古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

983 / 1003
第977話

 各国に必ず有る、娼婦ギルド。人類最古の職業と豪語しているだけあり、色々な意味で相当に厄介な連中だ。先ず、金融業も行っている。借金のカタに女性達が売られる事も多い。

 

 基本的に奴隷ではなく、あくまでも借金返済の為に娼館に売られて身体を使って返済を行う。中には自分から職を求めて娼館で働く女性も居るが少数だろう。

 

 彼女達は借金の返済が終われば自由の身だが、そのまま娼館で働く女性も一定数いる。何故なら、借金は返済出来ても所持金が無いから。売られた元に帰る気など無いから自活するしかない。

 

 

 

 その元手を稼ぐ為に居残る。一応最低限の衣食住は完備されている。借金の返済が終われば、給金は普通に働くよりは溜まる。

 

 

 

 彼女達が自由の身になる方法は借金返済の他には、身請けされるか死ぬだけだ。エムデン王国は比較的にマシだが、バーリンゲン王国とかは売られる女性達は多かっただろう。

 

 家族や身内、旦那から売られるとか心の負荷が大きいだろう。勿論だが事故や過失で自分で借金をこさえて、完済の為に自ら売られる場合も有る。そして、それも結構多い。

 

 あとはハイゼルン砦の時みたいに暴力で攫われる場合だが、これは特殊な場合でエムデン王国は軍規で厳しく取り締まっているが他国はどうだか分からない。

 

 

 

 まぁ何が言いたいのかと言えば、上から目線で嫌なのだが……彼女達に対しては同情の余地が多いって事だ。

 

 

 

 それとは別にある一定の娼婦の中には諜報部隊として仕込まれた連中が居る。閨で情事の後に甘く囁かれては、何でも喋ってしまう男も多いだろう。

 

 引き抜きのハニートラップ要員とか、陰で国家が育成している場合も有る。まぁ有効な手段なのは間違いなく一定以上の効果も有る。困った事だが、結構簡単に引っ掛かる。

 

 そんな連中が大量にフルフの街に居て、既に商売を始めている訳だ。何も無いなどと呑気に構えていた訳じゃないが、効果が早すぎるだろう。

 

 

 

「で?僕の執務室に押し掛けてきた理由が理解出来ないのですが?」

 

 

 

 大使館の改装も順調に進み一部の部屋は使用が可能となり、僕の執務室も使えるようになったので間借りしていた仮執務室から此処に引っ越したのだが……

 

 最初の持ち込み案件が娼婦達の待遇改善で、持ち込んで来たのがアルドリック殿とはね。まぁ彼は責任者として要望を纏めて持って来ただけなのは、その嫌そうな顔を見れば理解するけどさ。

 

 先ず此処に持ち込もうと考える理由が理解出来ないし、権限的には一部は勝手に進めて貰って構わないと思う。正直、僕を巻き込む理由を考えたくない。

 

 

 

 でも突き放すと、結局巡り巡って自分の所に悪影響を及ぼす事は理解出来る。理解する事と、納得する事は別問題だけどね。

 

 

 

 エルフ族に対応する為に、無駄に豪華な仕様にした執務室。ニーレンス公爵が積極的に協力してくれているので、王宮内の貴賓室と変わらない品質は最上級で華美になり過ぎない落ち着いた内装。

 

 その主の僕の隣には当然の様に、リゼルの執務机も有り二人から冷たい視線を向けられて身を竦めている男が一人。中間管理職として上下から突かれているのだろう。

 

 その苦労は理解出来るが、娼館の利用数TOP10に堂々と入っている貴方の情報は掴んでいます。因み一位から十位まで、全員バニシード公爵の派閥構成貴族で固まっていますね。

 

 

 

 性欲魔人共がっ!僕も禁欲生活を送っていますが、周りは勘違いをしている。主に隣の淑女の存在によって……

 

 

 

 まぁ一般兵士も利用していますが、個人負担の為に頻繁に利用出来る訳でもなく平均で月に一回から二回。一番の利用者は、ハイモ男爵で週四回も利用している。

 

 領地持ちの貴族だから可能な豪遊だが、最前線に個人資産を大量に持ち込んでいる事に驚く。普通は貴族の俸給は安全を考えて本国の家に届けられる。

 

 一般の兵士達の場合は、家族に届けるか独身の場合は最前線でも手渡しで貰える。まぁ金額も少ない事と本国でも官舎に寝泊まりしている場合、保管場所に困るのだろう。

 

 

 

 何処かのギルドに所属して預ける事も可能で、冒険者を兼任している兵士も多い。でも国はギルドに末端の兵士の給金を振り込んだりと、手間の掛かる事はしない。

 

 因みに僕は年の初めに一年分を全額纏めて手渡しで貰っている。一年分の先渡しなので離職や転職の防止も含んでいると思う。領地からの収入は、王都の屋敷に直接持ち込まれる。

 

 そう考えると、金融関連の防犯性って著しく低い。当然だが年に何回かは輸送部隊が襲われて奪われるなんて事も有り、護衛を雇って厳重に運搬している。

 

 

 

 多分だが個人名が明かされない、空間創造のギフト所持者って金品の輸送業に携わっているのだろう。安全に大量に運べるし、護衛だって嵩張る物品よりも、人の方が守り易い。

 

 

 

「なにか、おっしゃられてはどうでしょうか?」

 

 

 

 リゼルは微笑んでいるけど、目が笑っていない。

 

 

 

「えっと、その……自分の要望ではないので、何とも言えないのですが……バニシード公爵達が乗り気でして、自分としても如何ともし難く。何と言って良いのか、勿論反対はしました」

 

 

 

 リゼルの極寒の視線と抑揚の無い言葉を浴びせられて萎縮する、アルドリック殿を横目で見ながら要望書の内容を確認する。法に触れないし妨害工作でもない、だが問題が無くもない。

 

 非常に困った内容だが、建前の裏の本音の部分が透けて見えて嫌になる。協力させて下さい。ですからってか?リゼルは全部却下で、僕は一部は様子見で殆どは拒否かな。

 

 要望書の最後に連名で名前が書かれているけどさ。流石に、アルドリック殿の名前はないけど殆どのバニシード公爵の派閥構成貴族の名前が有る。これ、記録に残るんだけど、良いの?

 

 

 

 ああ、カルロセル子爵と息子のカスタイン殿の名前も無いのは良かった。味方側の連中が殆ど賛成だった場合、拒否は色々と面倒な事になるから。

 

 

 

「娼婦達の健康維持の為に農業を手伝わせたい?娼館の区画の外で他の商売を行いたい?街の美化活動に協力し空き家の清掃をおこないたい?最後は街の支配階級との懇親を行いたい?」

 

 

 

 最初の農業について、今は兵士達のローテーションで賄えている。兵士達の口に入る物の栽培に信用出来ない者達の手を借りる?駄目だし、そもそも健康維持なら普通に運動してくれ。

 

 二番目の区画の外で商売?料理や小物を販売したい?これは仕入れから販売・買取までもライラック商会に一任しているので不可。それでもと言うならば、ライラック商会を通して売買させる。

 

 三番目の街の美化活動に協力?確かに必要な事だが急務でもないし、ある程度、進んだら清掃部隊を投入すれば良い。彼女達をフリーで街中を自由に歩かれる訳にはいかない。主に情報の収集の妨害だな。

 

 

 

 最後の街の支配階級との懇親って?僕以外の支配階級とは深い意味で懇親してるじゃん!どう考えても、僕との接点を作りたいって事だろ?不要です。

 

 

 

「最初の取り決めに違反する事ばかりでしょう?娼婦達は一流の諜報部隊でも有ります。そんな彼女達の情報収集に協力する?利敵行為とは言いませんが、それに近しい問題行動ですよ」

 

 

 

 要望書の束を指で弾いて問題行為だと指摘する。実際に問題行為でしかないのだが、娼婦達が諜報部員だという認識が有ると無いとでは受け止め方が段違いなんだよな。

 

 女性からの好意を受け取れない偏屈野郎とか、職業に貴賤は無い差別野郎とか、色々と言えるのが地味に痛い。だが確かに、この内容だと僕の承認と協力は必要だな。

 

 商いに関してはライラック商会に絡み、農地の運営については、僕の管轄下にある。何方も利害関係は少ないが全く無い訳でもなく利益を独占していると言われそうだ。

 

 

 

「その、バニシード公爵は内緒で自分の好み通りに育てさせた娼婦を呼び寄せていまして……彼女が、その……色々と吹き込んでいるらしく。いえ、情に訴えているというか……」

 

 

 

 言い直したけど、何方も良い意味じゃないよ。ああ、娼婦ギルドの闇の部分。自分好みの淑女を育て上げて送り込むってアレだな。噂でしか知らなかったが、貴族の中でも裕福な連中の悪い部分が出たな。

 

 娼婦を身請けするのに条件を付けて育てさせてから引き取るって建前で、言葉は悪いが『自分好みに調教して貰う』ってやつだな。マイフェアレディ?知りませんよ、そんな事は。

 

 バニシード公爵は理解しているのだろうか?自分が良いように娼婦ギルドに利用されているって事をさ?まぁ理解していないから、こういう要求を突き付けてくるのだろう。

 

 

 

 深々と息を吐く。肺の中の空気を吐き出して、新鮮な空気を胸一杯に吸い込んでも少しも気が晴れない。

 

 

 

「健康の維持なら健全な運動をさせなさい。無償で働かせる訳にもいかないので対価を払う事になり、双方に義務が発生します。成果を求めていますのでストレスを貯める事にもなります。効率的では有りませんね」

 

 

 

 アルドリック殿も頷いているのは、同じ指摘をしたのだろう。兵士達は自分の食生活の改善の為に業務に組み込めたが、娼婦達に手伝いを頼めば賃金を払う必要が有る。無償で労働を強いる事は出来ない。

 

 賃金を払えば、労働の成果を求められる。当然だが、健康の為に身体を動かしたいので手伝いましたが収穫の良し悪しには無関係です!は通じない。かえって気が散るし邪魔だよ。

 

 娼婦達は肉体労働に従事しているので、普通に日の当たる場所で運動をして栄養の有る物を食べて適度に休めば健康の維持は出来る。そこに他の労働を挟む必要は無い。

 

 

 

「その通りですね。一応、書面に纏めて頂けると助かります」

 

 

 

 つまり、アルドリック殿は正式に僕が反対意見を述べた事にしたい訳だな。表向きの理由としては説得力も有る。裏は諜報部員と思われる連中への対策、自由行動の制限は基本だよ。

 

 

 

「区画の外での商売については許可出来ません。此処には娼婦として活動するので誘致したのに副業も認めろは無いでしょう?どうしても手作りの小物を売りたいのなら、ライラック商会を通す事なら認めましょう」

 

 

 

「その通りですね。一応、書面に纏めて頂けると助かります」

 

 

 

 いえ、その同じ台詞で此方に丸投げ感を出すのは止めて下さい。リゼルが右手の人差し指で机を軽くトントンと叩き出したのは『私は苛ついてます』って分かり易いアピールだぞ。

 

 

 

「街の美化活動への協力も、農作業の協力と同じ意味で不可です。定期的な清掃が必要なので、今の段階で清掃せずに引渡しの直前に徹底的に清掃する段取りの筈ですよ」

 

 

 

 流石に同じ台詞を言わずに無言で頷くだけだった。仮に清掃させるとしても予算は国費から捻出するのに、まさか娼婦を雇い清掃させましたって記録に残すつもりだったのか?

 

 収支報告は必ず提出しなければならず、出費は詳細が求められる。『誰に何時、何をやらせて幾ら払ったか』娼婦達に直接払わず娼婦ギルドを通しての支払いになる。請求書と受領書も必要だから、個人には無理だ。

 

 

 

「最後の街の支配階級との懇親?もう貴方達は濃密な懇親をしてますよね?僕は不要ですし、強要するなら反撃しますが宜しいか?」

 

 

 

 これが本命の目的だろう。娼婦達は性質上、対面で行動しないと成果が無い。何としても僕との接点を作りたい。懇親ならば酒の席となり、彼女達の独壇場だろう。

 

 周囲にも他の紳士達が居て、同じ様なサービスを受けている場面でさ。自分だけ固辞する事の、場の空地が読めないのかって断り辛い状況を作り出すのも簡単だろう。

 

 だから会わない。会っても懇親されても何一つ嬉しく無いし面白く無い。そういう接待の場に参加する事も必要な時もあるけど、それは今じゃない。

 

 

 

 こうなるって結果を予想していた、アルドリック殿が満足そうに頷いた。貴方の立場からすれば、要望は伝えたが拒否させた。それは自分の考えと同じだった。それが最高の結果でしょうしね。

 

 

 

「御主人様の不興を買う事は承知で言いますが、私が御主人様に他の女性を近付けたくないと強固に反対した。そう、バニシード公爵に伝えて下さい」

 

 

 

 リゼルさんが氷点下の眼差しで言い放った言葉に、アルドリック殿が固まった。女性関係ならば嫉妬で片付けるって事にするのだろうか?だが、この提案は彼女の品位を著しく下げる悪手だ。

 

 確かに、娼婦ギルドの意識は、僕からリゼルに移るだろう。彼女を納得させないと、僕と接触出来ない。女性の嫉妬は醜いとか、独占力が強いとかネガティヴな印象を広げるかもしれない。

 

 実際に旦那が娼館に通う事を良しとしない奥様方も多い。家庭の事情としてなら、断る理由としては微妙だが共感は得られるだろう。

 

 

 

「リゼル、少し落ち着け。それは君が泥を被る事になるだろう?その提案は駄目だな。単純に『新婚だから娼婦に興味は無い。新婚家庭に波風を立てるような事はしないで欲しい』で良いかな」

 

 

 

 そう言って彼女を宥めつつ、バニシード公爵宛ての正式な回答を書面に認(したた)める。プリプリと可愛く怒っている、リゼルを生暖かい目で見るアルドリック殿の様子を観察する。

 

 リゼルが簡単に変な提案をする訳がないだろう。彼女は君に『僕に女性関係で悪さすると、自分と協力者達が動き出すぞ』って暗に伝えたんだぞ。つまり、ザスキア公爵に情報が流れる。

 

 アルドリック殿も『リゼル殿の可愛い嫉妬だな。微笑ましいが、バニシード公爵には苛烈な仕返しをするだろう。ご愁傷様』位の意味は受け取ったと思うけどさ。

 

 

 

 そんなに単純な訳が無いだろう。そう周囲に分からない様に溜息を吐いて、親書に蝋を垂らして家紋を押して封をする。絶対に、もう一波乱あるんだよなぁ……

 

 

 




はい、今年も」やってまいりました。完結するする詐欺の御時間です。
毎年最後の投稿の後書きでやってますが今年も懲りずにやります。

『来年こそ完結させます!』

何時も素人の趣味全開小説にお付き合い下さり、本当に有り難う御座います。
誤字脱字報告も大変助かっております。
今年を振り返ると私事ですが公私ともに結構大変な年でした。主に体調の件で……
今年は色々有り難う御座いました。来年も宜しくお願いします。
皆様の幸せを願っております!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。