古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第970話

 目の前で起こっている奇跡に思考が止まってしまう。

 

 

 

「何だ、アレは?」

 

 

 

 大地の形が一瞬で変わるなど有り得ない。凹凸の有る大地が一瞬でマス目状に変化する事など有り得るのか?自分の知る土属性魔術師の錬金じゃない。

 

 こんな事は有り得ないのだが、実際に目の前で簡単に行われては疑う余地など無い。バーレイ伯爵、彼は本当に人間か?耳の短いエルフの突然変異種ではないのか?

 

 報告では、エルフ族も大地に任意で樹木を生やし森を造れるらしいが、同じような事を人間の魔術師が行えるのか?いや、行っているのだが……本当に人間か?

 

 

 

「父上、私では同じ事を行うにしても一ヶ月は掛かります。そもそも私の魔力量では一日で10m四方を整備出来るかどうか。時間も半日は掛かってしまうでしょう」

 

 

 

 カスタインが絞り出す様な声で呻いた。己との力量差が絶望的な事を目の前で見てしまったのだからな。義息子も土属性魔術師としては標準的な力を持っている。

 

 レベルは25、実践的な魔術師になる為に魔法迷宮にも私兵を率いて何度も挑んで練度を高めている。自分の養子連中では一番出来が良い。

 

 そのカスタインが絶望する程の力量差、未だ十代半ばなのに……どれだけの修練を積めば、この域に達するんだ?

 

 

 

 確かに数多の戦場を単独ないし少数の配下と共に勝ち続けている。死線の潜り方が違うだけで、こうも差が付くものなのか?

 

 

 

「むぅ。お前でもか?しかも一ヶ月とか、単純に三十倍とかの話ではないな」 

 

 

 

 相手が一時間程度で終わらせる事を一ヶ月掛かるのだ。魔力総量が三十倍有れば出来るかと言われても厳しい。回復時間も含めれば?いや、そもそも前提が違うと思う。

 

 理解不能な事を理解した。精神衛生上、考えない事にした方が良い。真面目に考えて突き詰めると、己の無能さを嫌でも理解させられる。それでは精神が病んでしまう。

 

 普通の自分でもコレならば、少しでも自分に自信が有る連中ならば余計にダメージがデカい筈だ。よく宮廷魔術師団員達は心が折れなかったな。

 

 

 

 一説には、男共の尻を蹴っ飛ばして喝を入れる女魔術師が居るらしいのだが……露出狂とか同性愛者とか変な噂も聞こえてくる。どういう事だ?

 

 

 

「差が有り過ぎて、どれ位の力量差なのかも分かりません。少なくとも自分が百人居ても敵わないのは分かりますが、何人居れば勝てるのかも全く分かりません」

 

 

 

 最強の土属性魔術師なのは間違いがない。その上で現代の英雄、戦闘能力も頭抜けている。そんな男が騎士系の家系の新貴族男爵の長子とか、ふざけているとしか考えられない。

 

 魔術師は血筋が重要な要素となっているのは常識で間違いではない筈だ。母親のイェニー殿は救国の聖女と呼ばれる程の僧侶だったが、魔術師ではない。

 

 本家バーレイ男爵家の家系にも魔術師は数人居るが、そこまで強力な者は居ない。つまり母親の家系に強力な魔術師が居るのだろうが、イェニー殿は孤児ゆえに調べられぬ。

 

 

 

「まぁ凄い差が有るなぁ程度で良いだろう。比較する事自体が間違っていると考えないと、やっていけないぞ」

 

 

 

「そうですね。確かに、そう考えないと自分の無能さを呪って自害したくなります」

 

 

 

 何とか持ち直してくれたか。これからお前をバーレイ伯爵に売り込みに行かねばならないのに最初から打ちのめされていては何も出来ないのだぞ。

 

 少なくとも農地の整備は手伝う予定だったのだが、目の前で終わらされた。彼の能力を見積もって数日は掛かると予想したが大外れだった。普通、来た翌日に終わらせるか?

 

 カスタインが手伝える事は殆ど無くなった。流石に野菜の栽培を手伝う事は出来ないというか、やらせる事に問題が無いだろうか?

 

 

 

 開墾とか種蒔きとか?農業は詳しく無いので、この後に何をするのか分からない。

 

 

 

「英雄様は農民と同じ様な土弄りが得意なんだな」

 

 

 

「お似合いだと思うぞ。汗水垂らして働くのは労働者階級の務めだからな。支配者層の我々には出来ない事さ」

 

 

 

「我等に食べて下さいと献上するならば、食べてやるのが高貴なる者の務めさ」

 

 

 

 ダッヘルにボーロ、それにヨーグか。お前達はバニシード公爵から謹慎を申し付かった筈なのに、何故此処に居る。そして何故、我等の隣にいるんだ?

 

 お前達と同類と思われるのは危険で不味いのだぞ。しかも普通に相手を蔑む言葉を聞こえる様に垂れ流しやがった。相手は爵位と役職を持つ本当の意味での高位貴族。

 

 お前達は従来貴族の父親を持つ愚息達、不敬罪が成立する程の愚かな行為だぞ。何故、後ろに控える側使えや私兵達は止めないんだ?馬鹿息子を甘やかすな。

 

 

 

 連帯責任を問われても文句も言えない状況なんだぞ。バーレイ伯爵は敵対した連中に一欠けらの慈悲も無い、普通に殺害を選択出来る冷酷無情な英雄(大量殺戮者)だぞ。

 

 

 

「ダッヘル殿、少しは自重して控えて下さい。君達は当主様より謹慎を命じられた筈でしょう。与えられた屋敷で大人しくしていなさい」

 

 

 

 睨み付けるも全く動じない。その胆力だけは称賛に価するが、破滅に向かって全力疾走している事を理解しているのか?理解出来ないから馬鹿なんだぞ。

 

 

 

「カルロセル子爵こそ、御当主様の政敵に尻尾を振るとは何事でしょうか?もしかしなくても移籍を考えているのでしょうかな?」

 

 

 

「カスタイン殿も土属性魔術師でしたか?共に土弄りをしたいとか?もっと貴族の矜持を持たれるべきかと思いますよ」

 

 

 

「親子で御当主様を裏切るつもりなのか?新参者の恩知らずめ」

 

 

 

 カスタインが反論しようとしたので、腕を掴んで黙らせる。この遣り取りは腹は立つが有難い。お前達馬鹿共と我等親子が仲間では無い事を自ら証明してくれたのだ。

 

 これ程の援護射撃をしてくれるとは、馬鹿は馬鹿なりに利用価値が有るというか躍らせれば良いという事か。少なくとも、お前達とは違うという事は認識して貰えた筈だ。

 

 バーレイ伯爵はバーリンゲン王国との関わり合いが多かったので、向こうの馬鹿貴族に散々苦労させられたらしく馬鹿な貴族を嫌う傾向が強い。

 

 

 

 故に、お前達は嫌われて自分達は別枠として見て貰える筈だ。感謝しよう、少しでも話の切欠にはなりそうだよ。

 

 

 

「どう思われても構いませんが、我等を巻き込まないで欲しいものです……身の破滅にね」

 

 

 

 最後は小声だが、一応の警告はした。あとは自分達次第、どうなろうとも我等親子は無関係だぞ。

 

 

 

 カスタインの手を引いて、バーレイ伯爵の下へ向かう。相手もわざと聞かされる嫌味に嫌気が差してきたようなので、立ち去る前に挨拶位はしておきたい。

 

 今は無理強いをせずに、相手を立てる事に専念しよう。バーレイ伯爵も数ヶ月は此処に滞在するのだから、焦りは禁物。ゆっくりと距離を詰めれば良い。

 

 リゼル嬢の事も有る。彼女が危機感を抱くような強引な事は控えるべきだし、今日は最悪挨拶だけでも良いくらいだな。

 

 

 

 ああ、あとこの遣り取りを聞いていた兵士達の表情も見た方が良いと思うぞ。最悪は闇討ちされるか、殺害されて何処かに埋められるかも知れないな。

 

 敵は身内にいる。もっとも兵士達にしても同じ『敬愛する英雄殿を貶す愚か者共に分からせる必要がある』くらいの事はしそうだぞ。

 

 そもそも、お前達は既に女兵士達に乱暴狼藉を働こうとして止められているんだ。処罰も無く謹慎だけで済まされているのに、実際は謹慎すらしていない。

 

 

 

 そんな者が自分達の為に身を粉にして働いている英雄殿を貶められたら、何でもすると考えて警戒するのが普通だぞ。血筋だけしか取り柄の無い、お前達に理解出来るかは疑問だけどな。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「これは素晴らしい錬金技術ですね。流石は当代最高の土属性魔術師といわれる事はありますね。私では見てただけでは、何をしたのかも理解出来ませんでした」 

 

 

 

 簡単な自己紹介の後で、バーレイ伯爵の行った理解不能な錬金の事を取り敢えず褒める。褒める以外に言葉が浮かばない、頭の回転が上手くいかないのは根底に恐れが有るからだ。

 

 だがむやみやたらと恐れる必要が無い事を理解しているので未だマシなのだ。魔物と同じ檻の中に閉じ込められる訳ではなく、ティムされて制御下に置かれた魔物と対面した状況が正しい表現だろうか?

 

 魔物と違い常識を弁えて理性が有る。そう言う相手と理解しているから、言葉が怪しいだけで済んでいる。だが怖いものは怖い。あの馬鹿共が何の根拠も無く反発出来る事が理解出来ない。

 

 

 

「取り敢えず今日は区画整備だけで終わり。明日以降は兵士達の宿泊棟を五日間で終わらせる予定なので、その合間に土壌を改良して種蒔きかな?その前に井戸掘りか……」

 

 

 

 この言葉に意識が飛びそうになったが、気合を入れ直して根性で耐える。なんで数千人の兵士達の宿泊棟が五日間で出来る?農地と違い建物はもっと複雑で難しいのではないのか?

 

 本人は至って真面目な顔をしているので、そう難しい事ではないのだろう。バーレイ伯爵にしてはって言葉が頭に付くけどな。

 

 カスタインも意識が飛びそうなのは、自分で手伝える余地があるか分からないからだろうか?これ程の事を簡単に行う相手に力を貸しますとか言えないだろう。自分でも無理、恥を理解出来るから。

 

 

 

「井戸ですか!生活用水は必要ですね。今でも量が限られていて、飲料等の生活用水を優先している状況なので助かります」

 

 

 

 我々は毎日風呂も入れるが、兵士達は風呂は週に数回で普段は濡れタオルで身体を拭く位だからな。何時、不満が爆発するか分からないから正直井戸は助かる。

 

 まぁ井戸も簡単に錬金してしまうのだろう。本来は専門職に任せないと水脈すら探せないのだが、魔法で地中奥深くまで調べる事が出来るらしい。

 

 だからこそ、フルフの街の地下に用途不明の大空間が有る事を察知する事も出来るのだろう。その本格的な調査も担うのだから、呆れを通り越して感動すらする。

 

 

 

「そうですか。先ずは生活用水の確保、その後で農業用水ですね。近くの水源から用水路を錬金した方が早いかな?」

 

 

 

 用水路?近くの水源?どれだけ離れているのかも分からないのだが、ここはスルーで良い。深く考えたら負けだ。

 

 

 

「生活環境の改善と向上、素晴らしい事ですが全てを任せてしまう事は問題だと、我々は認識しています。何か手伝える事が有れば良いのですが……」

 

 

 

 我々といっても一部だけで、ダッヘル達は微塵も危機感を感じてないと思うがね。全て丸投げしたなど、王命に対する姿勢を問われる大問題だぞ。

 

 バーレイ伯爵は魔法関連は非常識だが、一般的な事は常識を持っている。此方の言葉に含まれている意味も理解してくれたのだろう。腕を組んで助力を頼めそうな事を考えている。

 

 正直、此方の方から提案する事は出来ない。逆に邪魔をする事になるかもしれない、判断が全くつかないんだ。下手に出るので、協力を願い出て欲しい。

 

 

 

 ウチの私兵達が動いた?バーレイ伯爵に対してじゃない?後ろか?

 

 

 

「貴殿も従来貴族の子爵なのですから、毅然とした態度で臨まなければ下に見られますぞ」

 

 

 

「一緒に鍬でも振って貰えば良いのでは?土弄りが大好きなのでしょう?」

 

 

 

「お似合いだと思いますよ」

 

 

 

 あ?なんて言ったんだ?このクソ馬鹿共は?もし手に剣を持っていたら、問答無用で反射的に斬り捨てるぞ。世間知らずのバカ息子の認識は有った、それを放置したツケがこれか?

 

 バーレイ伯爵が顔を顰めた。無礼打ちされても何も言い返せない状況、なにか言われる前に越権行為を叱責されてもコイツ等の実家と揉めてもヤルしかない。

 

 私兵の腰に差していたロングソードを奪い取って刃の腹の部分で、ダッヘルの頬を殴ろうとしたが向こうの私兵が庇った事で黙らせる事が出来なかった。

 

 

 

 ウチの私兵達が一斉に抜刀して戦闘態勢に移る。多勢に無勢、もしもの時はバーレイ伯爵が助けてくれるとは思うが最初から頼っては駄目なのだ。

 

 この馬鹿の言う貴族として、気然とした態度で臨まなければならない。例え自分が大怪我を負っても最悪は殺されても、引いては駄目な時がある。

 

 

 

 今が、その時!

 

 

 

「同じ派閥構成貴族として恥ずかしい。お前達は此処で処罰する。責任は自分が全て持つので、構わず取り押さえろ!」

 

 

 

 負けても構わない。事に臨む姿勢が重要、カスタインも攻撃魔法を唱え始めた。それで良い、その思い切りが大切なのだ。

 

 

 

「馬鹿が、こっちは三倍の戦力だぞ。素直に謝れば手を引いても……」

 

 

 

 一瞬の事だった。馬鹿共の私兵が何故か自分の仕えし家の跡取り息子を取り押さえようとして、バカ息子共々一瞬で錬金されたゴーレム兵に無力化された。

 

 文字通りの無力化、多少の手加減はしたと思うのだがゴーレム兵は装備していたメイスで殴って大人しくさせた。馬鹿共は腹を殴り、私兵共は武器を持つ手を叩いた。

 

 腹を押さえて蹲る馬鹿共と利き手を抑えて唸る私兵共。そして周囲で事の成り行きを伺っていた兵士達が抜刀して取り囲んだ。後方からも続々と兵士が集まってくる。

 

 

 

 非常招集の警笛を鳴らして、周囲に居る兵士達を全員集めるつもりだぞ。殺気だっているが手を出さないのは、バーレイ伯爵の言葉を待っているから。

 

 もし彼が一言『取り押さえろ!』と命令すれば、一切の手加減も無く押し寄せて鎮圧される。誰もが、ダッヘル共の吐いた言葉に怒りを感じているんだ。

 

 もしかしたら、彼等の心の中ではアウレール王よりもバーレイ伯爵の方が重要なのかもしれない。軍属の要、稀代の英雄リーンハルト卿。その影響力の凄まじさ。

 

 

 

 コレだよ、こうなると分かっていたから穏便に済ませたかったんだ。

 

 

 

「カルロセル子爵、カスタイン殿。怪我は有りませんか?」

 

 

 

 この言葉に我等に等しく向けられていた、兵士達からの殺気が収まる。バーレイ伯爵が心配してくれた事で、自分達は敵認定から外れたのだ。こういう心配りが出来るのだ。

 

 カスタインも心を奪われたようだな。狂信者が神に向けるような目で、バーレイ伯爵を見上げている。このカリスマ、戦場で輝く英雄の理由の一端が知れただけでも良しとするしかない。

 

 だが終わりではない。これからの行動は、言葉一つでも間違えれば破滅に直行。震える膝を叩いて気合でゆっくりと起き上がる。急に動き出せば、兵士達に取り押さえられそうだったのだ。

 

 

 

 気になるのは、馬鹿共の私兵達の動きだ。何故、仕えし家の跡継ぎをあの状況まで放置していたのに取り押さえようとした?何故、最初から諫めなかった?

 

 キナ臭いぞ。何を考えている?今更我慢の限界を越えたので諫めようとしましたって事は無いだろう。もう何をしても一緒にお咎めを受ける状況だった。

 

 バーレイ伯爵に視線を向ければ、軽く笑ってくれたのだが……優しそうな見た目と雰囲気を纏っている筈なのに、心の底から震える位に恐ろしくなった。

 

 

 

 それは恫喝の笑みだよな?

 

 

 

 


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