古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第988話

 巨大な森と化した、イエルマの街を遠目で伺う。既に城壁の一部しか見えず、残りは蠢く緑色のナニかに浸食されていますわね。残った城壁も徐々にですが崩されています。

 

 あれはイエルマの街の痕跡を全て無くしてしまおうという強い意志を感じます。バーリンゲン王国というものを文字通り地図からも消して文献の文字のみの存在にするという強い意志。

 

 彼等の仕出かした事を考えれば、自業自得でしょう。私はエムデン王国に敵対する愚か者共を唆し襲わせて、返り討ちに合わせて滅滅させるのが切なる願い。いえ、神命です。

 

 

 

 御父様も祖国に弓を弾く愚か者でしたので、他の不要な方々と共に反乱を起こさせて滅んで頂きましたわ。

 

 

 

「文献でしか知りませんが、あの植物達は熱帯地方で生息するもの。この不毛な大地には似合わないと思いますが、エルフ族の魔法技術ならば可能なのでしょうか?」

 

 

 

 王宮内の温室『トロピカルガーデン』で栽培されている珍しい植物達。私も何度か招かれて鑑賞しましたが、シダ類といわれる葉の形状を楽しむ植物に似ています。

 

 ゴクラクチョウカを代表とする花を楽しむ植物。特にゴクラクチョウカの花は南国の鮮やかな小鳥の頭のような形状をしている珍しいものでした。

 

 他にも、バナナという湾曲した黄色い果実の生るものとか……この地の植生には合わないものばかりですわね。エルフ族の趣味なのでしょうか?

 

 

 

 まぁ彼等はエムデン王国に敵対行動をとっていませんので放置で良いでしょう。滅ぼすべきは、バーリンゲン王国なのですから。

 

 

 

 この国は異常です。我が国に対して友好国の振りをした潜在的敵国、属国に収まったとおもえば直ぐにクーデターを起こして独立を宣言しましたわ。

 

 国王に仕えている貴族達も、住んでいる国民達も等しくエムデン王国を下に見ている不遜な連中。全てを滅ぼす必要の有る害虫、私に下された神命は彼等の根絶。

 

 幸いというか、彼等は等しく愚かでエムデン王国に対して悪意を持っています。故にその悪意を増幅すれば、簡単に馬鹿な行動を起こします。

 

 

 

 所謂、自滅行動。自殺志願者でしょうか?

 

 

 

「モンテローザ様、ここは危険ですので速やかに移動しましょう」

 

 

 

「御身を大切に、ここは一旦引き上げましょう」

 

 

 

 この二人は、私への忠誠心をギフトで更に引き上げた側近。彼等には分からない様に追い込んで、わざとらしく大袈裟に助けたので、自作自演ですが効果は絶大でした。

 

 彼等の大切な物、家族や恋人を危機に追い込んで分かり易く助ける。先ずは感謝の気持ちを増大させて、その後に好待遇で雇い入れて忠誠心を芽生えさせて更に増大させる。

 

 私のギフトの『感情増幅』は、その時抱いていた感情を劇的に引き上げるモノで重ねがけも可能。表面的に取り繕っている感情でなく本心、故に本心を理解しないと望んだ効果にはならない。

 

 

 

 貴族は本心を隠して上辺を取り繕う事に長けているので、本当に困ります。

 

 

 

 その点、彼等は平民階級ですので感情表現が素直で助かりました。未だ幼くギフトの使用方法に熟知していない頃、貴族の淑女達に使ってしまい、思わぬ反発を受けた事は苦い思い出です。

 

 表面上は侯爵令嬢の私を立てて敬って見せていても、本心では毛嫌いしていたのです。その嫌な女だけれど立場上は好意的に接しなければ駄目な感情の、嫌な女の部分を増幅させてしまいました。

 

 その結果は隠れての陰湿な嫌がらせから始まり、最後は直接的に暴力を振るわれそうになりました。その苦い経験を活かし、思考を誘導する手段を学びましたわ。

 

 

 

 まぁその結果は、一定以上の自制心が有り本心を取り繕える連中には効きにくい事と逆効果な事。

 

 

 

 前回は危機的な状況だった為に、相手に本心を取り繕えるだけの余裕が無くて上手くいきましたが自分も同じ危険な状況に身を置かなければならず、本当は嫌でした。

 

 これも祖国を思う心と、自分に都合の良い取り巻きを作る事でなんとか耐える事が出来ました。まぁ殿方に使用する場合は十分に注意しないと、淡い恋心が独占欲強めの色魔になってしまいます。

 

 私も高位貴族の令嬢として、身を任せる殿方は実家の繁栄を約束出来る相手でなければなりません。実家を繁栄させる?

 

 

 

「あれ?お父様は討たれて実家は既に取り潰し?なのに何故、未だにこの様な行動をしているのでしょうか?」

 

 

 

「モンテローザ様?なにか申されましたか?」

 

 

 

「どうかされましたか?お早く移動しましょう。此処は危険です」

 

 

 

 実家の為でなく、エムデン王国の為に?実家や自分を犠牲にしても、祖国の繁栄の為に?何故、私は他国に潜入してまで、このような危険な事を繰り返すの?だって、それは『神命』だから?

 

 

 

「なんでも有りませんわ。急いで移動しましょう」

 

 

 

 だって、それは『言われたから、言われた通りにする必要が有るから』よね?神命じゃないわ。言われたから従うしかない、誰に?誰からだったかしら?

 

 でも、それが私の役割で、この反エムデン王国に染まった連中を全員道連れにしてエムデン王国に挑む必要が有るの。全滅する必要が有るの。自分を含めて全ての反エムデン王国の連中を道連れに……

 

 そうしないと駄目だから、それが私の、わたし?の役目だから?わたしの?なんのために、わたしが?あれ?わたしは……わたしはナニをしているノカシラ?

 

 

 

「急ぎましょう」

 

 

 

「早く此方に」

 

 

 

 その場で動かない私を不思議に思っても逃げないと危険だからと、二人にそれぞれ手を掴まれて引っ張られる。引かれるままに、その場から移動する。

 

 次の仕込みが花開く場所は、シャンヤンの街。あの街の連中の、反エムデン王国の感情を出来る限り高めたわ。素性を隠し、バーリンゲン王国の王都から逃げて来たと偽り。

 

 エムデン王国の嘘の非道な事を言えば簡単に反エムデン王国の感情が増幅したし、私も彼等に掴まって奴隷にされそうになって命からがら逃げて来たと言えば同情もしてくれた。

 

 

 

 同情してくれた連中は味方として引込み、反エムデン王国の感情は増幅させていない。上書きしてしまったら、私の事を助けてくれなくなる可能性も有るから。それでは手駒にならないから。

 

 隠しておいた粗末な馬車に乗り込み、シャンヤンの街に向かう。人々を扇動し武器を持たせて、エムデン王国に攻め込む準備をしなければならないわ。

 

 イエルマの街は間に合わず滅んでしまったけれど、シャンヤンの街は未だ間に合うはず。まさか欲望を肥大化させてしまった連中が、エルフ族絡みの植物ゴーレムを襲うとか意味が分からなかったわ。

 

 

 

 いくら感情を増幅させたといっても、自殺願望は増幅させてない筈よ。ここのお気楽な連中が、そんな悲壮感を抱いている訳がないもの。馬鹿を増幅して大馬鹿になったのかしら?

 

 

 

「ええ、急ぎましょう。間に合わなくなってしまうわ」

 

 

 

 ガタガタと酷く揺れる馬車の荷台に座り、振動でお尻を打ち付けれられる痛みと不快感に耐える。埃っぽいし五月蠅いし、お尻は痛いし、何の為に誰の為に、こんな辛い事に耐えているノカシラ?

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「間に合わなかったの?」

 

 

 

 休憩を挟み丸一日ほど、粗末な馬車の騒音と振動に耐えて向かったシャンヤンの街ですが……既に崩壊していました。

 

 

 

 荒野を真っ直ぐ伸びた街道の遥か先に有った筈の城壁は既に無く、巨大な緑色の植物の山が蠢いています。イエルマの街と同じ結末を迎えてしまったのね。

 

 思わず腰が抜けて馬車の手摺に凭れ掛かってしまいました。あの街に住む協力者(手駒)の所に当座の資金や物資を全て預けてあったのに、その全てが森に埋まってしまったわ。

 

 イエルマの街の時も観察しましたが、あのウネウネが街を覆って滅ぼす時間は三十分にも満たない僅かな時間でした。シャンヤンの街も少し前に攻められて崩壊したのでしょう。

 

 

 

 周囲を見回しますが、シャンヤンの街から脱出したと思われる人達は居ないみたいです。居れば全力で此方か王都の方に逃げ出している事でしょう。

 

 

 

「おそらく、少し前に襲われたのでしょう」

 

 

 

「逃げ出せた者は居ないみたいですね。まぁあの街に残っていた連中には危機感を感じられませんでしたし、自業自得でしょう」

 

 

 

 何とか手摺を掴んで力を入れて起き上がります。事実は受け入れなくては駄目なので、取り敢えずシャンヤンの街は全滅。隠した資金も物資も全滅、手持ちは馬車に積んでいる僅かしかないわ。

 

 三人ならば、私を優先して一週間。平等にして切り詰めて二週間って感じかしら。水は十分に用意しましたが、食料と燃料は心許ないですわね。どこかで補給するにしても、辺境方面の街や村は全滅と思って良いでしょう。

 

 蠢く緑色の悪魔を見て考えます。アレは人里を優先的に襲っています。津波の様に面で襲って来る訳でもなさそうです。元シャンヤンの街の左右は未だに荒野で、植物は殆ど生えていません。

 

 

 

 アレの行動原理な何なのでしょう?

 

 

 

 最初に複数の植物ゴーレムが隊列を組んで辺境方面に向かいました。通過した時に街や村には何もせず、襲われた場合は返り討ちにして直接襲った者は全員倒しましたが傍観していた者は倒したり倒さなかったり。

 

 明らかに優先度は自衛で、襲われた場合は襲撃者は必ず殲滅でした。辺境の蛮族達への対応も同じで、襲われたら必ず攻め滅ぼす。目的地は辺境?いえ、ならば何故、彼等は戻って来て街や村を優先的に襲っているのか?

 

 視界の先の不気味な植物達の動きは、徐々に広がっていますね。家々を圧し潰し城壁を飲み込み自身の身体を大地に広げている。それはまるで、荒野を自分達の身体で覆って森にしようとしているみたいで……

 

 

 

「この荒れ果てた荒野を森に作り替える?でも、そもそもエルフ族の棲む森は神聖視されていて過去から連綿と続いている歴史の有る森。こんな急造の森に棲みたいとも思えないわ」

 

 

 

 何かが引っ掛かるわ。大陸の最先端の辺境に大量の植物ゴーレムを送り込んで、その途中に存在する街や村を殲滅させて森に変えている。不毛な大地を実り豊かな森に生まれ変わらせる?

 

 上から目線の傲慢なエルフ族の思考を読み解けば、確かバーリンゲン王国はケルトウッドの森のエルフ族に対して性奴隷になれと迫って逆鱗に触れた。つまり、エルフ族はバーリンゲン王国に所属する者を皆殺しにしたい。

 

 小国とは言え全ての者を皆殺しにするのは難しい。必ず逃げ出すので生き延びる者も僅かかも知れないが居るでしょう。それが我慢出来ないなら、どうする?

 

 

 

「国境を森で埋めてから徐々に内側に攻め込めば逃げ出せず一網打尽に出来ると考えた?」

 

 

 

 壮大な包囲網ですが、エルフ族の非常識な魔力を考えれば可能でしょう。実際に二つの大きな街の崩壊を自分の目で確認しています。イエルマの街もシャンヤンの街も、其処に住む者達は全滅でしょう。

 

 

 

「私はエルフ族の仕掛けた植物の籠に捕らわれた?」

 

 

 

 当然ですがエムデン王国方面に逃げ出しても無駄な様に、向こうの国境周辺も森で埋まっているでしょう。船で逃げ出さない様に海岸線も森で覆われていると考えた方が良いでしょう。

 

 囲いが終わったから、エルフ族は街や村に攻め込み始めたと考えれば……次の標的は、ブレスの街かフルフの街かしら?国土の中央付近に王都とケルトウッドの森が有りますから、徐々に中央に追い詰めるとすれば?

 

 間違いなく、バーリンゲン王国とそこに住んでいた者達は絶滅するわ。エルフ族と懇意だった魔牛族と妖狼族はエムデン王国に移住したし、無関係と思われる辺境の蛮族達は区別せずに共に滅ぼすのね。

 

 

 

「嗚呼、もう私が何もしなくてもバーリンゲン王国は滅ぶわ。何をしても無駄だわ」

 

 

 

 折角立ち上がったけれど、全身の力が抜けて再度座り込んでしまう。この国の全ては滅ぶ、何もかも文明の痕跡すら残らずに森に埋まってしまう。エルフの管理する森に人間は立入り出来ない。

 

 エルフ族は、憎っくきバーリンゲン王国の痕跡を全て地上から消滅させる為に自分の管理する森で覆い隠すのね。凄く傲慢な種族、これがエルフ族のやり方なのね。

 

 つまり、私の目的は絶対に果たされる。目的は……もくてき?はたされる?わたしのシメイはハタサレタ……わたしは、ワタシは……

 

 

 

「私に課せられた命令は達成される。はっ?私は何をさせられていたの?いえ、そうです。そうだ、あの女に唆されたんだ!あの女が、私に命令して……それを私が受け入れた」

 

 

 

 思い出すと悔しくて力一杯握っていた手に爪が食い込んで、傷付いたみたいだわ。それでも痛みを感じずに今度は馬車の手摺を思いっ切り叩く。何度も何度も叩く。

 

 

 

「モンテローザ様、お止めください」

 

 

 

「手が傷付いています。もう止めて下さい。落ち着いて下さい」

 

 

 

 慌てて止めようとする二人の手を振りほどく。こんな手の痛みが何だと言うのです。私の負わされた心の痛みと比べたら、なんという事も有りませんわ。

 

 許さない、あの女を絶対許さない。なにがサロンの女主人だ、なにが貴族令嬢達の纏め役だ、芸術家の守護者?ふざけるな、ふざけるなよ!

 

 お前を洗脳して仲間に入れてあげようとしたのに、逆に洗脳されて追い詰められてしまったのね。でも酷すぎる、一族郎党反逆者となり滅べとか酷すぎるわ。

 

 

 

「絶対に、絶対に許さない。御父様を死に追いやり、我が家を断絶に追い込んだ……モリエスティ侯爵夫人、あの女を絶対に許さない!」

 

 

 

「モンテローザ様?何を言っているのですか?」

 

 

 

「早く馬車を出しなさい。エムデン王国に帰ります。此処に居る必要など、もう一欠片もないわ」

 

 

 

 私達が逃げ込めるか、森の浸食に追い付かれて飲まれて死ぬか。時間との闘い、準備もなにもかも全く無いけれど、座して死ぬ訳にはいかない。

 

 

 

「ぐずぐずしないで、急いで!」

 

 

 

「はっはい!」

 

 

 

 逆転の一手は、もう居ないかもしれませんが、フルフの街にならば、エムデン王国の関係者が残っている筈だわ。

 

 私が逃げ込む時には、エムデン王国に接収されていたわ。上手くすれば、包囲網の森から外れているかもしれないわ。

 

 駄目でも、この国に居る必要などもう無いし、絶対にエムデン王国に戻って復讐するのよ。

 

 

 

 『復讐するは我に有り』必ず生き残って復讐してあげるわっ!

 

 

 


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