古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

947 / 1004
第941話

 ケルトウッドの森とゼロリックスの森のエルフ族の御厚意により、聖樹の力を借りて一瞬でエムデン王国の王都に戻って来れた。考えれば異常な事だと思う。

 

 距離を問わず一瞬で移動出来るとなれば、流通関係者が発狂するだろう。空間創造のギフトだってレアで所有者が少ないから問題になってないだけで、相応の人数が所持していたら……

 

 当然、物流もそうだが軍事関連の補給問題が劇的に改善というか変化するだろう。兵站という概念が壊れて、軍団単位の行動の制限が緩和される。

 

 

 

 戦術どころか戦略にさえも影響を及ぼすだろうな。大兵力を一瞬で移動させられるのならば、聖樹という場所の制限が有っても有り余るメリットがね。

 

 まぁ現実的に考えれば、聖樹の移動にも何らかの対価が発生している筈だ。それが信仰心か魔力か他の何かかは分からないけど、コストも無しに行える物ではない。

 

 そして絶対に使えない物の事を考えても仕方が無いので、自分だけでも使えて良かったという感謝だけで良いだろう。

 

 

 

「漸く戻って来れた。国家間の往復が簡単に出来るとか、どうなんだろうね?」

 

 

 

 色々な意味で常識が壊れると思う。

 

 

 

「慣れれば良いと思うぞ」

 

 

 

 僕の独り言に、レティシアが応えてくれたが、そうじゃ無いんだ。この状況は慣れちゃ駄目な部類の事なんだ。

 

 因みにだが、ファティ殿とディーズ殿はクロレス殿の手伝いでケルトウッドの森に残っている。気になるのは、クロレス殿が妙に急かした事だ。

 

 まるで誰かに会わせたくない様な……もしかしなくても、エルフの古老達と無用な接触をしない様に避けてくれたのだろう。

 

 

 

 彼の配慮には恩しか感じない。新しき趣味である工芸茶の先駆者としての尊敬の念も感じているし、何かで報いたいな。

 

 

 

「やはりエムデン王国は良いですね。どうにもバーリンゲン王国領内って埃っぽいというか、空気が合わないというか……」

 

 

 

 肌に合わないって言えばよいのだろうか?ケルトウッドの森や魔牛族の里周辺では感じないが、砂漠の街か。パレモの街やワーズ村が環境的には一番近いかな?ドラゴン討伐を思い出す。

 

 陽炎(かげろう)の栄光亭のマダムの料理は今でも偶に思い出すほど、美味しかったな。ワイバーンの加工肉の在庫が少なくなってきたから、ライラック商会経由で追加発注するか。

 

 可能ならば、またマダムの料理を食べに行きたいけど……それは無理だろうな。流石にデスバレーに再挑戦は、謎のドラゴンに警告された身としては出来ない。

 

 

 

 祖国の空気を胸一杯に吸い込む。祖国、故郷、育った場所。僕にとってエムデン王国は第二の祖国で故郷になるのだが、思い入れは此方の方が強い。

 

 

 

「そうだな。荒野が多く川も濁っているし、全体的に荒廃している感じがしたな。故に森で覆って植物に優しい環境に整えるのだろう」

 

 

 

「水と緑の豊かな森林に、ですね。良いと思います」

 

 

 

 レティシアも同じ事を感じてくれていたのか。何故か少し嬉しくなる。これが感覚の共有?違うか?まぁ同じ思いって事で良いかな。

 

 基本的にエルフ族の森は人間にとっても過ごしやすい。生活の基点となると色々と不便や不都合とかも感じるが、何となく緑に囲まれると落ち着くんだ。

 

 緑色って沈静色で重量色らしい。これはオリビアの色彩心理の受け売りだが、色は人に影響を与える。その効果は無視出来る程には小さくもない。

 

 

 

 フルフの街のエムデン王国側の土地は、カシンチ族連合に与える予定なのでエルフ族の環境改善方法を参考にさせて貰おう。住み易い土地にしてあげるのも、僕の仕事の内だね。

 

 嫌な事(バーリンゲン王国の連中の間引き)を押し付けるのだから、生活水準の向上位はね。色々とアイディアが浮かぶが、実用に落とし込むのは……もう一捻りかな?

 

 先ずは区画の決定、場所が決まらなければ改良もなにも出来ない。その為の情報、総人数に男女・年齢・職業などの構成比。基本情報は調べている。

 

 

 

 主にクギューと言うか、ルスや他の奥さん達がね。各氏族の才媛達らしく直ぐに纏めてくれたんだ。彼女達も自分達の待遇についてだから、真剣に取り組んでくれたのだろう。

 

 

 

「リーンハルトは王宮に行くのか?私はニーレンス公爵の屋敷に向かう。たまにはメディアに顔を見せろと言われているのでな」

 

 

 

 何となく里の出口まで並んで歩いていた、レティシアが言った言葉に少し驚いた。でもファティ殿の前任の護衛だし、護衛対象だった、メディア嬢とはそれなりに親しいのか?

 

 確か護衛期間は半年間だったっけ?それなりに親交を深めるには十分な期間だよね。まぁ端から見ても仲は悪くなさそうだったし、旧交を温めると言うには離れていた期間は短いか。

 

 レティシアも心なしか嬉しそうなので、良き友好関係を築いているのだろう。暫くは滞在するのかも知れないな。『古の盟約』って、どんな内容なのだろうか?

 

 

 

「そうですか?王宮へ向かう通り道ですから送りますよ」

 

 

 

「仕事漬けは身体に悪いぞ。一旦自分の屋敷に帰って休めば良いだろう?」

 

 

 

 そうは言っても一刻を争うとまでは言いませんが、それなりに急がないと駄目なんです。一旦自分の執務室で報告内容を纏めてから、謁見の申し込みをしたいのです。

 

 下手をすると、王宮に出仕したらさ。そのまま謁見室に連行ってパターンも考えられるので、いやそのパターンの方が多い気がする。

 

 だから、事前にザスキア公爵と打合せをしてから謁見に臨みたいんだよ。ぶっつけ本番とか有り得ないだろう。

 

 

 

「まぁやるべき事を済ませてから、ゆっくり休みたいんですよ」

 

 

 

 時間との勝負、準備万端で臨みたいのです。今回はバニシード公爵は不在だと思うから、問題は少ないと思っているけどね。だからそこ報告で終わりたいので準備が必要なのです。

 

 根回しは必要、ザスキア公爵と下話を纏めてからニーレンス公爵とローラン公爵に話を持っていければ最高。まぁ途中で、アウレール王から呼び出しが掛かりそうだけどね。

 

 帰って来たのならば、早く報告をしろって呼び出されるのが想像に難しくないな。エルフ族とバーリンゲン王国絡みだから余計にだろうね。

 

 

 

「ふふふ、暫くはニーレンス公爵の屋敷に世話になるので訪ねて来い。メディアも喜ぶだろう」

 

 

 

「そうですね。お邪魔させて頂きますね」

 

 

 

 ニーレンス公爵との下話が出来れば良いのだけれど、タイミング的には謁見の後に伺う感じだろうか?

 

 レティシアには仕事の話をする事も仕事の序(ついで)にという訳にもいかないので、落ち着いたら会いに行くで良いだろう。

 

 なんだかんだ言って、今回の件も陰ながら力添えをして貰ったのだから不義理な事は出来ないししたくない。何か手土産を用意して会いに行くか……

 

 

 

 王都には巡回の警備兵が決められた巡回コースをランダムで巡っている。彼等を捕まえて、自分とニーレンス公爵の屋敷に伝令を頼む。王都内の移動方法を考えていなかった、反省。

 

 自分の屋敷には馬車の手配、ニーレンス公爵の屋敷には、レティシアが行く事と暫く滞在する事をだ。いきなり訪ねたら大騒ぎになるし、エスコートする僕の常識が疑われる。

 

 幸いエルフの里の中は時間を潰す場所も多いので、馬車が来る迄の待ち時間を苦痛と感じる事は無かった。段取りの悪さは反省が必要、自分だけなら何とかなるが彼女が同行するなら話は別だ。

 

 

 

 まさか歩いて行く訳にもいかないし……自分だけなら変装してワンチャン有りかもだけど、エルフのレティシアに変装しろなんて頼めないし、させられないし。

 

 

 

 一時間もしない内に、タイラントが家名入りの馬車で迎えに来てくれた。大慌てだったのは息を乱している事でも分かる。休む間もなく大急ぎで来てくれたのだろう。迷惑をかけて御免なさい。

 

 しかもエルフであるレティシアが同行していて、ニーレンス公爵の屋敷に送るのだから。その慌てぶりは想像が出来る。帰ったら、イルメラさんやサラからやんわりと怒られそうだよ。

 

 『急にとんでもない事を言わないで欲しいです!』とかね。雑談をしながら彼女を退屈させずに、ニーレンス公爵の屋敷まで送り届けた。

 

 

 

 ニーレンス公爵とメディア嬢が不在で、執事殿が社交辞令で休んで行って下さいと言われたが丁寧に固辞しました。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 久し振りの王宮、正門を潜り抜け幾つかの関所を通り馬車停めに向かう。王命で不在だった僕が急に王宮に出仕した事で、少しだけ騒ぎになってしまった。

 

 王宮警備隊の隊長クラスが対応する程の事だろうか?いや、そこまで騒ぎにしなくても良くない?そう思うのは自分勝手なのだろうか?

 

 確かに上級貴族ともなれば相応の対応をしなければならないので仕事が増えるのだろう。仕事を増やされても嫌な顔をせずに対応してくれた警備兵って……見覚えが有ると思ったら、近衛騎士団員だよね?

 

 

 

「えっと、お出迎えご苦労様です?」

 

 

 

 警備隊の隊長の他に、近衛騎士団員が二名も出迎えてくれたけどさ。今回は内々での仕事であって公(おおやけ)には出来ない筈だけど?いや、王宮内だし、外に漏れる事はないのか?

 

 

 

「この後の予定の伝達です、暫く執務室で待機。準備が出来次第、謁見室に通されます」

 

 

 

 見惚れる様な敬礼をした後の台詞が意味不明だったけど?準備が出来次第に謁見室に呼ばれる?何の準備?報告書の準備をする為に来たのに、僕の方の準備はさせてくれないの?

 

 

 

「準備とは?僕の、じゃないよね?」

 

 

 

「はい。宮廷魔術師筆頭殿と公爵の方々を招集しております」

 

 

 

 うわぁ、最高意思決定会議じゃん。望みうる最高の会議体だけど、出来れば資料の準備をする位の時間が欲しかった。サリアリス様とザスキア公爵達だけで、両騎士団の団長が呼ばれてないのならば内政向きの話かな?

 

 彼等に先導されて執務室に向かうのだが、途中で擦れ違う女官や王宮侍女が異常に多い。道を譲り壁際に並んでお辞儀をしてくれるのだが、普通は短い距離で五十人以上と擦れ違ったりはしない。見世物になった気分だ。

 

 暫く王宮に出仕しなかったから、生存確認されてる?まさかね?僕が病気になったり怪我をしたりすれば国防上の大問題だろうな。そういう意味でも健康管理は大事だね。

 

 

 

 見知った顔の女官や侍女達も多く、カルミィ殿やラナリアータも出迎えてくれたが流石に声を掛けるのは躊躇われた。あまり人前で親しくすると嫉妬が凄いらしいので、自重しました。

 

 

 

 漸く自分の執務室に到着、扉を開けると専属侍女達が並んで出迎えてくれた。

 

 

 

「「「「「お帰りなさいませ、リーンハルト様!」」」」」

 

 

 

 声もお辞儀をするタイミングもピッタリだ、毎回思うけど練習したの?したんだよね?

 

 

 

「ああ、ただいま。留守中に何か有ったかい?」

 

 

 

 執務机の上には親書の束と贈り物の目録、それに報告書が綺麗に並べられている。また返信書きの日々の始まりか、右手が妙に痛くなるのは手紙書きが苦痛だからだ。

 

 決済待ちの書類が無いだけマシだろう。不在期間中は最後に回して貰っているので、急ぎの書類は無いのだろう。

 

 

 

「何時よりも多い親書と恋文、それに贈り物の他に定期的に報告書が魔術師ギルド本部から届いております」

 

 

 

「魔術師ギルド本部?ああ、マジックアイテムの生産状況の件かな?律儀に経過報告を送ってくれるのか」

 

 

 

 椅子に座り報告書を手に取って読む、宮廷魔術師団員達は仕事で各所に派遣しているので、その任務の内容と期間に成果だな。これは人事評価の資料になるので重要だ。

 

 特に問題も無く失敗も無い。ウルム王国との聖戦が落ち着いたので、復興関連で土属性魔術師達の需要は多い。以前ならば復興支援など宮廷魔術師団員の仕事ではないとか言っただろうが、今は違う。

 

 そんなふざけた事は言わせない。まぁセイン殿を中心にカーム殿が補佐として良く取り纏めているので大丈夫かな。セイン殿達に任せ切りで、逆に心苦しい。

 

 

 

 魔術師ギルド本部の報告書は生産品の目録と納品先、それと受注リストか。受注リストには請けて良いか判断に迷う相手の一覧が有り、現状は保留にしているのか。

 

 バニシード公爵の派閥構成貴族からの依頼については、僕の判断待ちって事だな。まぁ売らないけどね。それ位の報復は可愛いものだろう。

 

 何時呼ばれるか分からないので資料作成は諦めて、話す内容を頭の中で纏めるだけに割り切る。ザスキア公爵がフォローしてくれるだろうし、出たとこ勝負みたいだが良しとしよう。 

 

 

 

「ふぅ、紅茶を淹れてくれないかな?あと何か甘い物が食べたい。皆も一緒に飲むと良い」

 

 

 

 執務机の前に横一列に整列されても困るのだが、一ヶ月半近く留守番して貰ったんだ。色々と話したい事も有るだろう。幸いソファーセットは六人用だから全員座れる。

 

 

 

「「「「「はい、リーンハルト様!」」」」」

 

 

 

 こ、声が揃ってるね。やっぱり練習したよね?

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。