古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第968話

 ゴーレムマスターとの話し合いを途中で抜け出し、私室で秘蔵のワインを楽しみ二度寝と洒落込んだ。少しは気分が回復したが根本的な原因の排除には至っていない。

 

 残りの打合せを終えた、アルドリックが報告に来たので俺が退室した後の話し合いの内容を聞く。相変わらず非常識な事をする奴だな。半月でフルフの街の秘密を暴くとはな。

 

 奴の王命は大使館と自分の屋敷の整備、フルフの街の地下に有る謎の巨大空間の調査。本来、兵士達の宿泊施設の整備や野菜の栽培等は含まれない。

 

 

 

 土属性魔術師として得意分野なのは分かるが、王命の範疇ではない。だが王命に無関係かと言えば違う。正規兵達の衣食住の向上は仕事の効率を上げる事に繋がる。

 

 結果的に、俺の王命の範疇にも関わる事になるので遠回しだが恩を売られた事に間違いは無い。恩には着ないと言って了承はされたが、ハイそうですね!で済む訳もない。

 

 どうせ、あの女が今日の打合せの内容をそれとなく兵士達に流すだろう。任務外の事なのに自分達の環境改善に動いてくれると聞いて、兵士達が何を考えるか?

 

 

 

 先任の上司である、俺との比較だろうよ。

 

 

 

 押収品は気前よく分け与えたが、ワイン等の嗜好品だけだ。そして品質はお世辞にも良いとは言えない物が多かった。飲まないよりはマシ、その程度の品質だ。

 

 押収した時に尋問した話では、この安酒を高値で売るつもりだったそうだ。産地の偽証、偽ラベルを張り付けてボロ儲けを企んでいた。

 

 奴等にとっては騙すよりも騙された方が悪いらしく、エムデン王国の連中は自分達に負い目があるから騙しても良いらしい。どうにも洗脳というか、風潮?

 

 

 

 子供の頃から『エムデン王国は自分達よりも下である。自分達に配慮する立場なので、何をしても良い』的な事を教えられ続けているみたいだな。

 

 

 

 クソ忌々しい。何で俺らがお前達に見下されなければならないのだ?聖人気取りの先王が甘やかすから、子孫にツケを押し付ける事になる。

 

 だから俺は、奴等を甘やかさない。自分達の立場を分からせる為にも、徹底的に叩いて叩いて叩き捲る。正しい自分達の置かれた立場を分からせる為にな。

 

 そんな素晴らしき行動を行う、俺の派閥の構成貴族達だが……アレ等と同じ様な思考をしている者が多いので胃が痛い。思わずもう一度、酒が飲みたい程に頭が痛い。

 

 

 

「御当主様、皆揃いました」

 

 

 

「ん、そうか。ご苦労」

 

 

 

 供回りの者が報告に来たので、現実逃避を終わりにして応接室へと向かう。選抜でなく全員集めたのは、軽挙妄動をしない様に全員に釘を刺す為だ。

 

 この状況下での問題行動は、自分達の終わりである事を言い聞かせないと駄目なのだ。幼年期教育みたいだが、当主の俺の命令を聞かない連中も仕方無く同行させている。

 

 王命の遂行に貢献したという、箔付けの為にだな。全く何もしていない癖に、お零れを貰いたいと言う浅ましい連中め。だが、奴等の親共の協力は必要。

 

 

 

 無碍には出来ないのだが、せめて何もせずに大人しくする位は出来るだろ?いや、出来ないから苦労するのだが……

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 接収した領主の館には複数の会議室が有る。今回供回りとして連れて来た派閥構成貴族の連中は三十五人、それぞれが更に供回りを連れて来ているので合わせれば二百人以上だな。

 

 三十五人の内、俺にも我儘を言う阿保は半数近く、何れは親の後を継いで派閥の中核を担う連中なのだが……どうにも能力が低いし、遠慮なく言えばバカ息子共だな。

 

 今も俺が会議室に入ったのに仲間内で馬鹿話を止めない。比較的まともな連中から注意されて漸く俺の存在に気付いて居住まいを正した。まぁ俺の方を向いて姿勢を直しただけだがな。

 

 

 

「御当主様、急な招集ですが何事でしょうか?」

 

 

 

 俺の派閥では比較的常識人枠の、カルロセル子爵が纏め役として進行役を務めてくれるので正直に助かる。奴はゴーレムマスターの事を随分と買っている。

 

 結構前の話だが、奴に祝いの品としてマジックアイテムを送り養子を弟子入りさせて欲しいと願ったが……その話は保留の上で立ち消えしたらしい。

 

 まぁ新参ではあるが、俺の派閥の構成貴族だから警戒されたのだろう。政敵の息の掛かった家の子息を弟子入りはさせないだろう。そういう保身には気を遣う奴だし。

 

 

 

「あの出自の卑しき奴の事ですかな?此処は一つ、御当主様から自分の立場を分からせてやる必要が有るのでは?」

 

 

 

「全くその通りですね。新貴族男爵の長子の分際で伯爵になるなど、従来貴族である私達の事を蔑ろにし過ぎです。全く笑えません」

 

 

 

「御当主の力で、あの新参者をギャフンと言わせて下さい」

 

 

 

 そして頭の悪い奴の筆頭が、この三人だ。ダッヘルにボーロ、それとヨーグ。全員が俺の派閥の中核を担う連中の跡継ぎだが、典型的な甘やかされて育った我儘で傲慢な若造。

 

 当主の俺に対しても命令口調ではないが、お願いと言う指示をして来やがる。だが若干不利な状況に追い込まれているので、コイツ等の実家の助力は必要不可欠。

 

 今回も、王命の達成に参加させて欲しいと頼まれている。何もしなくても何もさせなくても、作戦に参加したとなれば今回の王命達成に貢献したと言えなくもない。

 

 

 

 親共には、よく言い含めて置けと言ってあったのだが……結果は直ぐに問題を起こしやがった。移動が怠い、宿泊先が貧相、飯が不味い、酒が不味い、娯楽が無い。

 

 当り前だ。王命という仕事で辺境に来ているのだぞ。俺だって我慢しているのに、何故お前達が我慢出来ない。挙句の果てに女兵士に無理矢理言い寄って返り討ちに合うとか……

 

 猿か?猿なのか?他の正規兵達に直ぐにバレて囲まれて、圧力に負けて逃げ帰ってきやがった。お前達の尻拭いの為に、貯めていた嗜好品を放出する羽目になったのだぞ。

 

 

 

 あれはもう少し経ってから、不満解消の為にバラ撒く予定だったのだ!

 

 

 

「失礼な物言いですぞ。政敵ではありますが、今回は王命の為に協力しなければならない相手。最低限の礼節は弁えて下さい」

 

 

 

「うむ、そうだな。今回の王命は失敗は許されない。故に国家の為にも、今回に限り私怨は抑えるのだ」

 

 

 

 俺とカルロセル子爵が諫めたのに不満を隠さない。この阿保共を送り込んできたのは、王命を失敗させるつもりなのか?適当な屋敷に軟禁した方が幾らかマシか?

 

 深呼吸を繰り返し心を落ち着かせる。まだ怒りに任せて怒鳴り散らす場面ではない。鷹揚にして度量の大きさを示す場面だ。クソ餓鬼共だからといって大人気ない事は未だしない。

 

 俺の不満顔に気付いたのか、口を閉じて大人しくなった。お前達は何もせずに大人しく屋敷に引き籠っていろ。王命は俺が何とでもするから、問題だけは起こすな。

 

 

 

「今回集まって貰ったのはな……」

 

 

 

 一連の話を説明したが、途中で苛立ちを隠せなくなっている。特に新鮮な野菜の供給の為の農地の開墾辺りから、顔が真っ赤になり落ち着きが無くなり身体を小刻みに揺すりはじめた。

 

 

 

「我等高貴なる者に下賤な農民の真似事をしろと言うのですか?」

 

 

 

「これだから卑しき生まれの者は、恥知らずな事を平気で行う」

 

 

 

「勝手にやらせましょう。そして収穫前に畑を荒らし回れば良い。それ位しなければ、自分の立場を理解出来ない愚物ですな」

 

 

 

 ばっ馬鹿野郎共がぁ!そんな事をすれば……

 

 

 

「落ち着きなさい。明確な王命への妨害は、御家断絶の上で三親等まで極刑ですぞ!」

 

 

 

 俺が怒鳴り出す前に、カルロセル子爵が諫めたが全然理解していないぞ。年長者にも不満を隠さないどころか、今にも噛み付きそうだな。駄目だ、コイツ等は。

 

 真面目に切り捨てる事も視野に入れなければ、俺でさえ処罰の対象になる。いや、普通に考えても駄目だろう。何故、そんな嫌がらせを行う思考になる。

 

 責任区分外とは言え、王命の中に含まれる事を妨害すれば統括の俺にも責任が及ぶ事が分からないのか?

 

 

 

 クソがっ!落ち目だからとは言え、エムデン王国内でも問題児共が集まっているのが悩みなのだ。カルロセル子爵は良いが、他は碌な連中が居ない。

 

 

 

「ですがっ!」

 

 

 

「貴族に農民の真似をして、土弄りをさせるなど侮辱以外のなにものでもないです」

 

 

 

「愚か者には相応の罰……いえ、教育を行う事が上に立つ者の義務では?」

 

 

 

 あーうん、駄目だな。コイツ等の親共は分かり切って送り込んで来たのだろう。何か失敗をして処分される事が前提、処分されたらそれを理由に派閥から脱退。

 

 愚かな息子は処分されるが、責任を取る形で脱退するつもりだろうよ。国への責任は、俺が取る事になるのだから実質的な罰は少ないと考えたか?

 

 損切するのだろう。今回の王命に失敗すれば、俺の失脚は確実だから責任の追及も弱いと踏んだか?これは、最初から仕組まれた毒だな。

 

そう言う可能性が有る前提で行動するか。それ位の用心は必要、俺も崖っぷちなのだから、必要以上に警戒するべきだ。違ったなら儲けもの位で良い。

 

 

「幸いな事に私の養子は土属性魔術師ですので手伝わせます。連れて来た私兵も出しましょう。ダッヘル殿達の案を実行すれば、良くても死罪。悪ければ実家は取り潰しです」

 

 

 

「馬鹿な?」

 

 

 

「何故だっ?」

 

 

 

「次期子爵の私が死罪?実家も取り潰し?そんな馬鹿な事が……」

 

 

 

 あーうん、実家から見限られた事は正解だろうよ。良く考えれば、コイツ等は愚か者だが連れて来た供回りの連中は有能そうだったな。

 

 統率が取れていたし次期当主といっているコイツ等に対しても出来ない事は出来ないと道理を弁えていた。

 

 ああ、そうか!馬鹿な行動をさせて、供回りの連中が取り押さえるか最悪は内々に処分するつもりか?俺の受けた王命をダシにして実家の膿を出すつもりか?

 

 

 

 状況が悪化すると周囲の連中も色々考えるのだな。この状況で滓を送り付けてくる事をもっと良く考えるべきだった。只の箔付けかと軽く考えていた、過去の俺を殴りたい。

 

 馬鹿共の実家は、既に俺を見切っている。今回の王命は失敗しても良い、それを理由に派閥を脱退して更に愚か者の処分もする。

 

 疑心暗鬼と思うかもしれんが、増援を呼びよせた方が良いな。アルドリックにも相談して、暴発する前にコイツ等を送り返そう。

 

 

 

 文句を言ってきたら『王命の妨害しか考えてないからだ』と怒鳴り返せばよい。下手を打てば、俺が破滅する。綱渡りだが生き残りを掛けて、やるしかない。

 

 

 

「カルロセル、任せた。ダッヘル達は大人しく与えられた屋敷で謹慎してろ。間違っても変な行動は起こすな、起こせば処罰する」

 

 

 

「お任せください」

 

 

 

 怒りで真っ赤になったり、処罰と聞いて真っ青になったりと顔面が忙しい連中を部屋から追い出す。どうせ真面目に謹慎などしないだろうし、何かやれば即拘束して送り返す。

 

 王命の妨害だけで十分な理由だろうし、その場で切り殺さないだけ温情だ。どうせ脱退する連中ならば、始末する予定の者を無事に送り返す方が悔しがるだろう。

 

 俺を甘く見た罰だぞ。後継者問題は御家騒動にまで発展する。最悪は没落、色々な柵で本妻の長子以外を後継者にする事は難しい。

 

 

 

 素養が低くても親が教育して何とかするのが普通の考え方だが……コイツ等は教育が功を奏して最低限の能力は有るのだが、如何せん増長してしまった事が駄目なんだ。

 

 俺を見本として目指したのだろうが、俺は普段は傲慢に見えるだろうが実際は違うのだよ。日々成長しているのが、俺だ。憧れの頂きは遥か遠かったって事だな。

 

 しかし、カルロセルは上手くやったな。自分の養子をゴーレムマスターの下に手伝いとは言え送り込めた事は行幸。色々な情報も得られ易いだろう。

 

 

 

 あとは奴等の監視と、取り押さえる人員の確保だな。最悪は正規兵共を使ってでも可能ならば未遂の内に取り押さえるが、無理なら被害を出来るだけ抑える。

 

 あと、カルロセルの件はゴーレムマスターにも伝えておくか。奴は使えるから希望はなるだけ叶えてやるのが当主の務め。

 

 奴の養子をゴーレムマスターの下に送り込めば、上手くいけば地下の謎空間の調査にも参加出来るかもしれない。なんだかんだと身内には甘いらしいし、身内じゃなくても配下位の関係が築ければ良い。

 

 

 

 配下の事を思いやれる、俺は出来た当主という事だな。

 

 

 


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