古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第958話

 

 モレロフの街と、その周辺の整備を行う。万単位の連中の仮とはいえ移住先なので、区画を整備し井戸を掘り住居を整備し街としての機能を持たせていく。飲料水は最優先に確保する。

 

 街が整備出来たら、防衛の為の柵を張り巡らせて更に外側に農地を整備していく。幸いというか、そもそも街として発展するには水の確保が出来る事が最低条件。

 

 ここは近くに川や泉は無いが豊富な地下水脈の上に有り、井戸を掘れば水は確保出来る。相応の深い穴を掘らなければならないので、手掘りでは厳しく土属性魔術師の錬金が必須ではある。

 

 

 

 だが豊富と言えども地下水が枯れる可能性も有るし、枯れなくても農業用に使い過ぎて街の生活用水が不足する場合も有るので、他の水源も探さないと駄目だ。水が枯れれば生活は出来ない。

 

 幸いというか近くは無いが水量が豊富な川が有るので、そこから引き込む事も出来る。下流に街や村が有る場合は、水利権を持つ領主や貴族を調べて交渉するしかない。

 

 エムデン王国に報告書を送って考えて貰おう。数ヶ月で問題が発生する程でもないし、そもそも水利権の交渉は長引くのが前提だし。

 

 

 

 いや、この辺で灌漑農業を行っている場所って有ったかな?国境周辺だったし荒地も多いし、有っても天水農業だったかな?そもそもエムデン王国側の街や村は無かったような……

 

 飲料水程度の利用で大きな街が無ければ、交渉は難しくないかもしれない。あとは何処の派閥に属しているか、上下関係でゴリ押しすればいけるか?

 

 相手に相応の利益を渡せば、敵対派閥だからとか、いけ好かないからとかで反対はされないだろう。利害の一致が、交渉を円滑に進めるキモだからね。

 

 

 

 まぁ此処は旧バーリンゲン王国領という扱いで接収した場所。領主とか関係無いし、領民についてもバーリンゲン王国領内に強制的に移住させている最中だった。

 

 だから、此処の整備はエムデン王国の許可さえ得られれば気兼ねなく行って良いんだった。それに、先任のバニシード公爵の意向でもあるし大丈夫だろう。

 

 その辺の事情も合わせて報告して、この場所と周辺の整備の許可を貰おう。そういう意味では、エアレー達に不届きな行為をしたけれど、バニシード公爵には結果的には感謝だね。

 

 

 

「うん。方針は決まったけれど、報告書を送って許可を得る前では用水路の錬金は自重するべきだろう。許可なく行って、後から何か言われるのも困るしね」

 

 

 

 見上げた空は澄み渡っている。左手で額の汗を拭う。心地良い疲労感、見渡す限りの大地は農地として区画整備し、用水路の予定場所のみを残した状態だ。土属性魔術師の本来の仕事、遣り甲斐が違うな。

 

 

 

「でも少し遣り過ぎたかな?」

 

 

 

 用水路を整備する迄の補助として幾つかの井戸も掘った。流石に天候はどうにも出来ないので雨が降るまで待つ訳にはいかないし、食料の自給自足は急務だし。

 

 モレロフの街に近い所から、トウモロコシを栽培し始めている。エムデン王国の主流は小麦だが、収穫効率を考えると最大年三回の収穫が出来て連作障害も起きにくい。

 

 更に家畜の飼料にもなるので農業と放牧を行っていた、カシンチ族連合からの強い要望が有った。次がジャガイモ、これは種芋も持ち込んでいた。

 

 

 

 他にもワンシーズンに何度も刈り取れるツルムラサキや、丈夫でよく伸び、細くまっすぐ育ち伸びた枝の途中を土に埋めておくと、そこから発根して株分けも出来るブラックベリーとかかな。

 

 僕としてはエムデン王国と取引をして金銭を得れる、戦略物資でも有る小麦を推したかった。だが彼等の食文化に有った作物を栽培するのが重要なので取り止めた。今は自給自足が最優先だしね。

 

 追々現金を得る手立ては必要になるのだが、方法は後で考えれば良いだろう。だが作物と家畜関連だと、生産が落ち着く迄は結構厳しいかもしれない。

 

 

 

 エムデン王国の仕事を手伝わせて現金収入を得るのが一番だが、最終防衛線の維持と巡回くらいだと生活する分で一杯だろう。余剰な金は貰えない。やはり何かしらの産業が必要か……

 

 

 

「リーンハルト様の錬金術って凄いですね!土壌まで変えられるなんて思ってもみませんでした」

 

 

 

「それに井戸が簡単に何ヵ所も掘れるのも驚いた。しかも地下水脈をピンポイントで当てるとか、普通なら試掘を繰り返して漸く水が出るかどうかだぞ」

 

 

 

「こんなに綺麗に区画された農地を貰えるとか、全然考えていませんでした。正直、移住には不安が有りましたが今は安心しか有りません」

 

 

 

 カシンチ族の農業を担う連中から感謝の言葉を貰った。族長からの命令とは言え住んでいた土地を捨てて移住するのだから、当然表に出さなくても不安や不満も有っただろう。

 

 見えない将来への不安、それが取り敢えず日々の仕事が出来る様になれば安心を得られよう。何もしない出来ない状況から農作業を行える様になったんだ。

 

 これで普通に働く事が出来る日常へと戻ったと思えれば、精神も安定し安らぎを得られるだろう。人は日常を取り戻す事が出来れば安心するし、維持しようと努力するし環境に慣れる。

 

 

 

 逆に平穏を脅かされそうになれば不満も積もるし反発もする。集団に燻る不満は後々に大きな火種となり碌な結果にならない。だから小さい内に不満を消すのが施政者の仕事で義務だ。

 

 これが出来なかったのが、バーリンゲン王国の支配者階級の連中だな。自分の欲求と利益を最優先にするから、結果的に国自体が地図から消える事になった。

 

 我慢に我慢を重ねた、エムデン王国としては両手を上げて喜ぶ状況だ。後は完全に縁を切り自滅を待つだけにする。これでエムデン王国の国民も溜飲を下げる事が出来る。

 

 

 

「先ずは生活の安定を最優先にしましょう。それには食料の自給自足が欠かせません。皆さんの努力は良い結果となり、生活の安定に大いに貢献しますよ」

 

 

 

 取り急ぎ、食料が自前で用意出来る様になれば安心するので不満や不安は減る。働く事に集中出来れば余計な事も考えないので、良い事しかないな。

 

 む?考え事に耽っていたら、大勢に取り囲まれてしまった。この人達の目には見覚えが有るぞ。前に大規模灌漑事業を行った時の農民達と同じ、信仰と混ぜこぜになった危険な目だ。

 

 狂信的とは言わないが、危険な程の忠誠心というか恩義というか、とにかく普通じゃない感情を僕に向けて来ている。いやいやいや、そうじゃない。そんな事は求めてないんだ。

 

 

 

「「「バーレイ伯爵、万歳!バーレイ伯爵、万歳!バーレイ伯爵、万歳!」」」

 

 

 

 色々と問題は有るが、時間を掛ければ解決する事だけで難しいものは無い。僕の仕事は予定と計画の変更、それと生活基盤の整備を行う事だ。

 

 両手を上げて万歳を連呼する連中を見て、笑顔が固まる。久し振りの万歳コールは心臓に悪い、だが嬉しい事に変わりは無い。彼等は純粋に自分達の未来を良い方に向かわせている僕に感謝している。

 

 それは理解出来るし、受け入れる度量も有る。だが何時の間にか最前列に居る、クギューとルスとルスの姉妹かクギューの嫁さんと思われる女性達も一緒に万歳コールに参加しているのを見て何故か萎えた。

 

 

 

 特にルスの純粋でない喜びの笑みがね、もう面白い物を見させて貰いました感が凄くてね。エアレー達が居ない事が唯一の救いかな。

 

 まぁこれでカシンチ族連合の非戦闘員達の生活は順調になるだろう。そろそろ、ライラック商会の生活用品の搬入隊も到着するし当面の必要物資は賄える筈だ。

 

 魔牛族の方はもっと簡単だった。人数が少ない事もあるが基本的に必要な物は自分達で持ち込んでいるし調達する財産も持っているので、ライラック商会を紹介するだけで後はお任せしている。

 

 

 

 ミルフィナさんも基本的には有能だし、兄弟・姉妹の方々も有能な者が多い。身体的能力も高い連中だし手先も器用なので、割り当てられた住居も改装も順調に進んでいる。

 

 アウレール王の判断次第だけど、魔牛族にモレロフの街を任せた方が良いかも知れない。適度に離れているので、エムデン王国の貴族や領民と接する事も管理・制限出来る。

 

 フルフの街をエルフ族に引き渡せば、近くに彼等が居る事で安心もするだろう。エルフ族も人間族との間に魔牛族が居れば、良い緩衝地帯になるだろうし……

 

 

 

 悪くなくね?

 

 

 

 クギュー達を見なかった事にして、自分の割り当てられた屋敷に向かう。取り急ぎ、報告書を関係各所に送って、そろそろフルフの街に向かう事にしよう。

 

 前回アウレール王に送った報告書と提案書の返事が届く頃だし、その結果をバニシード公爵と協議して有利な条件を勝ち取らないと駄目なんだよな。

 

 まぁ魔牛族とカシンチ族連合の為の街も用意出来たし、カシンチ族連合にはバーリンゲン王国から流れて来る難民達を排除する最終防衛線の役目も担わせる事が出来たし。

 

 

 

 これで王命の半分は達成、残りはフルフの街に大使館と自分の屋敷を用意し、地下の秘密空間にあるルトライン帝国のアスカロン砦の隠蔽と調査だな。

 

 見通しがたったので、少し気持ちが楽になる。最大の問題だった魔牛族とカシンチ族連合の移住が終われば、後は自分の仕事だけに専念出来る。

 

 その仕事も錬金絡みが殆どなので、問題は少ない。まぁバニシード公爵と参謀連中との交渉が必要になるけど、それほど難しくも無い。その為に王命という根回しもしたんだ。

 

 

 

 多少の変更は有ったが、それが譲歩を引き出すネタでも有るし交渉事が不得意な僕でも何とかなるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 明日、フルフの街に向けて出発する。同行するメンバーは当初の予定通り、クリスと何故か王都で留守番の筈の頼れる腹心だけど問題児が居た。

 

 

 

「リゼルさん?何故、此処に居るのかな?」

 

 

 

 送別会というか壮行会と言うか、魔牛族主体で催してくれた夕食の席に普通に彼女が柔らかい笑みを浮かべて座っていた。まるで此処に居るのが当然の様に。

 

 恐ろしい事に、クギューやルス達も普通に彼女を受け入れている。まぁ腹心には変わりないのだが、どうしてこうなったのかが全く理解出来ない。

 

 フルフの街の整備が進んだ時点で、リゼルやイルメラ達を呼ぶ予定だった筈なのだが……何故、前倒しで来たのだろう?そう思考で質問してみた。

 

 

 

『予定より大分早いけど、何か有ったの?問題は無い筈だけど、予定変更でも有ったのかな?』

 

 

 

「リーンハルト様の居る所に、私有り……と言う事も有りますが、第二陣の部隊に同行して来ました。フルフの街で色々と忙しくなると思いましたが、大分予定が変わってますね」

 

 

 

 既に詳細な情報をクギューやクリス達から集めているって事で良さそうだな。彼女なら裏の裏まで情報収集を行えるので、隠し事は無駄だし必要も無いか。

 

 丁度良かったと思おう。苦手な交渉事に最強のカードがやって来たって事だし。そもそも、それも織り込み済みで予定より早く来たのだろう。

 

 僕の留守は、ザスキア公爵が居れば問題は無い。あとは、リゼルの護衛に、ゴーレムクィーンを付けるか専属の新しいゴーレムを用意するか?

 

 

 

 一応、敵対国の最前線に向かうのだから安全の確保は必要だな。

 

 

 

「ああ、バニシード公爵の判断と指示だけどね。お陰で大幅な予定変更を行う事になったけれど、結果的には此方にプラスだから良いと思っているよ」

 

 

 

 僕はトータルでプラスになったと思ったが、リゼルは違うらしい。綺麗な顔を嫌そうに顰めたが、それ程悪い事じゃないと思うけど違うのかな?

 

 

 

「愚か者共にしては良い判断だったと思いますが、此方に恩を売る体で王命の成果を独り占めにしたい考えが透けて見えるのがマイナスですね」

 

 

 

 結構辛辣な言葉に、周囲の連中も引いている。まぁ見目の良い若い令嬢が発する内容じゃないって事だな。見た目とのギャップっていう事だろうか。

 

 

 

「まぁ細かい話は後にしようか」

 

 

 

 今は仕事の話をする時じゃなかったな。折角の宴会が微妙な雰囲気になってしまったのには、反省が必要。エアレー達も困った顔をしているのは、難しい話だからだろう。

 

 流石に幼女に国家の王命に関する仕事の話を聞かせる事は駄目だった。もう少し話題を考えなければ駄目なのだが、僕にそういう機微を読み取る能力は低い。

 

 明日には分かれて、今後は会う機会も極端に少なくなる相手だからね。楽しい思いをさせてあげるのが、年長者としての務めだろう。

 

 

 

「そうですね。では後で落ち着いた場所で、二人っきりで話し合いましょうか」

 

 

 

 ん?リゼルさん?エアレー達に向かって喋ってない?対抗心とか抱いていない?もしかしなくても、幼女愛好家として疑われていないよね?

 

 エアレー達も困った顔をしているが、僕も同じ様な顔をしている自信が有るよ。止めて下さい浮気とかじゃないですからね!

 


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