古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第979話

 定期的な御前会議、本日の議題はバーリンゲン王国領の対応とフルフの街関連の進捗について。その他の周辺諸国の動向も注意して伺っていますが、エルフ族の暴挙についての情報は流れていない。

 

 水際の防諜対策が功を奏している。ですがバーリンゲン王国がエムデン王国やウルム王国以外の諸国と全く定期的に交流をしていないかといえば……無い訳でもないのよね。

 

 独立国家として、最低限の国交は結んでいるし交流もある。クーデターによる政権奪取の件もあり、国内が麻の様に乱れているので周辺諸国も積極的に関わろうとしないだけ。

 

 

 

 エムデン王国の顔色を窺っている側面も有るでしょう。なにより属国だったのに、政権を奪って独立したのだから……

 

 

 

 エムデン王国の面子は丸潰れも良い所でしょう。勿論ですが、我が国も対バーリンゲン王国に対して強い『遺憾の意』という玉虫色の回答をした事は公式に広めたわ。

 

 それと前政権の指導者である、パゥルム女王達を保護している事も合わせて広めている。これは政権奪取の時の『体の良い操り人形』を確保していると言う事。『錦の御旗』と言い換えても良いわ。

 

 国内に残る不穏分子の一掃に慎重に時間を掛けているとか、謀略によって共倒れを画策しているとか、既に鎮圧する軍の準備を進めているとか色々な憶測を呼ぶ偽情報を流しています。

 

 

 

 周辺諸国も、エムデン王国の顔色を伺いながら情報収集を行っているけれども何重にも防諜対策を敷いているので現地には入り込めないでいる。

 

 

 

 既に疑わしき間者を何人も捕縛し尋問しているけれども、リゼルが不在なので効率が悪いのが悩みよね。今のリーンハルト様に不足している事を補えるのは、あの女が最適だから……

 

 私がエムデン王国から離れる事は難しい。前回は幾つもの幸運が重なった事と、戦時という非常事態だったから同行出来たけれど今回は条件が違い過ぎます。

 

 諜報部隊の実質的な責任者として、エムデン王国を離れる事は難しい。ですが離れている事で、リーンハルト様をフォローする事が可能でアピールも出来る。

 

 

 

 現にエムデン王国への正式な報告書の他に、私宛の親書も受け取っています。表と裏の両方の情報を事細かく伝えてくれているのは信頼の証、彼の深い親愛を感じます。

 

 

 

「バニシードの奴め。配下の統制がお粗末過ぎないか?」

 

 

 

 手に持って読んでいた報告書を机の上に投げ出して分かり易い態度で文句を言うのは、共通認識だという確認ね。彼の派閥構成貴族は小者ばかり、有能な者達は軒並み引き抜いた。

 

 新しく加わった者も多いのですが、他の派閥に所属出来なかったり追い出されたりした問題児も多い。無所属よりは落ち目でも公爵の派閥に入った方が良いという判断ね。

 

 『寄らば大樹の陰』という考え方も間違いでは無いけれど、大樹が折れれば共に下敷きとなり潰れるのよ。そういうリスクも見込まないと、魑魅魍魎の溢れる貴族社会では生き抜けないわ。

 

 

 

「娼婦ギルド本部に娼婦の派遣を申請するとは、色事に耽って王命を疎かにしなければ良いのだが……」

 

 

 

 忌々しい娼婦ギルド、女性を食い物にしてエムデン王国内に蔓延る害虫。金融業に性風俗、過去には奴隷も扱っていたけれど……

 

 エムデン王国の国力が回復した事で全ての奴隷は解放され、奴隷の取り扱いは禁止となったわ。ですが、解放奴隷の扱いは良くはなく結局は借金をして隷属するか悪事を働く事が多かったわ。

 

 取り潰したけれど、今でもスラムと呼ばれる治安の悪い所に燻っている連中は、娼婦ギルドとの繋がりを持っている。違法行為を行う連中、潰したいけれど必要悪的な部分も有るので見逃されている。

 

 

 

 ですが、私のリーンハルト様に何かしようとするのならば、全力で潰すわ!

 

 

 

「まぁ私達の助力を必要とするかは、アウレール王のお考え次第よ。彼が受けた王命なのだから、余計な手出しは困るでしょ?」

 

 

 

 アウレール王を事前に待つという建前で、私達公爵家の当主三人が集まっている。下話と調整という、根回しを行う利害の調整を行う為に。少し前は威嚇や牽制も行ったわね。

 

 今は協力関係となっているので、共通認識を持つ程度で済んでいる。私達三人が協力関係にある限り、エムデン王国の支配体制は盤石でしょう。

 

 政務・軍事・諜報と得意分野が被ってないのも良い条件なのよね。因みにバニシード公爵は軍事寄りを自認しているけれど、配下や派閥構成貴族に軍部の上層部は少ないわ。

 

 

 

 少し前ならば、殺された元宮廷魔術師第二席殿と、その取り巻き達が居たので幅を利かせていたけれどね。

 

 

 

「そうだな。王命は重い。それこそ全てを賭けてでも成し得なければならないのだ」

 

 

 

「だが我々の責務として、苦言を呈さなければならない。心苦しいが国家の為に不安要素は極力無くす事にしなければな」

 

 

 

 建前の結論が出た。私達はバニシード公爵の王命に対する行動について、国王に苦言を呈する。それは国家存続の為であり、私欲に基づいてはいない。純粋な国益の為に。

 

 本音は今回の件は突っ込み所が多過ぎて、これを機に彼の力を削ぐ事にする。今でも公爵四家の最下位、侯爵家の上位と変わらない勢力だが巻き返せない程度に落とす必要が有る。

 

 アウレール王は未だ、バニシード公爵に使い道が有ると考えているのでしょう。何事も反対意見をいう一定数の勢力は必要とされている。腐敗を防ぐ意味でも、健全な討論を行う意味でも……

 

 

 

 でも私達の考えは違うわ。

 

 

 

「アウレール王がいらっしゃいます」

 

 

 

 先導の近衛騎士団員の声に全員が立上り姿勢を正す。さぁ楽しい楽しい御前会議の始まりよ。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 サリアリス様と両騎士団の団長を従えて、アウレール王が謁見室に入ってきました。その表情からは特に強い感情は読み取れないわ。機嫌は良くも悪くも無いのかしら。

 

 宮廷魔術師筆頭と両騎士団の団長を従えて来たと言う事は、先に軍部との話し合いが有ったという事かしら?確かにフルフの街には正規兵を多く送り込んではいます。

 

 今回将軍級を送っていないのは、バニシード公爵を責任者に据えて指揮系統を一本化したから。リーンハルト様が拘った『任務の明確な区分』にもよります。

 

 

 

 過去の事を考えれば、バニシード公爵は失敗の責を他人に擦り付ける事が多かったわ。将軍級を送り込めば、失敗を軍部に擦り付ける可能性も高いと予想されたから。

 

 

 

「待たせたな。楽にしてくれ」

 

 

 

 声を聴いても感情が分からない。敢えて言えば、平坦かしら?

 

 

 

 全員が着席し、女官達が各自に紅茶を配り終えると護衛の近衛騎士団員を残して退室したわ。

 

 最高首脳会議なので防諜対策は完璧、この話し合いの内容が参加者以外から外部に漏れる事は無い。

 

 両騎士団の団長達は、少しですが不満の感情が見えるわね。サリアリス様は少し不機嫌そうね。この婆様は普段は感情を表に出さないのに、愛弟子関連は直ぐに表情を出す。

 

 

 

 つまり、リーンハルト様関連について事前に軍部で話し合いを行っていたのね。

 

 

 

 ですが裏と表の報告書の内容を読んでも、リーンハルト様関連での失敗というか良くない話はないわよ。少し遣り過ぎな感じもしますが、何時もよりは抑え気味ですし。

 

 本来の土属性魔術師の得意とする錬金を多用した正規兵達の居住環境の改善、食料問題の解決。大使館の整備に、地下の秘密空間の下調べ。

 

 ダッヘルさん達の愚かな行動については、貴族院に判断を委ねましたし。勿論ですが、貴族院に強い影響力を持つニーレンス公爵との下話は済んでいますわ。

 

 

 

 あの愚か者の実家の処遇は、私達が満足する結果になる事は確定済み。不安要素はない筈よね?

 

 

 

「フルフの街の件だが、予定通りに進んではいる。いるのだが、少し別の問題が多過ぎだと思わないか?」

 

 

 

 別の?つまり王命に関連しない部分での問題という事よね。ニーレンス公爵とローラン公爵に目配せをする。これは不心得者の件についてでしょう。

 

 

 

「バニシード公爵の連れて行った連中の件でしたら、貴族院に報告が行って沙汰待ちの状態だと聞いております」

 

 

 

「当事者達は実家で謹慎中です。来週にでも貴族院から各家に通達が行く手筈となっています」

 

 

 

 アウレール王にも報告は上げている筈ですので、この場で確認する程の事とも思えませんが……もしかして処罰に対して不満が有るのかしら?

 

 現行法に基づいて一番重い処罰にしたつもりなのですが、もう少しお目溢しをしろなのか、もっと厳罰にしろなのか?処罰を変更しろって感じではないのよね。

 

 ですが、問題と言ったのですから結果ではなく過程?バニシードさんの派閥に無能や問題児などの小者を押し込んだ事がいけなかったとかでしょうか?

 

 

 

 それも違うわね。派閥の長として派閥構成貴族の手綱を握る事は必須事項。確かに問題を起こし易い連中を押し付けましたが、問題を起こす事自体は企んでません。

 

 

 

「娼婦ギルドを派遣した事だが、アレは結果的にどうなのだろうな?俺も判断に困っているのだが、お前達はどう考える?」

 

 

 

 エムデン王国のTOPから娼婦ギルドなどという言葉が出た事に驚く。どう思うと言われれば、本音は『直ぐにでも潰したいです』ですが、そう簡単な訳ではないですわよね?

 

 あの方々については、淑女の私より紳士を自称する連中の方が色々と思う事が多い筈ですわ。ニーレンス公爵とローラン公爵に若干冷たい視線を向ける。

 

 少し動揺したのは、過去にですが利用したかお世話になった事が有るのでしょう。両騎士団の団長も視線を泳がせているのは、火種を自分達には向けないでくれって事かしら?

 

 

 

「必要悪と割り切っています。ですが正直な気持ちを言うならば、私は不要ないし制限を掛ける必要が有ると思いますわ」

 

 

 

 娼館が必要な事は理解は出来ます。金融業、所謂金貸しも必要でしょう。ですが悪事の温床になりえる危険性が高いのです。本来ならば国が管理するのが理想ですが……

 

 結局は需要と供給の関係で裏で違法に商いを行う連中が出て来ては、取り締まりのイタチごっこでしょうね。だから必要悪と言われるのです。

 

 このような闇の部分について、国王が質問する事の異常性に他の方々は気付いているのでしょうか?質問されたくないから、目を合わせないとか駄目ですわよ。

 

 

 

「まぁな。独身に関わらず娼館を利用する男は多い。諸々の発散場所として機能しているので、無くせば問題となるな。その辺はハイゼルン砦の時は、リーンハルトも理解していた」

 

 

 

 ニーレンス公爵の実子を責任者に据えて、自分は関わらずに運用していた事は知っています。酷い扱いを受けて心が壊れてしまった女性達を安楽死させた事もです。

 

 国を護る者として、守れなかった自国民に対する義務として。もしもう少し早く来れば助けられたとか自惚れなど考えずに、反省も後悔もせず責務を果たしたと……

 

 その気持ちをあの女は咎めた。『そこに可哀想と思わないのか?二度とさせないと誓えないのか?慈悲の感情は無いのですか?』と、更に酷い偽善だと罵ったそうね。

 

 

 

 当事者側の癖に、自分の事は棚に置いて他人を責める。その方が酷いわよね。自分は娼婦ギルドに属して責任者の立場として、加害者側として仕事をしているのだから。

 

 攫われて強制的に働かされている女性を何とかするのが、貴女の仕事で責任ではないの?その報告書を読んだ時、何時か必ず滅ぼすと誓ったわ。

 

 リーンハルト様は『偽善は自分の為に行う自慰行為、義務は権利を持つ者が行う対価』と言った。そこに哀れみとか同情とかは無く、守れなかったのなら出来る事をするだけだと。

 

 

 

 その思考が既に十代半ばの少年のモノではないの。

 

 

 

 彼の秘密の一端は、その精神の成熟さ。老成と言って良い程に、その思考は成熟されている。勿論ですが、年相応の子供らしさもあります。そのギャップも愛おしい。

 

 他にも魔法関連の他とは全く違う精錬さというか熟達というか、魔法に関しては専門外なので感覚でしか分からないのですが、それこそ散逸した古代の魔法の叡智そのものの様な……

 

 荒唐無稽な話ですが、偉大なる古代魔術師ツアイツ卿の生まれ変わりと言われても嘘だと言い切れない何かが有るのよね。エルフ絡みの件もそう。人間を見下す彼等が、何故リーンハルト様だけ優遇するのか?

 

 

 

 そう、優遇よ。レティシアさんやクロレスさんの、リーンハルト様への対応は優遇。人間というか他種族に対する接し方ではない。何故なのか?

 

 

 

 その秘密の一端をリゼルさんは知っている。「それが殺したい程に憎らしく」身体が焼け焦がれるほど羨ましい。

 

 

 

 思わず言葉にして零してしまった感情、小声でしたが両隣に座る者に一部は聞こえてしまったらしいわ。「殺す程、リーンハルト殿に纏わり付く娼婦共が憎いのか?」とか囁かれたもの。

 

 娼婦などはどうでも良い。私ならば時間を掛ければどうにでもなる小者に過ぎない。でも、リゼルさんは違うわ。物理的に近しい位置で、リーンハルト様の役に立っている。

 

 今週中にも、ジゼルさんやアーシャさん達が王都からフルフの街に移動する。リーンハルト様の館の整備が終わりそうだから、早めに呼ぶのよね。肉体関係の有る唯一の側室だし、仕方の無い事。

 

 

 

 これが本当の必要悪よ。リーンハルト様の癒しとストレスの発散に、アーシャさんは今は必要。そこは感情は納得していませんが、理性は理解しているので飲み込みます。

 

 

 

「何かしら?」

 

 

 

 国王を含む殿方達が私を見詰めていますが、何か有りましたか?そんなに見られても何も出来ませんし応えませんわ。私の身体は、リーンハルト様に捧げるのですから。

 

 色欲に塗れた目で見られても嬉しくも無く困惑しか有りません。美しさは罪、みたいな生娘みたいな勘違いはしません。ですが怯えた感じで見詰められても困惑します。

 

 

 

「いや、その何だ。程々にして欲しいという事と、事前に報告と相談はして欲しい。此方にも予定が有るのでな」

 

 

 

「有っても困るが、無くても困る存在なのだ。殲滅は不味いので、何処かで線引きして欲しい」

 

 

 

「流石に国内の混乱を招くような事は見過ごせないぞ。何かする前に報告しろ。止めはしないが全ては許容しないからな」

 

 

 

 流れ的に、私が娼婦ギルドに報復をするようになっていて、止めはしないが内容と範囲は協議するみたいな事になってないかしら?

 

 サリアリス様は頷き、男共は腰が引けた様になってますし。それ程の感情は込めていない筈ですが、まぁどうせ厄介な娼婦ギルドへの忠告は私に押し付けるとか考えているのでしょう?

 

 まぁ報復はしますわ。私なりの方法で、ですけれどね。ですが、今日の御前会議の本題は違いますわよね?

 

 

 

 咳払いを一つして、気持ちを切り替える。未だ話して決める事がありますわ。先ずはバニシードのお馬鹿さんへの対応について、粛々と話し合いましょうか……

 

 

 


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