銀の悪魔   作:suzumiya

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酒泥棒

ヴェルニースに到着する頃には20時を過ぎていた。

群青の空に星がダイヤの様にまたたき、放置されたランタンがぼんやりと光を周囲に与えている。

昼間は騒がしく、掃いて捨てるほど人が居た大通りも人影すら見当たらない。

空腹と限界に達しつつある喫煙欲求を堪えながらシルバーは大通りを歩いていた。足音が響き、石畳に彼女の影が伸びる。

民家の立ち並ぶ大通りに廃屋がひっそり建っていて、古めかしい木製の扉に札が掛かっている。

彼女は歩みを止めて札を読む。札には魔物被害の為発掘中止と書かれていた。

もし、誰も中に人がいなかったらここで着替えてしまおう。

着替えの入った紙袋を脇に抱え、扉を開けた。案の定、人は誰もいなかった。

下り階段があり、壁際に茶色い土瓶が置かれ、古い樽と兵糧の麻袋が二つずつあるばかりだ。

照明は無く、扉を閉めてしまえば真っ暗になるだろう。

しかし今のシルバーには無問題である。人外の者になり、その身に慣れてからは獣のように夜目が利くようになったからだ。

まだ星明りがあるので勿論、彼女自身はまだ気付いていない。

彼女はそっと外からの光が入るように扉に隙間を作りつつ閉めようとしたが、風が吹き、扉は完全に閉まってしまう。

少し扉を開けようとしたが、暗闇の中でも視界が確保出来る事に驚き、閉めたままにした。

彼女は誰も居ないか再び確認してから上着を脱ぎ始め、細く筋肉質な上半身が露わになる。

長い囚人生活により少々衰えてはいるものの腹筋が割れていて、その先には申し訳程度に膨らみを帯びた乳房と小さい乳首が慎ましげに存在している。

白くきめの細かい肌は古傷と銃痕だらけで背中には大きい切り傷の跡がいくつかある。

今まで着ていたボロ布を素手で細く切り裂き胸に巻きつけ、仕上げにずり落ちてこないように固く結んだ。

彼女は下着も買えばよかったと若干後悔していた。

ため息をついて予備の拳銃新しい上着を紙袋から出した。襟ぐりの広い黒いタンクトップである。

銃を床に置き、それを着てズボンのポケットから細く青い革で編まれた腕輪を取り出し、大事そうに手首に着けた。

「亡き親友からもらったお守りの腕輪がまさかあんな死刑の間際にご利益を発揮するとはね」

シルバーは皮肉そうにつぶやき、座り込んでブーツと灰色のズボンを脱いだ。

黒いボクサーパンツを履いたしなやかな白い下半身が露出している。

紙袋から紺色の細身のズボンを取り出し、それを履いて、灰色のズボンから黒いベルトを引っ張り出して着けなおした。

ブーツを履き、ボロ布のポケットから中身を取り出す。小銭と弾丸、拳銃くらいしか入っていない。

まだ煙草が一箱とライターが買えるな、と彼女は思った。

小銭をポケットに仕舞いこんで2丁の銃に弾を装填した。

ベルトにホルスターを装着して拳銃を仕舞い、予備をベルトとズボンの隙間に挟み、短剣もボロ布の中から拾い上げてベルトとズボンの隙間に差した。

紙袋をぐしゃぐしゃに丸めて土瓶の中に放り投げる。そして麻袋を破り兵糧を1枚失敬するとシルバーは廃屋を出て行った。

兵糧を齧りながら煙草を買いに向かう。しかし、どこに売っているか検討が全くつかない。

とりあえず雑貨屋を見ることにした。討伐以来をこなした時、彼女はまだレジの近くの商品はまだ見ていなかったはずである。

21時前だったが雑貨屋はまだ店仕舞いをしていない。暇そうに店主が外を眺めている。

シルバーが店へ入っていくと急に身なりが良くなった姿に店主は驚いた顔をした。

「あの時の冒険者でおじゃるか?」

店仕舞いまで暇つぶしが出来ると言わんばかりに嬉々とした様子だ。

「あー、そうです。ところで煙草置いてます?あればラッキーストライク1つ。」

「分かった、しばし待つでおじゃろう。」

店主はレジの下から煙草を見つけてシルバーに渡した。

「ソフトでよかったかのう?ライター付けとくでおじゃる。」

「あー、どうも。」

どこでその服を買ったのか、なぜみすぼらしい服を着ていたのか、店主は質問攻めにしようとしていた。

しかし危険を察知してシルバーは代金を支払い店を去った。

そして外に出ると同時に煙草に火を付ける。彼女はあの独房を出てから思えば1本も煙草を吸っていない。

濃く白い煙を吐き出し、煙草を咥えてシルバーは歩き始めた。

これからどうしようか、そろそろ眠たい。彼女はまた途方に暮れている。

まっすぐ歩いているうちに酒場の近くを通った。

酒場からは楽しそうな騒ぎ声や器のぶつかる音が聞こえ、窓から暖かい光が漏れている。

入口に金髪のおさげの若い女性が立っている。誰かを探しているようだ。

シルバーは吸殻を吐き捨てて金髪の女性の前を過ぎ去ろうとしたが、金髪の女性に申し訳なさそうに話しかけられた。

「ちょっとお時間いいですか?」

ポケットに手を突っ込んで立ち止まり、じっと女性を見つめた。

「実はバーの酒樽がよく盗まれて、店長困ってるんです。もしお時間があれば助けてくださいな。」

「目星とかは?」

「ええ!ヴェルニースを拠点にしている盗賊で北東の墓地周辺に砦を作っているはずですわ!」

「わかりました、どうも。」

「ありがとうございます!引き受けてくださるんですね!」

金髪の女性は嬉しそうに言った。

軽く会釈をしてシルバーは北東へ向かって行った。


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