デジタルワールドの美味しい物語。   作:へりこにあん

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天使のスープの物語。

「落石から守ってくれてありがとう!」

 

見上げながらそう無邪気に言うキュピモンを見て違うと感じた。

 

俺は感謝されるようなデジモンじゃないし感謝なんてして欲しくない。確かに落石を蹴り砕いて助けたがそれは目の前で死なれると飯がまずくなるというだけの理由であって困ってるデジモンを見過ごせなかったとかそういうものではない。

 

俺はこの世界を呪うことを宿命づけられた存在である魔王に進化してしまった。究極体だから目の前にいる幼年期のキュピモンと違ってもう変わることはできない。

 

「・・・助けたのは気まぐれだ。一分経ったら今度は殺したくなるかもしれない、気が変わる前にとっととどこかに行け。」

 

キュピモンに背を向けて止めたバイクの近くにあった岩に座り昼食の準備に取り掛かる。

 

準備と言ってもパンと干し肉を取り出すだけだ。

 

しかし今日は少し違う。

 

この前ガソリンの補給で立ち寄った街でリアルワールドではなんにでもたっぷりつかうのだというオリーブオイルなるものを買った。

 

どうつかうかよくわからないのでとりあえずパンにかけてみた。たっぷりと言っていたのでヒタヒタするぐらいにかけた。

 

俺は暴食の魔王と言われているが食べられればなんでもいい訳ではない。

 

贅沢ではあるがぱさぱさした携帯食は不愉快になるだけだし干し肉もそのままじゃ食べれたもんじゃない。

 

いや、まだ干し肉はいい。野菜と一緒に煮込めば即席でしっかりとした味の付いたスープができる。

 

「・・・ほんとはそんなことしないでしょ?」

 

わざわざ俺の前に回り込んできたキュピモンがじっとこちらの目を見て聞いてくる。

 

「する。超する。もう視界に入っただけで撃つ。視界に入って無くても物音したら即ベレンヘーナ乱射。物音しなくても探し出して原型無くなるまで撃つ。」

 

俺はめんどくさいので顔をそむけて今日の昼食に齧り付きながら適当に答えた。

 

「そう、なの・・・?、えぐっ・・・」

 

・・・まずい、これは非常にまずい。キュピモンが隣で泣いてたら食欲半減というのもあるが単純にこれはまずい。

 

オリーブオイルがこんなものだとは思わなかった。それなりに値段が張ったのでリアルワールド式よりはかけていない筈だがまずい。

 

「・・・これくれてやるから泣くな。」

 

キュピモンの手にオリーブオイルのかかった何かと食べかけの干し肉を渡す。

 

「えぐっ・・・いいの?・・・ひぐっ。」

 

「泣かれると飯がまずくなる。」

 

キュピモンにあげるならば勿体なくは無い。堂々と新しいパンと新しい干し肉を取りだし今度は少量のオリーブオイルを干し肉にかける。

 

「うん。ありがとう・・・」

 

今度はうまい。値段を考えるといい買い物ではないなと思ったがたまの贅沢だ。いいだろう。

 

「おいしー!」

口の周りを油だらけにしながらキュピモンが歓声を上げた。

 

元がかなり固いパンだったからかなとも思ったが幼年期は大概なんでも美味いと言うものだということを思い出した。

 

しかしパンと干し肉を食べるとなかなか喉が渇く。確か近くに小川が流れていた筈だ。適当にろ過して煮沸して飲もう。

 

そう考えて立ち上がると隣でキュピモンが立ち上がった。

 

キュピモンがどこか遊びに行くのならこのままここに座って見えなくなるところまで行ったら立ち去って別のところで昼食にしよう。

 

そう考えて座るとキュピモンも座った。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

立ち上がる、キュピモンも同じように立ち上がる。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

座る、キュピモンも同じように座る。

 

立つ、キュピモンも立つ。

 

座る、キュピモンも座る。

 

立つ、立つ。座る、座る。立つ、立つ。座る、座る。立つ、立つ。座る、座る。立つ、立つ――

 

「・・・真似するな。」

 

いらだちを覚えながらキュピモンを三つの目で思いっきり睨みつける。

 

「何やってるのー?」

 

キュピモンは完全体でも震えあがるだろうに一切動じていない様子でこちらを無邪気に見つめていた。

 

しかたない。あまり気は進まないがキュピモンを家まで送っていった方がどうやら賢明な判断らしい。大体の幼年期デジモンは何かしら集団で成長期、成熟期になるまで面倒を見てもらえる。落石地帯にいた時点で迷子だろうことは明々白々だった。

 

「お前、家はどこだ?」

 

「もうないよー。」

 

キュピモンがフランスパンと悪戦苦闘しながら答える。オイルが染み込んでていも幼年期には固すぎたか。

 

「そうか・・・ん?」

 

おかしくないか?ないじゃなくてもうないって言わなかったか?

 

「なんで無くなったんだ?」

 

決して心配しているわけではない。飯までくれてやった以上安全なところまで見届けないとスッキリしないだけだ。

 

「なんかねー、あかいあくまさんがね、エンジェウーモンとかピッドモンとかみーんないしにかえてこわしちゃったのー。」

 

赤色の、デジモンを石に変える悪魔。一人心当たりがあった。

 

「・・・お前の家まで案内してくれるか?」

 

未だバケットと格闘中のキュピモンに聞くと口のまわりをオイルでベトベトにしながら頷いた。

 

「後、あれだ。お前が今まで家で食べた物の中で一番うまかったのなんだ?」

 

この質問に深い意図は無い。単純に助けた後でたかろうと思ったからである。

 

「ぼくはねー、エンジェウーモンのつくってくれるスープがすきなのー。」

 

スープ。どんなスープか知らないが今日は朝もサンドイッチだけだったことを考えるとどんなスープでもないよりはいいという気になってくる。

 

 

 

 

 

派手にやったな。

 

小さな村で起きてしまったその惨状を見て最初に思ったのは呆れだった。

 

俺はこの村のデジモンじゃないから悲しまないし怒らない。

 

下半身の砕けたエンジェウーモンの石像も、頭の砕けたピッドモンの石像も、生きたまま十字架に磔にされている幼年期、成長期のデジモン達も魔王たる俺にとっては趣味悪いな。手間もかかるだろうになんでわざわざこんなことを?ぐらいのものでしかない。

 

「おや?ベルゼブモン様じゃないですか?こんな辺境の地にどうしたんです?」

 

エンジェウーモンの石像に座りながら磔を眺めていた赤色の悪魔が俺に話しかけてきた。

 

「フェレスモン、お前がこれをやったんだな?」

 

肩に乗せたキュピモンを下ろしながら聞く。

 

「そうです。なかなかいいとは思いませんか?砕け散る天使と天使の守ったものを蹂躙する悪魔・・・私を含めて一つの芸術に昇華されるのです。」

 

なるほど、やはり悪趣味だということぐらいしかわからん。だが、とりあえず愉悦のためだと見て間違いないらしい。

 

「で、ベルゼブモン様は何故こんなところに?」

 

フェレスモンはキュピモンには気づかずに俺に問いかける。

 

「こいつから旨いスープを作るエンジェウーモンがいると聞いて来た。」

 

俺が指差すとフェレスモンは初めてキュピモンに気づいたらしい。

 

「それは申し訳ありません。エンジェウーモンはもうこのように・・・」

 

「フェレスモン。問題だ、俺、魔王ベルゼブモンは一体何を司る魔王だ?」

 

フェレスモンはそこで初めて自分が取り返しのつかないことをしたのだと気づいたようだ。

 

「ぼ、暴食・・・」

 

「正解。」

 

怯えた声で答えたフェレスモンにベレンヘーナの銃口を向ける。

 

「第二問、天使型のデジモンと仲良くツーリングする程楽しみにしていたスープが食べられないと知った時、その原因のデジモンを暴食の魔王はどうする?」

 

フェレスモンはひぃっと短い悲鳴を上げ、エンジェウーモンの石像から転げ落ちた。

 

「そ、それは・・・」

 

「それは?」

 

俺が一歩近づくとフェレスモンが一歩後ずさる。

 

「それはどうするんだ?」

 

「こ、殺すのではないかと・・・」

 

フェレスモンは怯えた演技をしながらもいつでも飛んで逃げられるように羽を使えるだけのスペースを確保している。

 

小賢しいという言葉はきっとこいつのためにあるのだろう。

 

銃口を突きつけたからといって撃つとは言っていない。上から爪で切り裂けばそれで終いだ。

 

「そこまでわかってるなら・・・」

 

――ダンッ

 

大きく一歩踏み出し威嚇で一度銃を撃った。今の反応を見たところ俺の敵にはなれないレベルだ。単純に弾丸一発で決まるかもしれない。

 

「次は外してやらないってk」

 

「だめー!」

 

俺は背中に柔らかいものがぶつかってきた理由がわからなかった。

 

お前の世界を壊したのはこいつだろ?恨んで憎んで呪って殺意を抱いて当たり前じゃないのか?

 

「いたいのはだめー!」

 

俺がキュピモンをつまみ上げると半分泣きかけながら喚き出された。

 

「・・・あいつのせいで俺はスープが食べられない。お前はエンジェウーモンやピッドモンにもう二度と会えない。」

 

魔王になって何十世紀か、俺は何度となく別れを経験した。魔王だというのに別れは一々辛くて悲しくて切なくていつからか定住するのをやめて一人で旅をするようになった。

 

「あんなやついない方がいいだろ?」

 

子供は単純だ。こういう風に言えば少し葛藤しながらも頷く。

 

「ううん。」

 

予想に反しキュピモンは首を横に振った。

 

「いたいのはベルゼブモンだからだめなの。」

 

やはり訳がわからない。銃の反動は確かにあるがたかが知れている。

 

「こころがね、ぎゅうっていたくなるからだめ。」

 

どうやら心を痛めてしまうからということらしい。

 

「俺は魔王だ。魔王は殺しぐらいで心を痛めたりはしない。魔王は殺す存在だ。」

 

幼年期に理屈が通るか怪しいが言わないよりか少しはましだ。

 

「・・・なんでまおうだといたくないの?」

 

なんで?魔王だぞ?当たり前だろ?悪魔の王だぞ?俺は部下はいないけどフェレスモンみたいなのを統率するんだぞ?当たり前だろ?

 

でもだったら何故悪魔だと痛くないのかという話になる。そしてその答えを明確に提示することは俺にはできそうになかった。

 

「わかった、痛いのは駄目なんだな?」

 

キュピモンが頷く。視界の端でフェレスモンが安堵の息を漏らす。逃げられないと悟ってしまったからの反応であることは言うまでもない。

 

「でも罰はあるべきだと思わないか?エンジェウーモンも悪いことしたら怒ったりしただろう?」

 

またキュピモンが頷く。

 

「じゃあ決まりだ。フェレスモンは見逃さないがこいつは見逃してやる。」

 

勝手に安心していたフェレスモンの頭を鷲掴みにして薄っぺらい笑いを作る。こういう時は薄っぺらい方が怖い。

 

「あ、あぁぁあぁぁぁ・・・」

 

殺したデジモンをロードする時のようにしてフェレスモンから体を構成しているデータの中でも根源的なほぼ全デジモンに共通する力のデータを奪い取る。奪い取られたフェレスモンは強制退化、ブギーモンとなってしまった自分を嘆いてかピクリとも動かない。

 

しかしこの力をこのまま自分のものにしても面白くない。俺は力なら有り余っているわけだし、フェレスモンの力が加わったところで全体から1%伸びるのかも怪しい。

 

「行け。もう二度と俺の前に姿を現さないようにな?」

 

俺が頭から手をどけて優しく語りかけてやるとブギーモンは今度こそ本当に怯えた様子で慌てて飛び去って行った。

 

ふと気づくとフェレスモンじゃなくなったからかピッドモンとエンジェウーモンが石像ではなくなり生身に、磔にされていたデジモン達も黒い十字架がデータの塵と化したために地面に落ちている。景観としては助ける前の方が良かったのかもしれない。

 

ピッドモンは頭が無く、絶命しているためかすぐにデータの塵に還ったがエンジェウーモンは流石に完全体なだけのことはあり、どう手を尽くしても死ぬことは間違いないがまだ喋ったりするだけの余力があった。

 

「・・・まさか、魔王に助けられるとは、思っていませんでした。」

 

エンジェウーモンは何とか仰向けになりこちらに顔を向けてそう切り出した。

 

「俺は助けていない。お前はもう死ぬ、助けることもできない。それに俺はスープが飲みたかっただけだ。」

 

「ふふふ・・・はぁっ、私のことじゃっ、ありません、ピッドモンはもちろん、あの磔にされていた子達もっ・・・データを消耗しすぎてますから助かりませんしね。」

 

普段騒がしいだろう幼年期も成長期ももう喋る気力も無いらしい。

 

「・・・くっ、は、そこにいるキュピモンのことです。」

 

キュピモンはいつの間にか俺の肩にぶら下がるようにしがみつきエンジェウーモンを見つめていた。

 

「助けたつもりはない。たまには他人と飯を食べるのもいいかなと思っただけだ。」

 

そしてその結果変なことに巻き込まれた。

 

「嘘ですね・・・私にはわかります。あなたは優しい人です。」

 

魔王の俺に優しいという表現を使うやつは非常に珍しい、いなかったわけではないが片手で数えられるぐらいしかいなかった。

 

「俺が優しい?」

 

「はい、くうっ・・・スープは、はっ、後は味を調えるだけの状態で家の中にありますっ・・・お礼に、差し上げっます・・・」

 

エンジェウーモンの体にノイズが走り出す。死の予兆だ。

 

それを見てちょうど面白いことを思いだしたのでベヒーモスに積んであったオリーブオイルを取り出す。

 

「キュピモン、手を出せ。」

 

キュピモンが出してきた手にオリーブオイルをかける。

 

「エンジェウーモンに塗ってやれ。」

 

食に関係なかったのでうろ覚えなのだが、オリーブオイルはある宗教では神聖な油とされているらしい。葬式なる死んだ人間を葬る式典で塗ったりもすると聞いた。

 

キュピモンは無言でエンジェウーモンにオリーブオイルを塗った。幼年期なりに感じることがあるのだろう。

 

「あり、がとう・・・キュピモン。ベルゼブモン、こっ、この子をよろしくお願いします・・・」

 

エンジェウーモンは逝った。これだけの量喋らなければ磔にされていたデジモン達よりも生きていられたかもしれないのにとも思ったのだが天使は大体そうやって無駄に頑張って死ぬ。

 

とりあえずフェレスモンの力をどうしたらいいかだけはわかった。キュピモンをよろしくとは言われたが一から十まで面倒を見る気は無いしそんな義理は無い。

 

成熟期まで進化させてしまえば一人立ちできる。完全体が一世代退化する分の力を与えるのだからおそらく成熟期まで進化する。

 

エンジェウーモンが消えていった空間を見つめるキュピモンの頭に手を置き力をインストールする。

 

予想通りキュピモンは姿を変え出し身長も高くなり赤い布を頭に巻いた金色の四枚の翼を持つ女性型の天使に姿を変えた。

 

俺は同じ種類のデジモンと何度も戦ったことがあるのでその名前を知っていた。

 

「ダルクモン。」

 

呟くとダルクモンはなに?と外見に対して幼さを感じさせる首の傾げ方をした。

 

世代が上がるとデジモンとしてのスペックが上がるから頭自体はよくなるが精神的に向上する訳ではない、精神的に向上するには時間が必要になる。すっかり忘れていた。

 

結局何の解決にもなっていない。ダルクモンの頭もそうだし磔にされていたやつらは今まさに生死の境をさ迷っている。

 

・・・俺もダルクモンも傷を癒す力はない。

 

・・・考えてもしょうがない、とりあえずはスープだ。

 

一番大きな教会のような建物の鍵は壊されていたが中は綺麗だった。

 

多分エンジェウーモンはここに避難させてフェレスモンと戦っていたのだろう。ダルクモンはその後幼年期、成長期を探すフェレスモンから隠れきって逃げたのかもしれない。

 

少し空気を吸い込むと普通のスープの匂いがした。特別美味いということは無さそうだがまぁいい。

 

匂いを辿りスープの入った大鍋を見つけた。暴食の魔王とは言えこれではとても食べきれない、ダルクモンに手伝わせても無理だ。

 

仕方ないので磔にされていたやつらにも協力してもらうことにした。

 

幸い大量の食器もすぐに見つかったので磔にされていたやつらの方に大鍋と食器を持っていく。

 

なんとか動けるやつには自分で飲ませ、動けないやつは口に流し込んだ。

 

最初の一口で何体かは気が抜けて安らかな表情で逝き、他のやつらも順次データの塵になって消えていった。

 

大鍋にはそれでも大量のスープが残っていたので俺とダルクモンが飲む分だけ残してエンジェウーモンとピッドモンがいたところにかけたた。

 

少しだけ引っ掛かっていたデータの塵が洗い流された。

 

「ベルゼブモン・・・」

 

残ったスープの内自分の分を飲んでいたらダルクモンがだらだら涙を流しながらこっちに話しかけてきた。

 

「エンジェウーモンのスープしょっぱいね。」

 

しょっぱいわけがない。エンジェウーモンがどれだけ濃い味か好きだったとしても野菜だけを煮込んだスープに塩気はない。これから足される筈だったのだろうが面倒だったので何もしなかった。

 

「そうだな、しょっぱいな。」

 

でも泣くダルクモンを見ていたら何故かしょっぱく感じてきた。

 

嫌なしょっぱさだったのでなにかしようと思ったが生憎手元にあるのは手持ちの固いパン、干し肉、塩や香辛料、教会内部からいただいた柔らかいパンと水、葡萄酒、そしてオリーブオイルだけだった。

 

仕方なく俺は泣きじゃくるダルクモンを見ながら美味しいとは言えないスープを飲み干した。

 

その後、その小さな村には誰も住んでいない。しかしそこに誰かがいた証として小さな教会に大きめの石に荒々しく言葉が刻まれた碑が一つポツンと置いてある。

 

 


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