古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第990話

 フルフの街の今後を決める話し合いの場で、失礼な態度を取っていたハイモ男爵をアルドリック殿が諫めた。だがハイモ男爵は激怒し、あわや刃傷沙汰になる一歩手前の状況。

 

 漸く正気を取り戻した、バニシード公爵が大声で制止したが双方納得していない。いや、状況的に、アルドリック殿の行動は方法は別として正しい。正しいのだが、少し強引過ぎる。

 

 逆にハイモ男爵は立場上、不満をあからさまにする事は憚られるんだ。そういう立場にないのだから、大人しくしているのが正解なのだが感情で動くのならば我慢は出来ないだろう。

 

 

 

 脳筋な武人に多い、文官を軟弱と決めつけてマウントを取る。本人達にすれば、惰弱で軽蔑に値するらしい。

 

 

 

 バニシード公爵は、自分の護衛として派閥構成貴族のハイモ男爵を手元に置いた。自分の安全の為に、武力の高い者を側に侍らせるのは悪くは無い普通の行動だ。

 

 同じ事をする貴族は多いし、自分も家族の為にクリスを王都から呼んで護衛を任せている。では何が悪かったのか?それは護衛の分を弁えていなかったからに尽きる。

 

 男爵とは言え、あくまでも主人の護衛に過ぎない。故に主人の仕事関連に口を挟む権限は無い。ましてや、主人の仕事相手に対して不敬な行動をするとか有り得ない愚挙だ。

 

 

 

 彼の行動により主人である、バニシード公爵の仕事相手との関係が悪化したりしたらどうなるのか?しかも相手は自分よりも高位貴族で、主人と同等の権力を持つ。

 

 普通に考えれば、一定の敬意を払いつつ相手にしないが正解。自分から絡みに行くとか、バニシード公爵の立場を悪化させたいのかと邪推してしまう。

 

 もしかしなくても旧ウルム王国領の復興支援の際に、自分の与えられた領地だけ成果が無かった事への僻みも有りそうだ。後は娼館に通い詰めているので、何か娼婦に唆されたか?

 

 

 

 まぁ碌な事ではないな。その辺は、リゼルがギフトで心を読んで裏取りも万全だろうからさ。じっくり責めれば良い。

 

 

 

 アルドリック殿の行動も宜しくない。熱血漢で正論で相手をぶん殴るような方法を敢えて取る必要は無いし、参謀として他に穏便に済ませる方法が有った筈だと思う。

 

 例えば、バニシード公爵に進言して退室を促すとかさ。護衛だけど、バニシード公爵に危害を加える事は無い。何なら、僕が同席しているのだから、外敵が何かしても十分に防げる。

 

 そういう事情を踏まえて何故、アルドリック殿が今回の様な行動を起こしたかを確認しなければならない。

 

 

 

 うーん、僕が貶されたからってさ。此処まで怒ってくれるとも思えないし、そんな関係でも無かったと思う。最初の頃は、思いっ切り敵視されてたし。

 

 

 

「ハイモ、落ち着け。兎に角、剣から手を放せ。アルドリックも感情的になるな」

 

 

 

 派閥の長の言葉に一応従ったが、両手を胸の前で力一杯握り締めているのは行き場のない怒りを抑えているのだろう。つまり命令は聞いたが、納得はしていない。

 

 アルドリック殿は、そんな態度のハイモ男爵を蔑んだ目で見ている。それに気分を害したのだろう、ハイモ男爵が再度噛み付こうとして止められる。本当に学ばないな。

 

 バニシード公爵も両肩を上下させて激しく息を吸ったり吐いたりしている。本当なら一旦解散して後日に再度話し合いなのだろうが、生憎そんな時間的猶予は無い。

 

 

 

 只でさえ、意味も無く半日伸ばされているんだ。

 

 

 

「何故、自分が此処まで憤っているのか?それは、ハイモ男爵が背信行為をしたからです」

 

 

 

 完全に落ち着きを払っている、アルドリック殿が抑揚の無い言葉で大問題を突き付けてきたけど……背信行為?つまりエムデン王国を裏切ったって事か?

 

 

 

「は?」

 

 

 

「え?」

 

 

 

 思わず、リゼルと共に言葉にもならない声を漏らしてしまった。リゼルの場合は、アルドリック殿の心を読んで、その結果にも驚いたのだろう。

 

 彼女が思わず言葉を漏らす程の、衝撃の事実というか問題をハイモ男爵は行ったのか?それって、もしかしなくてもバーリンゲン王国と通じて便宜を図ったって事か?

 

 知らない内に連中をエムデン王国領内に招き込んだって事か?そんな事をすれば、一人でも侵入を許せば、今回の王命は失敗する可能性が高まるんだぞ。

 

 

 

「ふっ、ふざけるなっ!俺は背信行為などしていない。言いがかりは止めて貰おうかっ!言葉を取り消して謝罪しろ。賠償だって請求するからなっ!」

 

 

 

 真っ赤になって否定したが、言い方がバーリンゲン王国の連中と酷似している。もしかしなくても、ハイモ男爵は以前からバーリンゲン王国と通じてた?

 

 相当不味いと思ったのだろう。アルドリック殿の胸倉を掴んで前後に揺すり始めたが、参謀の二人が慌てて止め様としたが止まらない。

 

 僕も余りの事に魔法障壁を張る事が出来ず、慌ててゴーレムポーンを錬金し物理的にハイモ男爵を引き剝がして抑え付けた。

 

 

 

 今度は僕を睨んで来たが、この行動だけで裏切りの状況証拠には事欠かないぞ。彼は本当に……

 

 

 

「貴殿は巡回の兵士達が持ち寄った情報を意図的に隠蔽しようとした。報告に来た彼等に、高圧的に口止めをしたが不審に思った兵士達が自分に口止めを強要された事を報告に来た」

 

 

 

 乱れた襟元を直して姿勢を正し、人差し指を突き付けて情報の隠蔽という背信行為を突き付けたぞ。

 

 

 

「アイツ等、平民の分際で男爵の俺の言う事を聞かなかったのかっ」

 

 

 

 それを誤魔化さずに、自分で認めたぞ。ナニこの茶番劇みたいな展開?バニシード公爵は未だに呆然とし、リゼルは両手でコメカミをグリグリと揉んでいる。

 

 背信行為の事実が認められたので二体のゴーレムポーンに、それぞれ後ろから手を掴んで跪かせた。どんな情報を隠蔽しようとしたのかな?

 

 アルドリック殿は指を差したまま立ち上がる。もう完全に彼の独壇場、アルドリック劇場の開幕だよ。問題は大きいが、喜劇みたいに進行しているので、流れに身を任せる事にする。

 

 

 

「何故、貴殿は国賊モンテローザを見掛けたと言う情報を隠そうとしたのだ?あの毒婦は実の親と親族を唆して反乱を起こした大罪人、見つけ次第捕縛か無理なら殺害の王命が出ていた」

 

 

 

 は?国からの指名手配犯の情報を隠蔽しようとしただと?

 

 

 

「バーリンゲン王国に逃げ込んだ後の足取りが掴めなかった、モンテローザ嬢が近くに潜伏しているだって!?」

 

 

 

 予想外の事に、一瞬だが思考が止まってしまった。あの女はエムデン王国の為にならない、必ず殺す必要が有ると思っていたのに消息が不明となりモヤモヤしていたんだ。

 

 大混乱中のバーリンゲン王国領内に逃げ込んだので、騒動に巻き込まれて亡くなってしまった可能性が高いと思っていたのに……生きていただと?

 

 その情報を隠蔽しようとした?それは国賊を庇うという意味で、正しく謀反人だな?バニシード公爵も一枚嚙んでいるのか?そう思い睨み付けたら、顔面蒼白で今にも死にそうだった。

 

 

 

「ハイモ?お前、国賊の毒婦モンテローザを庇ったのか?俺の配下の癖に、主を破滅させるつもりか?貴様も国賊かっ?」

 

 

 

 顔面蒼白から一瞬で激高して真っ赤になった後、ハイモ男爵に掴みかかった。まぁ本人としては護衛を任せていた配下の手酷い裏切り行為に我慢の限界って事だろうな。

 

 ここで関係無い事を証明しないと、自分も謀反人として扱われて今度こそ極刑も免れないし。良くて御家断絶の上に財産全没収の上で国外追放、悪ければ謀反を企てたとして公開処刑。

 

 公爵五家から二家も脱落者が出て、公爵三家体制で国家を運営していく事になるけど……そんなに問題も無いだろう事が哀れだよな。バニシード公爵は要らない子扱いって事だし。

 

 

 

「ちっ違います。起死回生の一発のつもりで、自分でモンテローザを捕まえようとしてました。アレを捕縛出来れば、バニシード公爵も逆境を跳ね返せる筈だと思いました」

 

 

 

 目が泳いでいるのは、モンテローザ嬢を捕まえてもバニシード公爵には引き渡さずに自分だけの手柄にするつもりだったんだろうか?

 

 

 

「手柄を独り占めにするつもりだったのですか?それは嘘で本当は、モンテローザを逃がすつもりだったのでは?貴殿が国賊と通じていた方が、今迄の行動に信憑性が出るんですよ」

 

 

 

 ノリノリのアルドリック劇場が続いている。話の裏取りの為に彼等の思考を読んだであろう、リゼルに視線を向けると小さく頷いた。

 

 つまり手柄の独り占めを目論んでいたのと、モンテローザ嬢が近くに潜伏しているって事の信憑性が高まったんだ。

 

 アヒム侯爵家の為に、モリエスティ侯爵夫人を取り込もうとして逆に洗脳されて自滅する事を吹き込まれた哀れな令嬢。だが僕も巻き込もうとした事は分かっている。

 

 

 

 取り敢えず、ハイモ男爵は拘束した上で兵士達を呼んで引き渡した。拘束したままで地下牢に放り込む様に指示を出した。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 兵士に引き渡されて両手を後ろで拘束されたまま連行される、ハイモ男爵を見詰めるバニシード公爵は十歳位老けて見えた。もう巻き返しが厳しい位の状況に追い込まれたと自覚したのだろう。

 

 配下の失敗は上司の責任、しかも国賊の情報を意図的に隠蔽しようとした事は大罪。知らなかったとは言え、監督責任は大きい。勿論だが、今後の調査によりハイモ男爵の罪も変わる。

 

 手柄欲しさの隠蔽ならば未だ良い方で、洗脳されていて手伝っていたとなれば本人だけじゃなく一族郎党極刑は免れない。当然だが護衛として侍らせていた、バニシード公爵も無関係とはいえない。

 

 

 

 近くにいて行動を共にしていたのに、謀反に気付かなかったとか派閥の長として恥でしかない。

 

 

 

 呆然としてソファーに深く座り込む、バニシード公爵は心が折れてしまったのだろう。本人としては今回の王命を完遂し巻き返しを図ろうとしていたのに、配下から大罪人を出してしまった。

 

 よりにもよって国賊の情報を自分の欲望の為に隠蔽してしまったんだ。これって情状酌量の余地が全く無くて困る。洗脳されて強要されたなら未だ何とかなったけど、自分の為じゃ申し開きも何も無い。

 

 バニシード公爵も打つ手はない。それこそ自分の手で、モンテローザ嬢を捕縛して漸く自分は無関係だと証明して、監督責任だけ問われるか?って位な厳しい状況に追い込まれた。

 

 

 

 アルドリック殿と参謀の二人は一時的に、バニシード公爵の配下となったが今回の件は無関係であり、逆に国賊の捕縛に多大な貢献をした事になる。アルドリック殿のファインプレイだね。

 

 強硬な手段も態度も、自分達は無関係と言う事を強調する意味が有ったのだろう。流石は主席参謀という事だけど、バニシード公爵との関係も切ったって事だろうな。

 

 あくまでも一時的に王命により部下として納まっていたが、問題を起こしたのは上司の私的な配下で自分達とは無関係。巻き込まないで下さいって事だろう。

 

 

 

 魑魅魍魎が蔓延り権謀術数が飛び交う王宮で、参謀という要職に就いているだけの事は有るって事だろう。

 

 

 

「さて、裏切者は排除しました。国賊モンテローザの対応を検討しましょう」

 

 

 

 にこやかに場を仕切る、アルドリック殿を生気の無い目で見るバニシード公爵。彼の復活には時間が必要だろうが、悠長に復活を待ってはいられない。

 

 時間的余裕は殆ど無い。それを理解しているからこそ、アルドリック殿は性急に事を運んでいる。でも先ずは、彼が手に入れた情報を教えて貰うのが最優先だろう。

 

 リゼルも、何となく見直しました的な目で彼を見ている。それに気付いたのだろう、頭を掻いて照れている。そんな需要は此処には無いので、話を進めよう。

 

 

 

「手に入れた、モンテローザ嬢の情報を教えて下さい」

 

 

 

「はい。小規模の難民キャンプの連中が同族に襲われて、散り散りに逃げ出した内の数人を巡回部隊が捕まえて尋問したそうです」

 

 

 

 

 

 

 

 尋問の内容だが、フルフの街の近くにある比較的規模の小さい難民キャンプに後から来た連中、貴族令嬢と護衛の一団が交渉しに来たそうだ。内容は配下に下る事を条件に援助をする事。

 

 規模の大きい難民キャンプの連中を倒さないと、自分達がエムデン王国に受け入れられない事。何故ならば、大規模な難民キャンプを仕切るのは貴族連中でエムデン王国は彼等を絶対に受け入れない。

 

 亡命を希望した連中が一人も受け入れられてないのが証拠である。属国化したのに直ぐに反乱をおこした事で、この国の貴族は絶対に許さないし助けない。

 

 

 

 平民階級も貴族ほど嫌われてはいないが、反乱が成功し独立したならば国民も新政権の方針に従うのが普通。故に可哀そうとは思うが、貴族に準じて受け入れない。

 

 ならば、どうすれば良いのか?自分達で貴族を全員倒して団結し、新しい平民達の指導する国を興して交渉すれば良い。バーリンゲン王国でもなければ貴族でもない新しい国家。

 

 その新国家との交渉ならば、エムデン王国は受け入れるだろう。だが立場が弱ければ、そもそも交渉の席に座らないかもしれない。

 

 

 

 だからこそ、団結し力を蓄えて甘く見られない様に強くなるしかない。相応の圧力を掛けられなければ、そもそも弱者は生きてはいけない。

 

 

 

 幸いだが、此方にはエムデン王国から使節団として派遣されクーデターに巻き込まれて命からがら生き延びた貴族令嬢が居る。

 

 彼女の統率力は素晴らしく、新国家に所属する国民達を集い纏め導いて此処まで来たのだ。彼女は交渉に来た貴族令嬢で名前は、モンテローザ様。

 

 彼女がエムデン王国の連中と交渉すれば、必ず道は拓ける。

 

 

 

 そう言われた時に仲間の反応は極端に分かれたそうだ。大多数は意見を受け入れて軍門に下り、捕縛された連中は胡散臭いと反発し難民キャンプから追い出された。

 

 

 

 

 

 

 

 うーん、完全に洗脳して仲間を増やしている。彼女は、モリエスティ侯爵夫人の『神の御言葉』の命令の通りにエムデン王国に害する連中を纏めて嗾けようと動いている。

 

 

 

「厳しい戦いになりますね」

 

 

 

 反エムデン王国の意識が強い連中が、ギフトで反発心を増強されて襲って来るんだ。手加減とか常識とかの枷が取っ払われた洗脳された狂人の集団が相手とか酷すぎる。

 

 戦争といえども双方に最低限の共通したルールが有る。今回はそれが一方的に無い状態で戦わなくてはならない。降参も撤退もしなければ、捕虜の公正な扱いも無い。

 

 言葉は通じず、一方的な増幅された悪意も押し付けられる。泥沼の殲滅戦に一方的に引きずり込まれたのか……なんでこうなったんだろう?

 

 

 

「ええ、自分の親や親族を洗脳し謀反を企てた国賊が、今度はバーリンゲン王国の連中を纏めて扇動し嗾けてくる。何処までもエムデン王国を害しようとする毒婦です」

 

 

 

 肺の中の空気を全て吐き出す。モリエスティ侯爵夫人、恨みますよ。少しは責任を取って貰いますからね。

 

 

 

 


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