古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第980話

 御前会議ですが、前半は微妙な内容です。私が王都の娼婦ギルド本部に対して制裁を下す事を国王が承認、ですが内容については事前に協議が必要と釘を刺されました。

 

 最高指導者の集まった会議での議案としては微妙なのですが、放置しては危険と判断しての事なのでしょう。まぁ良いです。邪魔な存在なのは変わらないのですから。

 

 許可制とはいえ、国王の承認が得られるのならば問題はないです。これも王命ですが国王指導の件は、公には出来ないでしょうね。流石に体面が宜しくないので。

 

 

 

 私が泥を被る事になるのでしょうが、それを見込んだメリットは頂きます。

 

 

 

「娼婦ギルドの件は、ザスキアに任せるとしてだな。周辺諸国が小賢しく動き回っている件は知っているな?」

 

 

 

 娼婦ギルドの件は深く突っ込まれたくないのでしょう。アウレール王が早々に話題を切り替えましたが、此方が本来の議題なのでしょう。

 

 エムデン王国はウルム王国を併合して大陸最大の国家となりましたが、裏庭のバーリンゲン王国のゴタゴタで安定はしていない。そこに付け込む隙を見出す。

 

 普通に考える事なので、それ自体は想定の範囲内です。当然ですが対策は講じていますが、全てを事前に防げる訳も無く幾つかは後手に回る事も覚悟しています。

 

 

 

 この件も、私主導ですわね。あれ?私、酷使されていませんか?

 

 

 

 ジロリと、ニーレンス公爵とローラン公爵を睨む。諜報担当では有りますが、予算は内政担当が人手は軍事担当も無関係では有りませんわよ。

 

 両騎士団の団長に視線を向ければ、この脳筋共は理解していないのですか?何事だ?的な顔をしてますが、貴方達の配下も動員されるのですから他人事みたいな顔はしないで下さい。

 

 サリアリス様は……まぁそのアレです。王宮にてアウレール王をお守りするという最重要な仕事をしてくだされば良いです。

 

 

 

 アウレール王も誰も発言しない事に少し苛ついた感じで、私に発言を求める様に視線を向けて来ましたが……私、酷使されていませんか?

 

 

 

「バーリンゲン王国領に多数の間者が入り込もうとしているのは確信していますわ。今の所、全ての間者は捕らえるなり処分するなりして防いでいます」

 

 

 

「あの国には、我が国を通らなければ侵入出来ませんので、二重三重の防衛ラインを敷いて防いでいます。合わせて偽情報も流しています」

 

 

 

「捕らえた間者についての尋問も進んでおります。今の所は他国に真実が伝わった形跡は有りません。もっとも国土が森に埋まりエルフ族が支配するなど、想像も出来ないでしょう」

 

 

 

 私の発言の後に不味いと思ったのでしょう。ニーレンス公爵とローラン公爵が事前に共有していた情報を報告したわ。確かに真実には辿り着いていないし、その真実が荒唐無稽過ぎるわ。

 

 仮に真実の一端を掴んでも、その内容が余りにもアレ過ぎて偽情報だと疑うレベルよね。ですが、バーリンゲン王国の連中の愚か過ぎる行動の結果というと、真実味を帯びてしまいます。

 

 不思議ですが周辺諸国も、バーリンゲン王国が如何に異常な国だという事を理解しているのよね。あの国ならやりかねないという異常な安心感というか嫌な信頼感というか……

 

 

 

 まぁ国は地図から消えて人は全滅するのだから、もう過去の少し不思議な国家と民族の話になるのでしょう。吟遊詩人達が、どういう内容の詩(うた)にするか楽しみよね。

 

 『大陸の端に今は亡き不思議な国家有り。エルフの不興を買い国土を森に侵され、自らも滅亡したという伝説の異常者達の滅亡の物語』とかかしら?

 

 敗者の末路は勝者の特権で内容を決められて後世に語り継がれるのよ。その愚行の汚名を未来永劫語り継がれなさい。貴方達は、それだけの事をエムデン王国にしたのだから。

 

 

 

「今の所、エムデン王国は属国であったバーリンゲン王国のクーデターに対して直接介入は控えているがパゥルム女王と王女達の身柄は抑えている」

 

 

 

 周辺諸国に公式に公表している内容ね。クーデターが起こり成功、前政権の指導者はエムデン王国へと亡命という体で身柄を抑えている。

 

 

 

「報復に対しては幾つかの欺瞞情報を流しているが、クーデターを成功させたが内部にて主導権争いが発生しており共倒れを助長させている。間引いた後に生き残りに天誅を下す。そんな感じだな」

 

 

 

 クーデターが成功してしまったのは、前政権の指導者が無能だった為。そのクーデターを成功させた連中も政権奪取後に権力争いが起こり争い始めた。

 

 如何にも愚かな連中だと強調した内容を広めているのよ。属国化しても国家を維持出来ない無能な元女王と、政権を奪取しても権力争いで仲間内で争い始める愚か者共。

 

 エムデン王国は心底愛想が尽きたので、勝手に争わせて勝ち残った連中に天誅を下す。要は無能共は共に争って自滅し間引かれろって事にしています。内容は酷いですが、理解はし易い内容でしょう。

 

 

 

 情報を封鎖するのも他国の介入を防ぐという意味なら説得力がある。腐っても一応は独立した国家なのだから周辺諸国と国交を結び援軍を乞えば、戦力を送り込む理由は成り立つ。

 

 『友好国から援軍を乞われたので戦力を送るためにエムデン王国領内を通行させて欲しい』という要求は出来る。それが受け入れられるか拒否されるかは別問題だが、筋は通せるわ。

 

 『人道的な援助で人員を送り込みたいので通行を許可して欲しい』とか声を大きく建前を述べて強要してくる事も可能性としては無くはない。モア教を巻き込めば、拒否は難しい。

 

 

 

 モア教もバーリンゲン王国からは撤退していますが、教義の基本が『友愛』なので人道的にと請われれば動かざるを得ない可能性は低くはないわね。

 

 モア教関係者がバーリンゲン王国領内に入り込むとなれば、相応の護衛等の人材も動く事になり他国の間者が入り込み易くなります。モア教の関係者は無理でも、同行する連中の買収は可能でしょう。

 

 人員をエムデン王国で全て用意するというのも、モア教を信用していないとか言われる事になりますし宗教関係は本当に難しく頭が痛いです。

 

 

 

 なまじ、モア教が清廉潔白で領民に寄り添う事を是としているので買収も強要も出来ない、出来辛いのです。普段の方法を使えないのが頭の痛い問題です。

 

 まぁ国政に口出しをしないだけで十分に役立っているので、エムデン王国としても希望は極力応える方針です。宗教関連の話は特別扱いなので、皆さんも黙ってしまいますし、話題に出さないでしょう。

 

 

 

「元は属国だったのにクーデターを起こされたから放置して様子見は人道的にどうなのか?積極的に介入して早期の安寧を齎すのが、元とはいえ宗主国の責務ではないのか?そう言う意見が出ている」

 

 

 

 苦々しく言いましたが、一番嫌な予想が当たった感じの流れかしら?まぁ国力差を考えても力づくは無理なので搦め手で攻めるのは常道ですが、それはそれで嫌らしいわね。

 

 問題は苦言の出所よね。多分ですが周辺諸国から大使を通じての話なのか、我が国の貴族を買収して内から言わせているのか?最悪はモア教からの要望なのか?

 

 各々によって対応が変わってきます。最悪は方針を変更する必要も出ますが、エムデン王国としてもエルフ族との関係も有りますので約束を反故にする事は絶対に出来ないのよ。

 

 

 

 先ずは情報の出所の確認ね。アウレール王の耳に入っているという事は、買収された裏切者が王宮内に居るという事よ。

 

 正直に言えば、予想された内容だし、配下の諜報部員からも城下での噂話の一つとして拾ってきている内容よね。少しでもエムデン王国に反意が有れば、考えそうな内容ですし。

 

 それなりの能力が有る者ならば、最も効果の高い嫌がらせだと考えるわね。ですが、モア教から直接言われなければ、未だ何とかなる問題よ。

 

 

 

「それは、周辺諸国からでしょうか?国内からでしょうか?それともモア教からでしょうか?」

 

 

 

 周辺諸国からならば、その国の内情を乱す噂をバラ撒いて余計な事が出来ないほど混乱させればよい。国内ならば売国奴を探し出して処分し、新しい噂で上書きすれば納まるわ。

 

 エムデン王国の国民はバーリンゲン王国に対して、もう何も期待していないし関わる事すら嫌なのだから。彼等の行く末など興味も無いし、そういう風に誘導もしているわ。

 

 もう少ししたら、彼等が愚かにもエルフ族の逆鱗に触れて滅んだ経緯を真実と嘘を交えて広める準備も進めています。自業自得で滅ぶのに、エムデン王国も巻き添えにしようとしたとして。

 

 

 

 敵意を煽り、国土が森林化した原因として責任を取って自滅した。そういう流れに持って行く予定なのです。

 

 

 

「デンバー帝国のザンドの街のジェスト司祭を中心としたモア教の関係者からだな。彼等がエムデン王国のモア教関係者に働きかけている」

 

 

 

 思わぬ名前に思わず変な顔をして固まってしまう。参加者達も苦々しい顔をしているのは、如何にモア教への対応が難しく細心の注意が必要なのか先の聖戦の事も踏まえて理解しているから。

 

 

 

 ジェスト司祭?確かベルヌーイ元殿下を匿っていた教会の司祭よね?デンバー帝国に与して、エムデン王国の国益を損ねに動いたのかしら?ベルヌーイ元殿下の処遇に不満があったとかかしら?

 

 そんな表面的な事じゃないわよね。政治不干渉のモア教の司祭の行動としては軽率過ぎるし、その様な行動を起こすとも思えないけれど……亡国の王族を匿うというリスクを犯す相手よ。

 

 視線を天井に彷徨わせながら考える。デンバー帝国に買収された?いえ、政治不介入のモア教で表立ってデンバー帝国寄りの行動を起こせば問題視されます。この線は薄いわね。

 

 

 

 損得勘定は抜きで考えてみましょう。ベルヌーイ元殿下を匿う程の善人ですが、匿い切れずに助力を申し出る程度の能力しかないのよね。デンバー帝国には良い感情は持っていなかった筈よ。

 

 つまり善意でバーリンゲン王国の連中に助けの手を差し伸べたい?うーん、それはそれで可能性は低くないですが、その思考に辿り着くだけの情報をどうやって手に入れたのか?

 

 情報の精度を確かめる手段はあるのか?そもそも、誰から入手した情報を基に行動しているのかしら?誰かに踊らせている可能性が高い?誰に?この場合はデンバー帝国よね?

 

 

 

「感じとしては、どのようでしたものでしょうか?人道優先で早急な対応を求めているのか、行動に一定の配慮をして欲しいのでしょうか?」

 

 

 

 友愛を是とする教義を掲げているのですから、口も出しますが人手も出します位は言ってきますよね。その人員に他国の間者が紛れて現地で妨害工作を行う未来しか見えません。

 

 ですが、与えられた情報によって対応を考えなくては余計に問題が拗れる。難民が押し寄せている事を知っているのか?単に争いで街や村が襲われ、人々が困窮しているのか?

 

 前者であれば難民の受け入れと慰撫、後者であれば武力介入による制圧も含まれるわ。何方も荒事は私達の担当なのでしょうね。

 

 

 

「聖戦の協力で味を占めてしまったか?武力による介入は、彼等にとって劇薬だったとか?」

 

 

 

「そんな単純な事ではないだろ?だが前回の聖戦は理想的な流れと結果だった。国家間の戦争は悲惨、特に敗戦国の国民はな。だが旧ウルム王国の国民達は敗戦国でありながら平和を享受している」

 

 

 

 両騎士団長の会話は考えさせられますわね。複数の国家が覇権を争う状況で数えきれない程の戦争が起こり、その結果は勝敗に関係無く人々は苦労を強いられました。

 

 今は隆盛を誇るエムデン王国ですら、過去のコトプス帝国との戦争で戦勝国でしたのに筆舌に尽くしがたい苦労を強いられました。戦争とは国家が総動員して起こす外交の延長では有りますが……

 

 滅亡という最悪の結果も有り得るのです。故に軽々しく戦争を起こす事など出来ないのですが、専制国家故のTOPの意向によっては簡単に引き起こされる悲劇でもありますわね。

 

 

 

「エムデン王国に対しての期待が重すぎるのでしょう。先の聖戦の結果をみても従来の戦争とは違い、勝敗に関係無く国民は平和を取り戻しています。他国間の戦争では考えられない事ですわ」

 

 

 

 聖戦という縛りも有ったが、軍属以外の被害は全く無い訳ではないが比較的軽微だったわ。人材も施設も徹底的に破壊され略奪された訳でも有りませんし、復興も順調に進んでいます。

 

 新しく配された領主達も善政をしいていますので、戦後の方が住み易い環境なのは確かです。ウルム王国の治世が極端に悪かった訳では有りませんが、比べれば分かる差が有ります。

 

 国民に望まれた併合、モア教としても理想に最も近い環境になったのでしょう。民の安寧を望むならば、それを可能とする国家に依頼するのは分からなくもないけれど……

 

 

 

「モア教関係者も積極的に協力をしたし、未曽有の成功体験が齎した希望という事か?」

 

 

 

「モア教の愛が重い。などとふざける場合では有りませんな。エムデン王国のモア教関係者の反応はどうでしたか?」

 

 

 

 そうね。我が国のモア教関係者の反応よね。共に浮かれて要求を通そうとしてきたとかなら、今後の付き合い方を考える必要があるわよ。

 

 サリアリス様が微妙な態度なのは、愛弟子たるリーンハルト様がモア教から『我等が守護者』とか何とか言われて持ち上げられているので、その評判を落とす事はしたくないとか考えているのかしら?

 

 リーンハルト様もモア教には極力配慮はしていますが、あくまでもエムデン王国の国益を優先してますわよ。まぁモア教の僧侶である、イルメラさん次第では……

 

 

 

 リゼルさんの不在が、此処まで影響を及ぼすとは驚きだわ。彼女のギフトが有ったからこそ、バーリンゲン王国は独立国家としての体裁を維持出来たのね。

 

 

 

「我が国のモア教関係者の反応だが……」

 

 

 

 アウレール王の言葉に神経を集中する。最悪は世論誘導を含めた諜報部隊での工作をモア教関係者に仕掛けなければならないわ。

 

 未だに謎の多い教皇の調査も進んでいないのだから、モア教と事を構えるのは準備が足りないのですが相手の居る事なので此方側の都合だけでは動けないのよ。

 

 困ったわね。手駒が少なすぎるけれど、リゼルさんは呼び戻せない。私が何とかするしかないのだけれど、男共の頼りなさが際立つわよ。

 

 

 

 嗚呼、早くリーンハルト様に会いたいわね。

 

 

 


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