古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第976話

 待ちに待った後続の部隊が到着した。先触れが巡回部隊と合流して一緒にフルフの街に来たそうだ。巡回部隊は、フルフの街の後方も巡回範囲にしているんだな。

 

 バニシード公爵の事だから、てっきりフルフの街の後方はモレロフの街のカシンチ族連合に丸投げだと思ったよ。最近は、フルフの街に来る難民や似非亡命貴族も少なくなっている。

 

 ハイモ男爵の仕事も少なくなっていると言う事で、ますます活躍の場が無くなっている訳だね。最近の仕事は主に、バニシード公爵の側使えで護衛をしているらしい。

 

 

 

 アルドリック殿が献策する度に、ケチを付けてくると愚痴っていた。彼は僕とリゼルが居る時に、わざわざ来て情報提供と愚痴と近状報告をしてくれる。

 

 定期連絡会みたいなモノだが、バニシード公爵陣営が上手くいってない事は理解出来る。アルドリック殿的には、此方にも情報を提供して中立の立場だと示しているのかな?

 

 リゼルがギフトで心を読んだが、敵対心は殆ど無く気持ちは此方側らしい。二心では無く、保身でもない。仕事の効率化と緩衝材的な役目で公平な立ち位置を心掛けているらしい。

 

 

 

 つまり、バニシード公爵や派閥構成貴族達が馬鹿をやらない様に監視はするが、全てを把握し抑えられる訳じゃない。僕に情報を公開して、進行中でも駄目出しをして欲しいらしい。

 

 何か有っても情報は教えて有りますよね?っていう逃げというか根回しというか、貴族的と言えば良いのかな?板挟みで苦労が絶えないだろうな……

 

 今回の件で暴発しそうな連中、ダッヘル達は軒並み王都に追い返したが未だ残っている。まぁハイモ男爵の事だが、手柄欲しさに何でもやりそうで心配なのだろう。

 

 

 

 まぁ現役の参謀という役職に就いている、アルドリック殿に対して男爵ではあるが役職の無い公爵の側付きが意見するなど常識を疑う話だぞ。

 

 

 

 それを止めない諫めない、バニシード公爵に対しても腹に含む事が有りそうだ。もしかしなくても、アルドリック殿は保身に走りバニシード公爵と袂を分かつかもしれない。

 

 リゼルは此方に情報を流してはいるが、特に対価を求めない意味は複数有るって言っていたが……大部分は保身だろう。彼の妻や女性親族は『新しき世界』にドップリと嵌っている。

 

 離縁や勘当も辞さないって言われたら、取り得る行動は凡そ予想出来る。バニシード公爵の手腕にもよるけど、内部崩壊も時間の問題かもしれないぞ。

 

 

 

 カルロセル子爵と息子のカスタイン殿も、完全に心は此方側って態度を隠さなくなってきた。彼等からすれば、ダッヘル達を抑えられなかった当主殿を見限ったか忠誠を尽くすには足りないと感じたか?

 

 カルロセル子爵親子について、リゼルは問題無しと結論付けた。流石に引き抜きして自分の派閥に迎えろとは言わないが、敵対しないし邪魔もしないのは分かったので今は友好を深めれば良い。

 

 引き抜きは王命が終わった後、今は少しでもゴタゴタな事は控えたい。王都では居残りの公爵連中が暗躍している筈だから、バニシード公爵は王命の達成度を最高まで高めないと色々と詰む。

 

 

 

 公爵という爵位は保たれるが、その他の影響力とか財力とかが他の公爵家と隔絶するし最悪は侯爵と同列か低くなる可能性も有る。没落って事だな。

 

 

 

「まぁ今更か」

 

 

 

 政敵として表と裏でやり合っているのだから、何時かは決着が付く事になる。僕は他の公爵家と協力し(取り込まれ)たが、彼は単独だった。この差だろうな。

 

 

 

「人は一人では生きられない。人間は群れる種族だから、国王とか隔絶した権力があれば問題は少ないが公爵でも厳しいのか……」

 

 

 

 盛者必衰、少し前は公爵五家の中位として勢力を誇っていたが舵取りを失敗して同僚に追い込まれる。同僚と言えども政敵、武力ではなく謀略で戦う魑魅魍魎の戦場。

 

 嫌になるよね。誰にでも有り得る悲劇だが、努力や立ち回りで被害を無しには出来ないが減らす事は出来る。権力者にとっては、日常なのだろう。

 

 僕も権力者の一人だが、その辺の能力には欠けているので仲間や協力者に頼っている。それで失敗して没落しても仕方無いと、納得している。

 

 

 

 無理なモノは無理、出来ない事は出来ない。人間一人では能力以上の事は出来ないか、運任せになるよね?

 

 

 

「さて、うだうだ考えていても仕方無いから起きるか」

 

 

 

 視界の隅に朝の準備をしに来た、アインが映る。自作した自律行動型ゴーレムにまで頼っているのだから、一人で何が出来るのかって事だよ。

 

 手際良く掛布団を剥いで起こしたら、アーリーモーニングティーを準備してくれる。芳醇な紅茶を楽しみながら、テキパキと窓を開けて換気をしたり着替えを用意する彼女を見て思う。

 

 ゴーレムクィーンは本来戦闘用、有る程度の指揮権を与えてゴーレムポーンを複数運用出来る。個としても最強の戦力として護衛にも最適なコンセプトで錬金したのだが、何処かで劇的に変化した。

 

 

 

 転生後の人生は驚きが一杯だが、それはそれで楽しい。もう少し落ち着けば、ゴーレム道を究める為の研究に時間が割ける。もう少しの努力と辛抱だ。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 漸く本来の自分に与えられた仕事である、大使館の準備が出来る。王都から人員が来てくれたので、早速始めて貰った。まぁ責任者は最初に指示を出せば、後は現場に任せて報告待ちなんだけどね。

 

 現場に最高責任者が入り浸ると働く人達に要らぬ緊張を強いて苦労させるので、頻繁に行く訳にもいかず呼ばれたら行く程度にしている。まぁ週に一回程度は進捗の報告と確認に行く程度かな。

 

 兵士達の職場環境の向上は順調、問題の野菜の栽培について兵士達の有志が手伝ってくれる。軍に就職する連中って農家の三男以降が実家を飛び出して最終的に落ち着く場合が多いらしい。

 

 

 

 希望を胸に田舎の農村から身一つで飛び出してきた連中が、都会で自活出来るかは難しい。最終的に衣食住全ての面倒を見てくれる軍はセーフティーネットとしての機能もある。

 

 そんな実家が農家の連中は当然のように幼少期から畑仕事の手伝いをしている経験者だ。僕の操るゴーレムは疲れない事がメリットだが、効率的に土を耕すとか技術面では拙い。

 

 その拙さを見かねて自主的に手伝いを申し入れてくれて、しかし無給で余計な仕事をさせる訳にもいかず。アルドリック殿を通じて、バニシード公爵と協議して任務のローテーションを組み直した。

 

 

 

 ダッヘル達の事も有り大分配慮したのだろう、農業についての話し合いは簡単に纏まった。その分、アルドリック殿の仕事は増えたが文句は言わなかったか、言えなかったのか……

 

 そのストレスは相当なモノだと思うが、任務の内だと割り切っていると言っていた。娯楽も少ないですがと文句というか愚痴を言っていたが、俯いた時に少しだけ見えた口元の歪みには気付いてますよ。

 

 娼館の誘致、このプロジェクトの実行もアルドリック殿が行っている。つまり自分の意向を十分に反映させられるって言う事で、物凄く張り切っている。具体的には娼館の整備かな。

 

 

 

 これは兵士の中で工兵部隊を専属で引き抜いて突貫で改装している。この件も有り、農業経験者の融通を呑んだと思っている。欲望の達成への障害は減らしたいから。

 

 通常では考えられない工期で娼館の改装は終わり、その後で娼婦達の居住区や行動範囲とかの運用について草案が回って来た。僕は書類ごと、リゼルに渡した。僕は、この件に関わるつもりは無い。

 

 リゼルは草案を熟読し、幾つか質疑のあるページに付箋を貼っていた。僕は大まかな内容を口頭で聞いて、承認欄にサインをした。要約すれば、娼館および娼婦の生活区画は完全に隔離。

 

 

 

 出入りは専用の門を通る必要が有り、出入りの際は名簿に記載し管理する。娼婦達が一般の区画に自由に出入りする事は出来ず、買い物等は曜日を決めて商隊が指定の場所で商いを行う。

 

 娼婦の身請けは王都に帰ってから行い、任務中に身請けしても一緒に住む事は出来ない。そもそも官舎は二人部屋だが男女別だし世帯用ではない。これは一般の兵士よりも、同行している貴族連中に対してかな?

 

 ハイゼルン砦の時は此処まで細かく規則を決めなかったが、リゼルは不祥事が起こる確率を最大限下げる目的でアルドリック殿に指示を出した。女性目線って事で、全て黙認したよ。

 

 

 

 そして今日、有る意味で最大の問題児達がフルフの街に到着した。

 

 

 

 事前に連絡を受けていたが、直接挨拶に来るとかじゃなかった。少なくとも、僕の所に挨拶に来る必要は無い。必要な相手は担当者の、アルドリック殿と許可を出したバニシード公爵。

 

 僕は無関係と言っても問題無いのだが、兵士達に挨拶させて欲しいと懇願して視察中の所にやって来た訳だ。タイミングを伺っていたのかと勘ぐる程にドンピシャだね。

 

 強かと言って良いだろう。男の度量に訴える時の行動は、流石は男女の機微に敏感で性を生業としている娼婦だろう。男を操る術を常に磨いている感じだろうか?

 

 

 

 案内した兵士達も嬉しそうなのは、僕の所に連れて行けば『後で来た時に、出血大サービスしますわっ!』とかいわれて、実際にサービスを受けられるのだろう。

 

 それは嬉しいだろうけど、そのニヤケ顔もそうですが問題行動だと思いますよ。まぁ色事関連ですし、禁欲生活を強いていますしストレスの多い職場環境なので許容します。

 

 問題の女性達も、その全てを理解しながら何喰わない顔で近付いて来ていますが……僕は新婚生活に波風立ててくれた貴女達を許してはいませんが、今は兵士達の目が有るので我慢します。

 

 

 

「リーンハルト様、ご無沙汰しております。ハイゼルン砦では別格の配慮を頂き、有難う御座いました。感謝しております」

 

 

 

 エムデン王国の娼婦ギルド本部から派遣されてきた娼婦達の責任者は、レイチェル殿だった。何故か後ろには、バレンシア殿も控えている。その後ろには三十人程の娼婦達が控えている。

 

 娼館の規模は、確か客室が二十部屋だったから交代要員も含めて三十人?その辺は、リゼルが本格的な計画書を作成させていたので大丈夫だと思う。いや、僕が心配する必要は無いな。

 

 客層は一般兵が殆どだが、現役公爵も利用したいと誘致しただけあり美女・美少女達だが、少し前にエルフ族の御姉様方を見たばかりなので何の感動も喜びも無い。心の中は、さざ波ひとつ立たない。

 

 

 

「バニシード公爵が自ら誘致し、主席参謀のアルドリック殿が責任者となり動いています。僕は今回も無関係なので、其処まで畏まらなくても良いですよ」

 

 

 

 微笑みを添えて無関係だと言い放つ。周囲の兵士達には、誰が自分達の為に動いたかを再認識させる必要が有るからね。だから個人名まで出した。

 

 公爵に呼ばれたのに、最初に関係無い所に来ちゃ駄目だよと笑顔を添えて指摘する。勿論だが、周囲の兵士達は嫌味が含まれている事には気付かない。僕が先任者に配慮していると感じたみたいだ。

 

 正直、放置したいのだが女性の武器を大胆に使用してくる連中には配慮が必要なのは理解している。商売の後にベッドの中で客を唆す事など朝飯前だろうし、そういう手練手管を使わない保証は無い。

 

 

 

 英雄だと持ち上げられていても、情を交わした異性にベッドの中で悪意を吹き込まれたら?

 

 

 

「アルドリック殿が貴女達の衣食住の整備を取り仕切っていましたし、責任者である彼の指示に従って下さい。勿論ですが、ハイゼルン砦の時と同様に『安全については』心配無用ですよ」

 

 

 

 にこやかに、アルドリック殿に丸投げする。周囲にも悪感情は抱いていないアピールも欠かさない。僕は絶対に利用しないが周囲の男性陣は非番になり次第、押し掛けるだろう。

 

 それでストレスが軽減されて、仕事に前向きに取り組めるならば大いに結構。レイチェル殿は少し不満みたいだが、立場上無理強いは出来ないだろうが何か言う前に本来の責任者の所に行って貰おう。

 

 周囲の兵士達に、彼女達を『丁重に』アルドリック殿の所に案内する様に指示を出す。全員が敬礼して応えてくれたので、彼女達が何かする事は出来ない。

 

 

 

 まぁあの去り際の含み笑顔を見れば、滞在中に何か行動を起こすと思うけど前とは環境が違う。前回は一人だったが、今回はリゼルが居る。

 

 

 

「だから好き勝手出来るとか思うのは大間違いだよ。リゼルの前では、貴女達の心は丸裸なのだから……」

 

 

 


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