古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第961話

 スメタナの街をスルーして野営し、フルフの街に向かう。この辺りからは、バニシード公爵手配の巡回部隊と遭遇する。

 

 幸いというか、僕の顔を知っている兵士が殆どなので遭遇しても特に問題は無い。僕がフルフの街に向かっている事は通達済みらしい。

 

 その辺りの情報の周知と徹底は、今迄のバニシード公爵のイメージとは少しかけ離れている。悪意が無く公平な情報が正確に知れ渡っている。

 

 

 

 政敵という事で業務に支障が少し出る程度の嫌がらせ位は覚悟していたのだが、正直に言えば拍子抜けした。

 

 

 

 まぁ毎回感情に任せて突っ掛かって来ては自爆していたので、漸く落ち着いたのかと思えば良いのだろうか?それとも参謀連中が頑張っているのか?

 

 僕としては困らないので問題視はしないが、リゼルは少し考える事が有りそうだな。馬ゴーレムで移動中も考え込んでいる。

 

 僕もバニシード公爵と余り変わらないのかもしれない。彼は参謀連中に、僕はリゼルに任せきりなのだから……

 

 

 

 まぁ自分で考えるよりはマシだと思おう。

 

 

 

 今回の移動は天候に恵まれずに殆ど雨、しかも結構強い降りの時が多い。これは捜索部隊にとっては不利で密入国を企む連中には有利な状況だな。

 

 視認し辛く、ある程度の痕跡も消えてしまう。勿論だが泥濘(ぬかるみ)を歩けば足跡は残るが、広大な大地での捜索は足元の痕跡は発見し辛い。

 

 馬鹿正直に街道を歩いている連中は、既に発見されているだろう。この付近まで来れる連中は、極力痕跡を残さず発見され辛い様に細心の注意を払っている連中だ。

 

 

 

 悪天候で雨に濡れて体力が著しく削られていても、視認され辛い事は最高のメリットだろう。捜索部隊は基本的に街道を巡回し左右を視認しながら移動している。

 

 それ以外は水場の周辺や身を隠しやすい場所などを捜索しているが、彼等だって疲労は蓄積する。乗っている馬だって悪路を歩けば回復に時間が掛かる。

 

 ある程度の妥協は仕方ない。要所を抑えて効率的に巡回するしかない。つまり何が言いたいのかといえば……

 

 

 

「街道を避けて移動していれば、同じ事を考えている連中と遭遇する確率が高いって事だろうな」

 

 

 

 ある程度、離れた距離から感知魔法で岩陰に隠れている連中には気付いていた。わざと身を潜めている場所に向かって行ったのだから。

 

 隠れて遣り過ごそうとしたら逆に襲い掛かるつもりだったし、襲ってくれば返り討ちにするつもりだった。

 

 此処まで逃げて来れた連中なのだから、此方を見付けたら遣り過ごすか距離を取って逃げ出すかすると思っていたが襲う気満々とはね。

 

 

 

 殺気というか悪意がね。伝わってくるんだよ。馬鹿だな、女子供と侮ったのか?こんな所にくる連中が普通な訳が無いと考えないのだろうか?

 

 または安全を最優先して少しでもリスクを減らす努力をするとか?丁度良い獲物が居たから、ストレス解消と女性が居るから欲望を優先するとか?

 

 身を潜めていた連中は、上手く障害物を利用して広がっている。余りにも薄く包囲網と言う程ではないが、全員が視界に入らない程度には散開するのかな?

 

 

 

「そして私達は遠目から見れば、一頭の馬に二人乗りで移動している男女です。隠れて遣り過ごすよりも襲撃しようと考えても変ではないでしょうね」

 

 

 

 襲われると分かっていても態度に表さない程度には、僕もリゼルも襲撃慣れしてしまったのだろうか?嫌な慣れだな。

 

 

 

「とっくに気付かれているのも分からないのだろうね。此処まで来れたならば、もう少し我慢すれば良いのにさ。本来の目的を忘れて何がしたいの?」

 

 

 

 生き残る為に逃げ出している最中なのに、弱者と思っている連中からの略奪を優先するとかさ。此処でお前達の命運は尽きる。

 

 自業自得で済ますには、愚かで哀れだ。思わずダミーの手綱を強く握ってしまう。馬ゴーレムは乗り手の感情を汲み取るが、そのまま何事もない様に進んでいく。

 

 惨劇までもう少し、リゼルもそろそろ視界に収まる程度には近付いたので緊張しているみたいだな。彼女を不快にさせないためにも早々に処理するのが最良だろうね。

 

 

 

「それが出来ないのが、彼等という生き物なのでしょう」

 

 

 

「逆境でも逃亡中でも、人の本質は変わらないって事かい?」

 

 

 

 女性もいて、移動手段として使える馬も居る訳ですから……そう言葉を締めくくった、リゼルの声色は侮蔑が含まれている。

 

 自分が弱い存在だと思われた事か、逃亡中でありながら弱い存在から搾取しようとする連中の浅ましさを嫌悪したのか?その両方か?

 

 そろそろ奴等の包囲網の中心に移動したかな。片側に障害物が幾つか有り、その後ろに上手く隠れていた連中が、僕等の前後に飛び出してきた。

 

 

 

「よう、餓鬼。馬と女を置いていきな。あと荷物も全部だぞ」

 

 

 

「逃げようとしても前後挟み撃ちだからな。観念して身包み置いて行け、エムデン王国の連中だろ?俺達の糧になれるのだから光栄に思えよ」

 

 

 

「こんな所に、のこのこと来るなんてな。自分の愚かさに後悔すれば良いぜって、偉い別嬪じゃねぇか!お前の姉ちゃんか?」

 

 

 

「こりゃとんだ拾い物だぜ。楽しんだ後に売って路銀の足しにしようと思ったが、とんだ誤算だぜ。やり過ぎて死ぬまで楽しめそうだな」

 

 

 

 前後に飛び出して来たのは四人。身形は汚れてはいるが軽装の鎧を着ている。言葉使いからして正規兵崩れだろうか?無精髭だらけで、身嗜みに気を配っている感じはしない。

 

 まぁ逃亡中だし、これが普通か?僕等を甘く見過ぎている。伏兵も配置していないし、そもそも剣すら抜いていない。魔力は感じないので魔術師でもない。

 

 だが暴力に慣れている感じはする。見下しているし油断もしているが、女子供だけだから何とでもなると思っているのだろうな。

 

 

 

「一応聞きますが、バーリンゲン王国の連中だな?エムデン王国側に不法入国する途中ってところか?」

 

 

 

 この距離でも馬ゴーレムに気付かず、リゼルの美貌に夢中とかさ。多分だが奴等の心をギフトで読んだのだろう、リゼルが物凄く嫌そうな顔をした。

 

 それを自分達の事に恐怖したと勘違いしたのだろう。馬鹿みたいに大笑いをしだしたぞ。自分達の中では完全に有利で好き放題出来ると思っているのだろうな。

 

 漸く腰に吊るしたロングソードを抜いたと思ったら、僕に突き付けてきた。軽く脅せば、言う事を聞くとでも思っているのだろう。

 

 

 

おめでたい奴等だな。

 

 

 

「坊主、余裕だな。身形もよさそうだし貴族のボンボンかもしれないがな。俺等は優しくないから、貴族様だからって偉そうにすると殺すぜ」

 

 

 

「本来ならば捕まえて親に身代金を請求しても良いんだけどよ。俺等も急いでいるんでな。金目の物と姉ちゃんを置いていけば、お前は助けてやるぞ」

 

 

 

 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべているが、命乞いをさせても結局口封じで殺すだろう。もしかしたら、身内に売られる事でリゼルの心を折るつもりかもしれない。

 

 上下関係に余裕があると思っているから無駄話をするのだろう。本当に切羽詰まっていれば、問答無用で襲ってきて全てを奪って直ぐに逃げ出すだろうに……

 

 今迄も同じような事を繰り返して来たのだろう。清々しい位の屑だね。まぁその屑達を問答無用で殺す、僕も似たようなものなんだけどさ。

 

 

 

「質問に答えてはくれないが、大体分かったから良いかな。せめてもの慈悲で即死させるよ、山嵐っ!」

 

 

 

 大地から鋭い鋼の槍を生やして連中を足元から貫く。一人に対して三本、下から内臓を貫通されては生き延びる事は不可能。そのまま死体を空間創造に収納。

 

 奴等が隠れていた障害物の後ろに回り込めば、隠していた荷物が纏めて置いてある。負担を減らすように極力少なくしたのだろう。背嚢が四つに水筒だけか……

 

 中身を確認せずに同じく空間創造に収納、フルフの街についたら荷物ごと引き渡せば良い。これで綺麗さっぱりお終いだ。空を見上げれば、タイミングを計っていた様に雨が降り出した。

 

 

 

 襲撃の痕跡は流れた血の跡だけだが、それも直ぐに雨が洗い流してくれる。なにも残らないし、なにも残さない。

 

 

 

「予想通りですね」

 

 

 

 馬ゴーレムの前に座っていた『前にしか座らなくなった』リゼルが、後ろを振り向き見上げてくる。いや、見栄は張らない。見上げてじゃなく同じ視線の高さだな。

 

 

 

「あと何人、こんな連中が潜伏しているか分からないけどさ。正規兵崩れが徒党を組んで逃げ出しているって事は、相当数が未だ居ると思って良いかな」

 

 

 

 情報収集を怠ってしまったが、大体想像と変わらないだろう。規律がなってないから、平気で敵前逃亡をするし自国民から徴発という名の略奪をする。

 

 リゼルに釣られて、のこのこ現れたけどさ。自制して遣り過ごされたら、国境付近まで辿り着いたかもしれないな。思った以上に少数の捜索は困難だよ。

 

 カシンチ族連合の調査網は悪くはないのだが常識の無い連中に対して、どれだけ効果が有るかが不安になってきたよ。

 

 

 

「リゼルは奴等の思考を読んだと思うけどさ。碌な事は考えてないとおもうけど、何か情報は有った?」

 

 

 

 嫌な思いをさせる自覚は有るが、前に失敗した事が有るので嫌でも聞かなければならない。思いやりも大切だけど、必要な事をさせない事は駄目なんだ。

 

 期待はしていないが、何かしらの情報が得られれば良いと思う。例えば他にも仲間が居るとか、見掛けた事が有るとか。

 

 他の連中に黙って、自分達だけで逃げ出した可能性も低くはないと思う。少数の利を生かして、または成功率を高めるために幾つかの集団に分かれていたとか?

 

 

 

「清々しい程に、その後の楽しみの事しか考えていませんでした。最悪なのは、全員が私を独り占めにする為に仲間の筈ですが殺す算段を考えていた事ですね」

 

 

 

 有効な情報は皆無って事かな。あの状況で、僕等に必要な事など考えないか。リゼルを視姦して、直ぐに独り占めにする事を考えるとか期待を裏切らないというか何というか。

 

 彼女のギフトは考えている事しか読めないから、尋問するにしても質問や会話で欲しい内容の事を考えさせなければならない。

 

 今回は、リゼルを我が物にしたくて他の事を考える余裕など無かったって事か。失敗したが、わざわざ捕虜にして尋問する程の事でもないと考え直す。

 

 

 

「あーうん、それはそれで外道な屑だった訳だ。独り占めしたいから共に逃げてきた連中を殺す方法を考えているとはね。呆れるというか、諦めるというか……」

 

 

 

 結局は平常運転って事か。共に逃げてきた運命共同体みたいな仲間も、自分の欲望を満たす為ならば躊躇無く殺す事を考えるとか最悪だね。

 

 まぁ終わった事は仕方が無いと割り切ろう。移動中は探査魔法で周囲を探って、怪しい連中を見付けたら今度は捕まえて尋問すれば良い。

 

 失敗は続けなければ良い。特に同じ失敗はね。見上げた空は、どんよりと曇っていて雨風も強くなってきた。魔法障壁で雨風は防げても、気温の低下は防げない。

 

 

 

「コートを羽織ろう」

 

 

 

「二人ならば、一緒に毛布に包まる方が暖かいですわよ」

 

 

 

 あーうん、そうだね。暖かいとは思うけど、端から見たらどう思われるのかね?君も世間体を気にしろって言わなかったっけ?

 

 

 

 

 


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