古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第993話

 モンテローザ嬢対策の話し合いを終えた。一部の問題児が起こした情報隠蔽も明るみに出たし、味方側の不安要素や要因が少しは減ったと思って良いだろう。

 

 後はバニシード公爵とアルドリック殿の表に出さなかった思考の確認をすれば完璧なのだが、腹黒な腹心令嬢は冷ややかな顔をしているのが少し気になる。言葉にしなくても態度で伝えて来るかな……

 

 アルドリック殿と参謀連中は此方側になったと思って良いだろう。だが、バニシード公爵の本音の確認は必要。土壇場で裏切りとかは、正直勘弁して欲しい。

 

 

 

「それで、二人の胸の内はどうだったんだい?」

 

 

 

 向かい側に座る、リゼルに優しく問いかける。両手を膝の上に揃えて置いて俯き加減だが、ギフトを使った結果は宜しくないのだろうか?宜しくないんだろうな。

 

 

 

「色ボケでしたね」

 

 

 

 物凄い嫌な顔をして吐き捨てたぞ。分かり易い態度を見せたと言う事は、本当に酷い色ボケなのだろう。重要案件の打合せ中に何を考えていたんだろう?

 

 バニシード公爵の見た目は茫然自失な感じで色事の妄想に耽っていた感じはしなかったし、アルドリック殿はノリノリで同じく娼婦絡みの妄想などしていなかったと思う。

 

 浮かべる表情と内心の考えは別物って事か?貴族には表情を取り繕い本心を見せない技術を持っているけど、下品な妄想をしていたならば何となく分かるのだが……

 

 

 

「え?どっちが?」

 

 

 

 予想外の回答に思わず聞き返してしまう。色ボケって、そんな感じだったっけ?何方かと言えば一気に老け込んだとかじゃないか?色ボケ要素が有ったかな?

 

 

 

「バニシード公爵ですが、連日娼婦達から豪華な歓待を受けていました。口では言えない物凄い事をして貰っているので、強制退去についての説明に頭を悩ませていましたわ」

 

 

 

 豪華な接待かぁ。それは役得でしたねって言えば良いのか、何と言えば良いのか。

 

 

 

「まぁそうだろうね。娼婦というか娼婦ギルド本部が考える突破口って、バニシード公爵しかいないから得意分野の総攻撃をかけるよね」

 

 

 

 僕は完全に相手にせず、担当のアルドリック殿も今は一歩引いた塩対応になっていただろう。そうすると交渉先は、バニシード公爵一択だ。

 

 良い条件を引き出す為に接待攻勢を掛けるのは予想の範囲内だが、まさか戦時体制に移行しての強制退去は予想出来なかっただろう。

 

 凄い接待を受けたのに、此処から出て行けっていうのは、公爵でも心苦しいと感じたか?それとも取り返しのつかない約束でもしてしまったのか?

 

 

 

 便宜を図るにしても、国益に反しないと言う大前提があるぞ。もしかして娼婦達に言い包められて、利敵行為でもしようとしたのか?

 

 

 

「口頭ですが、便宜を図ると言ってしまったそうです。内容としては幾つか有りますが……そうですね」

 

 

 

 意図的に言葉を止めたのは、彼女なりの意地悪なのだろうか?そう思ったら、ジロリと睨まれたので目を伏せる。僕の考える事は、私にはお見通しって事だからだね。

 

 

 

「例の飲食店の出店について便宜を図る。具体的には現状の娼館の区画の拡大と場所の提供、もう一つは移動範囲の制限の緩和ですね」

 

 

 

 情報収集の強力な後押しじゃないかっ!

 

 

 

「どっちも便宜を図っちゃ駄目な奴じゃん。少し考えれば分かるやつだよ」

 

 

 

 両手でコメカミの部分を揉み込む。予想していた中で最悪に近い譲歩というか便宜を図るって言わされているじゃん。それを受け入れるって、どんな接待されたの?

 

 

 

 娼婦達の情報収集の場所と機会の拡大じゃん。それを認めたら芋づる式に色々な事が調べられて、情報が抜かれてえらい事になるやつじゃん!

 

 色香か情に縋ったか金銭的な対価を示したのか分からないけど、どれも駄目なやつだな。色ボケって評価を下したのならば、色香に負けたか、情に縋られたか……

 

 まぁ幾ら口約束でも言質を取られたとしても、緊急事態だから戦時体制に移行すると宣言すれば強権発動で全て御破算でチャラだな。

 

 

 

 バニシード公爵の面子は丸潰れだが緊急事態だからと情状酌量というか何と言うか、有る程度の評価の下方に修正が入ると思う。まぁ評価が悪くなるのは仕方無いという事で。

 

 

 

「バニシード公爵は、アルドリック殿に報告を丸投げして原因をリーンハルト様の強権発動による戦時体制移行になった事にするようですわ」

 

 

 

 うん、前と比べれば良くなったと思っていたのだけれども元通りになってしまったみたいだね。でもまぁ簡単に聞いても『ハイそうですか』とは言わないだろう。

 

 確実に娼婦達が王都に引き上げる前に一悶着ある。警戒が必要だが、彼女達がどういう行動を起こすか?予想が付かないが、絶対に何かする。

 

 娼館の区画から逃げ出して人の居ない住居に潜伏するとか、僕に直接接触をして来るか?

 

 

 

 ハイゼルン砦からの撤退の時も、僕に逆夜這いを仕掛けて来て護衛のゴーレムに拘束されたんだよな。面倒臭いけど、僕の屋敷に直談判とかも有りか?

 

 僕は譲歩も何もしないから効果は無いが、行動する事に意味が有るみたいな。か弱い淑女に縋られても全く何もしないとか、対外的な評価が下がるという脅し?

 

 成人式の後に結婚を控えているから交渉事でも別に担当者を決めて娼婦との接点を持たなかったのに、その担当者の対応が気に入らないと直談判しに来たとかさ。

 

 

 

 相手の行動を貶める噂を流す位は出来る。此方には、ザスキア公爵という諜報に長けた協力者も居るから一方的にやられないぞ。

 

 

 

「上級貴族の悪い癖が出たのか。責任は下に丸投げ、自分は悪く無いし対応もしないか……まぁそういう訳にもいかないし、させないけどね」

 

 

 

 周辺諸国にまで抜かれた情報が売られて、エムデン王国とエルフ族の立場は悪い方へと傾く。エルフ族が人間の勢力下の国土を森林化するのを放置とかという事案だ。

 

 事後ならば周辺諸国への報告内容をバーリンゲン王国悪しで纏めて説明し、エムデン王国も被害を被ったと言える。でも現在進行形なら止めろとか言い出すだろう。

 

 自分の国は無関係だから言えない。だが当事者なら言える筈だ!とかね。嫌味も含めて抗議だけなら無料だからと連携して責めて来るだろう。これも外交戦術ってやつだよね。

 

 

 

 少しでも援助や譲歩が引き出せれば儲けモノ、自国の脅威となる国に対して嫌がらせでも何でもやるのが常識。永遠の友好国など有り得ないのだから……

 

 

 

「どちらにしても、今日以降の動きには注意が必要だね。困った事になってはいるが最悪ではないし、未だ調整は可能なのが救いかな」

 

 

 

 リゼルは、僕の言葉に目を閉じてから深く頭を下げた。僕の感じたのは、私は少し不満が有りますだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 非常に追い込まれています。私の置かれた状況は最悪を通り越していますね。洗脳こそ自力で解きましたが、洗脳中に自分が行動した結果が最悪過ぎて泣けてきますわ。

 

 先ず、エムデン王国に対して常に上から目線の実力の伴わない辺境の小国に来てしまった事。そして、この国がエルフ族に喧嘩を売って絶賛滅亡に向かって全力疾走中な事。

 

 信用できる味方は少数。思考を誘導して操れる駒は多数。でも実力が伴わず自分勝手な部分も大きいので、正直制御が可能かは未知数。勝手に自分の欲望を優先して命令違反も有り得ます。

 

 

 

 実際に操れる勢力を大きくする為に多くの避難民達を取り込み戦力の充実を計画していましたし、その内容で命令を通達したのですが……

 

 

 

 戦力となる人員は極力殺さず取り込む。今後の行動を考えて物資は全て奪い一ヵ所に纏めて管理を徹底。その利用には私の承諾が必要、そう厳命したのですが初日で違反者続出です。

 

 先ず攻め込んで負かし配下に加える事を優先しろと言っているのに、勝者の立場になった途端に優遇し取り込むべき人材に対して高圧的に振舞う。

 

 男性なら暴力を振い、女性なら自分のものにする。奪った物資の中抜きや横領は当たり前、そうやって不正を働き勢力を付けた連中が複数いて洗脳中なのに好き勝手に動いてしまうのよね。

 

 

 

「はぁ、もうどうにもならないわ。自分だけが生き残る方法を考えないと。愚か者に巻き込まれて一緒に死ぬなんて絶対にお断りだわ」

 

 

 

 今も自分の滞在先が分からない様に息を潜めて行動しないと貞操の危機とか笑えない。私のギフトで『エムデン王国憎し』で思考の大枠は埋まったけど、生来の強欲さはそのままなのよね。

 

 私への忠誠を爆上げした駒しか信用出来ない。もう完全なる詰みの状況ですが、私に対して嫌な思いを強要する連中は全員玉砕させて後腐れなく縁を切る事にしましょう。

 

 今も周囲に信用できる者達の天幕を配置し、その中に紛れる様に潜んで居るので全然心が落ち着かないし身体も休まらない。警戒を怠れば夜這いしてくる連中に囲まれている恐怖、本当に最悪ですわ。

 

 

 

「時間的猶予は少ないわ。バーレイ伯爵が難民対策の城壁を錬金し始めたのは遠目で確認出来ましたが、アレは完全に国境を封鎖するというより防御に力を入れた感じですわね」

 

 

 

 相手もネズミの様に湧いてくる連中を全て防ぎ切れるとは思っていないので、暴走させて防衛力を強化した場所で迎え撃ちたいのでしょう。でもあからさまに防御力を高めていては攻めるのを躊躇しますよ。

 

 まぁ彼等の謎の自信と自己肯定感を利用してとか、色々な工作は仕掛けてくるでしょう。それを上手く使って、彼等を攻めこませれば全滅も難しくはなさそうね。

 

 何といっても、あの非常識な魔術師が手ぐすね引いて待ち構えているのですからね。無事に突破出来る保障など皆無ですし成功の確率も限りなくゼロに近いでしょう。

 

 

 

 正規の軍隊数千人を相手に単独で無双出来る化け物に、武装しただけの有象無象の集団が勝てる訳が有りません。

 

 

 

「しかし、どうしましょうか?」

 

 

 

 ゴロリと狭い天幕の中で横になって膝を抱えて身体を丸めます。淑女として、やってはいけない事ですが今は関係有りません。地面に薄い布を敷いただけなので、ゴツゴツしていますし冷たいです。

 

 良く分からない虫も視界の隅で動いていますし、元侯爵令嬢の私も落ちぶれたものですね。悲しいのですが、流す涙はとっくに枯れ果ています。泣いて我が身を憐れむ位なら、少しでも状況改善に動け!ですわ。

 

 バーレイ伯爵に保護を求める?洗脳されていただけなので解けた今では反省もしていますので助けて下さいと言っても、保護して貰えると思えませんし交渉用の対価も有りません。

 

 

 

 エムデン王国領内に入り込めば、複数の場所にセーフハウスがあり一定の財貨も隠して有りますが今は手持ちが有りません。自分自身くらいしか与えられるものは無いのですが……

 

 結婚前から婚約者の尻に敷かれ、唯一の側室を溺愛している男に身体を対価に縋っても無意味。もっと別の価値を示さないと捕縛されて王都に連行。裁判から公開処刑でしょう。

 

 それだけ反乱の首謀者の家族で協力したと思われている我が身は危険なのです。見付かれば問答無用で捕まりそうになり、反抗すれば簡単に捕縛から殺すという判断を下されます。

 

 

 

「モリエスティ侯爵夫人めっ!」

 

 

 

 全ての元凶、憎んでも憎みきれない女。でも私も彼女を洗脳しようとして近付いたから、洗脳しようとしたら逆に洗脳されただけ。つまり、私が間抜けだったのよね。

 

 失敗の原因を他人に押し付ける事は愚か者のする事よ。原因は自分の甘さ、相手が反撃して来る事も念頭に置いておくべきだったわ。同じ洗脳系のギフト、思い当たる節は有りました。

 

 お抱えの芸術家達の態度は、私が洗脳した相手と似ていたわ。それだけの情報が有っても、危機感から軽率な行動をしてしまい結果的に人生が終わりそうになるまで追い詰められた。

 

 

 

「あはは、自業自得じゃない」

 

 

 

 親指の爪を噛むという子供の頃に矯正された悪癖が再発、空腹を紛らわす為の行動でも有るので止めようとも思わない。誰かに見られて咎められる事も無いし。

 

 出来る事をするしかないわ。彼等を扇動して複数個所に総攻撃を仕掛けさせて、その隙を縫って自分を含めた信用できる少数で密かに突破するしかないわ。

 

 エムデン王国領内に潜り込んでセーフハウスまで辿り着ければ、資金も資材も保管しているので打てる手が増えます。平民に紛れ込んでも良いし、どこかの貴族に取り入っても良い。

 

 

 

 モンテローザという個を捨てて、新しい人生を歩める可能性は……決して高くは無いけれど、諦めるのは嫌なのよ。絶対に生き残って幸せを掴んで見せるわ!

 

 


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