古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第964話

 久し振りのフルフの街、前回と違い軍属しか居ないので街の活気というか生活感は感じられない。見回す限り武装した正規兵ばかりだから、街というより最前線基地だな。

 

 雨が激しくなってきたが、兵士達はフードを頭から被っただけで何事も無く仕事をしている。所々に休憩用のテントと暖を取る焚火が用意されていて、交代で休んではいるようだ。

 

 先導する、ナジャフ殿について街の中を進むと半分要塞化されているのが分かる。大体の地理は把握しているし街全体の配置図も貰っている。

 

 

 

 自分の屋敷と大使館の位置は事前に決められているので、後で実際に現地を確認する必要が有るな……

 

 大使館は、ニーレンス公爵が改修する事になっているので、確認後に後発の部隊に引き渡せばよい。自分の屋敷は、ライラック商会に頼んでいるので、同じく後発の連中に任せる事になる。

 

 今回の王命は単独でなく、先任のバニシード公爵との協力と調整が必要。明確に任務の区分も王命と言う形で指示して貰ってはいるが、現地で協議して決める事も少なくない。

 

 

 

 協力という形で、錬金による防衛施設の増強とかね。

 

 

 

「どうやら、お出迎えが来たみたいです」

 

 

 

 雨で視界が悪いのだが、一際大きな建物の前に人影が見える。雨の中、建物の中で待たずに態々外で雨に濡れて待つね。

 

 

 

「遠いところ、御足労頂き有難う御座います」

 

 

 

 被っていたフードを脱いで、頭を下げて迎え入れてくれたのは……主席参謀アルドリック殿だった。一度は絡んできたが、ザスキア公爵と彼女を信奉する淑女達に色々とやり込められたらしい。

 

 僕への敵意など消し飛ぶ程の、教育というか指導というか色々有ったらしい。非公式で謝罪もされたよ。曰く、『このまま放置すると母親と妻、それと姉妹から離縁されかねない』らしい。

 

 男尊女卑というか、男の方が立場が強いと思われがちな貴族社会だけどさ。表と裏の事情があって、立場が逆転している家は結構有るんだよ。我が家も、イルメラさんが最上位だし……

 

 

 

「お出迎え、有難う御座います」

 

 

 

 此方もフードを脱いで、挨拶を返す。序列は僕の方が役職も爵位も上なので、出迎えは間違ってはいない。だがバニシード公爵と同じく室内で待っていても問題は無い筈だよ。

 

 態々、濡れてまで出迎える必要はないのだが、少し考えればバニシード公爵と会わせる前に話が有るって事だろうか?それとも敵対の意思は有りませんって事だろうか?

 

 微妙な対応だが、馬鹿みたいに雨の中突っ立っていても仕方無いので建物の中に入る。

 

 

 

「此方の部屋で身嗜みを整えて下さい。ああ、リゼル嬢は……」

 

 

 

「リーンハルト様と同じ部屋で構いませんわ」

 

 

 

 気が利いているな。雨に濡れたフードを脱いで空間創造にしまったが、膝から下は少し濡れている。着替え迄はしないが、タオルで拭く位はしたい。

 

 それを人目の有る場所で行わせる事は、軍属ではあるが貴人でもあるので配慮しますよって事だろう。二部屋用意してあったのは、リゼルに対して相応以上の対応をしている?

 

 まぁその提案はブッた切った訳だが、異性が同じ部屋で身嗜みを整える事は対外的には良くないのでは?そう思って彼女を見ると、微笑んでいたが目は笑っていなかったので黙った。

 

 

 

「後で迎えを寄越します」

 

 

 

 提案を却下されたが、特に気分を害した感じも無く一礼して退室して行く主席参謀殿の背中を見て考える。

 

 

 

「妙に好待遇だよね?」

 

 

 

 仮にも彼は最近だが、バニシード公爵の派閥に属した筈なのだが……派閥当主の政敵に対して、此処まで配慮する理由ってなんだろう?

 

 

 

「あの男、私の事を『ヤバい女だから下手に出ないと何をされるか分からない』って思っていましたわ。プンプンです」

 

 

 

「ああ、そういう事ね」

 

 

 

 下手に反発されたり妨害されたりするよりは、恐れられていた方が幾分マシだよね。確かに、リゼルは王宮内でも女傑四人衆として猛威を振るっているらしい。

 

 エムデン王国唯一の女公爵である、ザスキア公爵。後宮の裏の支配者、女官長。宮廷魔術師筆頭、サリアリス様に匹敵する『僕の懐刀』的な評価をされているんだった。

 

 高名な三人に認められて、女傑衆の末席という評価をされたんだった。まぁ実際にザスキア公爵と意見交換でも、やり合える程に有能だったよ。

 

 

 

 空間創造から、ゴーレムクィーンのアインとツヴァイを呼び出し僕等の身嗜みを整えて貰う。身の回りの世話を任せる人材が居ないので、暫くは彼女達に任せるつもりだ。

 

 

 

「ツヴァイは暫くの間、リゼルの世話と護衛を頼む」

 

 

 

 タオルを押し当てて衣類や靴の水気を取り除いているツヴァイに命じる。ゴーレムクィーン五姉妹は戦闘や護衛方面に特化していた筈だが上級メイド並みの御世話スキルも有る。

 

 ドライ達は、イルメラ達の護衛で王都に残してきている。政務に長けた、アインとツヴァイを連れて来たので若干の不安は有るのだが、ニーレンス公爵がフォローすると言うので同行させた。

 

 ニーレンス公爵には借りが出来るが、フルフの街での仕事に必要になるから助かったのが本音かな。ラビエル子爵達には頑張って貰うしかないが、ドライを専任で付けているから大丈夫だと思う。

 

 

 

 不安材料は、ロイス殿がゴーレムクィーンに御執心な事くらいか。アインを連れて行くって言った時の絶望感がね。貴族として跡継ぎを作る事は最重要なのに、懸想する相手がゴーレムって……

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 身嗜みを整え終わった後、タイミング良く暖かい飲み物が差し入れられた。給仕は女性だったが従軍している正規兵だそうだ。彼女は魔術師で、宮廷魔術師団の配属ではなく一般の魔法兵部隊の一員らしい。

 

 攻撃系の魔法が得意ではないが、有る程度のレベルの魔法は使えるので配属先では重宝されているらしく今回も二十人程の魔法が使える者が居るそうで内勤に回されているらしい。

 

 男所帯の軍隊だが、輜重部隊には炊事班があるので女性率も低くは無いそうだ。今回も全部合わせれば五十人程度の女性が居て、一つの建物を与えられて共同で暮らしているらしい。

 

 

 

 まぁこういう状況だから女性が少ないのも分かるし、安全の為に一つに纏めておくのも納得だ。

 

 

 

「リゼル様は貴族様ですので、こじんまりしていますが専用の屋敷が用意されております。私達がローテーションでお世話をする事になっております」

 

 

 

 好待遇だな。アルドリック殿は、リゼルの事を恐ろしいと感じているのだろうか?リゼルの爵位は新貴族の男爵位、貴族社会では下の方だが爵位持ちだから相応なのだろうか?

 

 確かに今日の宿泊先も決まってない状況だし、僕はどうにでもなるが女性はそうもいかないだろうし。バニシード公爵やアルドリック殿だって援軍を蔑ろには出来ない。

 

 自分達の管理下・監視下にある建物に押し込んだ方が合理的って事だろうな。一応、利用する前に調査はした方が良い?いや、ツヴァイが居れば大丈夫か?

 

 

 

「いえ、私は主様と同じ所にお世話になりますので、折角御用意して頂いた屋敷には滞在しませんわ」

 

 

 

 即答しないで!

 

 

 

「いや、それは駄目じゃないかな。異性と同居とか未婚の貴族子女が選んではいけない選択肢じゃないかな。常識的にさ」

 

 

 

「では、リーンハルト様の滞在先は、どの様な所なのでしょうか?」

 

 

 

「少しグレードの高い御屋敷を御用意しております」

 

 

 

 困惑気味に教えてくれたが、別に彼女に悪意が有る訳じゃないだろう。僕等を引き離すにしても、ゴーレムクィーンの護りは盤石だし簡単には抜けない。

 

 新しい屋敷が完成するのは家具や備品の搬入を含めて数ヶ月は必要だろうし、今日からにでも仕事をするのだから用意して貰った屋敷に滞在する方が合理的だと思う。

 

 バニシード公爵だって、今の状況で何か仕出かそうと考える程愚かじゃない筈だし。だが、リゼルは納得していない。何か理由が有るのだろうか?

 

 

 

「まぁその件については後回しにして、そろそろバニシード公爵との打合せに行こう。結構待たせていると思うよ」

 

 

 

 窓から見る外の様子は雨雲でどんよりしているが、もうそろそろ夕食の時間だろう。詳細な打合せは明日でも良いだろうが、到着の挨拶と報告は必要だろう。

 

 一旦時間をおいてから、再度説得というか理由を聞き出そう。赴任初日から腹心との関係が不和とか笑えない。

 

 だが案内してくれた女性の表情は、困惑じゃなくてワクワクな感じがするのは気のせいではないだろう。色恋沙汰じゃないのだが、娯楽が少ない環境だから興味津々なの?

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 扉をノックする音が聞こえたので入室を許可する。雨の中の移動なので先に休息を促したのだが、結構待たされた。女性の身支度には時間が掛かるのは一般的だと理解はしている。

 

 だがゴーレムマスター、お前は男だろう。身嗜みを整えて身体を温めるだけで一時間も必要か?愛妾(リゼル)の為に時間が必要だったのか?

 

 折角、二部屋用意したのに同じ部屋を使用したと報告は受けているぞ。嫌味で滞在する屋敷を分けたのだが、正解だったな。お前だけ爛れた滞在生活などさせぬぞ。

 

 

 

「お待たせして申し訳有りません」

 

 

 

 低姿勢で挨拶をする、ゴーレムマスターの後ろで同じタイミングで頭を下げるリゼルを見る。確かに見透かされている様な気がするが、何かされている訳でもなさそうだ。

 

 魔法かギフトか?だが魔法なら低レベルだがレジストするマジックアイテムを身に着けているし、レジストが無理でも魔法自体を掛けられた事が分かる。

 

 それらが無反応ならば、単に洞察力に優れている?女とは不思議な事だが、俺が何を考えているのか分かる場合も有る。不思議な生き物だな……

 

 

 

「悪天候の中、ご苦労だったな」

 

 

 

 諸手を挙げて歓迎など出来ないし、したくもないが現実は仕事が楽になる事が確定した。特に安全面では心配事は無くなっただろう。その他の不安要素は山盛りだがな。

 

 アルドリックがソファーに座る様に促す。お前、本当に丸くなったな。表情こそ不機嫌そうだが、持て成し方が丁寧だぞ。そんなに女共が怖いのか?怖いのだろうな。

 

 本来ならば懇親も兼ねて夕食に招待して持て成すのだろうが、流石に戦地かつ最前線なので公爵家として持て成す事が出来ない。政敵とは言え、公爵家の格が問われるのは避けたい。

 

 

 

「悪いが戦地故に大した持て成しも出来ぬのでな」

 

 

 

 紅茶の茶葉は最高級品だが、淹れるのがアルドリックだからな。まさか主席参謀に、お茶汲みをさせる事になるとは。それを容認する奴もだが戦地とは不自由だな。

 

 現地住人が雇えないので仕方ないのだが、補充部隊に身の回りの世話をする連中を組み込んではいる。基本的に軍内では上級士官の世話も下級士官の仕事の範疇なので最低限の待遇は出来る。

 

 公爵家当主が満足するには全体的にレベルが足りてないのだが、俺だって無理な事は理解しているので騒いだりはしない。騒いでも意味が無いし、子供じゃないぞ。

 

 

 

「いえいえ、理解していますので、お気になさらず」

 

 

 

 どうしても、お互い固い口調になってしまう。まぁ少し前までバチバチとやりあっていた関係だから仕方無いな。俺の連れて来た派閥構成貴族の連中も反発していたし。

 

 不安要素は、人材不足の為に自制心の少ない奴もそれなりに連れて来ている事だ。引き締めはしたし、手出し無用と厳命したが万全じゃない。

 

 それこそ、奴に突っかかっていく連中が居ないと断言出来ない所が不安だが……アルドリックや参謀連中にも監視は頼んでいる。非常事態だぞ、馬鹿な事はしないと思いたい。

 

 

 

「命令書は受領した。仕事の区分についての話は明日でも構わないだろう。今日はゆっくりと休んで体調を整えてくれ。しかし本当に二人切りで来たのだな」

 

 

 

「少数の方が隠密行動には向いています。では明日にでも時間を作って頂き、今後の打合せで宜しいでしょうか?」

 

 

 

 向こうも先任の俺を立てているみたいだし、今夜は顔見せと挨拶と明日の打合せの約束だけで良いだろう。不満と不安を溜め込んだ息を吐き出す。

 

 

 

「それで、用意して頂いた屋敷の件なのですが……」

 

 

 

 嗚呼?お前、俺に、お前とリゼルとの愛の巣を用意しろって言うのか?これには、アルドリックも右手を額に当てて上を向きやがった。俺だって両手を握り締めて自分の膝を叩いた。

 

 禁欲中の俺達に対して、随分な物言いだな?王命の最中だよな?バーリンゲン王国の連中を根絶やしにする作戦の遂行中だよな?

 

 何故、公爵家当主たる俺が、お前の婚前任務の手伝いをしないと駄目なんだ?フザケルナ、この荒ぶる感情をお前にぶつけてやるぞ。

 

 

 

 アルドリックが何か言おうとしたが、リゼルに視線で黙らされた。ゴーレムマスターも同じく、何か言い掛けたが飲み込みやがった。

 

 俺に向ける見惚れる様な笑顔の中に、ドロドロとした闇を感じた。ザスキアには無い恐怖、この女……もしかしなくても病んでいやがる。それも相当な深度でだ。

 

 この様な視線には見覚えが有る。ロジスト様に執着した、バセットの本妻とか父親を唆して謀反させたモンテローザとか碌でもない事を仕出かす狂人の目だ。

 

 

 

 俺の爵位や権力ならば大した事は無い相手ではある。前の俺ならば笑い飛ばして放置する程度の事。だが今は考えを改めた。何を仕出かすか分からない事自体が恐怖なのだ。

 

 甘く見て放置すると巡り巡って碌でもない事に巻き込まれる。女の情念を軽く考えていると、最後には泣きを見る。殆どの女だったら、そこ迄恐れる事は無い。

 

 心配し過ぎ、笑い話で済む。だが、この女レベルになると絶対に違う。だから要求は容認しよう。図に乗る事などないだろうし、僅かでも恩を感じてくれれば儲けもの。

 

 

 

 リゼルよ。俺はお前の爛れた欲望を否定しないし邪魔もしない。

 

 

 

 嗚呼、ザスキアよ。お前の恋敵だが、お前以上に底知れぬ怖さがあるぞ。これが二十歳前後の女が生み出せる闇なのか?世の中には凄い女が居て、それを見出したのがお前だよ。つまり自業自得か……

 

 ゴーレムマスターよ。少し前はお前が憎かったが今は違う。同情と憐れみすら感じてしまっている。これと一つ屋根の下で暮らすとか、どんだけ危機感が麻痺してるんだ?

 

 ゴクリと唾を飲み込む事が、現実なのをしらしめている。お前、女運が最悪だな。ザスキアとかフローラとかメディアとか、お前に粘着する女共って全員がアレ過ぎだぞ。

 

 

 

 俺も愛妾を呼ぼう。心の平穏には心優しい女が必要なのを改めて理解した。

 

 

 

 ゴーレムマスターよ、なに自分は分かりませんみたいな顔をしている。お前、その内刺されるぞ。碌な死に方はしないと思うぞ。

 

 英雄の最後って笑い話で聞いていたが『痴情の縺れで死亡が多い』と聞くが、目の前で見て理解したよ。俺も、この年で成長したって事だな。

 

 お前とリゼルには嫌味の如く、この任務中はべったりと二人切りの時間を沢山用意してやる。他の連中から妬まれろ!それが俺が出来る最も効率的で効果の高い嫌がらせだ。

 

 

 

 早々に痴情の縺れで殺されてしまえっ!


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