古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第972話

 バニシード公爵とリゼルを呼びに伝令を頼んだが、リゼルが先に来てくれたので助かった。凡その経緯を説明する時の、呆れを含んだ視線は誰に向けたものだろうか?

 

 僕じゃないよね?完全な被害者で巻き込まれただけだと思う。その様子を何とも言えない表情で遠巻きに見詰めている、カルロセル子爵とカスタイン殿。

 

 多分だが、僕等の関係性を察したのだろう。ええ、僕は彼女達の尻に敷かれている男ですが何か?僕は魔法馬鹿の自覚が有るので、頼れる事は任すタイプです。

 

 

 

 適材適所です。

 

 

 

「あの、拘束されている連中ですが只の愚か者ですわ。未だに自分の置かれた状況を楽観視して、バニシード公爵が来れば拘束を解かれて自由になれると考えています」

 

 

 

「え?謀反は別として明確な不敬を働いたし、そもそも素行も悪い。無罪放免など有り得ないと考えない?仮にも宮廷魔術師第二席の伯爵相手の暴言は、何かしらの処罰対応だよ」

 

 

 

 貴族とは面子を重んじる。格下に正面から蔑まれて放置など出来ない。少なくとも体面を慮って、貴族院に訴えて相応の対処を求める。そうしなければ舐められる。

 

 情状酌量の余地が有るのならば、慈悲を以って不問にするとか周囲が納得する理由が有れば別だが……今回は一方的に噛み付いて来ただけだよ。

 

 これを無視する事は、僕がバニシード公爵とその派閥構成貴族達には何も出来ないと周囲に言わしめるだけで何のメリットも無い。逆にデメリットしかなく、無罪放免は有り得ない。

 

 

 

 ジロリと愚か者共を睨めば、バツが悪そうな顔をするが内心はリゼルによってバレている。反省もしない、悪いとも思っていない、バニシード公爵が来れば助かると本気で思っている。

 

 

 

「穏便に済ませる事など有り得ないが、軽くて貴族院に訴えて本人と実家に対して抗議する事かな。重ければ、この場で兵士達に命じて殺処分だが……」

 

 

 

 その言葉を聞いて、漸く自分達の命が危ない事を理解したのだろうか?両手両足を拘束されて猿轡も噛まされているので、身体を芋虫みたいにくねらせる事で抗議し始めた。

 

 

 

「伯爵と公爵、二階級も違うのでバニシード公爵が来れば何とでもなると思っていたのでしょう」

 

 

 

 上級貴族の子弟にありがちな貴族優先主義か……まぁ確かに有る程度の我儘なら通せただろうし、今迄も散々行ってきたのだろうな。親が権力を使って不祥事を揉み消す。

 

 エムデン王国の貴族の中でも、一定数は居る。組織が大きくなれば全員が清廉潔白などは有り得ず、必ず悪事を働く連中が生まれる。それは絶対に防げない、起こってしまった事を罰するしかない。

 

 監視や調査を厳重にしても、それを掻い潜ったり法の抜け目を探したりさ。永遠の『いたちごっこ』だな。だから発覚すれば厳罰に処す。見せしめの意味も含めてだ。

 

 

 

 バニシード公爵は他の公爵三家から猛攻撃を受けている。有能な連中は引き抜かれ、彼を頼るのは他の公爵三家が引き込む利を見込めなかった連中が多い。無所属よりは腐っても公爵家ってね。

 

 忠誠心に厚い譜代の家臣や婚姻を繰り返して一族扱いの家の中には有能な者も居るだろうが、今回は才能の乏しい跡継ぎ達の箔付けの為に同行を許可したらしい。

 

 何もしなくても現地に居たというだけで、王命の達成に貢献した……と、やや強引だが言えなくもない。かもしれない。調べれば直ぐに分かる程度だが、それはそれ。

 

 

 

 貴族は自分の功績を声高々と言うからな。違うと反論も言い辛い程度の事だが、確かに後継者の箔付けにはなる。

 

 

 

「私的な事でなら、それなりの対応を求められても応じる事は有るけどさ。今は王命の最中で、彼等は妨害行為も行った。バニシード公爵としては、自分は無関係として厳罰を強いるだろうね」

 

 

 

「なぁなぁで済ませるにはオイタが過ぎましたわ。女性兵士の方々とも少し話しましたが、平民だと侮って無体な事を働こうとした回数は両手でも収まらないそうです」

 

 

 

 リゼルさん?何気に短時間で女性兵士達を取り込んでいませんか?あと連中に蔑みの視線を送りましたが、連中が妙に興奮と言うか恍惚としているような?

 

 美人の蔑みは御褒美?ははは、セイン殿みたいな性的嗜好の持ち主だとか?そういう性的嗜好の持ち主は、女性に対して自分から乱暴狼藉を働こうとはしない筈では?

 

 まぁどうでも良いか。僕は連中の仕出かした事に対して、バニシード公爵に正式に抗議をして、貴族院にも訴えて序に定期報告書にも事細かく記載する。

 

 

 

 それを公開しないと、兵士達の気持ちも収まらないし何より自分の立場が危うくなる。バニシード公爵に対して引くわけにはいかないが、王命の達成の為の話し合いには応じる。

 

 

 

「どちらにしても彼等を同行させたのだから、バニシード公爵には監督責任が有るので追及はする。今回の件は貴族院にも訴えるし報告書を本国に送る。有耶無耶にはしない」

 

 

 

 周囲の連中に聞かせる様に、少し声を大きくして話す。まぁ謀反まで企んでいたとは言えないが、良くて親が謝罪の上で罰金。悪ければ親が謝罪と罰金の上で廃嫡、最悪は貴族位の剥奪の上で……

 

 彼等の三人の実家と事を構える事になるが、今更だし大した脅威にもならない。バニシード公爵の派閥からも追い出されて無所属になるが無所属派も受け入れてはくれないだろうな。

 

 僕とバニシード公爵の不興を買った連中を受け入れる意味など無い。無所属派は少なくも無いし無力でもない。日和見な連中も多いが、緩く結束している派閥が正解だろうか?

 

 

 

「どうやら、バニシード公爵と、アルドリックまで来たみたいですね」

 

 

 

「大勢の護衛?の方々を引き連れてですわね」

 

 

 

 うん、護衛じゃないと思うよ。身に着けている装備が兵士達の物だから先導かな?逃がさない為の監視じゃないよね?謀反の黒幕を取り逃がしはしない。とかじゃないよね?

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと走らせた馬車も到着してしまった。周囲の兵士が御者に指示を出して手前で停めさせたのは、ゴーレムマスターの前に馬車を横付けは不敬だからじゃないよな?

 

 それでも許される爵位の差だが、軍属としての位階ならば奴の方が上ともいえる。俺は先任だが軍属では無いので責任者としての立場で、奴は軍属で言えば方面軍の司令官扱いだ。

 

 近衛騎士団と聖騎士団の両騎士団からも、奴の下に就く事は厭わずと言われている。王国に所属する軍属からすれば最上位に近い、故に俺は歩いて奴の前に行けって事か?

 

 

 

「アルドリックよ。話し合いは打合せの通りに進めるぞ」

 

 

 

「我等の指示でなく勝手な暴走、ですが派閥構成貴族の失態ではあるので謝罪はする。貴族院に正式に此方から申し入れて、奴等の実家にも責を負わす。ですね」

 

 

 

 そうだ。馬鹿共は謹慎の指示をしたのに無視して、ゴーレムマスターに勝手に絡んだ。俺は命じていない、無関係なのだが派閥の長としての管理責任だけは有る。

 

 

 

「ああ、リゼル嬢が居ます」

 

 

 

「ゴーレムマスターめ、女狐を手元に呼んだのか」

 

 

 

 ゆっくり来たのが仇となったが、アルドリックを巻き込まなければ駄目だった事を考えれば想定内だ。深く深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着ける。

 

 周囲を取り囲む兵士達の殺気が恐ろしい訳ではないのだが、俺は武人よりの内政派の良識人だから正直に辛い。これも自分の成長の糧という事で悪くは無い筈だ。

 

 ゴーレムマスターは無表情で、リゼルは微笑みを浮かべているが目が笑っていない。お前が、愚か者共を謀反人だと決めつけて周囲を唆してないだろうな?

 

 

 

 謀反人に仕立て上げて、自分の飼い主の政敵を一気に葬り去ろうとか考えてないよな?流石に無理が有ると思うし、俺も死に物狂いで抵抗するからな!

 

 

 

「バニシード公爵、アルドリック殿。御足労、有難う御座います」

 

 

 

 ゴーレムマスターは軽く頭を下げ、女狐は少し後ろに控えて同じタイミングで頭を下げた。軍属の階級でなく爵位の立場での対応、つまり謀反でなはく不敬の方で話を進める?

 

 

 

「うむ。今回の件は寝耳に水というか全く予想外過ぎて、正直困惑している」

 

 

 

 此方も軽く頭を下げる。公爵だからと言って踏ん反り返って尊大な態度をすれば、直ぐに軍属の対応に切り替えて謀反の件で問い詰めてくるのだろう。

 

 全く小賢しい奴だが、最初から謀反人として処罰する事は望んでいないと暗に示されたのならば、その気遣いに応えるのが貴族たる者の態度だ。

 

 正直、謀反を企んだのだな!と声高々に言われて弁解の機会も与えられず拘束の上で処分されても、例え証拠が無くても周囲の連中が全員『はい、そうでした』と答える状況だ。

 

 

 

 現に兵士達は俺達を包囲し、ゴーレムマスターの命令一つで襲い掛かってくるだろう。剣の柄にこそ手を掛けてはいないが、臨戦態勢だし何気に五百人位居ないか?

 

 本来の任務はどうした?非番の連中が全員集まっている感じだし、女狐の後ろには女兵士共が纏まっている。あの女共が愚か者共に襲われそうになったと証言しただけで王命の妨害、最悪は謀反だ。

 

 女狐め。既に根回しは完璧って事だな。ここは最大限の譲歩をしないと、俺とアルドリックの首を刈るって無言の意思表示なのか?クソっやり辛いぞ。

 

 

 

「今回の件は、彼等の単独暴走だと?」

 

 

 

 一瞬でテーブルと椅子を錬金して座る様に勧めて来た。四人分、俺達と向かい合う感じで座れって事だな。アルドリックと女狐も同じテーブルに座らせるのは、この場での話し合いは同列ですって事。

 

 女狐の発言もアルドリックの発言も、俺達と同等の価値と意味を持たせるってか。お前、有能な愛人に全てを任せるつもりじゃないだろうな?お前が見目好い愛人で、俺はむさい男とか優越感に浸りたいのか?

 

 簡易法廷の様な場をこさえて観衆はお前を盲目的に慕う五百人からの兵士達。そして罪人は猿轡を噛まされているから一切の証言は言わせない。俺達だけで話を決めるという事かよ。

 

 

 

 俺の味方は、アルドリックだけとか出来レースじゃないか!異議有り、異議有りだっ!

 

 

 

「ああ、そうだ。俺はダッヘル達に謹慎を命じ早々に王都に送り返す予定だった」

 

 

 

 それを半日も保たずに、カルロセルに絡みに行って返り討ち。愚か過ぎて何を言っても言い訳にしか聞こえないだろう。

 

 

 

「派閥当主の命令を無視して、王命遂行の助力を申し出た、カルロセル殿達を侮辱し武力行使まで行おうとしたのですが?」

 

 

 

「俺も伝令から報告を受けて、実際に自分の目で見ても信じられないでいる。此処まで愚かだったのかと呆れているが、愚か者共を連れて来た責任は取るつもりだ」

 

 

 

 そう言って軽く頭を下げる。アルドリックも俺に合わせて頭を下げた。謀反とか言い出す前に監督責任しかないが、責任は取ると明言し謝罪として頭を下げた。

 

 上級貴族に、此処までさせたのだから手打ちにして欲しいのだが……顔を上げた時に見た、女狐のニタリとした笑みが目に入り思わず身震いをしてしまう。

 

 この女狐は、ザスキアという更なる女狐と対等に渡り合う異常な女だった。その異常者が、俺を見て笑いやがった。それだけじゃ足りないって事か?

 

 

 

「馬鹿共は拘束の上で実家に送り返し、貴族院にも報告して正式に沙汰を下して貰う。俺も王命の妨害を重く受け止めてエムデン王国とバーレイ伯爵に金貨十万枚を差し出す」

 

 

 

 合計金貨二十万枚は今の俺にとっては痛手だが、安い金額を提示しては謝罪の意味は薄い。この場だけの遣り取りとして済ませば、俺へのダメージは少ない。

 

 馬鹿共も早くこの場所から追放し、全てを貴族院に委ねるという潔さで謀反の件は有耶無耶にする。コイツ等の実家が派閥を離れようが取り潰されようが構わない。

 

 俺は無関係だが公平な裁きを貴族院に委ね、監督責任を取る為に国家と相手に賠償金を払った。この結果ならば、俺への追求は無くダメージも懐が寒くなるだけで済む。

 

 

 

 少し前の俺ならば、善悪は別として徹底抗戦だと派閥構成貴族達を守る行動を起こしただろう。だが、今の俺は違うのだ。

 

 

 

「賠償金は、僕でなく被害に合った女性兵士達に被害に見合った金額を渡すべきでしょう。大筋は了解しましたが、貴族院と王宮には僕の方からも書面にて報告書を送りますが宜しいか?」

 

 

 

 つまり絡んだだけで最悪の行為には及んでないので一人当たり金貨百枚くらいか?十万枚より相当安いが、お前にとっては端金だから人気稼ぎに使うって事か?

 

 返答前に、女狐が奴の耳元で何かを囁いていたのはフルフの街で先任の俺よりも実質的な影響力を高める為に兵士達に媚びを売った。だが責任の追及は緩めず、貴族院を絡めた本国にて争うのだな。

 

 俺とお前は此処を動けないが、本国には女狐やニーレンスにローランが居る。そもそも貴族院への根回しは、ニーレンスが得意としている。俺を盤外戦術で追い込むつもりか?

 

 

 

 やってくれやがったな、女狐め!

 

 

 

 俺が睨んだら、ゴーレムマスターの膝に手を置いて嫣然と微笑みやがった。俺は此処での主導権を失い、本国での政争は直接手が出せないので奴の懇意の公爵共が好き勝手して終わり。

 

 リゼルめ、ザスキアを越える女狐め。あれだけ注意しろと言われていたが、未だ甘く見ていた。ゴーレムマスターは武力を伴った脅威が有るが、お前は策しか弄せぬと甘く見ていた。

 

 お前にとっては武力など情夫を操るだけで、どうにでもなる事だったのだな。今回は負けを認めるが次は無い、無いからな。

 

 

 

「それで構わぬ。俺の方こそ被害者の事を忘れていた訳では無いが配慮が足りなかった。流石はゴーレムマスター殿と言う事かな」

 

 

 

 少しでも兵士達の心情を良くする為に、ゴーレムマスターを持ち上げる事にした。実際に周囲の兵士達から受けていた圧が弱まった。英雄の称号を持つ意味と影響力は理解した。

 

 この場で謀反の件を有耶無耶にしてくれた事には感謝するが、単に本国を巻き込んで別で争いましょうと場所を変えただけだ。更なる追い込みを掛けてくるだろう。

 

 クソッ、俺にも有能な参謀が欲しい。腹黒淑女は不要だが、アルドリックでは心許ない。今も隣で無言で座っているだけ、これでは頼りない。主席参謀だが、女狐には手も足も出ぬか。

 

 

 

 もはや手段を選んでいる時間も無い。一族の恥だが能力は有る『惰眠を貪る者』を使わなければ駄目な状況まで追い込まれたか?だが奴を使うにはリスクが……

 

 

 

 もうそんな事を言っている段階を過ぎた。本国での謀略の対応は、奴に任せるしかないか。

 

 

 


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