デジタルワールドの美味しい物語。   作:へりこにあん

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酒神のジュースの物語

帳簿に書かれた数字の羅列は減少の一途を辿り、このままだと後半年もすれば赤字収支になってしまうだろうことは想像に難くない。理想だけで学校が経営できないという現実を思い知らされた。

 

シャカモンが死の間際に書いたという経典の束、それを三体の弟子たちと共に追い求め、その教えを学び、純真な子供達から伝えることでより広く教えが伝わっていくのではないかと設立したこの学校だが運営費用が足りない。援助されている資金は少なくはない、特にオリンポス十二神族からのそれは多い、ウェヌスモンが学校の方針に賛同してくれ他の神族にも口利きしてくれたとかでケレスモンとバッカスモンからの寄付金が特に多い。だがそれでも足りないほどに規模が大きくなってしまっているのだ、もちろん規模が大きくなるのはそれだけ教えが行きわたっているということだからいいのだけれど資金不足で誰にも教えられなくなったら意味が無い。

 

寮も運営していかなければいけないし幼年期成長期の子達に食べ物のことで我慢させるわけにはいかない、経費を削減できるところが無い。おもちゃの類を丈夫なものに変えて少しでも消費を減らそうとしたり、成熟期の子達にアルバイトを紹介してその際に仲介料をもらったり成長期の子達で作ったクッキーを販売したり食堂を一般にも開放したり少しでもお金を手に入れられるようにしてはいるのだがそれも足りない。

 

今日の午後には編入させたい幼年期の子がいると話し合いをすることになった。なんでも七大魔王が関わっているそうでその個体自体に問題はないけれど現保護者が説明しておきたいのだという。だったら自分でどうにかしてくれと思うのだが、その保護者はロイヤルナイツに雇われたと言っているとか、次々と衝撃情報がコンビネーションのように叩き込まれてくる。

 

で、午前は遠足の付き添いだ。幼年期の子達のペースだと半日で一往復だが完全体の私ならもっと短い時間で行き来できる。それこそ二、三時間とかで往復できる。だなら十一時ぐらい、幼年期の子達昼食を食べだすぐらいに遠足を抜け出して命に感謝しつつ走りながら食事を取り、学校に戻って息を整え、来客を待つ。

 

「初めまして、ピチモンの現保護者に雇われているマーメイモンです」

 

来たのは何かを悟ったような目をした人魚と、その隣にちょこんと座った水色のどことなく水玉を思い浮かばせる幼年期。どちらも水棲系だろうが普通に生活できているらしい。

 

「私、この学校の校長をしています、サンゾモンです。先に聞いた職員の話だとなんでも七大魔王が関係しているとか」

 

「そうですね、このピチモンはベルゼブモンが命を救いデュークモンに預けた個体です」

 

胃がギリギリと痛い、こんなに痛いのはゴクウモンをお供に加えた時、コークスクリューブローを腹に叩き込まれた上で如意棒で肋を砕かれ、命からがら禁錮時を嵌めた時以来だ。少しバイオレンスな空気を思い出してくる。特に意味もなく禁錮時締めてやろうか。

 

「何故、デュークモンの庇護を離れ我が校に?」

 

「庇護なんてありませんでしたから。雇った私に任せきりなのはまだいいとして、養育費はまともに出さない、私の給料は低い、なのに明らかに関係ない仕事までさせられる。ベルゼブモン宛のラブレターの焼却は普通の仕事内容に含まれないでしょう?」

 

少なくとも普通のベビーシッターなら、と続けるマーメイモンの顔はまるで能面のように平坦で感情が見えず、ベルゼブモンと言った時にかすかに笑ったぐらいしか変化は無かった。

 

そしてこの分だとデュークモンからの資金援助は望めない。教育に理解がない相手からお金は引き出せないだろう。ほんの少しだけ期待していた分もあったというのに残念だ、ベルゼブモンは魔王の援助ということで敬遠されかねないし、そもそも放浪しているデジモンだからそう援助してくれないかもしれない。

 

「しかし一番の理由は設備の良さです。水棲デジモン専用の寮がある、しかもそこから海と河に水路が繋がっている、他にもこの子がどんなデジモンに進化しても対応できるぐらいに設備が充実しているところはありません」

 

どんなデジモンでも教えが学べるようにと建てた自慢の施設だが、維持費がとんでもなくかかる経営を圧迫している要因の一つでもある。だからなんとかデュークモンの名でお金を貰いたい、ロイヤルナイツの中で広めていただければかなりの額が期待できる。特にスレイプモンやクレニアムモンのような賢く堅実であると言われるデジモン達からいただければその輪がさらに広がって行くこともあり得る。

 

「そう言っていただけるとは光栄です」

 

「ただ、だいぶ赤字続きのようですね、最初に連絡を取った方から聞きました。」

 

またさらりとそんなことを言ってくる、このまま断られたらお金を引き出せない、この話は無かったことにされては困る。だが、ならどうしたらいいのかというのもわからない。

 

「その時担当したのは誰でしたでしょうか?」

 

「名前は伺えませんでしたが少女のような高い声でした。テンションも子供のようで事務仕事したことないだろと思ったのを覚えています」

 

チョ・ハッカイモンだ、間違いない。色気よりも教えよりも何よりも食い気、ゴクウモンやサゴモンみたいに一時間弱授業をやり通すこともできない、常に学食で給食を作り、つまみ食いしている。電話がなったから反射的にとったのだろうが何も経営状況を漏らすことはないはずだ。

 

「で、ですね。私をここで雇って欲しいんです。経理として」

 

「はい?」

 

「デュークモンから養育費と未払の給料ぶんどって来たものの、失職したんです」

 

だからなぜうちで雇われようということになるのかがよくわからない。赤字になるとわかっているところになぜ行くのか、というよりも、ピチモンの入学のために来たんじゃないのかという感じがある。

 

「ピチモンは強い子です、ロイヤルナイツと七大魔王に関わったから、周りに何かあるかもしれないというだけです。私がここの経営を立て直す代わりに入学を認めて下さい」

 

「入学に関しては問題ないのですが……これ以上誰かを雇うには……」

 

お金が無い、絶望的にお金が無い。本当に経営を立て直せるのかということもあるし、難しい部分があると思う。

 

「給料は経営を立て直すまでいりません。デュークモンのところで数年遊んで暮らせるぐらいに稼ぎましたから」

 

ならなぜ仕事をするのかということになるのだが、仕事してないと死んでしまう類なのだろうか。しかし、断る理由は無い。

 

「なら、お願いしてもよろしいですか?」

 

この言葉から半年も要らなかった。マーメイモンの手腕は本物だったし、デュークモンのところでの仕事で得た有力者達とのパイプがこんなに太く広いとは思わなかった。

 

翌月には迷いの森に住むクロスモンというデジモンと、デュナスモンから多額の寄付金を引き出し、幾つかの組織への就職斡旋を請け負うことで収支を増やし、ちゃんと卒業していく生徒が劇的に増えた。居心地が良すぎたために卒業しない生徒があまりに多かったことも経営を圧迫していたらしい。

 

さらに翌月、スレイプモン、クレニアムモンからの資金援助を受けるようになり、食堂に別に職員を募集することでつまみ食いを防ぐ。また、成熟期へのアルバイトの斡旋を学校と併設する別の組織としてちゃんと体系化し一般のデジモンも使用できるようにしてその収支をこちらに回す仕組みを作った。その月は赤字になったが翌月には回復した。

 

私の仕事も減った。経営は任せきりでいいから、存分に教育に専念することができる、教えを広めることだけに心を傾けられる、さらには周りとの繋がりが増えたおかげか成熟期以上のデジモン達との関わりが増えて教えを広められる範囲も増えた。

 

「本当にありがとうございます、あなたがいてくれなければこうはならなかったでしょう」

 

今日は職場体験に行った成長期達のところをマーメイモンと共に回っていた。今はバッカスモンとケレスモンの工場からの帰り、マーメイモンの手にはバッカスモンからのお土産のジュースと酒が一瓶ずつある。

 

「では、そろそろお給料をいただいてもいいですか?」

 

そう言うマーメイモンは経理以外でも普通に教員として働いてもいる。給料を出さない理由なんて何も無い、三弟子の給料合わせた額を出してもお釣りが溢れるぐらいの働きをしてもらった。

 

「もちろん、今後ともよろしくお願いしたいですし、出せる限り出したいぐらいです」

 

ではとりあえず今月分、このお酒をいただきますとマーメイモンが言う。そんなものでいいんですかと言えば後で返せと言われても返しませんと返され、ならどうぞと言うとマーメイモンは顔をほろりと緩める。

 

「実はバッカスモンの酒でこれだけ熟成されたものはほとんどバッカスモン自身が飲んでしまい現存せず、下手すれば家を建てられるお値段になります」

 

だから返せと言われても返さないと言ったでしょう?とマーメイモンが言う。

 

「私はお酒は飲みませんし、私財もほとんど持ちません、強いて言うならばこの学校でしょう」

 

それに、家を建てられるような額でもマーメイモンが来てから寄付してくれた中では一番少額のクロスモンからの毎月の寄付金の三分の一にも及ばない、あまり有名でないのに彼が寄付すると決めた途端デュナスモンから寄付の申し出が来たり、何者なのだろう。

 

「私も実はあまりお酒得意じゃないんです」

 

そういえば、サゴモンが飲みに誘っていた時にマーメイモンはいつも断っていた。サゴモンはかなりザルなので一緒に飲むのはどれだけ誘ってもいつもチョ・ハッカイモンとゴクウモンだけなのだが。

 

「ならなぜ?」

 

「ベルゼブモンへ贈ろうかと思いまして、薄い桃色の果実酒を黒づくめの魔王が飲む、絵になると思いませんか?」

 

またマーメイモンが少し微笑む、その場を想像するだけでいいかのようだ。

 

「マーメイモンはベルゼブモンと知り合いなのですね、やはりピチモンの関係で?」

 

「いえ、デュークモンに子育ての相談をしに来ていまして、私がその場で相談に乗ったんです」

 

その時の話をするマーメイモンはいつもより饒舌で、顔は緩んだまま、すでにお酒が入っているかと思うような感じ、熱に浮かされたようでもあり、私は経験が無いが、恋をするとこうなるのかもしれないという感じ。

 

「マーメイモンは、ベルゼブモンに恋しているかのようですね」

 

「そうですね、ベルゼブモンの財力には愛さざるを得ませんでした……」

 

何かおかしいと思いつつ、そうですか、ある種運命なのかもしれませんねと返す。マーメイモンは本当に運命ならばどれほどいいことかという感じにため息をつく。

 

愛か、ふと考える。シャカモンの教えを書いた経典にこんな一節があった。

 

愛より憂いが生じ、愛より恐れが生ず。愛を離れたる人に憂いなし、なんぞ恐れあらんや。

 

シャカモンの時代の愛とは執着心だった、異性への執着、物への執着、それらがあるから恐れを覚え、憂いを感じる。シャカモンの教えの一つの最終形は命からも執着を無くすこと、故にマーメイモンのそれは諌めるべきとも取れる。だが、今の愛とはまた違う、諌めずともいいのかもしれない。そこに相手を思いやる心があるのならば。

 

「応援しますよ、その愛」

 

そう言うとマーメイモンは驚いたような顔をする。

 

「てっきり諌められるものと思ってました」

 

経典に則ってとマーメイモンは続ける、わかっていて言ったのか言った後で思い出したのか、どちらにしても知っていたことは意外だった。

 

「経典は幸福になるための物です、この時代においての愛は執着と変わりつつありますからこれでいいのですよ」

 

「なんだか余裕が出て来たようですね、サンゾモン校長」

 

マーメイモンがそう言って顔を少し引き締める、だけどほんのり口角はあがったままだ。少しからかわれているような気がしてくる。

 

「最初に会った時とは違います」

 

お金への執着が消え去りましたか?と言われて気づく。私はいつしかこの学校と教えに執着していたのだ、故に恐れて憂いていた、学校のために金に執着し、そしてそれを恐れて憂いて、まったく教える資格など無かった。

 

「これもあなたのおかげですよ」

 

お金への執着が盛大に見えるマーメイモンのおかげで私は執着から離れられたということになる、なんだか皮肉のようで面白い。この事実にも前なら一喜一憂していたかもしれないが、今は本当に心に余裕がある。

 

「さて、サンゾモン校長。実は一つ大切な事案が残っています」

 

大切な事案、挨拶回りは後は翌日で今日回る分はバッカスモンとケレスモンのところでおしまいのはずだが何があっただろうと思う。

 

「このジュース、みんなで分けるには少なく、サンゾモン校長一人で飲むには多いんです。二人で飲むにも少し多いぐらいですが二人ぐらいがいいでしょうね」

 

「……経営復興のお祝いといきましょうか、晩酌には付き合えませんがジュースなら付き合えますからね」

 

マーメイモンはお付き合いいたしましょうと言ってまた小さく微笑む。

 

学校に帰るともう夕食時、私は肉を食べないし、それでも大丈夫なメニューは学食にもある。

 

豆腐を使って作ったハンバーグに、超電磁レモンの酸味を生かした大根おろしのソースがかかっている、スープの出汁はデジタケと昆布で動物由来の物は無い。

 

「精進定食を一つお願いします」

 

「はいはーい、お肉が無いのに何が美味しいかわからないけど承ったよー……って、お師匠様か、美味しいよね、精進定食」

 

ピンクの豚の着ぐるみの中ほどと顔だけ切り取ったみたいな感じの中にスクール水着を着た幼い顔の女性型デジモン、座天使オファニモンに天界から追放されたいわゆる堕天使、チョ・ハッカイモン。もう慣れたので驚きはしないがこの姿を決めたのはオファニモンだという、センスを疑わざるを得ない。

 

「チョ・ハッカイモン、私が言いたいことわかりますよね?」

 

「……はーい」

 

「後で校長室に来てくださいね、一人で」

 

何度説法をしても絶対にどこかしら抜ける、あの慈悲深いことで有名なオファニモンが匙を投げることになった理由はわからないができない子ほど可愛いで解決できない時がある。私も一度だけ怒りそうになってしまったことがあった。

 

「私はデジウナギ重を」

 

「えー、肉でしょ肉。脂にとにとの角煮にネギタップリかけた角煮丼と、オプションの温泉卵のセットが今日の私の一押しだよー?」

 

喉元過ぎれば熱さを忘れるにもほどがあるスピード、チョ・ハッカイモンはいつも悪い意味で疾走感に溢れている。

 

「それもいいんですけど、太るので」

 

「胸がか」

 

マーメイモンの言葉にチョ・ハッカイモンの目がカッと見開かれる。一瞬前の笑顔は完全に影を潜め、空腹時のような怒りをあらわにしている。何故か肉以外をマーメイモンが頼むと毎度こうなる、理由はわからない。師匠として弟子の悩みは理解して解決へと導かなくてはいけないのに、歯がゆい。

 

「お腹も」

 

「胸もか」

 

「まるで寸胴のように痩せているチョ・ハッカイモンが羨ましい」

 

「嫌味だな、嫌味なんだな」

 

「落ち着きなさいチョ・ハッカイモン」

 

「たゆんとした脂身の塊をお持ちのお師匠様に目玉焼き程度の私の何がわかるんだー!」

 

チョ・ハッカイモンはそんなことを食堂中に聞こえるように叫んで厨房に引っ込んでいった。いつものことながら何故かその後は食堂にいるデジモン達の視線が私の胸に集中する

 

「あの子にも困ったものですね……」

 

「はい、煽ると素直に乗って来るのでとても楽しいです」

 

何か会話が噛み合っていないような気がするがマーメイモンは楽しそうだ、無表情だけど。声のトーンがほんの少し高くなっている。

 

「そういじめてやらんでくれ、俺のところにその分の負担が来るんだからよ」

 

首をごりごりと鳴らしながらゴクウモンがやって来てマーメイモンの頭を軽くはたく。チョ・ハッカイモンのストレス発散は食べるか誰かを殴るか、とてもよろしく無いことなのだが毎度毎度それの相手をするのはゴクウモンだ。一番強いというのもあるし、かなり仲がいい。二人とも良く食べる同士だからかもしれない。

 

「おーい、ハッカイさんよー!今日のオススメ頼むわー!!脂ぎっとぎとの角煮、美味くつくってくれよー!!」

 

にとにとだっ!とよくわからないところに怒りつつ上機嫌そうなチョ・ハッカイモンの声がしてゴクウモンはふぅっとため息をつく。

 

チョ・ハッカイモンは色々な面で認めて欲しいだけだったりするようだ、私は立場上認められないことが多いがゴクウモンにはそのしがらみがない、脂ねちゃねちゃの角煮を食べることもできる。

 

「チョ・ハッカイモンの勧めて来るのは脂ギッシュなものばかりですから毎日食べてたら太りますよ?」

 

「でもハッカイさんのオススメ、今まで一度も外れたこと無いんだよ、マジでさ」

 

それに俺は基本動きっぱなしだからなとゴクウモンは言う。野生化で生きて行くことを決める生徒は少なくはなくて、そういう生徒は皆ゴクウモンの授業を受ける。実戦の実践教育に野生化を諦めるものも少数いたりする、それぐらい激しい授業をしているのだ。

 

私としてはあまりお勧めしていないが生きることからも離れようと思う生徒は基本いない、生きて行く上では最低限の強さというものは必要になってくる。

 

「サゴモンはどうしました?」

 

サゴモンも授業が終わってそろそろ夕食を取っているはずだ。

 

「あいつは先に風呂に行くって言ってました」

 

そのゴクウモンの言葉を聞いてマーメイモンが微妙な沈黙を作り、そして意を決した様に口を開く。

 

「……実は女性格のデジモン達からのぞ……」

 

「あー!風呂ってさっぱりしますよねー!!」

 

マーメイモンの言葉を遮る様にサゴモンが現れてマーメイモンの口を塞ぐ。マーメイモンが何か言おうとしていた様だがサゴモンが耳元で何か言うと黙った。

 

「というわけでハッカイ!なんかさっぱりした魚介系頼むわ!」

 

「……サゴモン、お風呂に入った後だというのに妙に汗をかいているのですね?」

 

「早く飯食いたくて走って来ましたからね。先に飯にすればよかったかもしれません」

 

まぁそういうこともあるかと納得する。疲れていると思考力は鈍るものだ。

 

「ところで、チョ・ハッカイモンも一緒に食べませんか?たまには正職員五人で夕食というのもいいでしょう」

 

マーメイモンが言う、なんとなくマーメイモンの性格から考えると意外だがしかし、ベビーシッターをしていたりマーメイモンもそっちが本質と言えば本質なのかもしれない。やはり少しおかしく感じるが。

 

「……笑わないで下さい、ただ好きな相手の真似をしているだけです」

 

そう言いながら出されたうな重を取って近くのテーブルに腰掛け、私も精進定食を持って向かいに座る。

 

「へー、そんな相手がいんのか、けっこう堅物だと思ってたんだけどなぁ」

 

今度はゴクウモンが言われた通り脂身だらけの角煮丼と温泉卵の小鉢を持ってくる。

 

「私だってそういうことぐらいはあります。まぁゴクウモンじゃないのでご安心下さい」

 

あー残念だなーとゴクウモンが心にも思っていなさそうに笑う。

 

「じゃあまさか俺……」

 

「すみません、それはなんのジョークですか?とりあえず全員分のお茶取って来て下さいエロガッパ」

 

エロガッパじゃねーしと叫びながら従順に素早くサゴモンはお茶汲みに行く。何か弱みでも掴んでいるのだろうかとも思ったが仮にも私の弟子であるのだから大した弱みでは無いだろう。

 

「ふっふっふ、でー、マーメイモンはその相手とはどこまで行ったの?付き合ってるの?きっかけは胸?その胸を存分に使ったのかーッ!?」

 

途中自分で胸という単語を出してから暴れそうなチョ・ハッカイモンが器用にゴクウモンの倍ぐらい盛られた角煮丼を持ってくる。温泉卵も小鉢じゃなくてお茶碗に三個入れてある。

 

「とりあえず食べましょう。今日は貰い物のジュースもありますし」

 

そう言ってマーメイモンはジュースの瓶を取り出す。一人で飲むには多い、子供達に上げるには少ない、二人で飲むには少し多い。五人で飲むならちょうどいい。

 

マーメイモンがサゴモンにコップを取りに行かせ、そこにジュースをついで行く。

 

「サンゾモン校長、音頭を取って下さい」

 

マーメイモンが言うと三人の目も私を向く。説法は慣れているが音頭を取るのはあまり慣れていない、でもここではきっちりしなくてもいいのだろう。心に余裕を持って始めて教えも意味を成すものだ。

 

「では……この学校もお陰様で経営を立て直し、卒業生達も各地で元気にやっているという報告が多数寄せられ、私達もこれからますます励んで行かなくてはいけないわけです。そのためにも心に余裕を持ちましょう、乾杯」

 

乾杯。四人の声がしてグラスがぶつかり合ってチンッと音を立てる。一口で飲み干すものもいれば乾杯したのに口をまだつけないものもいる。

 

そんな四人を見ながら私はゆっくり口を付けジュースを口に流す。

 

濃厚な甘酸っぱさと香りが口の中に花開く様に広がり、飲み込むと爽やかな香りと後味を残して消えていく、至極さっぱりとしたジュース。ただ果実を絞っただけの汁とは信じ難いぐらいに美味しい。

 

ふと顔をジュースから皆に向けるとそれぞれ好き勝手に騒いだり一心不乱に食べていたり、とても余韻に浸れそうには無い。でもこれでいい、私は今この空気に浸れているのだ。


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