古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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明けましておめでとう御座います!
今年も宜しくお願いします。

今は京都に旅行で来ています。古都京都は素晴らしい。
人出が凄いですが、三が日よりは少ないそうです。コレで?
定番の清水寺と二年三年坂を巡り祇園で昼食の予定です。


第978話

 先程の打合せの結果を頭の中で反芻しながら、バニシード公爵達が集まっている屋敷に向かう。想像よりも良い結果だったが、これからの話し合いで何処まで通用するか?

 

 色事絡みは損得抜きで感情的になり易い。それは理解しているし自分も経験している。長い禁欲生活と妻や側室達との揉め事もあり、娼婦達に嵌ってしまった。

 

 今考えれば、色々と情報を抜き出されていた事が分かる。娼婦達は簡易な諜報員という言葉を思い出した。成る程、彼女達はバーレイ伯爵と接点は有れども関係は希薄。

 

 

 

 エムデン王国で活動するのならば、バーレイ伯爵との関係性の向上は必須だが本妻予定殿や側室殿。それと側室候補の淑女達に囲われているから、娼婦達は近付けない。

 

 しかもザスキア公爵という最大の毒婦が居るのだ。近付く事は容易ではないが、手をこまねいている訳にもいかない。何故ならば、バーレイ伯爵の情報は国内外に売れる。

 

 多分だが、ネクタルの情報も掴んでいるのだろう。バーレイ伯爵だけが、魔法迷宮バンクの最下層でモンスターを倒した時のドロップアイテムとして入手出来る。

 

 

 

 実際に貴族のお抱え冒険者達が魔法迷宮バンクの最下層に挑み、殆どが全滅した事は事実だ。

 

 

 

 悪辣なワープトラップに引っ掛かり、迷宮の何処かに飛ばされてしまう。上層階ならマシだが壁の中とかも有り得るらしい。そんな危険な最下層に挑める冒険者は……

 

 エムデン王国では、バーレイ伯爵率いる『ブレイクフリー』だけ。他国でも居ないだろう。そして、バーレイ伯爵は毎週末に魔法迷宮バンクに挑んでいた。

 

 需要と供給が追い付かないのだろう。つまり王命として王都から離れている現在、ネクタルは品薄。ザスキア公爵に与する者以外は入手は不可能に近い。

 

 

 

 唯一の抜け道が、バーレイ伯爵から直接譲り受ける事。

 

 

 

 娼館に通い詰めて思ったのは、確かにサービスは良かったが行為の後でのピロートークで、さり気無く情報を抜かれていた事。

 

 最悪の場合、バーレイ伯爵に不利な情報を流したと敵対されても文句が言えない。本来は娼婦達に対してだが、紳士たる者が女性に対して文句が言えるか?

 

 『気になる殿方の情報を集めていた』とか『つれない殿方との接点を探していた』とか『好きだから僅かでも情報を知りたかった』とか言われて終わり。

 

 

 

 流石に不敬案件には弱い。これが国家に反逆する内容ならば問答無用だが『気になる異性の情報を知りたかった』と言われたら、女性絡みの事は当事者同士で解決しろ!だな。

 

 それはそれで接点が出来るし、バーレイ伯爵は好意を寄せてくれる女性達に対して対応が悪い。とか扱い方に情が無い。とか悪いイメージを植え付け易くなる。

 

 それを含めて色々と手を出しているのだろう。今更遅いが、娼館に通う頻度を落とそうと心に決める。週一回から月二回くらいにしよう。

 

 

 

 急に頻度を落とすと逆に疑われ易い。まぁ彼女達にすれば、好色な男達の考えなどお見通しだろう。レイチェルとリゼル嬢の直接対決とか、胃が痛くなる様な事も有り得るか?

 

 リゼル嬢は必要悪として娼婦達を受け入れるが、自分の情夫が通う事は認めていない。バーレイ伯爵も、リゼル嬢の言う事は全て聞いているので娼館になど通わない。

 

 当然だが、仕事でも接点を無くす様に立ち回っていたが……フルフの街に到着した時に直接挨拶に行ったと聞いた時は、胃が締め付けられる思いがしたぞ。

 

 

 

 ああ、屋敷に到着してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 バニシード公爵の私兵に案内されて大広間に通される。どうやら自分が最後らしく、カルロセル子爵と息子のカスタイン殿も参加している事を確認した。

 

 この二人は比較的まともなのだが、どうにも最近はバニシード公爵の派閥から意図的に遠ざかっている感じがする。まぁ扱いを考えれば当然といえば当然だと思う。 

 

バニシード公爵には繁栄する未来を描く事が出来ない。他の公爵家と纏めて敵対しているし、なによりバーレイ伯爵と初期の頃から政敵としてやりあっている。

 

 

 

 今は逆風だが、今後もずっと逆風だろう。まぁ他の敵対した連中が軒並み没落し最悪は死亡してる事を考えれば、流石は公爵家と言えるのか?

 

 

 

「アルドリック殿、遅かったではないですか!」

 

 

 

 大広間に入るなり、ハイモ男爵から叱責の感情が含まれた言葉を投げかけられた。貴殿は男爵だが無職、参謀という役職を戴いている自分に対して態度が悪いぞ。

 

 他の参加者は何時もの事だと無関心だし、当主のバニシード公爵も顔を顰めてはいるが咎める気は無さそうだ。此処に居る連中の殆どは他の派閥に入れない小者の連中。

 

 当主の顔色を窺い、声を大にして騒ぐ奴には無関心を決め込む。数は力かもしれないが、これはどうなのだろうか?

 

 

 

「時間通りですが、何か?」

 

 

 

 バニシード公爵の右側が指定席らしい。空いている席が其処しか無いし、向かい側はハイモ男爵だ。爵位的には当主の左側の席はカルロセル子爵だと思うが、彼は息子と共に真ん中辺りに座っている。

 

 大抵の派閥の席順は、爵位か古いか寵愛の順番に当主に近い席に座るのが暗黙の了解なのだが……まぁ自分が右側に座るのは役職と王命を直接受けているからだろう。

 

 バニシード公爵の機嫌は悪くない。娼婦が来た事で性欲が発散されている事と、お気に入りの娘を自分の屋敷に呼び寄せて住まわせているからだろう。だが、それって違反行為ですぞ。

 

 

 

「バーレイ伯爵との定例会議について、何か特別な事は有ったのか?」

 

 

 

「ゴーレムマスター殿は自分の愛妾に政務を任せ切りらしいな」

 

 

 

 一々余計な事を言う、ハイモ男爵を睨み付ける。お前は、リゼル嬢の恐ろしさを麦一粒分も理解していない。彼女は毒婦ザスキア公爵と渡り合える女傑であり、毒婦と繋がっている。

 

 それがどれ程恐ろしい事か、全く理解していない。バニシード公爵も、流石にリゼル嬢については咎めた。どこで情報が流れて報復されるか分からないから、巻き添えは御免って事だろう。

 

 それを不貞腐れた態度で渋々と謝罪する、ハイモ男爵をみて思う。コイツ、王命中に必ず何かやらかす。そこに娼婦ギルドが絡むと厄介な事になるぞ。

 

 

 

「娼婦ギルドからの提案についてですが、自分の予想通りに却下されました。理由も同じですね。この件に関しては、自分は納得出来ますので、これ以上は何も言う事は有りません」

 

 

 

 分かり切っている事を報告した。参加者の殆どは頷いている。なぜなら事前に案件は書類で回して確認済みであり、その決まり事に違反する提案だから。

 

 

 

「馬鹿な?利の有る提案を却下だとっ!愛妾殿が自分の情夫に娼婦を近付かせたくないという個人的な感情で、王命の妨害を行うのは問題だぞ!バニシード公爵、此処は抗議が必要では?」

 

 

 

 反発するのは、ハイモ男爵だけ。しかし、当主に意見するとは……男爵は当主である公爵に抗議を強要するのは、どうなのだろうか?娼婦に誑し込まれて、まともな判断が出来ないのか?

 

頭の痛い行動に、他の参加者が狼狽えている。男爵風情が当主に意見出来るのは、重用されているからなのか無謀なのか判断が出来ないのだろう。席順も、その判断を迷わせる。

 

 末席に近ければ自分の立場も弁えない愚か者と思えるが、仮にも当主の左側に座っているのだ。席順で判断すれば、カルロセル子爵よりも上位と思えるだろう。

 

 

 

「抗議は不要です。娼館誘致について申請し許可は得られましたが、娼婦達の扱いについて事前に取り決めたのは無用に兵士達と接点を作らない事と、フルフの街での行動に制限を設ける事の筈では?」

 

 

 

 カルロセル子爵が正論を吐いたが、この手の連中に正論を叩き付けると感情で反発するんだぞ。ハイモ男爵の顔が真っ赤になって乱暴に立ち上がった。その反動で椅子が後ろに倒れて大きな音がした。

 

 対してカルロセル子爵は無表情で、ハイモ男爵を見てるだけだ。距離は、それなりに離れているが一応武闘派のハイモ男爵の怒気を気にもしていない。相当肝が据わっているぞ。

 

 息子の方は、父親に何か有れば魔法を使っても止めようとしてるのだろう。厳しい目で、ハイモ男爵を睨みつけているし杖も向けてはいないが強く握り締めている。

 

 

 

 一触即発な状況。そういう自分も妙に冷めた感情、馬鹿は何をしても馬鹿なのだなと再認識した。少し前の自分を見ているようで恥ずかしくもある。

 

 

 

「落ち着け。カルロセルも無用にハイモを煽るな。この件は駄目元で提案した事は、皆も理解しているであろう。あくまでも紳士として淑女の希望を伝えただけで、判断の責はバーレイ伯爵に有る」

 

 

 

 ねぇよっ!と叫びたくなるのをグッと堪える。無茶な提案を持ち掛けて、断られたら相手が悪いなんて事が通じると思っているのか?

 

 男の度量に訴えたが、却下されたのは相手の度量が小さいから?そういう理由は私的な男女間なら成り立つが、王命の最中の公的な場面では無理なのだが知ってて言ったな。

 

 バニシード公爵は、自分がお願いされた件は確か伝えたが相手の度量不足で却下されたという実績が欲しかっただけだ。でも娼婦ギルドは承服しないだろうし……

 

 

 

「アレ?この結果を伝える役目って自分なのか?」

 

 

 

 馬鹿話を眺めていたが、この結果をレイチェル殿に伝える役って責任者の自分だよな。バニシード公爵が言う訳がないし、そもそもハイモ男爵は娼婦にとって客でしかない。

 

 頻繁に通ってはいるが、常連客でしかなく責任者は自分だった。深呼吸を何度かして気を落ち着ける。確かに結果は伝えるが、そこに男の度量云々は言わない。

 

 『事前に書面で取り決めた内容に抵触するので、今回の提案は却下された』それだけ伝えるだけで良い。他に言う事は無いし、何かしようとも思わない。

 

 

 

 お役所的な対応だが、自分も広義では役人だし決め事を守るのも守らせるのも仕事なのだ。

 

 

 

「難しく考える必要も有りませんし、紳士を自認するならば取り決めに抵触しない代案を考えれば良いのでは?」

 

 

 

「ふむ、まさにそうだな。ハイモよ、何か良い考えは有るのか?」

 

 

 

 自分の提案をこれは良い助け船だと思ったのだろう。バニシード公爵がハイモ男爵に別案を考えろと命じたが、彼は武闘派を自認する脳筋。別案など考えてもいないだろう。

 

 ハイモ男爵の頭の中は、娼婦達の提案を許可しない奴が悪という結果しかない。その先、どうしようか考えも無い。

 

 もし少しでも先が見えるならば、こんな所に居ないで任期を終えたら帰国して自分の領地を繁栄させる事を全力で行う筈だ。領地を頂いて代官任せは、無い事も無い。

 

 

 

 だが、旧ウルム王国領を細分化して与えられた事に意味を深く考えれば、領地を離れる事も他人任せも有り得ないぞ。

 

 領主として敵国だった領民達の早期のエムデン王国への帰属化を求められたんだ。善政を行い領民の心を掴み、隣接する仮想敵国の計略に取り込まれない様にする為にだ。

 

 その為に、バーレイ伯爵は戦後に復興事業として旧ウルム王国を廻って尽力した。ハイモ男爵の領地も恩恵を受けた筈だぞ。まぁ新しい鉱脈を探せとか無茶振りしたらしいが……

 

 

 

 まさか思うけど、鉱脈を見付けて貰えなかったから反発しているとかじゃ無いよな?

 

 

 

 未だに不貞腐れた態度を改めもせずに口を尖らせて腕を組んで座る、ハイモ男爵を見て思う。コイツ、間違いなく逆恨みしている。つまり何かを仕出かす確率が高い。

 

 自分を見詰める、カルロセル子爵の視線に気付いた。目が合えば、ハイモ男爵に視線を向けてから再度目を合わせて来た。つまり、考える事は同じって事だな。

 

 自分の所属する派閥の不穏分子が未だ残っている事を理解し、敢えて当主には言わずに自分に視線だけで伝えてきた。確かに此処で指摘しても拗らせるだけだ。

 

 

 

 軽く頷いて、後で話し合いをしようと伝える。バニシード公爵を交えるかは、話し合いの内容による。貴方と共倒れは嫌なのです。

 

 この機会に、バーレイ伯爵と懇意にしてカルロセル子爵と共に派閥に加えて貰うのも良いかもしれない。一度は反発しましたが、今回の件を禊(みそぎ)として改善します。

 

 まぁその前に最大の障害である、リゼル嬢に根回しが必要だが……カルロセル子爵とカスタイン殿を交えた三人ならば、何とかなる筈だ。

 

 

 

 妻や側室、母上も喜んで協力してくれるだろう。先ずは娼婦達とは自然に距離を置いて、リゼル嬢と話し合いだな。うん、何とかなるだろうし、何とかするしかない。

 

 テーブルの下で両手の拳を力強く握り締める。その様子を横目で見た、バニシード公爵が不審な顔をしたが気にしない。先ずはこの茶番を終わらせよう。

 

 深呼吸を何度か繰り返し気持ちを落ち着ける。先ずこの場では妥協したと思わせる事にするか。コイツ等を落ち着かせるのが急務だな。当主殿の苛つきも限界に近そうだし……

 

 

 

 娼婦達に、どう伝えるかは責任者の自分の仕事なのだから。

 

 

 


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