古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第962話

 リゼルと二人、フルフの街に向かう。途中で二回ほど難民から野盗にジョブチェンジした連中から襲撃を受けたが撃退した。子供と女性の二人旅は格好の獲物なのだろうか?

 

 此処まで逃げてきたのに最後で詰めを誤り倒されるとは……敵とはいえ、もう少し考えた方が良いと思う。だがこれは、敵だけの事ではなく、僕等にも当て嵌まる。

 

 つまり何が言いたいのかと言えば取り零しが多過ぎる事と、想定よりもエムデン王国側に逃げ出す連中が多い。

 

 

 

「思った以上にエルフ達による国土の森林化の情報が広まっている事と、祖国に見切りを付けて早々にエムデン王国側に逃げ出す連中が多い」

 

 

 

 言葉に出してみれば、想定よりも年単位で連中の行動が早い事が分かる。当初はケルトウッドの森の周辺から徐々に森が広まり危機感を募らせた連中が動き出すのに数ヶ月は掛かると予想していた。

 

 実際はエルフ族の古老達のゴーレム擬きが趣味の植生を行う為に辺境まで進軍し、そのゴーレム擬きの体内の核が宝石っぽくて奪おうと襲っては返り討ちにあって全滅している。

 

 コレだけでは、バーリンゲン王国の連中はエルフ族に対して悪意を募らせてるだけで、御自慢の謎の自信でエルフ族に対して謝罪と賠償を要求すると思っていたが……

 

 

 

「逃げ出すとはね」

 

 

 

 リゼルと馬ゴーレムに二人乗りして、のんびりと揺られながら移動している最中は、リゼルと言う相談相手も居るので考え事を纏るには丁度良い。

 

 空にはどんよりとした雨雲で一杯だが、未だ雨は降り出してはいない。頬に当たる風は大分湿気を含んでいるので、もう少ししたら雨が降り出してくるだろう。

 

 僕の思考を読んでいるので、言葉に出すのは質問だけで過程は省けるのが楽で良い。まぁ心を読まれるのが嫌な人の場合はアレだが、僕は気にしない。

 

 

 

「短絡的で快楽主義、謎の自己肯定感高めで有りもしない自尊心が肥大した愚か者達ですが……だからこそ、自分達の危機には敏感なのでしょう。詰めが甘いのはお約束ですわ」

 

 

 

「エルフ族に最低な欲望塗れの提案をした連中は、多分だが既にこの世には居ないだろうね。クロレス殿は甘くも無く優しくも無い。僕に猶予はくれたけど、連中を根絶やしにする事に手出ししないとは言ってない」

 

 

 

 つまりバーリンゲン王国の王都が今、どうなっているかは想像に難しくない。クーデターに成功し政権を奪った連中は軒並み始末されたと思って良いだろう。

 

 エルフ族によって王都が崩壊し現政権が機能しなくなった事は、バーリンゲン王国中に広まっていると考えて良い。奴等ならば責任転嫁して、自分達は関係無いと危機感を抱くまで少しは時間が有ると思った。

 

 だが、連中は危機感を募らせている。自分達の領地を自由気ままに横断するゴーレム擬きの事も、エムデン王国側の主要な街や村の住民が軒並み立ち退きを強要された事も判断材料の一つか?

 

 

 

「地方の領主達からすれば、中央の事など我関せずなのでしょうね。彼等が滅んだのならば、そのままエムデン王国の属国に戻る程度の認識で面倒事は宗主国が何とかしろ!なのでは?」

 

 

 

「流石にそれは通用しないって思うけど、それが常識だと信じて疑わないのが連中だよな」

 

 

 

 勝手に中央の連中が政権を転覆させて実権を奪ったけど、エルフ族に馬鹿な絡み方をして返り討ちにあい崩壊した。属国に戻るから、エルフ族との揉め事は宗主国の責任で自分達に害に無いように処理しろ。

 

 それ位の事は考えているだろう。今、エムデン王国に逃げている連中は考え方はアレだが危機感は抱いている。現状でコレなら、事実を知ったらどうなるのか想像がつかなくなってきた。

 

 責任を追及する連中は既にこの世に居ない可能性が高く、残された自分達でエルフ族に対して謝罪や賠償をする気など皆無。責任は宗主国の義務って事が、奴等の中での常識になるのかな?

 

 

 

「フルフの街に到着しましたら、バニシード公爵と情報共有が必須ですわ。向こうは多数の捕虜が居る筈ですので、彼等がどの程度の情報を持っているのか?その程度によって対応を変える必要が有ります」

 

 

 

 此方の情報も渡す必要もあるし、二組も取り零しがいて襲われた事も証拠と共に提出する必要も有るな。後は新しい王命の指示書も有るので、責任区分の再確認は必要。

 

 『政敵だから、嫌われているから』なんて甘えは通用しないので、言う事は言わねば駄目だし調整や擦り合わせも必要だよね。僕もフルフの街に滞在する事になるのだから……

 

 自分の屋敷を構えて、対エルフ用の大使館も用意する必要も有る。建物が用意出来たら、そこで働く人材も準備する必要がある。そもそも生活するのだから生活環境の整備も必須だよ。

 

 

 

「まぁそうだね。此方の情報は極力伏せている筈だけど、住人の強制退去の理由を言ったのか言わずに行ったのか?『フルフの街をエルフ族に引き渡すから出て行け』くらいは言ったかな?」

 

 

 

「仕事と責任の押し付け合いにならない様に注意が必要ですわ。私達は二人しかいないのですから、人材を借り受けるか現地で雇う事は……厳しいでしょうね」

 

 

 

 私達は貴族であり、ご主人様は上級貴族であり身の回りの事を御自分で行う事は極力避ける必要が有ります。有事では有りますが、戦時中という訳でも有りませんから人を使わない事は駄目ですわ。って言われた。

 

 うーん、確かに身の回りの世話を任せる人材は盲点だったな。移動時間を短縮する為に、馬ゴーレムで少数移動する弊害だな。本来ならば上級貴族が単独行動なんて有り得ないし非常識だった。

 

 戦時中なら軍属だからと行えたけど、現状は正確には戦争状態ではないんだよね。属国のクーデターに対する備えが建前で、双方宣戦布告はしてない。そもそも連中は現政権を倒して政権は奪ったが、今はまた属国だと思っている。

 

 

 

 内政干渉とも違うし、微妙な扱いだね。エルフ族との調停と、クーデターを起こした連中の残党討伐になるのか?一応、独立に成功した訳だから再度属国化するにしても正規の手順を行う必要があるが、未来永劫行う事は無い。

 

 中途半端な状況のまま、連中はエルフ族との揉め事により消滅する事になる。エムデン王国だってバーリンゲン王国からの正式な使者が来なければ交渉は行わない。

 

 臨時政権くらい興せる連中とじゃないと国家間の交渉など不可能、公爵家の当主で派閥貴族を伴って王都を一時的にでも支配下に置いてれば何とか交渉相手として見れるかだね。

 

 

 

 まぁそれもフルフの街まで交渉団が訪ねて来て、バニシード公爵が使者を受け入れればだけどね。

 

 

 

「拒否一択ではないですか」

 

 

 

 悪辣ですねって、太腿を叩かないで下さい。拒否しているのは、バニシード公爵で僕では有りません。僕はバーリンゲン王国の連中相手に出張る事はないでしょうし、させないでしょうね。

 

 可能性としては残存勢力を纏めて五千人以上の装備の確かな正規兵と騎士団員達が束になって攻めて来たら、遊撃部隊として参戦はする。またはフルフの街の防衛戦に参加する。

 

 指揮系統はバニシード公爵は先任で立てる相手ではあるが、僕の方が軍属としては高位であり命令系統からも外れている。僕はバニシード公爵と配下に命令できるが、バニシード公爵は僕に命令は出来ない。精々が要請だね。

 

 

 

「まぁね。バニシード公爵からの報告書を読んだけど、詐称ばかりで相手にする必要は無しって事だからね。実際はそれなりの規律の有る軍団を伴って来ないと相手にもしないよ」

 

 

 

 軍団を動かせる状況でもないし、近衛や騎士団って残っているのかな?マドックス殿と一緒に魔牛族の里を襲いに来た連中は五百人の王都守備隊だったが、クーデターに参加した貴族は複数居て、彼等の戦力は投入されなかった。

 

 理由は王都内での権力争いの為に、兵力を手元に置いておきたかったから。あの時点でクーデターを起こした連中は統一されていなかった。つまり正式な次期支配者は決まっていなかった。

 

 自分達の欲を満たす為に協力しただけで、誰かの下に付くような事は無かった。クーデターが成功して王都を支配下に置いてから、仲間内で権力争いに突入したのだろう。

 

 

 

 誰が勝ったのか、そもそも生き残りは居るのか居ないのか?下手をすれば、王都から自分の領地に逃げ帰っている可能性も捨て切れない。群雄割拠時代の到来?いや荒廃した国の末期か?

 

 

 

「そろそろ街道に戻るよ。流石にフルフの街に入るには、正規の街道から行かないと余計な詮索をされかねないからね」

 

 

 

 不審者扱いされない為にも、見張りが遠くから識別出来る街道をゆっくり進んで行くのが良いと思うんだ。下手な場所から近付けば余計な詮索と警戒をされるし、味方なのだから隠れる訳にもいかないから。

 

 

 

「序に巡回部隊と接触して、彼等を護衛として同行させて更に先触れもお願いするのが良いですわ」

 

 

 

「うん。まぁそうだね」

 

 

 

 巡回部隊を上手く使いましょうって事ですね。確かに彼等の職務上、僕等を見付けて素通りさせる事は出来ないので予想の通りになるのだろう。

 

 空を見上げれば、ギリギリ雨に降られずに済むか微妙だな。この調子で進めば夕方前には到着出来るだろう。流石に夜間に街を訪れるのは非常識だし城門も普通に閉めているだろうし。

 

 一応、不用心と思われない様に騎馬ゴーレムを前後に各十体ほど錬金し周囲を守らせる。これで余計に目立つ様になったし、早めに巡回部隊に発見されるだろう。

 

 

 

 女性と一頭の馬ゴーレムに同乗している事は今更と思って我慢しよう。リゼルの事だから降りろって言っても聞かないだろうし……

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 リゼルの予想通り、街道に戻って暫く進むと正面から此方に向かって来る騎兵部隊が見えた。遠目でも分かる、二十騎程の統率された集団だ。その場に留まり待つ事にする。

 

 下手に逃げたり進んだりすれば警戒されるだろうし、向こうも凡その推測はしてるだろうし。慌てる事もないので護衛の騎馬ゴーレムを魔素に還す。

 

 これで彼等が騎馬ゴーレムだと分かり、必然的に僕の存在も推測し易いだろう。その証拠に警戒速度で向かって来ていた連中が、隊列を整えて速度を落とした。

 

 

 

 暫く待てば、少し手前で全員が騎馬から降りて整列し右ひざをつき兜を抱えて頭を下げた。唯一隊長と思われる人物がゆっくりと近付いてきて数歩先で止まり見事な敬礼をした。

 

 

 

「フルフの街の駐在部隊所属、第二十五巡回部隊を預かる、オッテン・フォン・ナジャフです」

 

 

 

 いや任務中は馬上礼で構わないのだが、僕に対して最敬礼を行ってくれた事は正直嬉しい。

 

 

 

「エムデン王国宮廷魔術師第二席、リーンハルト・フォン・バーレイです」

 

 

 

 此方は馬上礼で返礼する。同乗している、リゼルの紹介も説明もしない。彼女は軍属でないので、僕からこの場では特に何も触れない。

 

 ナジャフ殿が任務上、必要だからと質問してくれば答えるし紹介もする。今の彼女は僕預かりの配下なので、扱いが悪いとかそういう事ではない。

 

 だが、ナジャフ殿は彼女の事も知っていたみたいだな。リゼルに対して軽く目礼した。これには、リゼルも驚いたみたいで、一瞬だが身体が硬直した。

 

 

 

「副官殿も長旅、お疲れでしょう。フルフの街迄は僭越ですが、我等が護衛させて頂きます」

 

 

 

 爽やかな笑顔を向けて、リゼルを労わったが……彼女は確かに腹心だが副官ではない。それでは軍属扱いになってしまうので、何処かのタイミングで修正しておこう。

 

 有事の際に、軍属と軍属でない者の扱い方は違ってくる。ナジャフ殿は、リゼルの事を手厚く遇してくれているのだろうが軍属扱いは少し困るのです。

 

 だが今修正する事は、ナジャフ殿の好意を無にするどころか否定する事なので言わない。彼も貴族、部下の前で間違いを指摘される事は面子が傷付いてしまう。

 

 

 

「お任せします」

 

 

 

 ナジャフ殿は二騎を伝令として先に、フルフの街に向かわせた。到着したら手厚い歓迎になるだろうし、バニシード公爵も出迎えてくれるかもしれないな。

 

 もっとも、彼の場合は歓迎ではなく警戒の方が強いと思う。だが配下の兵士達の手前、敵対行動は出来ないし軽んじる扱いも出来ない。ストレスが溜まるだろう。

 

 まぁそのストレスを減らす為に、責任範囲の明確な区別の話し合いが必要なのだけどね。一般兵からすれば、強力な援軍が来た位の認識だろう。

 

 

 

 フルフの街に到着する迄は時間が有るので、ナジャフ殿から予備知識を教えて貰おうかな……


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