古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第956話

 モレロフの街に到着した時に一悶着有ったが、今後の話し合いの為に主要メンバーを招集した。予定よりも早い移動状況に一抹の不安が有る。

 

 確かにカシンチ族連合はソレスト高原とモレロフの街の周辺の土地に新しい街を築き移住先とする事になっているが、難民対策の一部も請け負う予定だった。

 

 戦力として少しでも欲しいだろう。バニシード公爵が何も言わず、何もせずに自分の仕事の領域を通過させた事が不思議だった。

 

 

 

 普通に足止めをして、交渉の駒として扱うと思っていた。要は、無償で手伝わせようとすると考えていたのだが……普通に通過させて、モレロフの街の滞在まで許した。

 

 

 

 モレロフの街の住人の退去は完了、その先のスメタナの街は住民の退去は済んだが周辺に難民として潜伏している。その対処には相応の兵力を割いている。

 

 つまり、この街は安全が確保された最前線の拠点。兵士達の休憩や物資の集積場として活用出来る筈なのに、それをせずに明け渡す?

 

 合理的じゃないと思う。不安を抱えたスメタナの街やフルフの街に、態々物資を溜め込むか?物が無いと不安になるから溜め込んだ?うーん、根拠としては弱いか?

 

 

 

 バニシード公爵は軍事行動に慣れてはいないので、単純に自分の周辺に兵力や物資を集めたがるとか?

 

 

 

 仮にもエムデン王国の参謀連中も補佐しているのだから、現状でのモレロフの街の重要さは分かっている筈だぞ。此処は最後尾の拠点として、最後の守りの要。

 

 ここを抜かれたら、エムデン王国領内への侵入を許したと同義なのだが……もしかして、最終防衛戦を任せたのだからエムデン王国領内に侵入を許しても責任範囲外とか言うつもりか?

 

 有り得そうだな。重要拠点を任せたのだから、抜かれたのは自分の責任ではないとか言い出すのか?まぁ確かに、そう言われたら殆どの責任は此方になるだろう。

 

 

 

 アルドリック殿の提案かな?直情的な、バニシード公爵の考えとは思えない。まぁリスクの分散としては及第点だと思うよ。当初の予定もそうだったしね。

 

 ただ、カシンチ族連合としての手柄という意味では地味過ぎてアピールが弱い。最後方を任されて問題無く仕事を終えましたでは、成果の殆どが最前線の連中に持っていかれる。

 

 当然、それ相応の働きをしたのだから当然の評価だが、それでは少し困るんだ。配下に活躍の場を与えるのも上司の仕事の範疇なのでね。

 

 

 

 事情を聞いてから対策を練るか。何方にしても、モレロフの街を任された形になるので何もしないと言う選択肢は無い。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 打合せの場所として用意されたのは、前回も利用した高級宿屋だった。良い思い出は無い、僕の泊まった部屋の隣にミッテルト王女がハニートラップの為に待機していたとかね。

 

 住民は全て退去させられたので、勿論だが宿屋の従業員は居ない。ルスが主体となりカシンチ族連合の中でも接客に適した人材を集めて何とか運用しているそうだ。

 

 ルス、有能だな。クギューはカシンチ族連合の戦士達を纏めて周辺の巡回と警備をおこなっている。自然と押し付けられた仕事をこなしているのだが、戦力の引き抜きが難しいな。

 

 

 

 現状で、どれだけの余裕が有るかによって引き抜ける戦力が変わって来る。最終防衛線の範囲は結構広いので、相応の人数が必要。最悪は最終防衛線の維持管理で終わるか?

 

 前回泊まった時の食堂が臨時の会議室となっていた。ルスと数人の女性、クギューの奥さん達が参加した者達に飲み物を配っている。洗練された本職には敵わないが、それなりに様になっている。

 

 紅茶を一口、口に含む。うん、普通に美味しいな。残念なのは給仕をするのに制服が、メイド服を着ていない事だな。支給しても良いのだが、クギューの奥さん達にメイドの真似事はさせられないか……

 

 

 

 最悪、アイン達にメイド服を着させて護衛と兼任させるとかは……駄目だろうか?

 

 

 

「それじゃ、クギューから報告を聞こうか。僕と別れてから、モレロフの街に来る迄の事を出来るだけ詳細に教えて欲しい」

 

 

 

 言葉を掛けると、一瞬だけルスと視線を合わせたが睨まれていた。しょんぼりと頭を下げたけど、もしかして代わりに報告をしてくれって頼んで断られた感じなのか?

 

 

 

「リーンハルト卿と別れた後だけどな」

 

 

 

 僕と別れた後、古老達謹製の木樹童擬きとの遭遇は無く、野盗と化したバーリンゲン王国の貴族の私兵や村ぐるみで野盗になった連中の襲撃が数回有ったらしい。

 

 万を越える集団に対して二百前後の連中が、一応夜襲や待ち伏せで襲ってきたそうだが普通に返り討ちでお終い。まぁそうなるだろう。

 

 非戦闘員だけなら、攪乱して物資を強奪し逃走も低確率で成功したかもしれない。だけど、クギュー率いる守備隊が護衛しているんだ。襲われても直ぐに対応出来ただろう。

 

 

 

 流石に被害はゼロにはならず、少なからず被害を受けてしまった。数名だが死者も出てしまった為に、報復は苛烈で襲撃者は全て倒して身包み剥いで埋めたそうだ。

 

 殺すつもりで襲うならば、返り討ちで殺されても文句は言えない。殺して奪うつもりの連中にかける慈悲は無い。罪を憎んで人を憎まずとか偽善者は居なかったみたいだね。

 

 まぁ辺境に追いやられて蛮族と蔑まれ搾取され続けたのだから、襲って来たならば返り討ちで皆殺しも理解出来るし止めもしないし非難もしない。

 

 

 

 困ったというか、対処に悩んだ事が……

 

 

 

「難民達が保護を求めて来た。それも高圧的にね?」

 

 

 

 辺境に追いやられた彼等を見下すのは何度なく分かる。力関係が上だからという驕りだな。だが圧倒的に力関係で格上のエムデン王国に対しても、彼等は上から目線なんだよ。

 

 謎理論の展開、嘘を事実と思い込む身勝手な記憶の改竄、そういう教育を受けて来た連中だから、相手を敬い素直にお願いする事が出来ない。

 

 自分中心に世界が回っているとか本気で信じているのだろうな。今回も、それが悪い方に向かってしまっている。自業自得、それだけの事だよ。

 

 

 

「ああ、辺境に住まわせてやった恩を返せとかな。酷い奴等は奴隷狩りで捕まえた者を使者として同行させて来たぜ。『コイツを生かしてやってるのだから、恩返ししろ!』ってな」

 

 

 

「モレロフの街やスメタナの街の退去させられた連中だね。フルフの街の連中もそうかな?纏まった人数だから、気が大きくなっていたのかな?」

 

 

 

 規模としては、カシンチ族連合よりも多いだろう。街の守備兵が崩壊せずに組織的に護衛任務を行っていたのだろうか?自国民からも搾取する連中だから、護衛の対価に何を要求したのか?

 

 知りたくも無いが、凡その想像は出来る。まぁ一方的に襲って来ないだけ、理性は有ったが状況を理解する知性は有ったのか?その結果が高圧的な交渉とも言えない恫喝かよ。

 

 万単位の移民の集団の衝突、数は向こうが上だが生活の苦しい辺境で揉まれた連中に街で安全に暮らしていた連中が勝てるか?勝てないから、クギュー達は無事に此処に来たんだよな。

 

 

 

「向こうの方が規模が大きかっただろうに、良く無事にモレロフの街まで来れたね?」

 

 

 

 襲撃により死傷者も出てはいるが、落伍者は居ない。死者はその場で埋葬したが怪我人は全員連れて来ている。評価は満点だろう。

 

 遊牧民も居るらしいが、複数の部族を纏めて問題無く集団行動が出来るのは凄い事だぞ。それが利害関係で繋がっているとしても、今後の事を考えれば有難い。

 

 しかし、成果という点では少し弱い。やはり、難民対策として何かしらの任務を与えて達成させないと厳しい。バニシード公爵と調整が必要になるぞ。

 

 

 

 最後尾に押し込まれた為に前線まで出張って行く事は、王命の区分を明確にしたから拒否されるか?

 

 

 

「フルフの街以降は殆ど障害は無かったぞ。魔牛族や妖狼族も同行してくれたので、戦力は三倍以上になったしな。集(たか)りにきた連中も脅せば文句は言うが素直に引き下がったぜ」

 

 

 

 現状、上手くいっている状態で意見を挟むのは良くはないな。それが増援でも、安全に手柄を欲しがるのか?位は言われそうだ。

 

 移動中なら何かしらの行動は可能だったが、最後方に追いやられた今では……何かする為に最前線に出向くのも理由が必要だよな。

 

 手柄を立てたいから!は普通に通用しないだろう。可能ならば助力を乞われる形にしたいが、バニシード公爵が政敵である僕に助力を申し込む未来が見えない。

 

 

 

 直接、アウレール王に嘆願する事は悪手だろう。先に王命という強制力を伴う命令を根回しして出させておいて、都合が悪くなったら王命で上書きは筋が通らない。

 

この街の周辺は比較的に落ち着いていて、スメタナの街周辺も既に兵士による巡回が行われて落ち着くまでに時間は掛からない。

 

フルフの街周辺は未だキナ臭いが、バニシード公爵の責任範囲。助力を申し込んでも、拙い連携では任務に差し障りが有るとか言われそうだな。

 

 

 

 仮に助力を受け入れてくれても、命令系統で揉めるだろう。相手の管理範囲で好き勝手動きたいは通用しない。というか、自分でも受け入れに躊躇しそうだな。

 

 素直に指揮下に入ると言えれば簡単だけど、それは色々な柵(しがらみ)で受け入れられない。大人しく、モレロフの街を最終防衛線として充実させるのが良いのか?

 

 無理に押し込んでも重用されずに飼い殺しか、損な役回りをさせられるかだろうか?うーん、思考が良くない方に向かっている気がするぞ。

 

 

 

「そう言えば、良くフルフの街を通過して、此処まで来れたね。ここも殆どの施設を好きに使って良いとか大盤振る舞いじゃないか?」

 

 

 

 一番気になっていた事を聞いてみる。いくら政敵の配下とはいえ、人手不足の中で使える戦力を素通りさせる意味が分からなかった。

 

 この言葉に、クギューがミルフィナ殿に視線を送る。ミルフィナ殿はバツの悪い顔をしたが、僕の視線に気付くと物凄く困った顔をした。

 

 ん?フェルリルとサーフィルが微妙な顔をして、ミルフィナ殿が下を向いたぞ。これって、何か問題を起こしたとか?

 

 

 

 いやいやいや、それなら嫌味の一つも言ってくるだろう。何も言われていないぞ。

 

 

 

「その、バニシード公爵の派閥構成貴族の数人がですね。私達にアプローチをしてきまして。バーリンゲン王国の人達とは違い紳士的なお誘いでしたが、エアレーも対象に……」

 

 

 

 はぁ?エアレーに言い寄る奴が居る?エムデン王国に幼女愛好家は不要、魔牛族の移住の件は詳細も報告書に纏めて関係者には通達している筈だが?

 

 聖戦の発端も、モア教に対して年齢差婚を強引に認めさせた事で不評をかった筈だが。それを知りながら、幼女に言い寄るのか?

 

 そうですか、僕の庇護下に入ると知っていながらですか?エアレーに迫るとは、バニシード公爵も派閥の長として連帯責任を負わせるしかないな。

 

 

 

 面白い、徹底的にヤルぞ!

 

 

 

「成る程、僕と正面から敵対したいとは剛毅な者も居たのですね。良し!やるか。エアレーは未だ幼い。そういう欲望をぶつける者には相応の対応をしよう」

 

 

 

「いえ、その……エアレーのお相手は同世代の御子息にって話でしたし、申し込みも先に書面が届きまして落ち着いてからという話でしたが……」

 

 

 

 息子の嫁?ははは、そんな戯言を信じると思っているの?

 

 

 

 歯切れが悪いのは、断れなかったから?新しく所属する国の貴族の不評は成るべく抑えたい?そういう政治的な判断も重なった?

 

 それはそれで最初から悪感情を生み出すような事を仕出かしてくれたな。落ち着く前から婚姻という取り込み工作を仕掛けてくれた訳だよね?

 

 魔牛族との対応は、ザスキア公爵が詳細を纏めて全貴族に通達している筈だ。そして婚姻等の話は控える様に厳命していた筈だよな。

 

 

 

 何故、その貴族は通達を破って婚姻を申し込んだ?息子の嫁にって、本妻か側室かも分からない。そもそも魔牛族の立場も明確にされていない。

 

 族長はエムデン王国の貴族に叙されるのは確定、ミルフィナ殿が子爵となり他にも何人かが男爵位を叙するだろう。

 

 エアレーは良くて男爵令嬢、エムデン王国の男爵以上ならば、爵位の釣り合いは取れるとは思う。まぁ所属の貴族の暴走ってオチかな?

 

 

 

「バニシード公爵が、その貴族に対して激怒しまして正式に謝罪も受け取りました。そして安全な最後方の街である、此処に向かう様に言われたのです」

 

 

 

 え?あのバニシード公爵が謝罪した?他種族の爵位が下の魔牛族に対して謝罪?それを受け入れたって事は、この件を蒸し返す事は難しくは無いが微妙だな。

 

 バニシード公爵も派閥構成貴族の暴走を抑える為とは言え、素直に謝罪する事が出来るようになったと言う事なのかな?

 

 現状で魔牛族にちょっかいを掛ける馬鹿な連中が、エムデン王国の貴族の中に居る事自体が驚きだけどさ。

 

 

 

 まぁ一番の驚きは、魔牛族の魅力だろうか?いや、ミルフィナ殿もそうだが特殊な性癖を持つ権力者に狙われやすいって結構な問題だぞ。

 

 今後の魔牛族との関係性の構築って、ザスキア公爵頼りでも良いだろうか?信用も信頼もしているので、彼女に任せれば大丈夫とは思う。

 

 だけど、僅かな不安が拭えない。困ったな、不安要素ばかりが増えてしまうのだが……

 

 

 

 エアレー達の事を考えれば、結構な労力も嫌と思ってないんだよな。

 

  

 

 

 


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