広がる鈍痛と頭を思い切りぶつける音、喧騒のお陰で彼女は目を覚ました。
深夜、潮風が強く吹く。嵐の前触れようだ。
彼女は辺りを軽く見回してから、どうやら前回の件は悪い夢じゃないようだが幸いにも辺りは暗く、積まれた木箱の影に隠れていて、当分船員からは見つかりそうもない。そう判断した。
次に髪の毛を確認してみると、本当に銀色になっていた。
冗談だと信じたかったが、恐らく右の瞳も赤眼になっているだろう。
彼女は溜息をつき、何となく空を見上げた。潮風と雨粒が心地いい。
ふと、誰かのがなる声が聞こえた。
エーテルの風!嵐だ!
風を浴びつづけていると変異病にかかるぞ!
船底に穴が空いちまったみたいだ!
畜生、何で今の時期に!
もう駄目だ、沈む!幸運の女神に船を、仲間を任せるしかねぇ。
ギャルのパンティーおくれ!
馬鹿か!エーテルで頭やられちまったか?!
皆、逃げろおおお!
グラリ、船が大きく揺れた。
積まれた木箱が崩れて、それを避けた拍子にボロ布を纏った身体が海に投げ出されそうになる。
無我夢中で彼女は船縁にしがみついたが努力も虚しく暗い海に放り出された。
海水に揉まれ、視界が真っ暗になった。
目を覚ました時、瀕死状態の彼女は洞窟に居た。青と緑の頭髪の2人の男女と共に。
洞窟の中には先住民が居た形跡が残っている。
瓶や椅子があちらこちらに散らばり、何故か冷蔵庫が置いてあった。焚火に鍋もある。片隅には藁の山が詰んであるところから先住民はここを寝床にしていたのだろう。
「気がついたのか?」
緑髪の男性が声をかけた。
細い眉と鼻は酷く潔癖そうで、うたぐり深い目つきをしているが、口元はニヤついている。
青い髪の女性は座り込んでいた。装備の短剣は微風を帯びている。
暗がりで顔立ちまではよく解らない。
「空腹だろう、これを食べるといい。」
彼が指差した先にあるのは生肉だった。
臭気の特徴から恐らく人肉だろう。調理しろという事なのか。
それを見なかった事にしてそっと彼女は陰に捨てた。
そして緑髪にお礼をしたついでに、軽く自己紹介しあった。
男の方をロミアス、女の方をラーネイレと言うらしい。
彼女はその際、自身の名を銀髪から取り、シルバーと名乗った。偽名である。
ロミアスは簡単に要件を伝えた。
露営ついでに倒れていた彼女を助けた事、パルミアの王と謁見して、国民の異形の森に対する誤解を解かないといけない事、近くにヴェルニースという炭鉱町があって子供の足でも1日でたどり着くという事を。
再びロミアス達にお礼してから言われた通り、彼女はヴェルニースに向かう事にした。
道沿いを歩いていると何回か魔物に遭遇した。
しかし逃げ切る事も素手で殺す事も可能だった。
あの時話している時は何故か彼女は気づかなかったが、人間だった頃と比べて周りの魔物の攻撃の軌道が見える上に、元々俊敏だったが思う以上に素早く行動する事が出来た。
本当に人間を捨てたんだと彼女は痛感した。何故かはわからないが不思議と悲しくもないらしい。
また、倒した魔物がたまに小銭を落とすので所持金も貯まっていった。この調子なら900gpはいくだろう。gpとは通貨の単位である。200gp前後でパンが1つ調達できるくらいか。