古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第974話

 色々な事が落ち着いて、暇を持て余す様になってしまった。後続の応援部隊は明日到着すると先触れが来たが、思った以上に大所帯になっていた。

 

 ライラック商会の輸送部隊、魔術師ギルド本部と盗賊ギルド本部の選抜部隊と、その護衛部隊を率いる、メルカッツ殿達。何故か慰問と手伝いの名目で、モア教から司祭を含めた数人が同行している。

 

 フルフの街にも当然だが、モア教の教会は有る。今は撤退して無人だが、そこを拠点として活動したい。だがエルフ族にフルフの街を譲渡する時は撤退する。

 

 

 

 うーん、アウレール王が許可をしたので拒否など出来ないのだが……アレか?バーリンゲン王国の連中に非情な事をしていないかの監視か?

 

 

 

 兵士達は喜ぶだろう。モア教は国教であり、エムデン王国の国民は殆どがモア教の信者。良き宗教は心の拠り所であり、精神的な負担の多い任務なので余計に慰撫を求めるだろう。

 

 だが、当初はバーリンゲン王国の連中は森に還す(見殺しにする)予定だったので、意図的にモア教に協力は求めなかった。情報封鎖の意味でもだ。

 

 僕等のやっている事は、端から見れば非情な事だろう。確かに彼等はエルフ族の怒りを買って滅ぼされようとしている。自業自得と割り切れる内容だが、モア教としてはどうか?

 

 

 

 無辜の民?(色々とやらかしている連中)から救いを求められたら、その手を払い除ける事が出来るか?教義的にも出来ないだろう。彼等は出来た人ばかりだから、図々しい連中に負けてしまう。

 

 

 

 連中を全て後腐れなく抹殺する予定だったのだが、此処に来て方向転換の必要性が出て来た。これは、アウレール王からも配慮する様にと、自分とバニシード公爵宛てに命令が下された。

 

 流石にモア教の関係者の前で皆殺し案は不可、エムデン王国に無害と認められた連中は亡命ないし移民を認める感じで進めれば良いのだろうか?地方には比較的善良な者達も居るし、彼等を受け入れるか?

 

 カシンチ族連合の連中や魔牛族だけだと説得力が弱い。ハイディアの街の冒険者ギルドや魔術師ギルドの連中は協力的だったし、レガーヌ殿は幼いイルマ嬢を娶った幼女愛好家だが相思相愛だったので不問に処した。

 

 

 

 アブドルの街の攫われていた女性達や、領主のタマル殿に守備隊のミグニズ殿やブングル殿。彼等の娘さんと妹さんとか、まともな連中は居る。問題は混乱の中で生き残っているのかだ。

 

 辺境の近くの街だし、僕はフルフの街から動けない。誰かを送り込もうにも混乱してる所に送り込むのは危険だし、そもそも辿り着けるか会えるかも不明な状況に人員を出せない。

 

 うーん、有能な人達だったから、フルフの街まで辿り着ける可能性は有るけど国全体が混乱状態だからな。それに防衛線を押し上げたから、途中で見付かって追い返される可能性の方が高い。

 

 

 

 モア教関連の対策としては、フルフの街周辺の掌握は進んでいる。モア教の関係者をフルフの街から出す事は安全上の観点から拒否も出来る。防衛ラインは押上げるから、まともな人材の見極め方法のマニュアル作成が必要だ。

 

 

 

 防衛線の押上についてはアルドリック殿が草案を纏めて、バニシード公爵が承認。僕にも草案は回ってきたが、手伝う事は無いので閲覧のみで修正も承認もしていない。

 

 仕事の区分を明確に分けた事で、責任が無いから口出しも控える。内容自体に文句も無いので、この計画通りに進めれば良いと思う。人員選定については、僕から別案を出すか……

 

 問題は兵士達の負担が増すが、モア教関係者に頑張って慰撫して貰おう。あと、バニシード公爵が王都から娼婦を誘致すると言い出した。まぁ男性兵士達への御機嫌取りと、自分達のストレス発散をしたいのだろう。

 

 

 

 僕は何故か『愛妾同伴で宜しくやってるから、俺達の不満は理解出来ないだろう?』的な事を言われたが、リゼルが氷の微笑みを以って黙らせた。

 

 

 

 彼女的には内容に不満は無いが、愛妾でなく側室なので勘違いを分からせる必要が有るらしい。あとは場所や運営方法、衛生管理等の細かい計画を直ぐに出す様に指示していた。

 

 リゼル的には、娼館の誘致は『否定はしない』そうだ。職業に貴賤無し!ではなく、必要な事だから潔癖症みたいな反発はしないし、する意味が無い。だが運用方法については細かい確認が必要。

 

 あと『僕の利用は絶対に拒絶一択、反論は認めない』そうだが、アーシャも呼んでいるので気遣いは不要と言おうとして思い止まった。

 

 

 

 これを言ったらヤバい事になる。と思える程には、僕の対女性スキルは向上している。

 

 

 

 リゼルも最初だけ関わるが、運用を開始したら責任者に任せて後は関わらないと明言している。流石に未婚の淑女が、娼館の運営に関わる事は控えるらしい。

 

 収益の一部は女性兵士達に還元する事や衛生管理面の徹底には細かく口出しをしていたが、その他の事については特に何も指摘はしていない。だが正式な書類で回覧する必要が有るのか?

 

 これって、絶対に嫌がらせを含めているだろう。公式文書に残るんだよな。計画立案が、アルドリック殿で承認者がバニシード公爵ってさ。本人達も是が非でも娼婦を呼びたいから黙認したよ。

 

 

 

 僕は閲覧だけで記録に名前が載る事は無い。まぁハイゼルン砦を攻略した時も、レディセンス殿を責任者に据えて全てを丸投げして公式文書には残さなかったよ。

 

 

 

「後世でバニシード公爵とアルドリック殿は女好き、とか言う噂が真実味を帯びる根拠になる資料が残る訳だ。リゼルさん、ダッヘル達の監督責任の件の怒りは収まってないのかな?」

 

 

 

 今回の件は、男女によって評価は分かれるだろう。男性陣からは『そこに痺れるし憧れて尊敬します!』で、女性陣からは『仕事場に色事を持ち込む性欲魔人めっ!』とか思われそうだよ。

 

 でも必要な事は理解出来るので、僕は利用はしませんが受け入れますので適正に運用して下さい。因みにですが、僕は王都の娼婦ギルド本部に対して良い感情を持っていません。

 

 ハイゼルン砦の攻略の後で、アーシャ宛に『ハイゼルン砦では大変お世話になりました』などと勘違いを誘発する礼状を送り付けた事は忘れてなどいない。円満な家庭に波風を立てた罪は忘れない。

 

 

 

 あの後、アーシャ達の御機嫌取りが大変だったんだ。主に体力的な意味で……

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「来ちゃった♪」

 

 

 

「はい?」

 

 

 

 どこぞの付き合い始めたカップルが、男性の家に連絡なく訪問した時みたいな会話だったな。などと意識が遠のく感じがしたが、気力を振り絞り意識をはっきりとさせる。

 

 ここで呆けてしまっては、後でどんな悲劇に見舞われるか分かったモノじゃない。この無茶振りは流石と言えば良いのか、もう少し、こう……なにか手心を加えて欲しいというか。

 

 僕の魔力探査も兵士達の警戒網も全く関係無く、屋敷を訪れた女性達を招き入れる。誰かに見られる方が問題だが、認識阻害くらいはお手の物だろうし。

 

 

 

「レティシア?フルフの街に来るのには早過ぎませんか?」

 

 

 

 エルフの女性陣を仮住まいの屋敷に招き入れる。アインが手際良く世話をしてくれるので問題は少ないが、ゴーレムクィーンに熱い視線を向ける、ファティ殿からの再戦希望の圧が強い。

 

 三人を応接室に招いて、最近研究している工芸茶を振舞う。ガラスの器に入れて湯を注ぎ、蛹(さなぎ)が羽化をする様に、花弁が開くように、加工された球状の茶が想像通りの姿を現す。

 

 『見て味わって楽しむ事が出来る芸術品』今回はカレンデュラとジャスミン、それと千日紅に白茶を組み合わせたジャスミンリングを作ってみた。

 

 

 

 硝子製の耐熱ポットに湯を注ぎ加工し丸めた茶葉を入れる。蓋をして数分待つと丸めた茶葉が開き中に仕込んだ花が開く。数分間だが完全に花が開ききる迄の様子を目で楽しんでから、今度は味を楽しむ。 

 

 二回程度は湯を継ぎ足して楽しむ事も出来る。自分の想像通りに開花した花を愛でる楽しみは、製作者だけの特権だろう。工芸茶を教えてくれた、クロレス殿には感謝しかない。

 

 基本的に砂糖は入れてもミルクは入れない。僕は無糖で楽しむのだが、女性陣は砂糖を入れて飲み始めた。余り興味が無さそうな様子なので少し寂しい。

 

 

 

 自分の芸術的感性に同調してくれる者を好ましく思うと言っていたロンメール様の言葉を思い出す。成る程、実感すると理解が深まりますね。

 

 

 

「それで、本日はどの様な御用件で来られたのですか?」

 

 

 

「少し、よそよそしくないか?」

 

 

 

 工芸茶を楽しんで気分がリラックスしたので、訪ねて来た理由を問う。意味も無く往き来する仲でもないので、相応の理由が有ると思う。最初の挨拶は所謂『エルフジョーク』だろう。

 

 長寿種族の感性は短命な人間には理解出来ない事も多いので、特に深く考えなくても大丈夫。深く考え出すと深みに嵌って抜け出せなくなる危険が有るのでスルー一択だね。

 

 レティシアは不満そうで、ファティ殿は我関せず。ディーズ殿は意味深な笑みを浮かべている。そう言えば、ディーズ殿は未だ一言も喋ってないけど気分は悪くなさそうだ。

 

 

 

 種族は違えど、絶世の美女が三人。娼婦誘致騒ぎが有った後で、僕の所に美女が複数訪ねて来たとか周囲に知られたら面白く無い反応をされそうで怖い。

 

 

 

「ん?ああ、あの挨拶は気に入らなかったのか?ディーズが最近仕入れた人間の出版本から調べた情報だったのだが、シチュエーションが違ったのか?」

 

 

 

「そうですね。アレは付き合い始めたカップルの間で通用する遊びの様なモノでしょう」

 

 

 

 ディーズ殿が、レティシアに吹き込んだのか?人間の出版本って、創作の物語?そんな大衆向けの娯楽本をディーズ殿が読んでるのか?思わず視線を向ければ、頷いたぞ。

 

 人間界の情報収集って意味だとはおもうけど、偏った実用的でない知識を拾っても無意味だと思います。いや逆に大衆文化を調べているとか?それならば一応高位貴族の僕に対する挨拶では無いです。

 

 長寿種族に在りがちな多種多様な知識の吸収?流石と言うか何と言うか、僕も好奇心が強い方だから理解出来るけど周囲から見られる意味も理解しました。

 

 

 

 こういう目で見られているのか……

 

 

 

「そうか!私とリーンハルトの付き合いは長いし、関係性に合わない挨拶だったので呆けていたのだな」

 

 

 

 うむうむ、納得しました的に頷く彼女を生暖かい目で見る同僚二人。もしかしなくても、ディーズ殿は意味を理解してレティシアにやらせたのか?まぁ高尚なエルフジョークだと思ってスルーします。

 

 

 

「ええ、そうですよ」

 

 

 

 曖昧な笑みを浮かべながら同意する。レティシアの機嫌が見て分かる様に回復し、それを同じ様に生暖かい目で見る同僚二人。この三人の関係性って微妙に変化してる?レティシアが、まさかの弄られ役?

 

 

 

「まぁ今日訪ねた訳だが、近状報告みたいなモノだな。あとは精霊魔法の習得の進捗の確認、それと偶には友人を訪ねて来ても良いだろう?」

 

 

 

 透明な笑顔を向けられれば、変な考えなど頭の隅に追いやって歓迎するしかないかな。ははは、貴女は本当に感情が豊かになりましたね。

 

 エルフ族とは他種族を見下すというか、種族の能力差において同列には見ない連中という思いが有りました。ですが友好を深めて初めて分かる事も多い。

 

 結局は自分も種族の違いという色眼鏡を通して、彼女達を見ていたと言う事なのだろう。普通に友人として接してくれる関係だって築けるのだから……

 

 

 

 僕が人間の突然変異種って思われている事に目を瞑ればだけど……僕は突然変異種でなく、古代の秘儀で転生した古代魔術師なのです。

 


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