デジタルワールドの美味しい物語。   作:へりこにあん

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パーフェクトなラーメンの物語。

たまには他人と食べる飯も悪くない、そんな理由で拾ったはずだった。すぐ近くの町にでも引き渡せば面倒見てくれるだろう、そんな軽い気持ちでいた。

 

「ベルゼブモン、おなかすいたー。」

 

確かに嫌なしょっぱさを味わったりもしたがそれでもリアルワールド式の味付けのサンドイッチをうまそうに隣で食べられて自分の持ってる普通のサンドイッチまで普段よりうまそうに見えるという効果を上げ一応成功はしたと思った。しかし流石にこうべたべたと懐かれるとうっとおしい。

 

そう思ってつい昨日寄った街を後にする時に誰かダルクモンを引き取ってくれる奴がいないか探してみたが誰も引き取ってはくれなかった。よく考えれば当たり前だ、暴食の魔王が連れている天使だなんて怪しすぎるしそれに世話が必要な成熟期というのも訳が分からないだろう。

 

一体どうしたらこいつは俺のところからいなくなってくれるのだろうか。

 

「ベルゼブモーン?」

 

ダルクモンは俺の尻尾をこねくり回して引っ張って反応を求めてくる。尻尾は結構繊細で痛覚とかも少なくないんだがこいつは何度言っても尻尾を弄る。

 

「尻尾を弄るのやめろ。バイクの操作ができなくなっても知らないぞ。」

 

俺の愛車ベヒーモスは並のデジモンには乗りこなすことなど不可能で弱い乗り手ならその意識を取り込んでしまう化け物、俺と同じように孤独なところが気に入って乗っているが未だに時々俺をも振り落とそうとして来る。そんな時には尻尾でバランスを微調整する必要があったりするのにダルクモンが弄ってるとそれができない。

 

「でもそしたらぼく普通に落ちちゃうもん。背中に抱き着いちゃダメだっていうしー。」

 

こいつは頭の中が成長期程度で止まっているらしい。しりから生えているから尻尾なんだ、背中にべったり引っ付かれていたら結局まともに尻尾を使えない。それに奥の手が使えなくなってしまう。

 

「当たり前だ。」

 

「ところでベルゼブモン、おなかすいたー。」

 

また戻った。こんなのを何体も何体も世話していたと思うとあのエンジェウーモンはなかなか尊敬に値する奴なのかもしれない。

 

「・・・そろそろ町だから少し待て。」

 

町に行ったらとりあえず飯屋に入ろう。ダルクモンを拾う前の前の町で手に入れたグリーンマカライトの鉱石の残りを金に換えれば飯代とダルクモンの当分の生活資金ぐらいはまかなえるだろう。

 

「むー・・・」

 

ダルクモンが尻尾の先をぐりぐりし出すが無視する。本音を言うと少し痛いのだが魔王が天使に遊ばれているだけで十分おかしいのにこれ以上不名誉な姿は見せられない。

 

何かが変わったな。町を一見して前に来た時と何かが違うことに気が付いた。

 

数年前よりも町にも人にも活気がある様だ。静かで少し寒い風が吹く中で綺麗な夜空を見ながら食べる細い麺の入ったスープがうまかった記憶があるのだが街灯が立ち並び建物も高くなった。空も狭くなったし風もうまく通るか怪しい。

 

まぁこの程度は旅しているとよくあること、気にかけることすら馬鹿らしい。

 

「ベルゼブモン、どこでご飯にするのー?」

 

俺が引くベヒーモスの上に座ってダルクモンは無邪気に尋ねてくる。前の町の時に注意したのになんでこいつは聞いてくれないのだろう。そんなに難しいことを言っただろうか?面倒事にならないようにベルゼブモンと呼ぶなとだけのことなのに。

 

「・・・あぁ頭痛くなってくる。」

 

「ベルゼブモン頭痛いのー?」

 

こっちの気持ちも知らないで仮面の上から俺の頭を心配そうに撫でてくる。とっとと誰か引き取ってくれればいいのに。

 

換金した金は思ったよりも高値だったものの物価がそれ以上に上がってしまっている。とりあえず間違いなさそうな定食屋に入ってみる。

 

魔王ということがダルクモンのせいでばれてしまっているからか妙に接客がいい。ただビビられながら食べるのはあまり趣味じゃない。

 

「ベルゼブモン。何食べてもいいの?」

 

「あぁ。」

 

面倒だから放っておいてメニューにさっと目を走らせる。値段はこの町にしては安い方だ、十分手持ちでまかなえる。

 

俺は生地で肉を包んだものが入っているスープを頼む。スイギョウザと言うらしい。ダルクモンもいろいろ迷った挙句俺と同じのを頼んだ。一緒に何かしたいという意識が強いのは天使デジモンの特徴だ。そうしておせっかいをして無駄に頑張って死ぬ。

 

すぐに運ばれてきたのだがすこし残念だった。すぐに提供できるのを目指したためなのかよくわからないがこの生地で肉を包んだものをスープに入れたまま煮込んだらしく生地の弾力が失われてしまっていて中身の餡が美味いのに食感が悲しい。それでもまずくはないのだが美味しいかどうかと言えば美味しくないということになる。

 

目の前のダルクモンは素直ゆえにこういう時にめんどくさい。

 

「ベルゼブモン。べちゃべちゃだけどあんは美味しいね。オリーブオイルかけたら美味しいかも。」

 

こうやって言いにくいことまでバッチリ言ってしまう、一緒にいるのが魔王じゃなかったら店の外に放り出されても仕方ないような面倒な素直さだ。

 

「・・・そうだな。スープもうまいけど確かに生地は残念だ。オリーブオイルはやめておけ。」

 

どうせ魔王だとばれてしまっているわけだしもうどう転んでもいいだろう。

 

だがこれでも暴食の名を持っているので全部完食しダルクモンにも完食させてすぐに店を後にした。

 

「これからどこ行くのー?」

 

相変わらずベヒーモスの上に座るだけで歩こうとしないダルクモンがついにベヒーモスの上からベヒーモスを押す俺に器用にもたれかかってきた。絶対その体勢の方が辛いだろうにそんなにくっついていたいのか

 

「俺の昔のなじみだ。だいたいこの町の近くにいる。」

 

ダルクモンをどうやったら引き取ってもらえるか、考えてみれば簡単なことだ。

 

引き渡してくるのが魔王じゃなくて聖騎士だったとしたらどうだろう?怪しい奴から可哀想な子になり保護欲をかきたてられるようになるだろう。それも世界最高のセキュリティ期間ロイヤルナイツの一員で災厄を体の中に封印し続ける紅蓮の騎士が預かって欲しいと頼んだら快く受け入れてくれる筈だ。

 

「なじみってー?」

 

とうとうベヒーモスから降りて背中に抱き着くような形になったダルクモンが耳元で聞いてくる。まだベヒーモスに乗っててくれた方が楽だった。魔王である俺にとって大した重量ではないがそれでも筋肉は凝ったり張ったりして疲れる。

 

「知り合いってことだ。乗るならベヒーモスに乗れ、乗らないなら歩け。」

 

「やだ。ベルゼブモンあったかくて落ち着くもん。」

 

あったかい。暴食の魔王、この世界を呪うことを宿命づけられた俺に対してあったかいという言葉は絶対に違う。それが体温のことを表していたとしても冷酷で残虐であるはずの俺には似合わない言葉だ。

 

しかしダルクモンを力づくで引っぺがしてもすぐにまた引っ付いてくるだろう、俺に諦めさせる方法は無いので俺が折れることにする。

 

そんなこんなで町を少し離れて小さな教会へ向かう。小さい教会ではあるがそれに似合わない巨大なエネルギーが俺に向けて重圧を放ってきている。俺はそれに今日は喧嘩をしに来たわけじゃないことを伝えるためにちょっと苦しいが体が反射的に放出しているエネルギーを抑える。

 

「っ・・・!?」

 

ダルクモンが一瞬苦しそうにしたのですぐに元に戻したがこちらの意図に気づいたらしく溢れだしていた敵意が引き教会の扉が静かに開いた。

 

「どうしたベルゼブモン、喧嘩以外の目的で来るなんて珍s・・・」

 

教会の中から出てきた紅蓮の騎士、デュークモンは本来俺の天敵、邪悪の頂点の俺と神聖の頂点のデュークモンは真逆の存在だがこいつは昔からのなじみのせいか何故か俺に馴れ馴れしい。

 

「・・・そうか、今日は喧嘩では無くて戦争だったか。ならば今日の俺・・・いや、我はロイヤルナイツとして責務を果たし魔王ベルゼブモンの首を討ち取ろう。」

 

デュークモンは威厳を保つためキャラを作っている奴なのは知っていたが俺の前では昔通りのフレンドリーなバカだった筈だ。ロイヤルナイツとしてのキャラで殺気を放ってきたことなんて数えるほどしかない。

 

「どうしてそうなった。今日は喧嘩も戦争もする気なんてねぇよ。」

 

「ならばその背中に抱き着いているダルクモンはなんだ。モテない我に対する皮肉だろう!スレイプモンといいお前といい・・・リア充なんて、リア充なんて・・・ファイナルエリシオン!!」

 

半ば呆れている俺にデュークモンは構えた聖盾イージスの中央から純白の光を放った。その威力のすさまじさはおそらく誰よりもこいつと戦ってきた俺が一番わかっている。正面から受けると俺でも腕の一本消し飛ぶのは覚悟しなければいけない。

 

「獸王拳ッ!!」

 

ベヒーモスから右手を離し纏った獅子の形をしたエネルギーを撃ち出す。俺の種族が本来持っている技でもないし咄嗟のことなので相殺なんてことはできない。少しでも着弾までに隙を作るためにやった。

 

その時間を使ってベヒーモスは自力で逃げ出し俺はダルクモンを背中から前に抱えると奥の手を使った。背中からぐちゅりと生える一対の黒い翼。それを使って宙に逃げる。

 

「ベ、ベルゼブモン?」

 

お姫様抱っことか言うのをすることになってしまったが何とか避けることに成功した。俺だけならあそこから受け止めることも不可能じゃなかったがダルクモンが余波でダメージを喰らう可能性があった。

 

「・・・デュークモン。本当にどういうつもりだ?」

 

流石に急に殺しに来られたら怒りもする。決してダルクモンを巻き込みそうだったから怒ったわけではない。

 

「だって・・・俺もう数百年生きてんのに一度も彼女なんてできたことないしバレンタインにチョコももらえないし・・・」

 

うなだれて槍を地面に突き刺すデュークモン。どうやらこいつには俺とダルクモンは付き合っているように見えるらしい。そういえばこいつは頭の中は幼年期でも見た目は成熟期、知らなければそう見えても仕方ないか。

 

「こいつは事情があって預かってるだけだ。ちょっと前までは幼年期だったし俺の好みじゃない。」

 

そもそもデジモンに性別は無い。人間達から持ち込まれた恋愛という概念は知識として知っているものの俺はしたことはない。だからそもそも自分の好みもわからない、一人の方がよっぽど楽だし。

 

「幼年期から自分好みに育て上げている途中だと・・・?」

 

「違う。」

 

昔から思い込みの激しい性格なのは知っていた。俺のことを優しいと表現する数少ない奴の一人なぐらいだからこいつは相当変だ。

 

「とにかく幼な妻か・・・くそ、羨ましい。」

 

「俺はこいつのことを何とも思ってない。もちろん好きでもない、養うのにも金が要るし俺が魔王だということを街中で平気でばらす面倒な奴だ。」

 

そうかとデュークモンが納得しかけた時にダルクモンが余計なことをし出した。

 

「ベルゼブモン、ぼくのこと嫌いなの?僕はベルゼブモンのこと好きだよ?」

 

そう言って俺の首に抱きついて頬ずりをしてきてしまった。

 

「よろしい、ならば戦争だ・・・」

 

デュークモンの槍の先が青白い光を纏いだす。デュークモンの持つもう一つの技、ロイヤルセイバーの前兆だ。

 

「落ち着け、ガキが保護者を好くことぐらい変なことじゃないだろ。」

 

「幼な妻でピュアでぼくっ娘それだけの逸材を一体どうやって・・・ッ」

 

俺にはよくわからない言葉で褒められているダルクモンは頬ずりを続けている。流石に長時間はうざったらしいので地上に下ろしてもう一度飛びあがる。

 

「知り合いがこいつのいた村を滅ぼしてスープを飲めなくなった。それでそいつをぶっ倒したらこいつのことをエンジェウーモンに任され、面倒だったから知り合いの力をこいつに注いで進化させた。」

 

「・・・OK、流石に冷静になった。すでに公認ということは俺は結婚式の仲人でもやればいいのか?」

 

「違う。」

 

「ベルゼブモン、ぼくお嫁さんやってみたい!」

 

デュークモンの盛大な勘違いにダルクモンが乗ってしまって飛びあがって俺の首にまたぶら下がる。

 

「ピュアな上に可愛すぎるだろ。もう精神だけでロリと言えるレベルだぞこれ。ロリコンめ、さすがにファンに愛想尽かされることになるぞ。」

 

また憎々しげな様子なデュークモンがまたよくわからない言葉で俺のことを罵倒してくる。

 

「俺にファンなんていないだろ。」

 

そう言ったのは面倒だったからだったがどうやら失言だということがデュークモンの表情から容易に分かった。

 

「お前のその悪ぶってていながらところどころで見せてくる優しさにファンになるデジモンがどれだけいると思ってるんだ。俺のファンはだいたい戦闘馬鹿かいきすぎたイグドラシル崇拝者しかいないんだぞ?その点お前は・・・お前は・・・女性型デジモンにもいっぱいファンがいて中には俺のところにお前宛のラヴレターを渡してくれと頼みに来るものまで・・・まぁだいたいこっそりファイナルエリシオンで処分しているが・・・」

 

一応愛情は尊ばれる感情だった筈だ。それを踏みにじる奴が聖騎士な世界はろくな世界じゃない。寄ってこの世界はろくな世界じゃない。

 

「それに最近はスレイプモンの奴までもが彼女作りやがって・・・俺達ロイヤルナイツの鉄の盟約を奴だけは破るまいと思っていたのにまさか四大竜が一体ホーリードラモンとこっそりと密会を続けて盟約を破ることになるとは思っていなかった・・・」

 

思いっきり拳を握り熱弁するデュークモンを俺は冷めた目で見つめダルクモンは不思議そうに見る。教育上のことを考えると見せないようにした方がいいのだろうか?

 

「魔王の俺が心配するのも変ですがロイヤルナイツって大丈夫なのか?」

 

こいつらは一体どんな盟約を結んでいるのか。

 

「お前が気にするな・・・で、式はどこで上げるつもりなんだ?」

 

「お前はいい加減それから離れろ。」

 

それから小一時間ほどかけてデュークモンに事情を全部説明し終るとデュークモンは承諾してくれた。

 

「約束だからな!俺に彼女ができるまでお前も彼女作んないって!!それがダルクモン引き受ける条件だからな!!」

 

「わかったわかった。」

 

元々恋愛に興味なんてない。色々面倒なだけだ。

 

「できればかわいい子の紹介もしてくれると・・・」

 

「ダルクモン口説けば・・・いや、やっぱりそれは駄目だな。」

 

デュークモンは悪いやつじゃない、お人好しで俺のことを優しいと表現する馬鹿野郎だ。だがダルクモンを任せられない、魔王の俺がエンジェウーモンに罪悪感を抱くはめになる。

 

「・・・そういえばダルクモンと会う二つ前に行った街で騎士の募集をしているというバステモンがいたな。」

 

バステモンは獣人型だが美形には違いない。きっとこの変態なら食いつくだろう。

 

「それならエグザモンが行って撃沈した。大きすぎて駄目なんだとさ、力がありすぎるのも問題だな、それに俺ケモミミ属性はないんだ。」

 

エグザモンは島かと見紛うほどの巨体を持ち、ロイヤルナイツでも別格のサイズ。俺がバステモンの立場なら連れ歩きたくはない。力量の差が大きいとかではないと思う。

 

「オリンポスのディアナモンがこの前・・・」

 

「あの人は先週アポロモンと付き合いだしたよ!告白の言葉は俺が君を照らすから君も光ってくれだってさ!!」

 

「ガキがいいんだったらオリンポスの・・・」

 

「ミネルヴァモンは最近アルフォースブイドラモンといい感じだよ!!頭の中ガキだからか話が合うんだってよ!!」

 

・・・駄目だ、どうしようもない。

 

「・・・」

 

デュークモンがダルクモンをじっと見つめる。俺にとって最悪の方向に話を進める気らしい。

 

「・・・ダルクモン、さん?」

 

「なーに?」

 

「よかったら俺と一緒に・・・」

 

「何かやるならぼくはベルゼブモンと一緒がいい!」

 

まぁこうなるとは思っていた。ガキは保護者になつき、甘えて反抗期を経て独り立ちする。ここにいたのが誰でも同じようにダルクモンはしただろう。

 

「・・・おい、睨むなよ。リリスモンのばあ・・・姐さん紹介してやるから。」

 

「いや、リリスモンのばあ・・・姐さんはコロコロ男殺すじゃないか。俺まだ死にたくないんだけど。」

 

「大丈夫だ。ばあ・・・姐さんは癇癪持ちなだけで本気で殺そうとしてないからただの完全体究極体ならいざ知らず、ロイヤルナイツのお前なら耐えきれる。」

 

「あのばあ・・・姐さんの腐蝕はイージスでも耐えられるか怪しいんだけど。結婚がリアル人生の墓場っぽいんですけど。」

 

こうなると俺に紹介できる女性格のデジモンはいない。自慢ではないが知られはするものの俺が知るデジモンは少ない、知り合いはより少ない。

 

「・・・ならもう無理だ。」

 

「じゃあこの話は無かったことにしてくれ。ダルクモンはお前が一生世話してろ!そうすれば子持ちになったお前は人気大暴落だしな。バーカバーカ!」

 

デュークモンは俺にべたべたくっつくダルクモンを羨ましそうに見ながら涙を流して笑い出した。俺自体は恋愛に興味はないが恋愛ができなくなるのがそんなに面白いのだろうかこの聖騎士は。

 

「ねぇねぇベルゼブモン。なんか町の方が騒がしいよ?」

 

ダルクモンが俺の翼の付け根を触る手を止めて話しかけてきた。確かにさっきまでとなんだか違う雰囲気があるし俺やデュークモンの物とは比べるべくもないが殺気が放たれているのも感じる。

 

「少し出て来ねばならないようだ。」

 

立ち上がり槍を構えたデュークモンの表情はさっきまでとはまるで違う。ロイヤルナイツとして聖騎士として魔王の宿敵として相応しい凛々しく神々しいものだった。

 

ダルクモンですら少し緊張したような表情になる。俺はそんな必要は無いとダルクモンの頭を軽く撫でて翼を収めて立ち上がった。

 

「俺も行く。この前来た時に美味い店を見つけてたのを思い出した。確かお前が紹介してくれた店だっただろ、ついでに案内しろ。」

 

素直じゃないなと呟いたデュークモンの頭を軽く小突いてベヒーモスに跨った。すると当たり前のようにダルクモンが後ろに乗った。

 

どうせ聞かないだろうと思ったので一緒に連れて行くことにした。デュークモンにはもしかしたら何か危険があるのかもしれないが俺達はただ美味い店を紹介してもらうだけ、できればその店でダルクモンの世話もしてくれると嬉しいがとりあえずダルクモンを連れてく不都合はない。

 

町のデジモンを引かない程度の速度でベヒーモスを走らせる。デュークモンは翼も無いのに何故か飛べるので気にすることはない、多分マントに何かあるのだろう。一度マントを爪で裂いたら飛べなくなったことがある。あの時の喧嘩は俺の勝ちだった。

 

 

 

 

 

愚かな奴だな。状況を一目で把握して俺はそう思った。

 

「それ以上近づくんじゃねぇ!!こいつを殺すぞ!!」

 

確かサゴモンとかいう種族のデジモン、幼年期のピチモンとかいうデジモンの首根っこを掴んで周りに怒鳴り散らしている。完全体だった筈だから軽く力を入れられれば簡単にピチモンは殺されてしまう。

 

そんなことは俺には関係ない。ただ店を紹介してもらうためにここにいる。強盗を止める為じゃない。

 

「我が名はデュークモン!サゴモン!ピチモンを解放し武器を捨て投降しろ!!」

 

デュークモンが野次馬連中を押しのけて一歩前に出る。いかにもロイヤルナイツな風格でさっきまでのデュークモンとは一切重ならない。

 

「うるせぇっ!俺はシャウジンモンだ!!とっとと下がりやがれ!!いくらロイヤルナイツでもこれだけ距離離れてたら俺が殺す方が早いぞ!!」

 

「ぐぅっ・・・」

 

だがロイヤルナイツだからこそデュークモンは手を出せない、ピチモンの命を優先しなければいけない立場にある。だから組織には属したくない、この意見を表に出しづらくなる。

 

さて、最終的にはデュークモンが勝つのはわかっている。ピチモンを殺さない限りデュークモンは手を出さないが気づかれないように追いかけ続け、殺したらすぐに行動に出るに決まっている。

 

とりあえず待っててやるか。そう思っているとダルクモンが俺の袖を小さくつかんで引っ張ってきた。

 

こんな状況でも甘えるのかと思って振り向くとそこには顔を真っ青にしたダルクモンがいた。

 

「ベルゼブモン、ダメ。死んじゃう、逃げよう?」

 

俺が黙って首を振るとダルクモンは俺の何倍も激しく首を横に振った。

 

「ベルゼブモン。エンジェウーモンの時と同じだもん、プニモンが捕まってエンジェウーモンもピッドモンも攻撃できなくて・・・」

 

そういえば人格は育っていなくても知能自体は上がっている。あの時はよくわかっていなかったことも今はわかっているのだろう。それで、今の状況があの時に似ていると、だから逃げようと言っているわけだ。

 

全くもって俺にはどうでもいい。俺はダルクモンの手を引っぺがして頭を軽く小突いてベヒーモスから降りた。

 

「おい。迷惑だ、そういうことは余所でやれ。」

 

人ごみを掻き分け、デュークモンを後ろに追いやって俺は先頭に立つ。

 

「てめぇなんなんだ!!」

 

「暴食の魔王、ベルゼブモン。」

 

シャウジンモンに俺は丁寧に答えてやる。俺の顔は他の魔王に比べると好き勝手やっているから知名度に大きな地域差がある。それでもかなりの知名度を誇るしここはデュークモンと意味も無く喧嘩することもあって名前を言われれば気づかれる程には知られている筈なのだがシャウジンモンは軽く笑い飛ばした。

 

「お前がベルゼブモンなわけねぇだろ!デュークモンと犬猿の中で周囲に近づくデジモンは全部喰らい尽くすって聞いたぜ!?」

 

「仲は悪くない。デュークモンが彼女募集中なのを知ってるぐらいには仲がいい。」

 

俺が適当に返すと野次馬のデジモン達から逃げ出すデジモン達が現れた。半信半疑な奴や怖いもの見たさ、後デュークモンの衝撃情報を確かめたいやつらは残ったが半分近くは逃げ出した。

 

「ベルゼブモンの名前出せば諦めるとでも思ったのかよ!!馬鹿が!!本物だってならデュークモンの顔面殴ってみろよぉ!!」

 

ちらりと後ろを見るとダルクモンは口をパクパクさせながら震えていた。心配なわけじゃないがあのダルクモンと一緒に食う飯が美味いわけがないしデュークモンがいないと美味い店がどこにあるのかわからない。

 

――バンッ

 

俺の撃った銃弾がシャウジンモンの頬を掠めて壁に突き刺さる。思ったよりも小物だ、反応すらできていない。デュークモンが槍で突きに行ったとしても多分反応できないだろう。

 

「お前、勘違いしてないか?」

 

「て、てめぇ!!次やったらコイツ殺すぞ!!銃下ろしやがれ!!!」

 

シャウジンモンが何とも形容しがたい微妙な武器を振り回しながらピチモンを掲げた。ピチモンが小さくか細い声で助けてと言って涙を流しているのが確認できた。デュークモンが場合によってはお前を攻撃するぞと目で語ってきたが無視した。

 

「俺は迷惑だと言っただけでそいつを助けたいとは言ってない。俺の連れが怯えてまともに飯を食べられない、騒がしいとこでの飯はあまり好きじゃない。だから静かにしろ。」

 

シャウジンモンはダルクモンみたいに口をパクパクさせて何もできなくて固まっていた。相変わらずデュークモンはこっちにプレッシャーをかけていたがやっぱり無視した。

 

「お前がそいつを殺すより前にお前を殺すのは簡単だ、デュークモンも仕方なかったと言うだろ。俺は静かになり怯える必要のない町で連れと美味い飯を食べられる。これは最後のチャンスだ。三秒以内に投降しろ。」

 

結果としては三秒もいらなかった。シャウジンモンはすぐさま武器を捨てて平伏して震えだした。野次馬共がいろいろ騒ぎ立てたが俺は静かにしろと言ったと言うと静かになった。

 

「おいダルクモン。もう大丈夫だ、怯えるな。」

 

ポンポンとダルクモンの頭を叩いてやるとブワッと泣いて抱きつきだした。俺は抱きつかれたままベヒーモスに跨り、デュークモンに合図した。

 

「少し待っていろ。我はこのシャウジンモンが逃げられないようクロンデジゾイト製の手錠と足枷をはめてくる。三分で戻る。」

 

デュークモンはシャウジンモンを抱えてふわりと飛びあがってこっちを軽く見下ろしながらそう言った。

 

「二分だ。お前の仕事を簡単にしてやったんだからもう少し頑張れ。」

 

ダルクモンはずっとぐすぐす言っている。鼻水とかついたかもしれないがまぁいい、飯さえうまく食えればいい。デュークモンが飛び去るとおもむろに距離が取られるようになった。俺は魔王だから避けられて当たり前、むしろそうやって避けて欲しいぐらいだ。

 

そうしているとふと気づいた。どうしていいのかわからないようで呆然としたピチモンに誰も寄って行かない、それどころかほとんど見もしない。デジモンは生殖行為を行わないから誰の子供でもない、エンジェウーモンみたいな物好きがまとめて町単位村単位で育てることが多い。一匹だけで周りに物好きっぽいのもいないということは風にでも流されてきてしまった迷子だろう。

 

俺はダルクモンの頭をもう一回ぽんと叩いてピチモンの方に歩いていった。

 

「おい、偶然とはいえ助けてやったんだ。もう少し嬉しそうにしろ。」

 

「ご、ごめんなさい・・・」

 

ピチモンは俺に怯えていて視線がきょろきょろと動く。まぁ俺は魔王だからこんなもんだ。

 

「嬉しそうじゃないお前の顔が飯食ってる時にチラついたら飯がまずくなる。来い。」

 

ピチモンの顔が驚きの表情に染まって言われるがままに俺の肩に乗ってくる。

 

そこにちょうどデュークモンがやってきて俺が店の特徴を言うとあの店なら場所を変えたんだと言ってそこそこの高さの建物の最上階に連れて行かれた。ベヒーモスはデュークモンに持たせて上がってみると昔見たままの屋台の店が屋上にあった。空が綺麗に見える場所で少し風が心地よく、下の騒がしさも届いてはこない。

 

「前来た筈だが覚えてるか?」

 

デジタマモンに呼びかけるとデジタマモンはこくりと頷いてご注文は?と聞いてきた。

 

「ちなみに俺のお勧めは醤油ラーメンだ。」

 

そう言ったデュークモンが醤油一つと言うとデジタマモンはへいと言ってラーメンとかいう細めんの入ったスープを作り出した。

 

「前に俺が食べたのがどれかわかればそれを頼む。」

 

俺は前に喰った時の記憶よりも美味いとは限らないとも思ったがなんとなくだけれど今喰った方が上手いに違いないという変な確信があった。

 

「塩ですね。」

 

「あれは美味かった。ダルクモンとピチモンにも同じのを頼む。」

 

「美食の魔王様にそう言われると光栄です。」

 

「俺は暴食の魔王だ。」

 

コイツもシャウジンモンみたいなやつなのだろうか。来たことを覚えているのに種族が覚えられていないというのはあまり気分のいいものではない。

 

「すみません、我々食品業界での通り名なんです。ベルゼブモン様が美味いと言った店は潰れることはないと言われているのです。」

 

デュークモンが少し気まずそうだったが気にしない。完全に立ち直り楽しみにしているダルクモンと控えめに嬉しそうなピチモンはきっと美味そうに食べる、うまそうに食っている奴がいると自分の分までより美味そうに見えてくるから不思議だ。

 

「まずデュークモン様、そしてベルゼブモン様です。」

 

ラーメンが二つ目の前に出される。記憶と寸分違わない美味そうな出来だ。

 

「その塩はピチモンに先にやってくれ。」

 

「へい。」

 

「次はダルクモン、俺の分は最後でいい。」

 

ピチモンが遠慮がちにちらちら見てきた。ついでにデュークモンも。

 

「それは俺が美味く食べるためにお前に喰わせてる。俺のために喰え。」

 

デュークモンは無視した。仮にも世界最高のセキュリティー機関ロイヤルナイツの一員、世話してやる理由は無い。

 

「う、うん。」

 

最初はちびちびとだったが美味しかったみたいでピチモンは次第にがっつきだしていた。そのうちダルクモンがピチモンがあまりに美味しそうに食べるからデジタマモンがラーメンを作る様子をちらちらと見るようになって来た。

 

そのすぐ後デジタマモンが俺とダルクモンにもラーメンを出した。ピチモンが美味そうに食べていたからか最初に出されたのを見た時よりもより美味しそうに見えた。

 

あっさりしたスープと喉に吸い込まれていく細麺。頬を撫でるひんやり冷たい風と綺麗な星空のおかげもあってか疲れが癒され、自然に溶け込んでいくような気さえする。

 

「ベルゼブモン、美味しいね!」

 

そんな空気はダルクモンにあっけなく崩された。でもこいつが隣で笑ってるのも悪くない。

 

「そうだな。また喰いに来たいもんだ。」

 

「また来てください。」

 

「こっちも美味いぞ、ちょっとスープ飲み比べてみろよ。」

 

デュークモンがダルクモンにれんげという奇妙なスプーンにしょうゆベースのスープを入れて差し出した。

 

「おい、ダルクモンを餌付けるな。」

 

「お前が言うか美食の魔王様が。」

 

「ベルゼブモン、ケンカはダメだってぼくでも知ってるよ。」

 

「う、うん。」

 

「あっしとしても仲良く美味しく食べていただきたいです。」

 

これだけ大人数でもやっぱり美味いものは美味い。余計に美味い。


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