古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第983話

 仕事が順調だと魔が差す事も多くなるのだろうか?『好事魔多し』という諺(ことわざ)もあるし、人って前例が有って知っているのに同じ事を繰り返すのだろう?

 

 入れ替えた人材の不祥事について、アルドリック殿に定時連絡会の時に報告した。兵士達からの生の声という事にして、報告書に纏めてあるが裏取りはお任せしますと……

 

 因みに、女性兵士達との懇親会はお茶会となり数回に分けて行った。その時に同じ様な苦情が有り、其方も纏めている。男性よりは少ないのは、連中が女性を優先していたからだろうか?

 

 

 

 この情報をどう活かすかは、バニシード公爵に任せた。

 

 

 

 庇って有耶無耶にするか罰するか、何方でも良かった。その結果はフルフの街に駐屯する全ての者が知る事が出来る。今後の事を考えれば迂闊な事は出来ない。

 

 それと派遣されている兵士達は殆ど独自で王命の遂行が可能な位に組織を作り上げている。責任者である、バニシード公爵が不在でも問題無いレベルになっている。

 

 まぁアルドリック殿とリゼルが協力して組み上げたのは何かしらの含みがあっての事とは思うが、上級貴族が派遣されるという事は配下が殆どの仕事を賄えるって事もある。

 

 

 

 名誉職みたいな扱いと、相応の爵位が無いと駄目な任務も有る。今回は元属国とはいえ、貴族が亡命を希望する可能性が高く他国の貴族を一般の兵士が対応出来るのかと言えば難しい。

 

 その辺の事も織り込みで人事が任命されている。現にバニシード公爵は軍属ではなく、派遣される時に臨時の軍籍を拝命している。現状で亡命を望む貴族は減少している。

 

 正直な所、兵士達にとってはバニシード公爵の心象って微妙らしい。問題ばかり起こす貴族の派閥の当主に向ける、迷惑を被る一般兵士の感情なんて想像が付きやすいよね。

 

 

 

 まぁ彼等も正規の軍人だから国家からの任務と思い割り切って従ってはいるが、不満が無くなる事も解消される事も無い。

 

 バニシード公爵としては居辛い状況に追い込まれているのだが、改善するにも人も予算も時間も無い。だが王命は順調に進んでいるので、このまま現状維持でも達成出来るだろうと思っていた。

 

 この追加で送られてきた新しい王命と言う名の『命令書』を読むまではね。周辺諸国の動きが予想よりも大分早い。情報が漏れたか、状況で判断して手を出してきたのか?

 

 

 

「第36回定例報告会を始めます。先ず新しい王命についての対応ですが……」

 

 

 

 僕とリゼル、アルドリック殿と新しく呼び寄せた参謀が二人。これが定例報告会の参加者だ。因みにバニシード公爵は参加しない。彼とは別で会議をしている。

 

 これは実務者会議で有り、結果の報告を聞いてから最終承認という形で僕とリゼルと三人で話し合いを設ける。実務に肩書だけの上司は参加しても困るというのが本音かな。

 

 建前は下話を終えて、その報告を聞いて貰ってから最終的な話し合いを行い決定しましょうって事だ。要は根回しで、下話の段階で殆ど決まっている事を公の場で承認する流れか。

 

 

 

 貴族といわず、話し合いをスムーズに進める為の根回し。途中の段階で参加させると、自分の意見を通そうと無茶振りするのは見えている。

 

 要は本職に任せて結果は承認してくれ。承認すれば本件の最終承認者が責任を負うのだが、その為に優遇されているのだから文句は言うなって事だね。

 

 それを理解している者と理解していない者が居る。意外と後者は少ないのだが、それでも一定数の困った者は居る。そして大抵が高い爵位を持っている。

 

 

 

 我儘が通用する環境に置かれた者ほど、我を通そうとする。その結果が失敗の場合は担当者に責任を負わせるという、悪い流れが発生するんだよな。

 

 

 

 まぁ根回しも談合とか既得権確保とか、良くない場合も有るので討論は必要なのだけれど……それこそ根回しを不正の象徴だと騒ぎ公の場で討論をする必要が有ると正論をかます者も居る。

 

 有識者とか専門家とかいう自称連中なのだが、綺麗事しかいわないから話し合いは長引くし結局結論には至らない。そして口は出すが責任は取らないから言いたい放題だよ。

 

 エムデン王国は王政を布いているし貴族社会だから、そこまで酷くはないけれど共和国とか自由都市連合とかは大変らしい。専制君主が存在しない、国民に選ばれた代表が国政を担うらしいのだが……

 

 

 

 権力が集中しないので、判断が遅いし色々な制限も設けられる。投票という制度は、能力よりも人気や自己アピールに長けた者が選ばれやすいんじゃないのかな?

 

 自由都市連合はもっと複雑で街単位の代表が相互安全保障と経済的な利益を共栄しようと集まった、カシンチ族連合の巨大版みたいなものだろうか?

 

 まぁ僕はアウレール王に個人的な理由で忠誠を誓っているので、今の王政に不満はない。不満というか利益の方を多く享受しているので大歓迎だよ。

 

 

 

「モア教からの要求、いえ要望ですね。友愛を是とする良き宗教ですから、僕等の思惑通りに動いてくれる保証なんて無いし強制も出来ないし、するつもりも無いですね」

 

 

 

「モレロフの街の復興支援に援助して貰う事で一応の対応は本国の方で行ってくれるとの事ですが、モア教の要望に周辺諸国の思惑が乗った感じですかね?」

 

 

 

 各自が簡単な資料に目を通しながら確認作業という認識共有を行う。モア教絡みなので現場に丸投げなど出来ないのだが、復興にカシンチ族連合と魔牛族を利用するみたいだ。

 

 これは、バニシード公爵のファインプレイだな。目に見えた協力を行える事で、モア教関連は一応の成果を出して満足する筈だ。問題はエムデン王国以外の周辺諸国の連中まで受け入れる事だね。

 

 モア教からの協力したいという申し出を無下に断る事は難しいし、余計に疑われる。何か隠しているのではないか?良からぬ企みを実行しているのではないか?とかね。

 

 

 

「バーリンゲン王国領内に侵入するには、エムデン王国を通過するしかなく防諜対策は完璧だから侵入は不可能でした。ですが復興支援という建前で、モレロフの街までは来れますね」

 

 

 

「厳重な警備を敷いているが完璧では有りません。抜け出す事も有り得るでしょう。そんな連中がバーリンゲン王国から逃げ出す連中を見付けて保護すれば、大嘘を聞かされてエムデン王国を非難しますね」

 

 

 

「侵入した連中も義憤に駆られて悪意無く調査したら、とんでもない真実を見つけ出してしまった。エムデン王国は極悪非道な国家だぁ!とかモア教に捏造報告をしそうです」

 

 

 

 参謀達の溜息と共に吐き出された意見に概ね賛成する。それを防ぐには防衛網の見直しが必須、前方に多くの警戒を割いていたのに後方にまで目を光らせる必要が出来た。

 

 当然だが、本国でもモレロフの街と周辺に厳重な監視網を敷くだろうし復興支援の連中の身元調査も厳重に行うだろう。だがモア教の関係者に潜り込まれたら、強硬な手段は使えない。

 

 諜報部員や工作員は『草』と呼ばれる現地に密着し根を張る気の長い連中もいるので、モア教の関係者の中に居ないとは言い切れない。

 

 

 

「エルフ族さえ絡んで無ければ、仮に視察を受け入れても何も問題はないのですが……国土が森に呑まれるという驚愕の事実を知ってしまえば、どういう反応を示すかわかりませんわ」

 

 

 

「まぁね。領土問題は独立国家として重要な部分だから、バーリンゲン王国が森に呑まれて消滅するという事を終わった後に知らされるのと、途中で自分達で情報を掴んだとなれば……何を考えるか分からないね」

 

 

 

 強大なエルフ族の仕出かした事をバーリンゲン王国が愚かな事をしたので報復された結果だと知らされれば、悪意を全てバーリンゲン王国に擦り付ける事は可能だろう。

 

 馬鹿が馬鹿をやって結果的に滅んだ。本当に愚かな国だった。エルフ族もバーリンゲン王国を滅ぼした事で満足して手を引いた。今後はこの様な事は無い様に注意しろ!で終わらせる事も出来なくはない。

 

 結果を知っただけならば改善策を講じれば大丈夫という方向に持って行ける。だが現在進行形だと話は違ってきて、危険と不安を煽られると話が拗れるんだよな。

 

 

 

 『バーリンゲン王国だけじゃなく、人間全体に悪意を以って攻めて来てるぞ!』とか煽られたら一定数は信じてしまう。人間至上主義者達の恰好の煽りネタだね。

 

 

 

「このモレロフの街を難民の受け入れの地として周辺を含めて復興の支援をする事と、可能ならばカシンチ族以外の反エムデン王国の思想に染まっていない者達の確保が問題ですね」

 

 

 

「辺境付近の街の親バーレイ伯爵派閥の取り込みの事ですかね?ですが辺境は既に森の浸食が始まっているでしょうし治安も悪くなっています。既に幾つかの街や村が滅んだとも……」

 

 

 

「対象の連中ですが探し出すのも困難。居ても反エムデン王国の連中と行動を共にしてる可能性も有り。無理では?」

 

 

 

 参謀達の意見は間違いはない。個人的感情では、アブドルの街の守備隊のミグニズ殿やブングル殿。その娘や妹殿。領主夫人のタマル殿とかは受け入れても良いとは思う。

 

 後はリヨネル殿とかの有能な連中は、事前に引き抜いている。他に有能というかエムデン王国に対して無害な連中とか正直に言えば分からない。判断のしようが無い。

 

 親エムデン王国派といわれた辺境の街は、エルマの街とブレスの街、ソルンの街とシャンヤンの街の四つだが今もそうだとは分からない。

 

 

 

「人手を割いてまで捜索するのは愚策でしょう。此方には余剰人員など一人もいないのですから、此処まで辿り着ければ身元を調べた上で判断ですかね?」

 

 

 

 辺境に近い街に人を送り込むのは厳しい。既に森に覆われている可能性も有るし、麻の様に荒れている筈だから相応の戦力を行かせるしかないのだが、そんな余裕は無い。

 

 故にこの案件は保留、冷たいようだが彼等がフルフの街まで辿り着ければ保護というかエムデン王国に受け入れても良い。でも実際に辺境付近って、今はどうなっているのだろう?

 

 植物ゴーレムが辿り着けば、その身体を基点として植物が広がり森と化す。その速度は、クロレス殿に見せて貰った感じで考えれば一週間もしないで長老達の考えた植生の森となる。

 

 

 

 その森には人間は立ち入れないし、強行すればエルフ族から手酷い歓迎を受けるだろう。つまり全滅か殲滅だね。

 

 

 

「それで良いでしょう。捜索隊を編成する余裕は有りませんしね」

 

 

 

 タマル殿達については、無事を祈る以外に何も出来ないな。元々有能だし、戦力として守備隊もいる。だが元領主の妻として領民を保護し行動を共にしていた場合はどうする?

 

 自分達だけ助かって連れて来た領民は見殺しです!じゃ話は纏まらないだろう。だがタマル殿やブングル殿は領民を見殺しにして、自分達だけ助かろうとは思わないだろうな。

 

 現状、見捨てるしか選択肢が無いとは呆れるよ。大陸最大国家の最強の魔術師、英雄と呼ばれてもこの程度の事も満足に出来ないとは……

 

 

 

 だけど僕が単独で捜索に行くとかいうのは、任務と責任の放棄でしかない。

 

 

 

「親エムデン王国の連中に対しては待ちの方向で、反エムデン王国の諜報や工作員対策には今の人員では対処出来ない可能性が高いですね?」

 

 

 

 正規兵でも専門の訓練と教育を受けた諜報員や工作員を見つけ出して捕縛する事は厳しいだろう。だが何も対策をしない訳にはいかない。

 

 命令書には本国からモレロフの街を基点として防諜対策を行うってあるし、復興支援の人員が行方不明になった場合は直ぐに連絡を寄越すとなっている。

 

 仮にモレロフの街を抜け出し、スメタナの街とフルフの街を通過してバーリンゲン王国領に侵入するとして、行きは不意をつけるけれど帰りは厳重な警戒網を潜り抜ける必要が有る。

 

 

 

「ある程度は本国任せになりますね。モレロフの街から警戒要請が来た場合の人員の配置計画を練っておいて、有事の際は対応するしか今は無理かな」

 

 

 

「そうですわね。最悪は非番の方々にも対応して頂く必要が有ります。それはバニシード公爵や参謀の方々が連れて来られた私兵や家人達も動員する必要がありますわ」

 

 

 

 聞き役に徹していた、リゼルさんからの意見。人手が少ないならば、有る所から引っ張って来ればよい。それはバニシード公爵達もそうだが、僕の関係者も動くと言う事だ。

 

 不審人物を見付けたら、配布した警笛を吹いて不審者の存在を周囲に知らしめる位しかできないが、それでも効果は高い。無理に捕まえようとすれば、返り討ちにされる可能性が高い。

 

 あとは人員点呼と確認だな。連絡が取れない者が居れば、巻き込まれた確率が高い。その二点を突き詰めれば良いか。前からやって来る不審者対応と捕縛については既にマニュアルが有るし。

 

 

 

 これで一応の方針は決まった。バニシード公爵への説明は、アルドリック殿に一任だが任せ切りらしいし許可だけ取れれば実務は此方で引き受けるから問題は無い。

 

 

 

「最後の問題ですが……娼婦の方々が娼館でお酒と料理を提供して御客様を持て成したいとの事ですが?」

 

 

 

 ジロリとアルドリック殿を睨む、リゼルさん。僕的には反対する気持ちは無いのだけれど、リゼルさん的には反対なのか。

 

 まぁ誘惑する機会を増やすのと、深酒をされたら翌日の任務に支障が出るとか?酒や料理の提供だって物資の流れが発生するし、今の輸送隊の運搬能力のキャパシティだと厳しいか?

 

 別の輸送隊を用意するとして、防諜対策が万全じゃないから諜報員や工作員が紛れ込む可能性も低くは無い。よって反対な訳だろうか?

 

 

 

 問題は直ぐに考えられるだけでも幾つも有る。もしも王都の娼婦ギルド本部が輸送隊を用意するとなったら、諜報員や工作員は送り込み放題だろうね。

 

 もしかしなくても最初の王命の対策に連動しているのか?王都の娼婦ギルド本部が反エムデン王国を掲げる近隣諸国に懐柔というか取り込まれている?

 

 この危険性を分かり易い言葉に変えて話し終えた、リゼルさんが再度強い視線をアルドリック殿達に向ける。利敵行為を推奨していませんわよね?と言葉を添えて……

 

 

 

 この指摘に、アルドリック殿と参謀達は視線を逸らしたり下を向いたりしたのは……気付いていなかったとかじゃないよね?

 

 


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