死臭がまだ僅かに残る真っ暗な盗賊の砦でシルバーは目を覚ました。
寝付く前に軽く片付けたらしく血の跡しか残っていない。
微かに上からは昼間の喧騒が聞こえてくる。
酒場まで行って依頼の報告をするついでに討伐以来を探そう。
頭をかいて一服しながら彼女は外へ出ていった。
大通りを歩いていると、濃いブロンドの少女がひとり言を呟きながら花壇に水をやっている姿が見える。
清楚な淡い水色のワンピースがよく似合っている。
「あの、すみません、冒険者さんよね?この辺ではあまり見ない顔だから。」
もう少しですれ違うところで彼女は、少女に話しかけられた。
「あー、そうだけど何か用か?」
シルバーは足を止めて少女の方を向いてぶっきらぼうに言った。
「最近、朝起きると私のぬいぐるみがぼろぼろになっているの。夜中に起きてこっそり見張ってたらね、なんとプチがぬいぐるみ食べてるのよ!」
プチとはスライムの一種で非常に可愛らしい姿の魔物だ。
「どうやら隣の廃屋の窓を伝って、私の家に入ってくるみたいなの。お願いだから、ちょっと行って退治してきてくれない?」
少女は上目づかいにシルバーを見ている。
「わかった。どうも。」
それを聞き、少女は顔をほころばせお辞儀をしている。しかしシルバーは振り向きもせずに、武器屋に寄って、弾丸を調達した。この近辺では弾丸が余っているらしく、無償で弾を手に入れることができる。魔法等が存在するこの世界では銃器を使う人間はあまり居ない。居るとしたら、一部のナウでヤングな若者や異国の冒険者ぐらいだろう。
拳銃に弾丸を装填して、廃屋へ進む。昨夜着替えをしたところだ。
暇つぶしくらいにはなる。ついでに報酬ももらえるかもしれないとシルバーは思っていた。
廃屋に踏み入る。昼間でも扉を完全に閉めると暗い。スライムが出てきそうなところといえば、ここの地下しかない。
土の散らばる階段を降りる。20段ほど降りたところで坑道に着いた。
ひんやりした坑道は狭く、土や炭の匂いが充満している。つるはしが立てかけられていて、端に周囲を照らすランタンが置いてあった。かなり長い間、点いているにもかかわらず燃料が切れる気配はない。何か魔法が掛かっているのだろうか。
狭い坑道を進んでいくと二手に分かれた。左には小部屋の扉がある。
扉を開けるとプチが飛び出してきた。白いマシュマロのような肌にボタンのような黒い瞳をしている。
威嚇して襲いかかる姿も愛くるしい。頬が緩むも、シルバーは躊躇なく蹴ってプチをミンチにした。
そのまま同じように数匹のプチをミンチにする。弾丸を補充する必要もなかった。
小部屋を出て右に進む。彼女の視界の正面には扉、右にも扉がある。
右へ進むことにした。扉を開けると細い道にプチが列をなして群れていた。単体では可愛らしいがはっきり言って、こうも居ると気持ち悪い。
ひたすらプチをミンチにする作業は続く。奥の方に酸を撒き散らすスライムが数匹居る。
あろうことか酸でスライムの隣のプチが溶けていく。内臓を露出させながら溶けていく様子はグロテスクだ。これ以上酸が散らない内に遠くのスライムに狙いを定め、シルバーは撃つ。
撥ねる酸をかわし、撃ち続け、ミンチにしていき、ようやく大部屋に出た。案の定、びっしりプチやスライムが居る。
ひたすらスライムと格闘し続け、どうにか全てをミンチにした。
煙草に火を付け、一息つく。たしかにいい暇つぶしにはなったようだ。
例の少女の元にシルバーは向かう。この短時間で全てを駆逐した彼女にどんな反応を示すのだろうか。
階段を上がり廃屋を出る。彼女は陽の眩しさに目を細め、伸びをした。
少女の家の花壇にはサルビアの花が植わっていて、玄関ドアに桃色の表札がかけてある。
ノックするとすぐに少女は出てきた。
「え、もうスライムを退治してくれたの?ありがとうございます!よかったら、お礼もかねてお茶でもいかが?あたし、ミシェスっていうの。」
少女は顔を輝かせている。
「じゃあ、邪魔させてもらうかな。」
シルバーは微かに笑った。
「あたし、歴史の勉強をしていて、司書の見習いをやってるの。」
二人は椅子に座りお茶をしていた。キルトのテーブルクロスが机に敷かれ、大量のぬいぐるみがある。
ごく普通の年頃の少女の部屋だった。この無駄に可愛らしい部屋をシルバーは頬杖をついて眺めている。
「お伽噺や神話って、昔の出来事に基づいた話なんかもあって勉強になるんだけど、もし何か知っていたら聞かせてもらえないかしら?」
少し考えこみ、暫くして思い出したかのようにミシェスの方を向いた。
「あーそうだな、こんな話ならどこかで聞いたことがある。」
むかしむかし、深海に神様がいました。神様は人々を愛し、成長と発展を見守ってきました。
しかし、人々はどんどん発展するにつれて、自分たちで争いあうようになってしまったのです。
神様は悲しく思い、人間が築いた文明を大雨と津波で崩して、最初からやり直すようにしたのでした。
そして、二度と人々が争わないように、神様は自ら悪い魔王になり、人々が一致団結できるようにしました。
めでたしめでたし。
「変わった話ね、初めて聞くわ。」
ミシェスは聞き入っている様子だった。
「結局、何が言いたいのか分からないし、誰から聞いたのかもほとんど思い出せない。もしかすると何処か覚え間違えているかも。」
「でも、ありがとう。」
ミシェスは微笑み、暫く談笑は続いた。
年の近い同性と話す事をシルバーは密かに楽しんでいた。
彼女の人生で、非常に珍しい事だったからだ。
今まで同性の友人はエリシェしか居なかった。