古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第969話

 

 バニシード公爵とアルドリック殿との話し合いを終えて双方の明確な仕事の範囲と責任区分、それと計画に無かった提案と要望の擦り合わせが終わった。

 

 問題は有れども、有意義な話し合いではあった。まぁエムデン王国の問題児が集まっているという頭の痛い件は、派閥当主に丸投げで良いだろう。

 

 なにか仕掛けてきたら、問答無用で叩き潰す。その前に警告は出来たのだから、責任は保護者側に有る。最悪、バニシード公爵と全面抗争になっても……何とかなるかな。

 

 

 

 アインを伴い兵士達の天幕の有る場所へと向かう。リゼルは女兵士達の宿舎に用が有るそうなので、ツヴァイを護衛につけて向かわせた。

 

 つまり、フルフの街の女性達を取り纏めて支配下に置くのだろう。愚か者達への対抗策として一致団結するのは良い事だし、あの笑顔を浮かべる彼女を止める手段は持ってない。

 

 此方も笑顔で護衛を付けて送り出すのが正解。細かい事は後から報告を聞いて全面承認すれば問題は無い、無いったらない。

 

 

 

 街の中心を通っているメインの大通りを正門に向かって馬車に乗らず徒歩で進む。こうして歩いて見て回るだけで、街の復興というか掌握具合が分かるのだが……

 

 細かく見れば整備が行き届いていない。仮にもエルフ族に引き渡す街としては手を加える必要が有る。領民を退去させる時に武力は行使しなかった筈だが、所々に破壊の後が有る。

 

 元々管理が行き届いてなかったのか、出て行く時に腹いせに壊したのか判断に迷うが経年劣化じゃないと思われるので人為的に壊したのだろう。

 

 

 

 扉や窓本体が壊れた所は板を数枚程度打ち付けているだけだから、風で埃とか入りたい放題だろう。ああ、隙間から野鳥が飛び出して来たのは室内に巣を作ったのか?

 

 

 

「人が住まなくなった住居の廃墟化は早いと聞くが、前に訪ねた時よりも荒廃化が進んでないかな?」

 

 

 

 メインの大通りの左右の建物の窓や扉は全て閉められている。換気に気を遣える程の人手が無いので防犯上締め切るしかないが、室内に潜伏されたら見付け出すのは困難だろうな。

 

 間者ならば潜伏し放題だろう。他国に今の状況を知られるのは不味い。情報封鎖はしているが、何かと被害者意識高めで騒ぎ出す連中が大人しくなると逆に何か有ったと思われる。

 

 クーデターが成功した事は知れ渡っているし、パゥルム女王達がエムデン王国に亡命した事も周辺諸国には通達した。内乱状態だから国境を封鎖しているという理由の根拠でも有る。

 

 

 

 今迄ならば、亡命したパゥルム女王が政権奪還の協力を強要するとか周辺諸国に援助を寄越せと声高々に騒ぎ出すのだが……今は幽閉されているから声明など出しようがない。

 

 オルフェイス王女の封じ込めにも尽力しているらしいので、あの病んだ王女が何かしようとしても防ぎ切れるだけの体制は整っている。何をしても無駄って事だな。

 

 唯一、バーリンゲン王国と協力関係を強く結ぼうとしたウルム王国は滅んだ。他の国が調べようとしても海路は危険が大きくて利用出来ず、陸路はエムデン王国を通過しなくてはならない。

 

 

 

 三重の警備網を敷いているので、優秀な間者でもバーリンゲン王国領に入り込むのは厳しい。

 

 

 

「まぁ何とか入り込んでも、出る時に捕まるだろうし一年程度ならば封鎖は完璧かな?それ以上は内戦が長引いていると言っても、人道面から入国させろと騒ぎだして、モア教絡みで拒否も……」

 

 

 

 その辺りは、アウレール王が考えているだろう。『バーリンゲン王国がエルフ族と事を構えて滅ぼされたが、我が国はフルフの街を国境として正式にエルフ族と国交を結んだ』と言えば良い。

 

 クロレス殿が一年という期間を設けたのも、そこ迄先を考えていたのかも知れないな。エルフ族に喧嘩を売ったとなれば力関係からしても殲滅されても不思議じゃない。

 

 その怒れるエルフ族と正式に国交を結んて取り敢えず安定化させたとなれば、エムデン王国とは防波堤の意味でも関係を悪化出来ない。実際は微妙に違うのだが、他国からはそう見えるだろう。

 

 

 

 見えなければ誘導して見える様にすれば良い。

 

 

 

 各国のエルフも自分達の森に棲んでいる。その関係の維持には相当気を遣っているのだが、そんな相手に喧嘩を売る馬鹿がいるとは思わないし考えられないだろう。

 

 だから愚か者の国が喧嘩を売って滅ぼされても、一応の根拠にはなる。日頃の行いからバーリンゲン王国の噂が信憑性を増す理由にもなる。彼等ならば愚かな行動をしても不思議じゃない。

 

 結果的に国ごと滅ぼされても自業自得、逆に援助してエルフ族と敵対するなど絶対に断る断固拒否だとね。ただエルフ族が森以外に領土を持った事への他国の感情は分からない。

 

 

 

「危機感を覚えて、排除出来なくても何とかしようと暗躍するか?奪った平地も全て森林化すれば、更に全ての大地を森で埋め尽くすつもりかもしれない!とか騒ぎ出す?」

 

 

 

 まぁその辺の問題は未来の僕とエムデン王国に丸投げだな。今は王命の達成に尽力する事が重要だ。ザスキア公爵が主体で諜報に力を入れて世論を誘導すれば、何とかなるかな。

 

 

 

「さて野営地が見えてきぞ」

 

 

 

 僕の存在に気付いて兵士達が慌しく動き出しているのをみて、もしかして、バニシード公爵から未だ野営地整備の話が通ってないのかと疑ってしまう。あの慌てぶりは、来るのが早すぎたか?

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 見事に整列した、兵士達に出迎えられた。さすがは正規兵で今回の難しい王命の為に派兵された連中だけの事は有り、高いレベルで練度が維持されている。

 

 責任者と思われる壮年の兵士が駆け寄って来て見事な敬礼で出迎えてくれたので、此方も答礼する。この辺は軍隊だなぁって思う。

 

 転生前の僕は孤独な無言兵団を率いて戦っていたので、こういう対応には未だに慣れない。慣れなければ駄目なのだが、元々の性格が簡単に矯正出来るわけじゃないので、徐々に変えて行こう。

 

 

 

「本日は、如何様な件で、我等の野営地にお越しなのでしょうか?」

 

 

 

 あーうん、早かったか。まぁ今更慌てても仕方が無いので、バニシード公爵の情報伝達が遅かった訳ではない事も合わせて説明すれば良いな。

 

 

 

「今日は君達の野営地の整備に来たのだが、バニシード公爵への説明と許可は済んでいるので安心して欲しい」

 

 

 

 この説明では不足だったのだろうか?何を言われたか、いまいち理解出来なかったような顔をしているぞ。少し困った顔をしたのは、上司の無茶振りにどう対応して良いか分からないからか?

 

 

 

「整備、ですか?」

 

 

 

 これは、僕が全面的に悪い。思い付きでいきなり訪ねた様な感じになってしまっている。報告・連絡・指示伝達が重要な軍隊では駄目な部類の上司だったよ……反省しよう。

 

 

 

「今日は下見に寄らせて貰ったのだが、後日正式に報告が行くと思うが此処の野営地を整備する。具体的には天幕から錬金製だが長屋タイプの宿泊棟を設置する。具体的には……」

 

 

 

 口頭だけだと雑な説明になるので、地面に錬金した棒で簡単な配置図を書いて説明する。地縄張りとかは必要ないが、凡その目印の設置はお願いした。此処を建物の角にして欲しい程度だが……

 

 

 

 何回かに分けて一旦、奥の空きスペースに天幕を移動して貰い錬金製の新しい宿泊棟に戻って貰う。具体的には5棟に分けて5回の引っ越しで全てを終わらせる。

 

 大まかなスケジュールとして錬金の所要時間は半日、朝食後に引っ越しして貰い夕食前には引っ越しを終える。申し訳ないが、錬金の場所は指定して人員の割り振りは丸投げだ。

 

 シフトの関係で事前に使用している天幕の引っ越しが必要になるが、小隊規模で纏まって野営しているので難しくはないとの事。非常に協力的なので助かる。

 

 

 

「了解致しました。明日までに初回の引っ越しを終えておきます」

 

 

 

 内容を確認出来た事でだろうか?急遽集まってくれた小隊長達だが、妙な活気が滲み出ている。まぁ寝る場所は外と布一枚で隔てているよりは、錬金製でも普通の壁が良いよね。

 

 安全度が段違いだし、やはり布だけっていうのは心細い。特に敵地の最前線だし身体が休まらないのも当然だ。あと天幕って屋根と壁は布で覆うけど、床が土の上に簡易的な簀の子程度しか敷かない。

 

 上層部は簡易的な組み立て式のベットが用意されるが、末端の兵士は良くて簀の子の上に寝袋を敷いて寝るだけ。悪ければ干し草の上か地面に直接、寝袋に包まって寝る事になる。

 

 

 

 地面に近いと身体の熱は奪われるし、虫とかも這いあがってくるし数日なら良いけど長期は辛い。

 

 

 

「無理はしないで良いし、予定の変更も対応する。元々思い付きで始めた事だから、王命優先で頼みます」

 

 

 

 本来の王命優先、予定の変更は当日でも構わない。特に急ぎの仕事も無いし、後発の連中が来る迄は割と暇なんだよね。

 

 

 

「いえ、お任せください。完璧に遂行致します」

 

 

 

「うん。任せた」

 

 

 

 これで野営地の件は問題無い。後で正式に、バニシード公爵から通達されるだろう。詳細を事前に打合せ出来たので、結果的に良しとしよう。

 

 一斉に敬礼した後、小隊長達は自分の隊の連中に説明に向かったが……何故に全力疾走なの?正規兵は完全武装だから重たい鎧を身に着けて全力で走らなくても良いよね?

 

 そんなに嬉しいのだろうか?遅くとも来週迄には全員が屋根の下で寝れる事になる。少しずつ待遇が改善されていく。一年以上の長期任務だし、福利厚生は手厚くしないとね。

 

 

 

 さて、次は新鮮な野菜を栽培の為に土弄りを始めるかな。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 野営地のエムデン王国側、主要街道の片側を農地にする。もう反対側は天幕の仮移動場所なので、なだらかな平地の多い方を使用して貰う。農地予定地は結構な凹凸の有る荒地だ。

 

 錬金の精度を高める自己鍛錬には丁度良い荒れ具合、先ずは30m四方を一つの区画として六つの区画を作る。結構な回数の灌漑事業を行った為か、区画の距離については凡そ目測でも正しい。

 

 ロングソードとか刀身を含めて全長90cmを基準とした感覚で1mの長さは正確に錬金出来る。それを基準に何倍って感覚で錬金している。まぁ慣れだな。

 

 

 

 本来は決められた長さの縄を張って距離を測ったり、基準となる棒を用意してそれを並べて距離を測ったりする。他にも方法は有るらしいが、エムデン王国では基準の縄が一般的かな。

 

 先ずは一区画の凹凸を無くし平坦にする。その時に周囲よりも少し下げると周囲に作る畦道との境界が分かり易い。畦道の幅は1m、四方に囲う様に設置すれば農地の移動が楽になる。

 

 これを繰り返して2区画を三つ繋げれば農地の完成。結構な魔力を消費した為か、額に汗が滲んでいる。タオルで拭って一息つく。周囲を見回せば良く整備された農地と、それを遠巻きで伺う連中。

 

 

 

 兵士の中に明らかに貴族ですって着飾った連中が二集団居るな。一つは敵意を隠していない、つまりアレが問題児の連中か。それと、もう一つの方は友好的な雰囲気の貴族と私兵と思われる一団。

 

 彼等もバニシード公爵の派閥構成貴族で間違いないだろう。ていうか、今此処に居る貴族は僕とリゼル以外は全てバニシード公爵の派閥構成貴族だよ。

 

 笑顔を称えた方の一団が近付いて来たので身嗜みを整えて身体を向ける。む?一団の中に魔力反応、魔術師だな。多分だが土属性魔術師、レベルは20前後、一人前といえる練度だな。

 

 

 

 魔術師と分かり易いローブを羽織ってないし杖も持っていないので、一見すれば貴族服を着ているので同行してきた貴族の子息って感じだ。敵意は無さそうなのが救いかな?

 

 

 

「私はバニシード公爵の配下の、カルロセルと申します。此方は義息子のカスタインです」

 

 

 

「カスタインです。お見知りおき下さい」

 

 

 

 貴族の礼節に則った一礼をされたので、此方も相応の礼を以って応じる。カルロセル子爵といえば、事前資料に名前が載っていた有能な貴族だ。魔術師を集めていて多くを義理の息子として迎え入れている。

 

 僕にも義理の息子の何人かを弟子入りさせて欲しいと言ってきていたが、派閥の関係で有耶無耶にして回答を引き延ばして立ち消えたんだった。まぁ対応としては良くなかったな。

 

 此処に直接義理の息子を伴って来たとなれば、弟子入りの件を蒸し返すのか?それとも野菜造りの手伝いを申し入れに来たのか?さて、善意の手伝いか罠か?王命の最中ではあるが、政敵でも有る。

 

 

 

 

 

 どう出るのか楽しみにしながら、笑顔を浮かべて次の言葉を待つ事にした。

 


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