行こうと足を踏み出した彼女。

 ――その口から悲鳴が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「莫迦者」

「うぅ……だって……」

「足を痛めたことを忘れる奴が居るか」

「それは返す言葉もないけど……何も四番隊に連れて来なくても……」

 

 うっかり捻挫した方の足で歩きだそうとしてしまった朔良を抱え、白哉は綜合救護詰所を訪れていた。丁度休憩中だった卯ノ花隊長に治療してもらい、今日一日は安静にしておくようにとのことだ。

 今は診察台に腰かけた朔良の傍で、椅子を借りて話を続けている。

 

「って言うか、白哉いつまでここに居るの?」

「説明は後でと言ったのはそなただ」

「違うよここ離れてからって言ったんだよ」

「揚げ足を取るな」

 

 しかも棒読み。

 

「んー何だっけ」

「何故縛られるなどという事態になった。この私と拮抗した実力を備え持つそなたが、あの程度の相手に後れを取るなど考えられぬ。瞬歩で離れるなり軽くあしらうなり出来た筈だ」

 

 始解はできなくとも技術そのものは席官レベル。霊術院の一回生くらい、縛られるどころか近付かれる前にどうにでもできただろう。それが一番気になった。いや、気に入らなかった。

 好敵手だからこそ、想う相手だからこそ。今自分は怒っている。

 

「それじゃあ順に説明しよっか。縛られたのは救護室を出る時からずっと掴まれた状態だったっていうのと、縄使うとは思わなくて虚を突かれたからってトコかなあ」

「それだけか?」

「遠慮もあったよ」

「遠慮だと?」

「相手は貴族。私より圧倒的に弱いの判ってるし、授業以外で怪我させて文句でも来たら、夜姉様に迷惑かかるでしょ」

「四楓院家は五大貴族だ。余程のことがない限り後手に回ることなどない」

「でも面倒事は起きるよ」

「……そなたは、そのようなことを気にして後れを取ったのか」

 

 まったくもってくだらない。そんなことを理由に、ぎりぎりになるまで抵抗しなかったなど。

 

「んー……別に、手の自由利かなくなるくらいなんでもなかったんだよね。踏ん張れば振り解けたけど足痛くてやる気出なかったし、文句なら好きなだけ言わせてやろうとも思ったし。あ、一コ許せないことあってそこは言い返したけど」

「許せない?」

「まーそれはいいや。いい加減鬱陶しくなった時に木刀取り出してきて、流石にヤバイと思ったけど足踏まれて痛くて動けなくてさー。で、使ったのが鬼道」

「頭上……額より少し上の位置に霊圧が集まっていたな。手を使わなくてもあそこまで精巧に操れるとは驚いたが」

「眼ぇいいねー。木刀止められればそれで充分だったからさ、ちょこーっと盾作ったの。で、吹き飛ばしてみたら思ったより威力強くて。危ないし動けるようになったしってことで、瞬歩の出番ってワケ」

 

 その後のことは白哉も見た通りだ。彼女は片足で事を済ませた。「縄抜けは瞬歩の最中にねー」と付け加えた彼女だが、疑問はまだある。

 

「しかし鬼道を使うくらいなら、もっと簡単な方法があっただろう」

「そう? 私思いつかないけど」

「霊圧を上げれば済むことだったのではないか?」

 

 ………………ポン。

 

「……何だその、今気がついたというような手を叩く仕草は」

「今気がついた」

「そっくり返すか!? ……ではなくて何故だ。基本だろう」

「いや基本って言われても……身近に私の霊圧くらいで倒れる人居ないし」

 

 ……確かに。

 夜一、喜助を始めとする隊長格はもちろんのこと、砕蜂も有り得ない。白哉とてそれほどの差はないだろう。

 

「思いつかなかった」

「……そなたは一度初心に立ち返るべきだな……」

「うーん一理あるかも。そう言えば最近全然物真似してないし」

「それは関係あるのか?」

「あるよ。私の一番の武器は『物真似』だもの」

 

 言葉に詰まった。

 『物真似』が、武器?

 

「待て。そなたが一番得意としているのは瞬歩だろう」

「それは『得意なこと』、春兄様の言い方を借りるなら『特技』だね」

「京楽隊長だと?」

「少し前に私の入試の成績について話したの。その時春兄様は、瞬歩が私の一番の『特技』とは言ったけど『武器』とは言わなかった」

 

 言いたいことが判らない。一体何が違うのか、それが何だというのか。

 顔に出ていたのだろう、朔良はしばし考える素振りを見せて口を開く。

 

「例えば、烈さんの『武器』は何?」

「……治癒、だろう」

「私は、あの笑顔だと思う。怖いでしょ」

 

 ……理解した。彼女の言いたいことが、ようやく判った。

 朔良の示す『武器』とはつまり、『他者にない才能』。『強み』、と言い換えてもいい。

 瞬歩も治癒も、扱える者は大勢居る。秀でているかそうでないかだけ。しかし朔良の物真似も卯ノ花の笑顔も、しようとした所で他には決してできないことだ。

 そしてそういった考え方ができる彼女は、やはり賢いと思う。京楽の言った言葉の裏を読む辺りが特に。……何故これだけ賢くてあんなにも抜けているのかは、理解し難いが。

 

「物真似は私の原点だし。でも最近は真新しいことないんだよねー」

「強くなることばかりに集中していたからな」

「烈さんの治癒鬼道見学させてもらおうかな」

「これ以上達人の師を増やす気か」

 

 思わずつっこんだことを咎めないでほしい。彼女は既に最高の師達に恵まれている。いくら何でも欲張りだ。

 

「別に教えてもらうなんて言ってないよー」

「そなたは見れば覚えるだろう。何も今でなくとも」

「でも今回みたいにうっかり怪我したら、自分で治せるじゃない。口うるさい人も居るし」

 

 口うるさい人と聞いて真っ先に思いつくのは、隠密機動に属している彼女だ。保護者より過保護な朔良の修行相手。

 

「そーそー。言い忘れてたけど、さっきの四人に抵抗しなかった理由はもう一コあるんだ」

「は? まだあったのか」

「うん。ヘタなことして怪我させたら、噂になるかもしれないでしょ?」

「それは……そうだな」

 

 学年首席と貴族の姫達。注目を集めるには格好のネタだろう。

 

「噂になったら、心配性の皆さんが気付くじゃない。勘のいい人多いし」

「そうだろうな」

「そしたらさー……」

 

 ――と。

 見知った霊圧が近付いてきたと思った瞬間。

 

 

 バンッ!

 

 

 ……勢い良く扉が開いた。

 

「朔良殿っ! 怪我をされたとは本当ですかっ!」

 

 駆け込んできた人物が誰か、見るまでもない。

 

「……情報早いね砕蜂さん」

「朔良殿の帰りが遅いので迎えに参ったのです! 学院に行っても霊圧を感じられないので探してみれば四番隊。先程卯ノ花隊長を捕まえて様子を聞いた次第です」

「じゃあ大丈夫だって知ってるよね。ちょっと足首捻っただけさ、烈さんに治療してもらったから明日には歩けるって」

「では、本日は私が四楓院家までお送り致します」

「いいよそんなの。気にしな」

 

 

「朔良ちゃん大丈夫!?」

 

 

「……春兄様?」

 

 朔良の言葉を遮り駆け込んできたのは京楽。健康体の彼が四番隊に居るとは珍しい。

 傍に寄ってきて彼女の頭を撫でている。

 

「足捻ったんだって? 痛かったね~……」

「あの、春兄様はどうしてここに?」

「いやあ二日酔いしちゃってねえ。薬貰いに来たらキミの霊圧があるんだもの。たまたま卯ノ花隊長に会ったから訳を聞いたんだよ。元気そうでほっとした」

「会う確率高いですね……」

 

 なんて会話も束の間。朔良と京楽の間に砕蜂が割り込んだ。……白哉としても面白くない状況だったのでこの行動には内心感謝した。

 

「京楽隊長! 朔良殿に馴れ馴れしくするのはおやめください!」

「いいでしょ。朔良ちゃんはボクの妹弟子なんだから」

「良くありません!」

「そんなに怒らないで。可愛い顔が台無しだよ~?」

「なっ! あ、貴方という人は――!」

 

「(……白哉白哉)」

 

 目の前で繰り広げられる、口喧嘩とも言えない『おしゃべり』にどうしたものかと悩んでいると、朔良が小声で呼んできた。

 

「(今の内に瞬歩でどっか連れてって。付き合いきれない)」

「(同感だが、瞬歩ならば一人ずつ行った方が確実ではないか?)」

「(そーだけど足使うなって烈さんに釘刺されたし。言うこと聞かなかったのばれたら後が怖い。)」

 

 まったくだ。そうなるくらいならこの場に留まった方がましだ。

 

「(判った。急ぐぞ)」

 

 学院でしたように、素早く朔良の身体を横抱きに持ち上げる。しっかりと抱き締め、即座に瞬歩を使った。気が付かないほど『おしゃべり』に集中している二人は本気でどうかと思う。

 ともあれ行き先は朽木家。四楓院家に行く気はしないし、彼女も寛げると考えてのことだ。

 

「さっきの続きだけど」

 

 道中で朔良が口を開く。恥ずかしそうにしながらも落ちないよう襟元をきゅっと掴んでいる様が愛らしい。

 

「砕蜂さんの耳に入ったりしたらさー、相手どうなるか判ったものじゃないじゃん? 隠密機動だし」

 

 「殺しはしなくてもねー」と付け足す朔良の話は洒落にならない。しかも何かしら報復を考えそうなのは砕蜂だけに留まらない。黙っていない者は沢山居る。彼女はそれだけ愛されている。

 

 勿論自分も、その一人。

 

 

 

 

 ――日が落ちるまで朽木邸の縁側で過ごし、喜助が迎えに来て今日はお開きとなった。放課後の鍛錬はできなかったが、彼女とゆっくりできた時間は有意義だった。

 

 

 ……後から聞いた話によると、京楽と砕蜂の騒がしい『おしゃべり』は、卯ノ花隊長が「ここは病室ですよ」と笑顔で現れるまで続いたという。

 

 

 

 


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