古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

955 / 1003
第949話

 メディア嬢の希望により朝からニーレンス公爵家を訪ねたのだが、まさか本人が直接玄関で出迎えてくれるとは思わなかった。舞踏会等の催しで主賓として招かれた場合ならば、有り得るのだが……

 

 その場合も身分上位者を招いた時とかで、間違っても伯爵を未婚の公爵令嬢が出迎える事にはならない。これが婚約者とかならば、まぁ熱烈恋愛中ですね?で済むかもしれない。

 

 それでも爵位が最上級の公爵家の深窓の令嬢が、となると微妙だと思うというか周囲から思われる。自分の影響を少し考えて欲しいのだが、理由も何となく理解出来る。

 

 

 

 多分だが、今まさに此処に向かってくる御姉様方が原因なのだろうな……

 

 

 

 僕より感知範囲が狭い彼女も漸くレティシア達の魔力反応に気付いたのだろう。一瞬だけ肩がビクッと動いて表情が強張ったが、直ぐに柔らかな微笑みを浮かべたのは流石と言うしかない。

 

 公爵令嬢の仮面を被り直して取り繕える事は、彼女の精神力が高いと素直に称賛出来る。出会った頃より格段に成長している。最初は……まぁそれは良いか。

 

 玄関を入れば直ぐにホールとなっており、正面には装飾に拘った階段が左右から2階中央部分に緩やかな半円を描いて繋がっている。2階には左右にホールを見下ろす廊下が有り、扉が並んでいる。

 

 

 

 その一つの扉がバタンと開いて最初に、レティシアが出て来てファテイ殿とディーズ殿が続いて出て来た。彼女達の姿を見て若干身体を強張らそうとして何とか精神力で抑えた、メディア嬢を横目で見た。

 

 そのまま優雅に階段から降りて来る、レティシア達を出迎える為に姿勢を正して身体を向ける。彼女達からは特に怒りや焦りや困惑等の負の感情は感じられないのだが、メディア嬢の反応の原因って?

 

 トントントンと軽やかに階段を降りて来る。見た感じだと嬉しそうと言うか楽しそうなのだが?レティシアが目の前に来たので、軽く頭を下げて挨拶をする。

 

 

 

「お早う御座います」

 

 

 

 特に気負う必要もないので、普通に挨拶をする。本来なら350歳以上のエルフ族の美女三人と対面すれば、相応の反応を返さないと駄目なのだろうが今更な感じがする。

 

 

 

「ああ、おはよう」

 

 

 

「ケルトウッドの森以来だが、向こうのゴタゴタは終わったのか?」

 

 

 

「長老達も感心していたぞ。我等との接し方が良く分かっているとかな。恐れず、虚勢を張らず、媚びを売らず、自然体で接する事が出来るとな。クロレス殿も絶賛していたな」

 

 

 

 ああ、うん。そうでしょうね。自分達と比べて強大な力を持つ連中との接し方は難しい。失敗すれば敵意を持たれて攻撃される可能性もゼロじゃないから、その見極めが難しいのだろう。

 

 根拠の無い謎の自信で、彼等に対して上から目線で要求を突き付けた愚か者共は自分達どころか国さえも失う事になってしまったのだから。普通に胃が痛くなるストレス激重の案件だな。

 

 慣れって怖いって事なのだろうか?立ち話もアレなので、メディア嬢に視線を向けて適当な応接室へ執事かメイドに案内を指示する様に促す。気を取り直した彼女が近くのメイドに指示を出す。

 

 

 

 僕は客だし身分上位者の屋敷に招かれて、応接室に早く通せとか好き勝手な事は言えない。

 

 

 

「応接室の方に御案内致しますわ」

 

 

 

 メイドを先頭にメディア嬢、そして僕とレティシア達が続いていく。移動中は特に話したりはしない。その辺は貴族のマナーというか常識?喋りながら歩くのは洗練された行動じゃないとか?

 

 毎回思うが一番グレードの高い応接室に通される。レティシア達も居るのでエルフ対応込みだろうとかじゃなく、僕との関係を良好に維持する為の意味が有るのだろうな。

 

 公爵三家とは良好な関係を結んで維持していかなければならないのだから、今回の状況は速やかに解決しなければ駄目だな。それが相手との関係性の維持なのだから……

 

 

 

「レティシア、何か変わった事でも有った?ファティ殿達も一緒とは思わなかったよ」

 

 

 

 応接室に案内され、高級な紅茶と焼き菓子で持て成される。早々に本題を切り出す急性な事はマナー違反なので、時事ネタで少し雑談をして、紅茶の一杯目が飲み終わった頃を見計らい話を振る。

 

 聞かれた、レティシアは首を傾げて考え込むが思い当たる節が無いのだろう。ファティ殿もディース殿も反応は薄い。何故、三人が同じ王都の中でもエルフの里で得なくニーレンス公爵家の屋敷に居るのか?

 

 王都の一角を占めるエルフの里の中には、彼女達が滞在出来る施設も有る。基本的に人間を嫌う傾向にあるエルフ達が上級貴族街の公爵家とは言え、人間が多く住む場所に滞在する意味が不明だ。

 

 

 

 ディーズ殿は単調な暮らしに飽きが来て、色々と刺激の多い人間の街に来てるんだよな。エルフとしては、少し風変りだね。

 

 

 

「いや、特に何か有るという訳でもないぞ。ケルトウッドの森の件が一段落したから、少しゆっくりしたいと思ってな」

 

 

 

 ん?ケルトウッドの森の件はこれから忙しくなるのだが?ああ、そうか。彼女達はゼロリックスの森のエルフ族として森の拡張の手伝いに集まったんだ。

 

 最終的には、古老達とクロレス殿とで区画を分けたから手伝うのは、クロレス殿の取り決め分だけだが……未だ手を貸す必要性は低いだろう。古老達の区分には口出し出来ないだろうし。

 

 いや、植生にも口出すつもりで集まったのだが、実際は古老達に好き勝手させる捨て地を与えて残りはクロレス殿というかケルトウッドの森のエルフ達が主導で森を広げる事になった。

 

 

 

 ファティ殿が意気込んで参加したが、想像と違う結果となってしまったので引き上げてきたとか?

 

 

 

 そう考えていたら、ファティ殿にギロリと睨まれたのは当たらずも遠からず?それとも正解だったの?

 

 

 

「リーンハルト殿がクロレス殿に要らぬ入れ知恵をするからだ。お陰で単純な労働力としての手伝いをさせられる事になったぞ」

 

 

 

「クロレス殿は、リーンハルト殿の事を凄く評価していた。私達と違い仲間という表現ではなく、種族を越えた友人らしい。工芸茶のレシピと資料を渡して欲しいと、この私に頼む位にな」

 

 

 

 えっと、僕の仲間ってレティシアだけじゃなかったですか?何時から、ファティ殿やディーズ殿まで仲間として認められましたっけ?

 

 それとクロレス殿の配慮は物凄く嬉しいのですが、メディア嬢の前では話さないで欲しかったです。直ぐに父親である、ニーレンス公爵に伝わるだろう。エルフ族の森の代表と友人関係ってさ。

 

 今後のフルフの街の状況とエルフ族との関係性を考えると、ケルトウッドの森のエルフ族との交渉担当が外交要員では務まらないと念押しされた気分だよ。

 

 

 

 まさかエルフ族から友人呼びされている、僕を飛び越えて外交要員が交渉を行う事が国益に叶うかって言われるとさ。『否っ!』としか言えないでしょう?

 

 

 

「私は彼女達の愚痴を聞かされ続けましたわ。その愚痴の内容の所々に公言出来ない機密扱いの情報が溢れてますの。私の気苦労を労わって貰っても宜しいかしら?」

 

 

 

 メディア嬢が、ズイッと言う擬音が聞こえそうな位の勢いで迫って来た。彼女のストレスの原因は間違いなくコレ、愚痴の相手をするのが辛かっただろう。

 

 そりゃ『古の盟約』を結んで護衛を頼んでいる相手とはいえ、他種族で能力的に高い相手だから聞き流す事も出来ず相応の対応や相槌もしなければならないとか……相手に不快感を与えないストレスは大きかった筈だ。

 

 内容も公言出来ない事も多く、誰かに代わって貰う事も出来ない。使用人達にも最低限のお世話しかさせられなかっただろうし、もしかしたら彼女自ら世話をしてたのかもしれない。

 

 

 

 原因は僕がレティシアを送り届けた事だから、責任を取って下さいって事かな?僕も、モリエスティ侯爵夫人の愚痴を聞く役目をしているから分かる。アレは結構辛い。

 

 それの相手がエルフ族で三人も居れば、ストレスも膨大だったろう。ご愁傷様ですって視線を向けたら睨まれました。まぁ甘んじて、その視線は受けます。御免なさい。

 

 まさか、こんな事になっているとは思わなかったのです。ですが、レティシアを僕の屋敷に招く事も難しかったので送り届けた事はベストではないがベターと思っています。

 

 

 

「バーリンゲン王国の事、ケルトウッドのエルフ達の事。魔牛族の事も含めて公言は出来ない内容が多いのです。レティシア殿達も少しだけ気遣って下さい。まぁメディア嬢の機転で問題は無いと思いますけどね」

 

 

 

 そう言ってレティシア達に注意を促し、メディア嬢の苦労を労わった。レティシア達も言われて気付いたのだろう、バツの悪い顔をした。

 

 あまりクドクドと苦言を言っても意味が無いので、他の話題を振って会話を盛り上げるホスト役に徹する。この会話の中で、それとなくレティシア達の今後の行動を聞き出す。

 

 ファティ殿は、クロレス殿の手伝いをするのだが暫くはお呼びが掛からないらしく有る程度自由らしい。ディース殿は『古の盟約』に従い、ニーレンス公爵家に滞在する。

 

 

 

「レティシア殿は、この後どうするのです?」

 

 

 

 何か考え事をしているのか、思案顔のレティシアに話し掛ける。彼女の場合、そう頻繁ではないのだが……あの顔で考え込んでいる時は、大抵問題が多い。

 

 

 

「ん?私か?そうだな、リーンハルトの手伝いでもするか。フルフの街を引き渡すならば、アスカロン砦も開放するのだろ?アレは少し手を入れて細工をしないと駄目じゃ……」

 

 

 

 おい、それを此処で喋っては駄目だろっ!

 

 

 

「うわぁっと、それは機密事項ですからね!メディア嬢も聞かなかった事にして下さいね」

 

 

 

 大声をあげて話を遮る。それは僕の転生の秘密に関わる事なので、内緒でお願いします。他の連中の様子を見ると、ファティ殿は興味が無さそうでディース殿は意味が分かっていないみたいだ。

 

 メディア嬢は『また聞いては駄目な機密事項を聞かせましたね!』という意味を込めた、鋭い視線を向けている。まぁ聞かなかった事にして、ニーレンス公爵にも内緒でお願いします。

 

 だが凡その事は教えておかないと、変な方向に話が進んでしまう事もあるので嘘と誠を交えた『真実は別として相手が納得出来る』説明をしないと暴走しそうで怖い。

 

 

 

「まぁアレです。前にバーリンゲン王国にロンメール殿下と公務で向かう時に滞在した時、フルフの街の地下に巧妙に隠された地下大空間が有る事が分かりアウレール王に報告しています。

 

クロレス殿がフルフの街を明け渡して欲しいと要求した時に、その地下の大空間が何か教えてくれました。それが過去に『アスカロン砦』と呼ばれていた秘密基地らしいのです」

 

 

 

「知りません。ええ、聞きませんでした。そんな古代の秘密基地の存在など一介の公爵令嬢にしか過ぎませんので、その様な危険な事を詳しく教えないで下さい。

 

ですが、もしもリーンハルト様が『アスカロン砦』なる不思議な地下空間を調査する場合は、ニーレンス公爵家も噛ませて頂きたく思います」

 

 

 

 古代遺跡か古代迷宮か、興味は全く有りませんが国益という意味では大きいのですから、聞かした責任を取って頂きたいのですわ。って言われてしまった。

 

 メディア嬢を見れば、苦笑して終わり。つまり、調査にニーレンス公爵家を噛ませる事は反対ではないが先に証拠隠滅を行えって事と、痕跡の抹消の確認を彼女が自ら行ってくれると言う善意だな。

 

 物凄く助かるのは事実なのだが、出来れば誰かに聞かれない状況の時に言って欲しかった。証拠隠滅の隠れ蓑として、ニーレンス公爵家を勝手に巻き込んだという事で良いのか?

 

 

 

 お腹の辺りを抑えて俯く、メディア嬢に憐みの視線を向けたら脛を蹴られた。結構、痛かったです。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。