古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第991話

 既に亡くなっていると思っていた、モンテローザ嬢の問題が再浮上した。今度はバーリンゲン王国の反エムデン王国勢力を取り纏めて、エムデン王国に反旗を翻している。

 

 元侯爵令嬢とは言え、凄い行動力と統率力だな。使い勝手の悪い洗脳ギフトだけで、ここまでの反乱軍を用意出来るのは元が有能だったのだろう。

 

 モリエスティ侯爵夫人のギフト『神の御言葉』で洗脳されて全てを命令通りに行動しているにしても、自身が優秀じゃなければ失敗して終わる。

 

 

 

 普通に二回目の反乱を成功させようとしている。だから油断すると普通に足元を掬われそうで怖い。

 

 

 

「バニシード公爵、そろそろ戻ってきて下さい」

 

 

 

 いい加減、放心状態の初老まで老けた男に話し掛ける。王命の作業区分の殆どの責任者なのだから、没落の危機は分かりますが仕事はして下さい。

 

 貴方の配下の失態の責任は、派閥の長である貴方の責任ですよ。前から連れて来た連中の素行の悪さは問題にしてましたよ。対応していけば防げましたよ。

 

 まぁ人材も少なく質も悪い連中が多い状況ですから、出来る事と出来ない事も有るでしょうが……それはそれ、これはこれです。

 

 

 

 予想外の悪い状況に陥りそうなので、無理は承知で無茶をします。するしかない状況になりつつある?

 

 

 

「む、いやだが、しかし……」

 

 

 

 まだ正気を取り戻していないのか?何かを言おうとして口籠ってしまっている。頭の中で上手く情報を整理出来ないのだろう。

 

 僕だってバニシード公爵と同じ条件で同じ状況に陥ったら、最初に何をどうしたら良いか悩む。手駒が圧倒的に足りないので、優先順位を付けて動かないと何も出来ない。

 

 公爵の立場で権力財力を惜しみなく注ぎ込んでも難しくないかな?

 

 

 

「モンテローザ嬢は洗脳ギフト持ち。彼女はクロイツェンの街で反乱を起こす事に成功しています。鎮圧はされましたが、起こす事は出来たのです」

 

 

 

 能力は亡国の謀略家のリーマ卿と同じ程度と見積もった方が良いだろう。警戒し過ぎて悪い事は無いし、逆に侮って足元を掬われるのは困る。

 

 バニシード公爵に追撃の説得をさせる為に、アルドリック殿に視線を向ければ頷いた。同じ程度の危機感は抱いてくれてそうだ。まぁ同じ王命を受けているので脱落は負担が倍マシで嫌になる。

 

 彼には悪いが、バニシード公爵が使い物にならなくなった場合、そのまま代役として仕事を引き継いで貰いたい。

 

 

 

 今の彼ならば、問題は無さそうだ。それに同僚の参謀連中も動かせるだろう。人手は幾ら有っても足りなくなりそうだよ。彼の伝手で王都から増援を呼んでもらうのも有りだな。

 

 横目で見えた、リゼルも小さく頷いた。彼に対して辛口評価だった彼女が、思考を読んだ上で問題無い態度ならば大丈夫だろう。逆境に追い込まれれば、真価を問われる。

 

 もしかしたら指揮権の主導を僕等が行わないと駄目かもしれない。酷い越権行為にはなるが、王命の失敗やエムデン王国が不利な状況になるよりマシだよな……

 

 

 

 最悪の場合、力ずくでも指揮権を奪う事になる。バニシード公爵が王命の遂行を不可能だと判断した時、でもそれは……没落に止めを刺す事になるが、見切りを付ける時は最悪な事態になる前だよ。  

 

 

 

「そうです。策を弄する事に長けていると考えてよいでしょう。只の貴族の小娘と侮ると、痛いしっぺ返しを受けるでしょうね」

 

 

 

 危険な状況だと、これでもかと分かる様に煽る。侮って共倒れは断固拒否だぞ。煽られて逆切れされたり萎縮してもアウトだぞ。黙って行動を起こす事が最重要なんだ。

 

 

 

「だが増員の要請など出来ぬし、誰かの応援も協力も駄目だぞ。多少の脱線は現有戦力で対応しなければ、評価が落ちるではないか」

 

 

 

 うーん、顔を顰めて両手を握り締めて何かを我慢しているか耐えている感じだぞ。これって逆切れ一歩手前だろうか?未だに自分に下される評価の方が優先なのか……

 

 貴族にとって家の存続は最重要課題だから分からなくもないけれど、優先度を間違えてもらっても困るんだ。最悪は洗脳された制御不能の連中が、自軍の犠牲無視で攻めて来る。

 

 まともじゃない連中の相手は、通常の手段が通用しない事が多々ある。予想のしない行動を取るから、常識に囚われていると危険なんだぞ。

 

 

 

 そこに自分の都合を絡めないで欲しい。

 

 

 

「ですが失敗する方が、ダメージが大きいと思いますわ」

 

 

 

 リゼルの駄目押しに数回深呼吸をしてから、腕を組んで考え始めた。バニシード公爵とアルドリック殿は必要以上に、リゼルを恐れている。多分だが得体の知れない『デキる女』だから怖いのだろう。

 

 王宮の三大女傑である、レジスラル女官長にサリアリス様。それとザスキア公爵と正面からヤリ合えるのだから、軽視など出来ないだろう。特に最近のザスキア公爵の勇躍は凄すぎて、他の追従を許さない。

 

 などと失礼な事を考えていたら、隣に座る彼女から肘鉄を食らい顔を顰めた。結構本気の威力が有り、無駄に鍛えたポーカーフェイスでも隠し切れないダメージを受ける。

 

 

 

「ぐふっ」

 

 

 

 思わず変な声が漏れたが、何とか気合を入れて脇腹を押さえ様とした手を膝の上に置いて痛みに耐える。

 

 

 

「今の巡回シフトを変えて、フルフの街に駐屯する戦力を増やせば良い。幸い、バーレイ伯爵が錬金した強固な砦が有るし籠城も問題無いだろう?自分の錬金した城壁が簡単に壊れると?」

 

 

 

 少し落ち着いたのか嫌味を向けて来たが、此処に戦力を集めて籠城するのは悪手ではないが最良でも無いぞ。巡回の部隊を減らせば、エムデン王国領内に侵入する連中を止められない。

 

 防衛線が広すぎるのが問題な訳で限りある戦力を一ヵ所に集めたら他が疎かになる。逆に言えば、僕等をフルフの街に閉じ込めたと言われてしまう。籠城のデメリットだな。

 

 確かに城壁を錬金で補強したり新規で作ったりはしているが、本格的な侵攻に耐える事は難しいだろう。監視して邪魔しなければ、城壁を乗り越える事は梯子を使えば可能だから……

 

 

 

「城壁自体は壊れなくても、妨害しなければ乗り越える事は可能でしょうね。そもそも我々の任務はバーリンゲン王国の連中をエムデン王国に入れない事、巡回を減らしての籠城は無意味では?」

 

 

 

 ここを素通りされてモレロフの街の連中に後は任せる?追撃しての挟み撃ちも有りだけど、そう上手くいかないのが世の常だよ。此処は最前線だけど最終防衛線くらいの心意気は必要。

 

 それこそ評価が駄々下がりだと思うけどね。敵を見逃す事が許される状況かと言われれば無理です。何も手を打たないのは、職務放棄と変わらないと思われても反論出来ない。

 

 僕の反論に考え込むが、何も思いつかないのかウンウンと唸るだけだ。本来、参謀であるアルドリック殿を付けたのってさ。こういう場合に助言を貰うからじゃないの?

 

 

 

「では全軍で難民キャンプに攻め込むか?」

 

 

 

 真顔で言いやがった。最後が疑問形ぽかったけど、本気なんだろうな。目がね、もう追い詰められた者特有の余裕の無い感じなんだよな。

 

 

 

 いや攻め込むかって言われても『ハイそうですね!』とは言えません。その主力を担うのは正規兵ですが、軍属の僕が何もしないなど有り得ない。

 

 だが此方から攻め込む事は、状況的に難しい判断を強いられる。無辜とは言えないが、一応難民が集まるキャンプに攻め入るエムデン王国の正規軍。

 

 周辺諸国やモア教が、どう捉えるかなど分かり切っていますよね?追加の王命の内容を理解していないのは問題ですよ。虐殺行為に加担など出来ません。

 

 

 

 絶対に嫌です!

 

 

 

「モア教に配慮する事が追加の王命で下されましたが、一応難民キャンプの体をなしている連中に此方から仕掛けるのですか?」

 

 

 

「敵国とはいえ殆どが平民階級の難民達ですよ。それを攻められたのならば反撃も致し方無しですが、此方から攻めるのは宜しくないです」

 

 

 

 追い返すだけで一部反抗的な連中は捕縛や排除だったが、大多数が逃げて来ただけの平民階級に攻め込むのは虐殺と変わらない。

 

 それに自軍の十倍以上の連中を一網打尽になど出来ない。必ず逃亡者が出るし、彼等が襲われたと吹聴したら殆ど事実だから、多方面から攻められる。

 

 だから表向きは専守防衛の体で頑張るしかない。でも裏で工作するのは悪くないというか、状況を自軍に好転させるのが参謀連中の儀事だろう?

 

 

 

「待ってるばかりか?相手の勢力がデカくなる前に攻め滅ぼすのが良くないか?」

 

 

 

 現状でも、バニシード公爵の連れて来た手勢よりも強大ですよ。正規兵を纏めて攻めても、人数が多過ぎて取り逃がす方が多いだろう。

 

 そして、その連中はエムデン王国が一方的に攻めて来たという生きた証人となる。捏造過多でも、一割でも真実が含まれているのが困る。

 

 後々にエムデン王国の過去の愚行として語り継がれるとか、絶対に認められない。仮に此方から攻め込むならば、敵は全滅が基本だろう。

 

 

 

「先ずは先行組と後発の洗脳された連中が潰し合う様子をみましょう。具体的には手を汚さない間引きです。敵は一本に統合された方が勢力は強まるが対応はし易いでしょう」

 

 

 

「好き勝手にバラバラに動かれるよりは、統一させて団体行動をして貰った方が纏めて対応出来ます」

 

 

 

 アルドリック殿と意見を出し合うが、同じ見解で良かった。バニシード公爵は言い負かされて不機嫌さを隠さないが、感情に任せた反論は無さそうだな。

 

 

 

「間引きとは、英雄殿は敵国の連中に慈悲は無いのか?」

 

 

 

 真顔で言われたので嫌味ではない?もしかして、僕の対外的な顔と違う事を訝しんでいるとか?ははは、僕ほど自己中心的な男は居ないよ。自分の幸福の為だけに、成り上がった男だよ。

 

 敵対した連中は軒並み殲滅させているし、それこそ同胞の政敵だって倒している。単純に前世の失敗の轍を踏まない為だけに、常識人として振舞っているだけなんだ。

 

 僕の幸せにエムデン王国の繁栄は必須、故に今回の件でエムデン王国の未来に傷が付く事は絶対に許さないし認めない。非情とか冷酷とか言われても構わない、改心もしない。

 

 

 

 二度目の人生、守るべき人達も増えた。故に失敗は絶対にしたくないし、させない。

 

 

 

「どんな時でもエムデン王国に敵対する連中に、掛ける情けは一欠けらも持ち合わせていませんが?」

 

 

 

 真顔で返す。貴方もエムデン王国に仇なすならば排除します。建前も用意するし正当な方法で邪道には走らないけど、そういう状況になれば止まらないよ。

 

 

 

「お前、それは……いや、そういう奴だったな。普段が甘すぎて忘れそうだが、敵と見定めたら殲滅が基本の危険人物だった。猫かぶりなんて可愛いモノじゃない、二重人格者め」

 

 

 

「英雄とは大量殺戮者の別称、既に五千人以上の敵兵を屠っているのですから敵の排除に情け容赦は無いですよね」

 

 

 

 久々にドン引きされたよ。確かに何度も戦場に赴いて勝ってくれば、負けた相手は良くて怪我で悪ければ死亡だ。だけど効率的に敵を戦闘不能に追い込むのが、軍属の仕事ってヤツです。

 

 自軍の被害を極力抑えて、敵軍には大ダメージを与える。過去に誰もが考えて行ってきた事で、特に珍しくも無い。僕は最近、参戦が立て込んでいるから目立つだけです。

 

 バニシード公爵なんて、犯罪者を恐れる目をして見詰めてくるが、中年に見詰められても気持ち悪いので止めて下さい。理由が無ければ、無差別に噛み付きませんから。

 

 

 

 視線が合うと身体ごと後ろに下がったが、僕が無差別殺人者に見えますか?失礼ですね、僕は強固な理性を持っています。

 

 

 

「話が横道に逸れたので修正します」

 

 

 

 咳払いをして、僕が何故か責められる感じの空気を払拭する。軍人なんだから、敵兵を効率良く屠る事は仕事の範疇です。

 

 

 

「基本的に人員が全く足りません。具体的には戦力が不足していますので、バニシード公爵は本国に兵士の増援を頼んで下さい」

 

 

 

 敵が予想よりも手強くなったから応援をくれ!とは言い辛いだろう。端から見れば無能と思われかねないし、状況を知っている者だって何とかしろって思うだろう。

 

 案の定、この言葉に気分を害したのだろう。どっかりと座って腕を組んで目を閉じて考え始めた。でも何を考えても画期的な対処案など浮かばないと思いますよ。

 

 貴方の仕事は戦力の増強と、それに伴う物資の手配です。先ずは僕のゴーレム軍団を頼らずに、自分で関係各所に頭を下げて要求を通して下さい。

 

 

 

「当初は防衛線を構築しつつ侵入してくる集団の各個撃破が可能と思っていましたが、状況が変わりました。洗脳ギフトを持っている者の存在を確認、既に中規模の集団を支配下に置いています」

 

 

 

「今までと違い統制の取れた洗脳された連中と戦う事になったのです。しかも十万人単位で纏まりかけています。個は弱くても集団になれば別です」

 

 

 

 自分で言って、アルドリック殿の話を聞いて状況を整理すると、非常に危険な状況だと改めて理解した。いや、ちょっとどころか相当ヤバいんじゃないか?

 

 未だ理解出来ない?下手したら、僕等がフルフの街に釘付けにされて防衛線を突破されそうだよ。いや明確な防衛線を構築して、其処を乗り越えれば敵対行動と認めて攻撃して殲滅?

 

 共倒れがすくなくなればなるだけ、此方の負担が増えるんです。モンテローザ嬢は必ず残存勢力を纏めて挑んで来る。その時に愚直に突撃を繰り返すだけな訳がない。

 

 

 

 必ず搦め手も仕掛けて来るだろう。そう言う怖さが有る淑女だよ。

 

 

 

「うぐっ、むぐぐっ、しかし増援要請など、無能の証ではないか……何とかならないのか?」

 

 

 

「なりません。諦めて増援を要請して下さい」

 

 

 

 そんな縋る様な目で見られても困ります。そういう性癖は無いので、正直困る以外の感情は浮かびません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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