――彼女への恋心を自覚し随分と経った。
だからと言って何が変わることもなく、友として、幼馴染みとして接してきた。この想いが周囲の大人達に知られれば、何年も何をしているのだと言われそうな気がする。いや、十中八九言われるだろう。自分でも少しはそう思っているのだから。
しかし今は、『今』のままで満足しているのだ。気兼ねなく彼女と接し、彼女もまた望んで傍に居てくれる。それがどのような形であっても、だ。……近しい間柄を壊したくないのも理由の一つだというのは、臆病だろうか。
それでも彼女が離れたり気まずくなってしまうよりはいい。『今』は彼女が傍に居て、彼女に恋をしているという気持ちだけで幸福なのだ。
「白哉ー!」
思い浮かべていた幼馴染みの声に振り返る。案の定、手を振りながらこちらへ駆けてくる姿が見えた。ついでに、その彼女と共にいる人物も。
「相変わらずそなたは騒がしいな、朔良」
「いいじゃない、そこが私の取り柄ってね!」
「……そなたにはもっと別の取り柄があると思うのだが」
冷静に指摘しつつ心臓の鼓動は速くなっていた。密かな想い人との待ち合わせの時間も幸せだと、感じるようになったのは割と最近。朔良と共に街に出るようになってからだ。
周囲の影響か背が低い為か幼さの抜けきらない朔良だが、容姿そのものは『小さな少女』から『大人びた少女』へと成長している。……どちらにしても少女ではないかと言われるかもしれないが、差は大きいと思う。
すらりと伸びた手足。身体は女性らしい丸みを帯び始め、藍色の髪も背中辺りまで伸ばされている。にも関わらず、最初に白哉が結ってやった髪形をずっとしているというのが何だかくすぐったい。それもあの桜のリボンで。
考えていると、彼女と共に来た人物が不機嫌な声を出した。
「おい、朽木白哉! 何朔良殿をじっと見つめているのだ!」
「……別に見つめてなど」
「その間は何だ!」
「まあまあ砕蜂さん。そうカッカしないで」
夜一の側近、砕蜂。何故か彼女は、よく朔良と行動を共にしている。今日も夜一や喜助の代理として朔良に付き添っているのだ。
当の朔良に宥められ大人しくなった砕蜂だが、すぐに再発する。
「朔良殿! 貴女は危機感がありません! よろしいですか、危険というものは常に身近に存在していてですね……」
「あー砕蜂さん? あんまり時間ないでしょ? 仕事の合間縫って来てくれたのは嬉しいけど」
「夜一様警護以外の仕事など、朔良殿に比べれば二の次です!」
「隠密機動としてその発言はどうかなあ……。いやでもさ、ここから先は死神が一緒にいると目立っちゃうしさ」
「……判りました。朽木白哉! 朔良殿にもしものことがあったら黙っていないからな!」
「大げさだね、ただの入試でしょ」
そう、今日は真央霊術院入学の為の試験の日。白哉も朔良も、同じ学期の入試を受ける。砕蜂は朔良を霊術院まで送りに来ていたそうだ。
何度も振り返りつつ、また瞬歩ではなく普通に走って立ち去る辺り、砕蜂の過保護ぶりが窺える。
「……何でかなー……」
「どうした?」
「砕蜂さんと私の関係。修行仲間だったと思うんだけど、いつの間にこんな口煩いお目付け役になったんだろー……」
朔良も同じことを思っていたようだ。兄弟子である浮竹や京楽曰く、師匠組が少しばかり厳しく指導していると決まって砕蜂の邪魔が入るらしい。相手が夜一でも総隊長でも怯まないと言うのだから、誰に仕えているのか疑問に感じてもいいくらいである。もはや保護者以上に過保護だ。
「今に始まったことではないだろう」
「そーだけど……あーもーいいやっ。今はとにかく合格目指すっ!」
「そなたが落ちるとは思えない」
「そお?」
「ああ、この私が言うのだから間違いない」
彼女が手加減を知るようになってからだが、共に修業をして競い合い、勝負し、いつしか好敵手となっていた。
斬拳走鬼、どれかを選んで勝負する。……瞬歩では勝った試しがないものの、剣術は自分が勝つことが多い。白打と鬼道は、情けない話ではあるが負けることの方が少々多いといった結果。しかしまあ、あの四楓院夜一と握菱鉄裁に師事を受けているとなれば、上達するのも当然で。……言い訳にしかならないのが虚しく感じる。
「その言葉、そっくり返すよ」
「……私もか?」
「トーゼンでしょ。白哉が合格しないわけないじゃん」
言い切る朔良に根拠はなさそうだ。かく言う白哉にも根拠などないのだが。
「……それより、推薦状は持って来たか?」
「もちろん! 白哉は銀嶺爺様と蒼純様に書いていただいたんだよね?」
「ああ。お前は?」
「言い争った結果夜姉様ときー兄様に決定」
「妥当だな」
「簡単に言ってくれるけど大変だったんだよー? 春兄様が『ボクが推薦するー!』って駄々こねて」
「駄々……」
その様子が容易く想像できた。何しろ京楽は、妹弟子である彼女のことを溺愛しているのだから。
「まあ重爺様が『最初の師が通例じゃろう』って言ってどうにか収まったけど」
「三人書くと言う選択肢は?」
「目立ちすぎちゃうってさ」
「……隊長二名の推薦で既に目立つと思うが」
「白哉だって隊長と副隊長じゃん。オマケに五大貴族だし」
「四楓院夜一もそうであろう」
「白哉自身が朽木」
最後は言い返せなくなるのは常のこと。結局口では彼女に勝てないのだ。……瞬歩でも勝てていないが。
「隊長二名かー。きー兄様が隊長になってもう七年なんだねー」
「あの男に隊長が務まるとは思えなかったが」
「またそういうこと言う。……そー言えばきー兄様が隊長になったのと丁度同じ時期に、私達とあんまり変わらないくらいの歳の子が霊術院を一年で卒業したって話、覚えてる?」
「ああ。爺様が仰っていたな。確か五番隊に入隊と同時に三席に就いたと」
「私は十兄様から聞いたけど。凄いよね、私達と同じくらいの歳でなんて」
「……私達も技術面ではそう変わらぬだろう」
「あははっ、自信たっぷりだねっ。ま、同感だけどっ」
実際、白哉と朔良は戦闘技術において、既に一席官相応の実力を備えていた。ただ、浅打を持つことを許可されていないのだ。
そもそも正当な朽木の血を引く白哉と四楓院に擁護されている朔良は、わざわざ真央霊術院に入学せずとも死神になれる。そうしないのは、それぞれの保護者達が許さないからだ。曰く、『学院で学ぶことは力や知識だけではない』らしい。
白哉としては、もっともな考えだと思うと同時に即戦力になりたいという気持ちもある。しかしまあ、入隊してしまえば必然と縛られる時間が増えるわけで。
「よーし! いざ受付へ!」
「……そっちは通常受付、推薦受付はこっちだ」
「ありゃ?」
彼女とのこんなやりとりも減ってしまうのは間違いない為、構わないと思っていたりする。
「そそっかしいな、そなたは」
「むう、それは気に入らない言い方」
「本当のことだろう」
「『白哉坊!』」
「っ!?」
最も苦手とする人物の声に慌てて周囲を見渡す。が、姿は見えず、代わりにふるふると肩を震わせている幼馴染みの背中が隣にあった。
「……朔良」
「…………」
「……はめたな」
「……あっはっはっはっ! 白哉はホントに夜姉様が苦手だよねえ!」
笑い声をあげる彼女に怒りを覚えた所でどうしようもない。
少々からかい癖のある朔良は時折こういった悪戯をする。四楓院夜一はもちろんのこと父や祖父まで。見事に真似る様は舌を巻くほどだが、いかんせんいい気分ばかりではない。……と言うか。
「朔良」
「何?」
「……悪戯はもはやとやかく言わぬが、会話の中で他人の言葉を再現する時まで模倣するのは止めてくれぬか。妙な感じがする」
「会話の中?」
「……先程、夜一と総隊長の声を真似ていただろう」
指摘してやれば「ああ!」と納得した素振りを見せた。癖なのか、昔から彼女には前触れ無く声を真似する所がある。からかわれるより余程いい筈なのだが、聞く度に構えてしまうので落ち着かない。
「ごめんねー、癖なの」
やはり癖だった。
ついでに直すつもりもないと見た。
「じゃあ遊びはこれくらいにして、行こっか」
(……遊んでいたつもりはないのだが)
声に出すと更に遊ばれそうなので黙っておく。こういう『人で遊ぶ』という点は師(女性の方)そっくりだと思う。師ほどあからさまでないのが救いだが。
そうこうしている間に受付に並ぶ。受付は二人の男子院生だ。推薦なしの受験者の方が多いものの、推薦ありが少ないわけでもない。現に今も数名並んでいる。時間を考えれば自分達よりも早く来た者も居ただろう。ともあれ、朔良の番だ。
「推薦状です。受付お願いしまーす」
「ああ、確認す……」
受付に立つ男子院生の一人が固まった。推薦状を開いて、推薦者の名前を確認した途端に。
奇声が響き渡った。
「おわっ!? おい、どうした!?」
「おおおおい! これ見ろこれ!」
「推薦状がどうし……ってええええええ!?」
「何だどうした!?」
驚きの声が呼び水となって、他の院生達も集まって来る。
「し、四楓院隊長と浦原隊長の推薦だ!」
「はあっ!?」
「名前は!? 貴族か!?」
「く、雲居朔良、西流魂街出身……!」
「「「「何でだよ!?」」」」
「……おい」
驚くのも判るが、いい加減鬱陶しくなり声をかけることにした。
「っ! な、何だ?」
「……後ろがつっかえている。早く済ませてくれ」
後ろに並んでいる受験者達も驚愕している事実など知らない。
「あ、ああ……えっと……受験票だ……」
「ありがとーございます」
「次は私だ」
「ああ……推薦状は……ええええっ!?」
絶叫が耳に響く。……正直五月蠅い。
「今度は何だ!?」
「ろ、六番隊隊長、副隊長両名の推薦……!」
「六番隊って……朽木家だろ!? 五大貴族!?」
「名前は朽木白哉……って朽木家出身!?」
「五大貴族の血筋!?」
「……直系だ」
「「「「ええええええっ!?」」」」
気に入らず思わず口を挟んだのは失敗だったかもしれない。興奮して作業もままならない院生達を見ては溜め息をつく。
「あっははー。思いっきり目立ったね白哉」
「そなたもだろう朔良。第一、推薦者が推薦者だ。目立たない方がおかしい」
「それもそうだねー」
「「「「……知り合い……!?」」」」
(……しまった)
ますます衝撃的なネタを提供してしまった。
結局、驚嘆の嵐は暫くの間やむことはなかった。
――数日後、白哉と朔良は無事合格を果たす。
友、幼馴染み、好敵手。ここに加わったもう一つの関係。
『同期』。