古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第989話

 最新の巡回報告書を読んで思う事は、亡命を希望する貴族は定期的に居るが、殆どは要求を聞かずに追い払っている。悪質な場合は拘束し適切な処置を施した。

 

 バーリンゲン王国の貴族階級は爵位が無い家族を含めて1万人程度居る筈だが、二割も確認していないし悪質で間引いたのは二百人にも満たない。あとは穏便に何度も追い返した。

 

 これはバニシード公爵が纏めている報告書の集計でも確認しているので間違いはない筈だ。プライドの異様に高い連中が、平民に身を窶してまで身分を偽るとも思えない。

 

 

 

 そもそも平民階級では亡命出来ない。故に貴族の待遇を得られないので平民に偽装は有り得ないし、一応身元確認の段階で裕福な貴族の場合は平民でないと直ぐにバレる。普通に贅を尽くした身体では誤魔化せないだろう。

 

 平民が逃げ込んで来た場合は、難民扱いとなる。受け入れる場合は移民となるが、魔牛族の異種族かカシンチ族連合の様にバーリンゲン王国に所属していない連中しか認めていない。

 

 平民階級の者達は結構な数が押し寄せて来ていたが、全て武力行使も厭わずに追い返している。彼等はフルフの街より20km程先で幾つかの難民キャンプを作り暮らし始めた。

 

 

 

 まぁ当初の想定通りで、追い返されても近くに居座って自分勝手な要求を何度も突き付けて来ると考えていたが……その通りになっている。

 

 この難民キャンプが大小合わせて十数ヶ所有り、それぞれが私兵を抱え物資を持ち込んだ富裕層の連中が頭となり周辺の難民キャンプと小競り合いを行っている。

 

 既に小さな難民キャンプは吸収されるか散り散りに追い払われて他の難民キャンプに吸収されている。こんな状況でも皆で協力するとかはなく、お互いに争って自滅していくと思っていた。

 

 

 

 実際に遠目からだが、定期的な監視を行い状況を逐一確認していた。目視以外にも煮炊きの煙の数でも、凡その人数は確認出来る。少ない物資を奪い合い、自滅に向かっている愚かな連中だ。

 

 大体三つの難民キャンプが規模が大きく、高位の貴族を筆頭に私兵を固めて覇権を争っていた。他の中小の難民キャンプは平民達の集まりらしいが、中心にいるのは物資を握っている商人連中だな。

 

 後は、その勢力から弾かれた連中が寄り集まっている感じで時間と共に消滅すると思われていた。人間は物を食べなければ生きてはいけないのだが、周辺を開墾して食料を生産する様子は無い。

 

 

 

 まぁ狩りを行っている所は何度も確認したが、荒野に生息する野生の生き物など早々捕まらないし生息数自体も少ないだろう。

 

 飲料水については、近くに小川が流れているし幾つか湧き水等の水場も有る。此方は近場は大きな勢力が独占しているが、全てを確保出来る訳も無いので問題は少なそうだ。

 

 食料や物資は、嫌な話だが後続の逃げ込んで来る連中を襲って奪うのが主な方法となっている。これって同族狩りなのだが、間引きを自分達で行ってくれるので手出しはしない。

 

 

 

 自業自得での自滅も、時間の問題だと思って居た。

 

 

 

「最近なのだが、単発で逃げ込んで来ていた連中が組織立って難民キャンプの連中と争っている。これって後方の避難民を纏めている奴が居るって事だよな?」

 

 

 

 向かい合わせの執務机に座り厳しい顔で報告書を読んでいる、リゼルに問いかける。面倒な統率力を持った者が現れて、組織的な行動を起こしているって事だよな。

 

 今は難民キャンプの連中と争っているが、仮に全てを統一する程の力が有れば……次に攻め込んで来るのは、フルフの街だろう。数万人規模の統率された難民が押し寄せて来る?

 

 考えただけで恐ろしい。なにも守る物が無い連中が、生き残るために死に物狂いで押し寄せて来る。戦争なら死兵の群れが襲って来るのと同じだな。

 

 

 

 体力は万全でなく装備も貧弱、負ける要素は少ないが兵士達の精神的なダメージは大きいだろう。モチベーションを維持出来るかが問題になるな。

 

 

 

「辺境付近の大きな街の領主が率いているのが最も確率が高いと思いますが、それ程の統率力の有る領主が居るとも思えません」

 

 

 

 中指で眉間を抑えて記憶を思い出しながら答えてくれたが、有能なタマル殿でも難しいだろう。兵士も領民も癖の有る連中が多く、非常時には自分を優先する連中も多そうだし。

 

 緊急時に指導者の指示に従って行動出来るか疑問だし、仮に行動出来てもフルフの街に来るまで維持出来るとも思えない。途中で空中分解すると考えていた。

 

 クーデターを起こした主要な高位貴族達は早々にエムデン王国に亡命を望み、捕縛して情報を洗いざらい吐き出させてから適切な処置を施した。

 

 

 

 つまり国軍は崩壊し、領主軍や貴族の私兵位しか組織立った戦力は無い筈なんだ。当然だが指揮官や隊長クラスも枯渇している、烏合の衆の筈だったのだが……

 

 

 

「まぁね。属国時代に凡その領主の能力と領地の規模、戦力等も調べた事が有るからね。確かに兵士だけでなく領民達も含めて統率する者は居なかったな」

 

 

 

「少しでも先を考える事が出来る者達は、率先して亡命を希望してきましたわ。能力的に危険な者達は捕縛し、無能な連中は相手の混乱を期待して放逐しましたわ」

 

 

 

 うん。アルドリック殿の報告で、そういう対応をしている事は分かっているしリストで名前も確認した。確かに軍属や役職持ちの中で有能そうな連中は捕縛済みだった。

 

 同時に武器や防具、食料等の物資も殆ど没収したので巻き返しも厳しい状況の筈なんだ。だがバーリンゲン王国全体でみれば没収した量は一割にも満たないのかもしれないな。

 

 欲深い連中だし、隠し財産とか得意そうだし、自分の命に関わると思えば溜め込んだ財貨も放出するか?

 

 

 

「微々たるものだったのかもね。今迄は退去させた連中や近場の連中が多かったが、これからは辺境付近からフルフの街まで来れる様な統率の取れた連中を相手取る事になるのかな」

 

 

 

 死に物狂いの連中を相手にしているのだから、気を引き締めて当たらないと思わぬ失敗をしそうだ。何事も簡単な事などないし、甘く見ていて慢心して王命の失敗とか笑えない。

 

 バーリンゲン王国の消滅はエムデン王国の悲願であり、未来に瑕疵を押し付けない為にも必要な事なんだ。絶対に失敗する訳には行かない。だが手段は考えなければならない。

 

 単純に僕がゴーレム兵団を率いて難民キャンプを殲滅して終わりにはならない。民族根絶やしには相応の理由が必要で、安易な事をすれば周辺諸国との関係が悪化し……

 

 

 

 最悪は戦争だ。しかも人類の敵として扱われる。此方に正当性は無く、相手は聖戦と言い出し、モア教も良くて静観、悪ければ神敵として扱われる。

 

 

 

「防衛対策の見直しが必要になるかも知れませんわ。少なくとも、バニシード公爵とアルドリック殿達とは再協議が必要になりますわね」

 

 

 

 お互いの視線を合わせた後で、溜息を吐く。バニシード公爵とは歓楽街の件も含めて、最近の関係は微妙なんだよな。この件を持ち出しても、杞憂とか言い出さないよな?

 

 

 

「防衛線の見直しと巡回の強化、それとフルフの街の防衛力の向上。最悪は、このフルフの街に攻め込んで来るだろう。此処を落とせば、モレロフの街まで一直線だ」

 

 

 

 現状、正規兵は三千人常駐しているが常に巡回を行っているので非番を含めて即応できる戦力は五百人。残りは広範囲を巡回しているので、最悪は各個撃破の危険性も有る。

 

 フルフの街を基点として城壁を左右に伸ばしても完全封鎖など不可能だが、やらないよりもやった方が良いか?でも高さ10mの城壁を築いても、監視していなければ梯子で登って終わりだ。

 

 堀と城壁を組み合わせても高さ10mを超す事はコスト的にも難しい。無人の城壁など、時間と労力さえあれば何とでもなる。相手は人数だけは此方の十倍以上、とても無理だな。

 

 

 

「組織だって複数で同時に何ヵ所かの防衛線の突破を試みられたら、現状で守り切る事は難しそうです」

 

 

 

「巡回部隊の正規兵は二十人程度、倍以上の難民程度なら何とでもなるけど敵意を持って攻め込んで来る十倍以上の民兵には敵わない。そもそも、そういう想定はしていない」

 

 

 

 計画が甘かったとは思わないが、小国とは言え国民全体に対して数千人で広範囲の防衛線を維持しろは無理が有ったか?

 

 リゼルと叩き台の草案を話し合い、終わった後に対策会議を行う事をバニシード公爵に申し入れた。返事が半日待たされたのは、意趣返しのつもりだろうか?

 

 バニシード公爵は高位貴族に有りがちな慢心が見え隠れしている。今迄が順調で大した問題も無かったし、このまま何事も無く王命が達成出来ると思ってるなら危険だぞ。

 

 

 

 最悪の場合、自分達だけで動く事になりそうだが、仕事の区分を明確に分けた事が仇になりそうだ。越権行為とか権利の侵害だとか言い出したら、此方も泥沼に嵌りそうだな……

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 会議は翌日の午後に決まり、場所は完成した大使館で行う事になった。ニーレンス公爵の管理下の建物なので、お互いのテリトリーでは無い中立という場所の認識だ。

 

 バニシード公爵は、アルドリック殿達参謀の他にハイモ男爵も同行させている。もうこの時点で一悶着有る事が決定したよ。何故、自分の護衛とは言え役職の無い派閥構成貴族を参加させたの?

 

 男爵とは言え、バニシード公爵が個人的に護衛として連れて来たのだから、この会議に参加させる事は駄目じゃない。最悪、静観だけなら良いとするけど絶対に意見を言うよね?

 

 

 

「随分と豪華絢爛な大使館になったな。エルフ族としか対応しないのにな」

 

 

 

 初っ端から嫌味を言われたのか?それとも牽制?なにに対して?単純に、ニーレンス公爵に対して趣味が悪いと言ったのか判断に困る。ハイモ男爵は腕を組んで頷いているが、アルドリック殿達は顔を顰めた。

 

 

 

「国威を示す為でしょう。他種族とは言え必要以上に持て成す必要は有りませんが、相応の格を示す必要は有ります。国家間の関係を結ぶ重要な場所ですよ」

 

 

 

 外交官の真似事をさせられているから分かるのだが、清貧とか簡素とかで質素な応接室に国家の代表が通されたらどう思う?大陸最大級の国家が、自分に対して費用を抑えた持て成しをしたら?

 

 その場で心の中で交渉の拒絶迄は行かないが、拒否や拒絶の方向に気持ちが傾くだろ?自分だって貴族なのに貧相な応接室に通されて安い茶で持て成されたら、どう思うか考えれば分かるだろ?

 

 座る様に促したら、バニシード公爵は無表情になりハイモ男爵は小さく舌打ちしたよ。アルドリック殿は……あれ?なんか物凄い顔をして座らないで……ええっ?

 

 

 

「ハイモ男爵!貴様は此処に居る資格は無い。早々に立ち去れ、立ち去らなければ実力行使をしてでも叩き出すぞっ!」

 

 

 

 えっと、アルドリック殿って、こんな熱血漢だったっけ?同僚の二人もオロオロしているので、事前に打合せていたりはしていないと思うけど……

 

 

 

「何だと!ひ弱な文官の癖に、俺に対して叩き出すとは大言壮語も甚だしいぞ。俺は護衛として同席しているんだ」

 

 

 

 予想通り、武力に自身の有る連中の陥り易い文官を軽視する悪癖持ちかぁ。立上り顔を真っ赤にして怒鳴りだした。軟弱な者が強者たる自分に意見するなとか思っているんだろうな。

 

 だが武官寄りの、ハイモ男爵の本気の恫喝に一切の怯えも無い。これって相当の覚悟が極まってしまっている感じだ。ハイモ男爵が腰に差したショートソードの柄を握っても、彼の目から視線を動かさない。

 

 アルドリック殿に何が有ったか分からないけど、良い方向に変わった事は分かる。分かるのだけれど、この状況になる事は分かり切っていたよね?

 

 

 

 もう少し穏便に角が立たない様にするのが、参謀としての考えじゃないのかな?

 

 

 

「斬れるのならば斬れば良い。俺は構わない。お前の馬鹿な行動にも我慢の限界だ。これ以上の愚かな行動を起こすのならば、俺にも責任の一端はあるから潔く切られよう」

 

 

 

 思わぬ思い切りのよい言動に思考が止まるが、アルドリック殿の前に魔法障壁を張る準備を終えた時に隣に座る、リゼルが僕の膝に手を置いた。僕も落ち着けって事だろう。

 

 急展開に驚いたけど、今はもう大丈夫です。刃傷沙汰になっても無傷で止める段取りは出来てます。バニシード公爵は未だ混乱しているみたいで、目を白黒させている。

 

 自分の配下と下に配属された参謀の諍いなのに、自分は置いてけぼりにされているからかな。自分が切れ散らかすのは慣れているけど、他人がというか配下が目の前で切れ散らかすのは慣れないとか?

 

 

 

 今迄に無いシチュエーションには間違いないだろうね。

 

 

 

「ぐっ、ぐぬぬ。言わせておけば、ならば望み通りに斬り捨ててくれるわっ!」

 

 

 

 ショートソードを抜いた時点で魔法障壁を張る準備を終える。状況は飲み込めないが、手を出させて防いだ方が良さそうだ。爵位持ちでも無冠の者が爵位と役職有りの者に手を出す。

 

 これって貴族的には大問題だし、仮にアルドリック殿に怪我を負わせる事になれば、連れて来たバニシード公爵も無関係では居られない。貴族院を巻き込んだ大騒動に発展する。

 

 僕は下世話な事を考えていたのだが渦中の、アルドリック殿は厳しい視線をハイモ男爵に向けてはいるが落ち着いている。どうしたの?何が有ったの?

 

 

 

「落ち着け、ハイモ!剣の柄から手を放せ、馬鹿者がっ!」

 

 

 

 漸く再起動した、バニシード公爵が大声で制止したが……どういう風に収めるのか、少し不謹慎だけど楽しみになってきたよ。

 

 

 

 

 

 


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